アジア法

2014年2月15日 (土)

ミャンマーへの投資規制、進出実務に関して

 愛知県弁護士会でミャンマーを訪問し、司法制度の現状や進出している日系企業の直面する法的なトラブルなどを学んできた。備忘録代わりに、その成果をまとめる。なお、もちろん、実例等はほぼ伝聞に基づくものであり、聞き誤り・理解の誤りは私の責任である。
1 訴訟・執行・仲裁
 基本的に民事訴訟制度はまだまだ未成熟な状態であるというのが実感だ。あるTownship Court(郡裁判所、日本の簡易裁判所に相当)の裁判官の話によれば、管内人口約18万人であるのに対し民事訴訟の新受件数は月間5件程度であるということだ。他方、刑事事件は月100件程度であるという。郡裁判所は訴額1000万チャット≒100万円以下を扱うので、ミャンマーの物価を考慮すれば相当高額な事件を扱うことができるのに、だ。民事保全法、執行法は一応存在するが、ほとんど使われることはないようである。
 裁判所への信頼性ということでは、これも不正確極まりない情報とはいえ、汚職の問題はやはりそれなりに存在するようである。近時、最高裁が「汚職が発生することのないように」という旨の通達のようなものを発したということである。中国のように「執行難」(そもそも執行実務すら定着していないのだから「執行難」以前の問題だが)、「地方保護主義」のような問題があるかはうかがい知ることもできなかった。
 紛争自体の数が人口比で仮にかなり少ないとしても、やはり相当数は民事訴訟によらず解決されているのであろう。ある裁判官によれば、第三者を間にたてて当事者同士で解決することもよく行われているということであった。民事訴訟制度への理解と信頼がまだまだ不足しているのであろうかと思われる。
 仲裁に関しては、昨年ニューヨーク条約に正式に加盟はした。が、具体的な関連する国内法が未整備であるし、そもそも民事事件について上記のような実情であるとすれば、外国の仲裁判断の執行については当分はおぼつかないだろう。
2 外資による投資に関して
 ミャンマーの外資投資規制を解説しだすとそれだけで3記事くらいにはなりそうなので、不正確を承知でかいつまんで記載する。
 現状、ミャンマーに外資が進出するメジャーな方法は、政府機関の投資許可(MIC許可)を取得しないルートと、MIC許可を取得して行う方法と2つに分けられる。MIC許可を得るメリットをこれもざっくりと述べれば、①外国人(法人)は不動産を1年以上賃借できず、所有権も取得できないのが原則であるところ、MIC許可があれば長期(50年以上)の賃借が可能になる、②所得税の5年税制上の優遇措置が受けられるということが大きい。工場を賃貸する必要のある製造業者にとってはMIC許可が必須である。MIC許可を取得しないでも構わないのは、IT関係のアウトソーシングを行うような、大規模な不動産を必要としないサービス業になる。
 製造業が進出しにくい理由としては、①水力発電に依存しすぎ、乾季にはかならず停電に見舞われ、生産停止を余儀なくされるというインフラ上のもの、②MIC許可の取得が容易でないという理由の二つが挙げられる。製造業で進出しやすいのは、電力でなく人力ミシンで代替できる縫製業がメインであるということだ。
 この二つの問題が解決されるには、話題のティラワ工業地帯のような特別経済地域法という、外国投資法のような種々の法規の適用が除外される特別経済地域が完成することがネックとなる。ティラワでは専用の発電所を設け、停電の心配もなくなる。
 なお、MIC許可を取得する際の問題については、「製造業では特にミャンマーの国益に資するものではないと容易ではない」というのが実情のようだ。ミャンマー資本との合弁を強制される主な事業には、飲料・食品系、プラスチック・ゴム製品系の事業があり、ミャンマー資本の最低出資割合は20%とされている。許可に関するいくつかの審査事例を現地の法律家に伺ったが、「法律の要件を満たしていればあまり出資比率など、合弁契約の内容をとやかくいわれることはない」というものと「業種によっては出資比率や合弁契約の内容などに意見を言われることもある」というものがあった。基本的に後者のように考えておくほうが無難だろうが、法律にも、通達のような形で明文化されてはいないようにしろ、一応基準らしきものはあるようではある。中国におけるの合弁契約や技術援助契約の「審査」は都市部では大分形式化してきたとはいえ、都市次第、担当者次第な面がなお残る点は否定できないであろう。それとの比較ではまだ安定していると言えるのかもしれない。
 また、土地使用権の取得、官庁への対応、販路・仕入先確保などの問題から、合弁が強制されない事業であっても現時点ではミャンマー資本との合弁が現実的ではないか、という現地の法律家の意見があった。このあたり、十数年前の中国と状況が似ているように感じた。いまでこそ独資による進出のほうが有力であるが、ながらく中国では同様の観点から中国現地資本や、台湾資本との合弁が主流であった。
3 知的財産関係
 技術援助契約という形での進出は見聞した限りでは乏しいように感じられた。
 その原因として、成文の知的財産法としては1914年の著作権法しか存在せず、保護が薄いからだという意見もあったが、定かではない(現地法人設立等による進出にも同様の問題は残る)。なお特許、意匠、商標の登録システムは存在する。現地の知的財産法を得意とする弁護士の話によれば、その侵害が保護された事例もあるようだし、登録がなくとも、不正競争防止法が未制定であるにもかかわらず損害賠償等を認めた事例も現にはあるそうである。
 いずれにせよ、知的財産法は現在立法作業中であるので、今後の動向に注目すべきことになろう。

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2013年4月 3日 (水)

ベトナムにおける訴訟仲裁を始めとする法制度と、中国法との共通点

 愛知県弁護士会のメンバーでベトナムの司法機関を訪問してきた。不勉強であったベトナム法を勉強する良いきっかけになったし、実務的な話も伺うことができた。そうして思ったのは、ベトナム法と中国法の奇妙なまでの相似形である。本腰入れて勉強をすすめ、いつベトナム法の相談が来ても構わないように準備をしておきたい。
 なお、筆者はベトナム法の専門家とはとても言えないので、参考とされる際はご注意いただきたい。
1 仲裁と執行に関して
   中国では渉外仲裁に関してCIETACを用いるのが基本であるが、ベトナムにおけるCIETACにあたるのが、VIAC(Vietnam International Arbitration Center)、ベトナム国際仲裁センターである。渉外要素のある事件であればVIACで仲裁を行うことができ、これも中国同様に裁判よりは信頼性が高く、国際的な紛争ではVIACで仲裁が行われることが多いということだ。
   判決の承認執行については、基本的に認められない、つまり日本の裁判所の判決をベトナムで執行しようとしても執行の承認がおりないであろうということだ。中国に関しては司法解釈で明文化されているが、ベトナムについては私の知る限りでこの点の明文規定はないようである。いずれにしても、この点についても中国法とかなり似ているということができそうである。
   では、外国の仲裁判断の承認執行はどうか。中国に関してはニューヨーク条約により理論的に外国の仲裁判断の承認執行が認められる。例えば東京の商事仲裁協会の判断であっても、中国の裁判所の承認を得た上で執行が可能である。が、実際には地方保護主義のような弊害により、裁判所の承認が出にくいという実情がある。ベトナムの状況も結構似ていて、やはりニューヨーク条約に加盟していることから外国の仲裁判断の執行は理論上可能だが、執行の承認が降りないということがあるようである。さらには、仲裁判断が「ベトナム法の基本原則」に反する場合、裁判所が仲裁判断を取り消すことが可能であるということで、実際に瑣末な手続違反を取り上げて裁判所が取消してしまう例も結構あるということである。
   VIACのようなベトナムの仲裁機構の仲裁判断であれば直接執行が可能であるので、執行の観点からすればVIACを仲裁機関と合意することは合理性があるといえる。これは中国におけるCIETACとまったく同様である。仲裁判断への信頼性も向上しつつあるということであった。国外に執行対象財産がある場合ならともかく、中国にしてもベトナムにしても、仲裁の信頼性を気にしすぎることなく、執行の容易性から現地の仲裁機関で合意することは十分ありえる選択肢になってきていると思う。ただし、仲裁判断が出た場合に執行まで行くのは全体の1割程度ではないかという話(中国)を聞いたこともあり、結局執行の容易さと仲裁の信頼性をここの事例ごとに天秤にかけるということになろう。
2 裁判手続、裁判所の信頼性について
   三権分立性をとらないため、司法権や裁判所の独立が保証されていないことはベトナムも中国も同様である(念のため断っておくが、憲法や法律上は「裁判官の独立」の規定が存在するのがソ連系の社会主義立法の傾向である。例えばベトナム憲法130条)。
   中国法には検察院が判決等に誤りを発見した際に抗訴(控訴でなく、原文でこのように書く)を提起できるという裁判監督システムがある。ベトナムの裁判監督制度にも似たようなものがある(ベトナム民訴法250条)。詳細までは比較していないが制度設計としてはかなり共通する部分があるだろう。不勉強でよくしらないが、このような監督システムは社会主義立法の特徴なのであろうか。フランス法でも実はこのような制度があるとちらりと聞いたがしっかり調べていない。
   裁判官の質の問題でも似たような傾向がある。すなわち、中国でも1995年の裁判官法制定までは、試験制度はなく、裁判官は軍人0Bなどの名誉職的な色彩が強かった。ベトナムでも1993年まで選挙で裁判官が選出されていたそうで、やはり高齢裁判官の質の問題があったようである。また、諸文献によれば、中国同様、賄賂であるとか、裁判官の汚職も決して少なくないようであり、徐々に信頼は向上しているものの、全体としてはまだまだ裁判制度への信頼は発展途上のようである。
3 相違点
   一応相違点についてもいくつか触れておきたい。まず、中国法もベトナム法の社会主義立法をベースに市場経済を取り入れたことは共通するが、中国法は80年代の改革開放時代において比較的広範に各国の法制度を取り入れている。これに対し、ベトナムももちろん各国の法整備支援を受けて積極的に法制度を取り入れているのであるが、日本の法整備支援の影響がそれなりに強いということである。たとえば、民事訴訟法、破産法、執行法、知的財産法などは日本法の考え方が多く取り入れられており、中国民訴法ではない当事者主義・処分権主義的な考え方も導入されている。そのため、民訴法などは比較的とっつきやすいと感じた。
   次に、中国では最高人民法院の司法解釈が法規範としてかなりの重要性をもっている。手続き的な細かいことのみならず、実体法的な解釈から、立証責任の分配など手続法上の重要性まで、非常に重要なことについて規定されている。これは特定の法律に関する最終解釈権を授権されていることが法的な根拠である。しかし、おそらく、ベトナム法ではこれに相応する授権はなされていないのであろう。
   いずれにせよ、中国法を学んだ身にとっては、ベトナム法は、体系的にはもちろん、裁判・仲裁・執行における実務的な面まで相似点がおおい。今回の訪問をとっかかりにできればベトナム法案件についてももっと取り扱っていきたい。

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