中国法

2014年8月26日 (火)

覚せい剤密輸・運搬等の故意についての日中比較(2)ー稲沢市議覚せい剤事件初公判に関連して

 最初にお断りしておきますが、この記事は事件に関与しない第三者として、中国の現法令やこれまでの事例を参照しつつ法律家としての一つの見解を示したものです。死刑制度の当否、本件で死刑判決が出されることの当否とかについてはまったく中立です。

 報道によれば、ご本人は『「スーツケースの中身もチェックしたが、覚せい剤が入っていたことは知らなかった」と一貫して否認』しているそうですから、覚せい剤運搬の故意、スーツケースに覚せい剤が入っていることについての故意の有無です。

 下記ではかなり専門的でマニアックな話がつづきますので、先に法律家以外の方もわかりやすいような結論だけ示しておきます。

・ 本件で未必の故意すら否定するにはかなり合理的な説明が必要である。
・ 次の点についてどのように供述、説明するかが注目される
 (1) 何故「自分」に「スーツケース」と「サンダル」を運ばせる必要があるのか。その時自分に運ばせるのかについて合理的な説明があるか。例えば、どうして小包で送れないのか、どうしてわざわざ日本から呼び寄せた「自分」が運ばなければならないのか等。
 (2) 荷物検査により覚せい剤が発見された時の態度は堂々としていたか否か。単にうろたえていただけで直ちに故意がある方向に推認できないが、堂々としていたというなら本当に知らなかったということを裏付けるであろう。
 (3) 本件の運搬にかかる覚せい剤は3キロと大量。密売組織が関わっているはずで、通常はスーツケース等の回収措置を講じているはず。すなわち、市議は日本?で誰かに渡す指示を受けていたはずと推定される。この回収措置についてどう合理的に述べるか(これは前回記事の日本の最高裁判例が参考になるところである)。
・ 量刑については、おそらく死刑の可能性が高いが、執行猶予が付くか否か極めて微妙である。検察官も確定的故意を主張するのでないと見られ、おそらく3キロという大量の覚せい剤ということに対する具体的な認識はないのだろう。かつ覚せい剤が社会に流通することがなかったことなどが有利な情状である。有罪であるとすれば、罪を素直に認めて捜査に協力する反省態度の欠如というのが、不利な情状となる。
 なお、2013年の浙江省中級法院の裁判例で、約2900グラムの覚せい剤を自動車で運搬し、高速道路で検査を受ける際に逃亡して3ヶ月後に捕まったという事案(おそらく否認でなく自白)という事件の第一審判決で、死刑に執行猶予がついたというものがある。逃亡はないものの、否認しているという本件がこれとの比較でみても限界事例のように思える。

<以下細かい解説>

 日本法では、未必の故意と認識ある過失が故意と過失の境界線とされます。正確性はともかくわかりやすくいえば「まさか覚せい剤は入っていないと思うけど、万一入っていたとしてもまあいいや」というのが本件の場合の未必の故意で、「通常こういう場合は覚せい剤が忍び込まされている場合もあるとは思うが、今回は絶対に入っていない」という場合は認識ある過失ということになりましょう。

 さて、結構覚せい剤事犯の未必の故意というのは難しくて、大雑把に「違法薬物が入っているだろう」という認識でも、明確に「覚せい剤は絶対入っていない」という認識ではない場合、覚せい剤についての未必の故意は認められてしまうのです。「絶対入っていない」と明確に認識していない以上、違法薬物には覚せい剤も含まれるので「万一入っていてもまあいいや」と思っていると認定されるということです。

 中国の刑法学上も未必の故意という概念は存在するようです。
 ただ、中国では刑法14条1項に規定があり、「自己の行為が社会的な危害という結果を発生させることを[明知]し、かつそのような結果の発生を希望または認容[放任]して、犯罪を構成する場合、故意犯罪とする」とされています。後段の希望は確定的故意、認容は未必の故意を意味すると言い換えれそうですが、[明知]という中国語は訳出が容易ではありません。

 さて、実は最高人民法院と最高人民検察院は2007年に共同して「薬物犯罪案件を処理する適用法律の若干問題意見」という司法解釈を出しています。そこでは次のように規定されています。
2 薬物犯罪被疑者、被告人の主観「明知」の認定問題
 …「明知」とは、行為者が、自己の行う行為が違法薬物を運輸等する行為であることを知りまた知るべき場合を指す」
 下記の状況の一に該当し、かつ犯罪被疑者、被告人が合理的な弁解をすることができない場合、「知るべきであった」と認定することができる。ただし、明確に騙されたと証明する証拠がある場合は除く。
 (1) 法の執行者が、港湾、空港、駅、港口その他の検査場で検査した際、行為人に対し他人のために携帯する物品とその他擬似ま薬物であることを申請することを要求し、かつ法律責任を告知した上で、なお行為人が申告しなかった場合において、その携帯物のなかから違法薬物が発見された場合
 (2) 虚偽の申告、隠匿、偽装等の隠蔽手段を用いて税関等の検査を免れた場合で、かつ携帯、運輸、帰宅した物品の中から違法薬物が発見された場合
 (3) 法の執行者が検査した際、逃亡し、携帯物品を破棄しあるいは逃れて、検査等の行為に抵抗した場合で、その携帯または破棄した物品から違法薬物が発見された場合
 (4) 体内に違法薬物を隠匿していた場合
 (5) 尋常でない高額又はつりあわない報酬を得るために、違法薬物を携帯、運搬した場合
 (6) 高度な隠蔽方法を用いて違法薬品を携帯、運搬した場合
 (7) 高度な隠蔽方法を用いて違法薬品を引き渡し、それが明らかに物品の通常の引き渡し方式と異なる場合
 (8) その他行為者が知るべきことを証明するに足る証拠がある場合

 日本の最高裁と比べればかなり厳しい推定であると言えます。一番問題なのは(6)です。高度な隠蔽方法であれば直ちに明知と推認されてしまうということで、本件はスーツケース底やサンダルの底に隠匿されていたのでしょうから高度な隠蔽方法と言えそうであり、「合理的な弁解」の有無が焦点になるでしょう。

 それにしても、普通は違法薬物は高度な隠蔽方法を用いて運搬されるでしょうから、(6)はあらゆる場合に明知を推認するに等しく、問題でしょう。運用上は「合理的な弁解」や「明確に騙されたとする証拠」を他の場合と比べてかなりゆるやかに解すべきと思います。

 さて、司法解釈の当否はともかく「合理的な弁解」の有無が焦点になることはわかります。なお、報道によれば共犯関係にあるマリ人も否認しているということのようで、直接証拠は存在しないという前提で考えてよいと思います。

 これも報道によれば「書類にサインすれば(ナイジェリア関連の)70万円ドルの投資損失を回収してもらえるという関係」があって、ナイジェリア人に頼まれたというのです。相当困難な回収案件を進める見返りに荷物の運搬を求められたという関係が伺え、これは高額報酬で運搬を行う事案に類すると言えそうです。

 冒頭に結論を示したとおり、相当合理的な説明が求められるというのは、高額報酬の運搬案件に類すること、そして司法解釈が存在するからです。
 量刑についても調査した事項は多岐にわたり、いろいろ書きたいこともあるのですが、この件はここまでにします。

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覚せい剤密輸・運搬等の故意についての日中比較(1)ー稲沢市議覚せい剤事件初公判に関連して

 愛知県の稲沢市議が中国において逮捕・起訴された件につき、テレビ局からコメントを求められる機会がありました。報道された部分では意を尽くさない部分があるので記事にします。

 他人に運搬を頼まれた荷物の中から違法薬物が発見された場合、「その中身については知らなかった」というのは古典的な弁解です。こういう弁解の当否が問題となる場合は現在でも多く、裁判員裁判では裁判員の頭を悩ませることになります。

 一般論として言えば、こういう輸入には大規模組織が関わっているのが通常であり、輸入量も大量であることが多いから、水際で輸入を防止する必要性は高いでしょう。疑わしきは被告人に有利にという原則があるとしても、安易に故意を否定することも妥当ではなく、当罰性と無罪推定の原則のジレンマが際立って現れる場面といえます。

 そういう中、裁判員裁判で無罪判決が相次いだことも影響したのか、最高裁は次のような判決を下しました。「(密売組織が運び役に麻薬を運搬させるような)事案については,上記のような(目的物を現地で確実に回収できる)特段の事情がない限り,運搬者は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。」(最高裁平成25年10月21日)というのです。
 噛み砕いて言えば、密売組織が麻薬を運び役に運搬させる場合、荷物の回収方法を指示しておかなきゃ運び役の知らないうちに取り出すことになるけども、それは密売組織の輸入方法として普通考えられない(回収方法が運搬役からの窃盗になるなど、バクチになりかねない)、だからこの種の事案では運び役は荷物の回収方法についても指示を受けているはずだ、ということです。運ぶように頼んだ缶詰の二重底に薬物を隠して運搬させたとして、その缶詰を誰に届けろという話を全くしていないということは考えられない、そういうわけです。
 最高裁の判断を前提とすると、密売組織が絡んだと思われる大量の薬物が荷物から発見された場合で、かつ運搬者が当該荷物の回収方法について何らの指示も受けていないと主張するような場合、覚せい剤密輸に関する故意が推認されることになりましょう。

 この最高裁判例が出された際、私が知る限りでは、多くの弁護士の反応は「強引な推認だ。無罪推定の原則に反するのではないか」というたぐいのものでした。私も、あまり内容を深く検討しないまま「結構被告人にとって厳しい推定だなあ」と当時感じました。
 しかし、国際的にみるとこのような推定は控えめであるようです。国際的に見れば、下記のとおり違法薬物を所持または管理しているだけで故意を推認するのが標準なのかもしれません。ただし、英米法、大陸法を横断的に比較したものではありませんが。

 すなわち、いずれも英米法系統の国ですが、
ーイギリス「麻薬販売罪法」(1994年)第51条6項「麻薬に関連するいかなる財産を所持する者も、当該財産に関する何らかの行為を実行するためにしているものと推定される」
ーマレーシア「麻薬犯罪処罰法」(1952年)第37条「麻薬を含むいかなる物品を保管又は管理するものは、すべて当該麻薬の性質を知悉しているものと推定されなければならない。麻薬が部屋、車両内に隠匿されていた場合、部屋の主、車両の主又は車両に対して責任を負うものは当該麻薬の性質を知悉しているものと推定される」
ーなお、香港「危険薬物条例」第47条にも類似の規定がある。
 日本法の場合は故意の認定方法について法律も規則もなく、実務に委ねられています。上記判例は経験則の一種である事実上の推定方法について判断したものといえるでしょう。所持・保管の事実→故意の推認としておらず、「密売組織が違法薬物を運搬させる」という限局てきな所持(というか運搬)→現地での回収方法の委託が存在(故意を直接推定するのではない)する、というかなり限定的な推認であることに注意してください。故意を認定するためには、「回収方法について不合理な主張をしている」など別の間接事実が必要なのです。

 こうしてみると、私はこの程度の限局された事実上の推認であるならば良いのかな、と思います。実際の場合、この種の事案においては運搬者が回収方法についてどのような供述をするかがひとつのポイントになってくるでしょう。

 現実には、運搬者が偽造パスポートをそれと認識して運搬していたことには争いがなく、おみやげとして別に託されたチョコレート缶の中から覚せい剤が見つかったという事案で、最高裁が裁判員裁判の一審無罪判決を破棄した高裁判決をさらに破棄して、一審判決を維持したという事案があります。つまり、「おみやげとしてチョコレート缶を渡す」という回収方法を指示されていると供述したわけですが、運搬者は別に偽造パスポートを運搬していることの認識があったため、直ちに不自然だとまではいえなかったのでしょう。他にも、チョコレート缶はわりと荷物のわかりやすいところに入れてある一方偽造パスポートはそうでなかったとか、チョコレート缶の検査には特に拒否することなく応じたという事情がありますが、個人的には高裁判断の方が合理的なように思います。なお、最高裁は必ずしも高裁の事実認定より地裁の事実認定が合理的だと判断したのではなく、事後審としての高裁の性質から、一審の不合理さを具体的に示すことまではできていない、という趣旨のものです。これはまさに限界事例だと思います。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20120213161911.pdf

 問題は中国ではどのようであるか、本件をどのように考えるべきかです。次の記事に譲ります。

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2014年2月26日 (水)

強制連行による元労働者ら日本企業を提訴に関して-地方保護主義・立案難と中国の裁判所

 本日気になる新聞記事が2つ出されたので、その感想を含めて記事にします。
 一つ目は、「判決文のミス指摘に懸賞金 中国・安徽省の地裁」というもの。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2014022602000123.html
 二つ目は、「強制連行、中国人元労働者ら日本企業2社を提訴」
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20140226-OYT1T00517.htm?from=navr
1 中国における地方保護主義・立案難
 両記事を理解する前提として、中国における地方保護主義、立案難という問題を理解しておく必要があります。
 中国では中央の政策が地方まで行き渡らない場合があります。大雑把にいえば、中央の政策なりが地方にとって不利な場合、必ずしも国の意思どおりに政策や法律を執行しないという問題が、地方保護主義というものです。
 裁判所の人事はその地方のトップが決めることになるので、いきおい裁判所も地元の有力者に対して不利な判断は避ける傾向が生じるなどといわれることがあります。具体的には、主にa訴訟を受理しない(立案難)、b判決を執行しない(執行難)というものが指摘されており、国家的にも問題であるとして改善の取り組みがなされていますが、なかなか実効性があがらない、中国政府にとっても頭の痛い問題です。
 もうすこし詳しく見ると、立案難という問題が生じる背景には、大別して法制度上、事実上の二種類の原因があります。
ア 制度上の原因
 民事訴訟法111条は同法108条の規定に合致する訴え提起は必ず受理しなければならないとしている。これを反対解釈をすれば、「108条の規定に合致しない場合は受理しなくてもよい」ということになる。そして同法108条の規定は必ずしも明確ではなく、運用に幅が生じうる。例えば、「原告が訴訟の本案に直接の利害関係を持つものであること」と規定しているところ、「直接の利害関係」とは相当幅の広い概念である。手続的な問題として、立案しない場合も、訴状受理後7日以内に裁定をしなければならないとされているが(民事訴訟法112条)、裁定は口頭による告知でもよく、実際に書面でなされることも少ないため、上訴が事実上できないという点も指摘されている(張永進「基層法院“立案難”:一個法律様本的解読」廉政文化研究2010年第4期37頁以下(2010年)。)。
イ 事実上の原因
 ①事件処理数の増加に伴う裁判所の負担増とか、訴訟終結率が人事考課に影響すること、②濫訴を防止するという考慮が働くことがあり(儲陳城=王安乾「民事立案難的症結与解決路径」大慶社会科学第164期第1期126頁以下、特に127頁(2011年)。)、さらには③個別の裁判官が故意による嫌がらせで「受理しない」との裁定もせず、当事者に上訴の機会を与えようとしないことや、④立案審査権を利用して、敏感な案件[敏感案件]について往々にして不受理裁定を下さない裁判所もあるとまで言われている(前掲張38頁。なお、同論文は実例として石家庄において粉ミルクにより嬰幼児に健康被害が発生したとして、消費者が企業を提訴した例なども上げている。この例では「政府による賠償案が示されるのを待つ必要がある」との理由で立案が見送られたようである。日本語の文献として、同じ消費者問題であるが、陳愛武(趙莉訳、平野裕之校閲)「中国における消費者訴訟の障害とその解決方法」慶應法学第6号476頁も参照。)。
 この③が地方保護主義のあらわれということができそうです。
2 強制連行事件の受理かんするこれまでの立案難と今回の違い
 記事に、「中国国内で数件の提訴の動きがあったが、いずれも受理されなかった」という部分に注目してください。おそらくこれは上述④の敏感案件として、重大な政治問題にかかわるため受理されなかったというものではないでしょうか。ただ、敏感案件は地方保護主義に関連しそうなものと、国家的な政治問題に関係しそうなものに分けられるでしょう。これまでの同種事件が立案難により立案されなかったのは地方保護主義とは無関係なものであり、国家の政治的な方針次第で受理の有無が決定されそうです。
 一部報道で、国家主席に近い学者等が原告団に協力していることから、今回は受理される可能性があるとされているのはこの意味だと理解できます。
3 判決文の誤りに関するニュース
 私がこのニュースのどこに注目したいかというと、地方保護主義を一部積極的に放棄したととらえる余地がある部分です。つまり、地方保護主義の観点からは、黄山市中級人民法院の判断は必ずしも、安徽省の高級人民法院(省都合肥)で予想される判断と合致しない、むしろ異なる場合があるということになります。が、上級裁判所の規定にそぐわない判決文は直すということは、高裁等の上級裁判所にあわせようということだからです。ただ、「上級裁判所の規定」は法律問題に関する解釈、司法解釈のようなものを含むと理解されるからです。
4 その他
 その他、強制連行事件は法的も興味深い論点を含んでいます。
 まずは送達の問題で、改正民訴法267条7号では国外送達についてファックスやメールでの送達を認めるという恐ろしい規定になっていますので、これを利用して被告である日本の企業に送達がなされる可能性があります。
 次に執行の問題で、被告である日本の企業が中国内に資産を有していなければ、仮に両企業が敗訴しても強制執行されることはありません。つまり、「国策的な裁判所の判断であって、自国保護主義による不当判決であるから、判決を任意に履行しなくとも違法ではない、コンプライアンス上問題ない」とできる可能性もあります。両企業としては、仮に敗訴しても支払いを拒否することにつき、コンプライアンス上の問題が生じないようしっかり準備すべきことになりましょう。

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2013年11月22日 (金)

中国初の対上場企業の代表訴訟に関する判決ー契約書前文に拘束力が認められるか

 会社法で代表訴訟制度が明文化された後の、中国初の対上場企業に対する株主代表訴訟の事案について、勝訴した会社側の法律事務所が自慢気に?判決全文 を掲げていたので、記事にする。
1 事案の概要
 被告となった三聯商社(以下単に「商社」という)の支配株主はもともと三聯集団(以下単に「集団」という)であったところ、商社の中小株主34名が、2009年12月11日、集団に対し①「三聯」の商標の独占使用権が三聯商社に帰属することの確認、②集団及び第三者に対する「三聯」の商標使用と競業行為の差止め請求、③フランチャイズ契約[特許連鎖経営合同]を商社に移転し、5000万元を商社に支払うことを求めて株主代表訴訟を提起した事案である。
 原告らは請求の理由として、商社(正確にはその前身である鄭百文株式有限会社。以下「鄭百文」という。)と2003年1月27日に「商標使用許可契約」(以下、「本件許可契約」という。)を締結しており、この契約により三聯商社が本件「三聯」商標について独占的使用許可権を有すると主張した。これに対して、被告は本件許可契約の「前文」に「三聯集団が鄭百文の最大の株主であることをもって、鄭百文の発展を支持すること」と記載されているところ、2008年2月14日に競売によって集団の保有していた商社の株式はすべて譲渡済みであって、その後自ら「三聯」商標を使用しあるいは第三者に使用させることは商標権の侵害にあたらない等と主張した。
 なお、本代表訴訟に先立つ2009年5月11日に、商社自ら上記①と②の請求について集団に対して請求する訴訟を提起している。2011年6月24日に済南市中級法院『本件許可契約中の「三聯集団は鄭百文会社の最大株主である」との部分は契約の付属条件とみなされるべき』などとして、商標権の侵害を否定した。これに対し、商社は山東省高級法院へ上訴したが、2012年1月18日同法院は商社の上訴を棄却する判決(以下、「別訴判決」という。)を下している。
2 結論
 請求棄却。
 別訴判決により『本件許可契約中の「三聯集団は鄭百文会社の最大株主である」との部分は契約の付属条件とみなされるべき』と既に認定されているなどとし、商標権の侵害を否定した。
3 契約書の全文に拘束力が認められる?
 代表訴訟には全く関係ないが、中国企業との契約書を多数扱う身としては、主に別訴判決の判断に関する問題であるが、契約書前文である「監于」以下の部分、英文でいうWhereas条項という通常契約の動機を説明する部分に拘束力が認めらたことが興味深い。
 普通拘束力を持たせるなら独立の条項を作って「第○条 甲が乙の支配株主の地位を失った場合本契約は何らの意思表示も要さず当然に終了する」とでもしておくべきところである。前文の記載にとどめたのは契約の動機を明確にする程度であり、拘束力はないとの判断も可能である。
 結局は当事者の合理的意思解釈の問題であるが、もともと潰れかかった鄭百文の50%の株式を引き受けるかわりに商標権の使用その他家電事業一切を現物出資したというような事情があるようで、支配株主関係が商標使用許可の前提をなしているというのが当事者の合理的意思だというのもまあうなずける話ではある。判決はそこまで突っ込んで指摘していないが。
4 1%の持株要件を克服した画期的事案?
 さて、中国では代表訴訟は単独株主権ではなく総株式の1%を保有要件の一部とする少数株主権である。これが上場企業に対する代表訴訟を阻害してきた大きな問題であることは過去に指摘してきた
 本件は上場企業でこの1%の持株要件を満たした上で判決まで行ったという意味では活気的な事例といえるかもしれないが、実際どうであろうか。
 というのは、原告らが商社に対して提訴請求したのが2009年10月9日、商社が書面でこれを拒否したのが2009年10月27日なのだが、これらに先立つ2009年5月11日に一部同内容の訴訟を商社自身が提起しているからである。
 商社自身がほぼ同様の内容の訴訟を提起しているのであれば、一般株主がわざわざ高い案件受理費(本件では約30万元≒480万円)や弁護士費用を支払って、自分のポケットにお金が入るでもない訴訟をやる必要はないからである。
 そうしてみると、やはり本件は2008年2月14日に競売によって商社の株式を取得した国美電器(正確にはその子会社)、当時これを支配していた黄光裕氏の意向が働いていたのではないかと疑わざるをえない。つまり、商社として訴えを提起するが、別に株主の裏で糸を引いて代表訴訟も提起して同内容の裁判を2つ追行しようとしたのではないかということである。
 もちろん確証はないが、この奇妙な代表訴訟を合理的に説明するには今のところ上記のような理由くらいしか思い当たらない。そうすると、本件は少数株主が自己の権利を守るために立ち上がり、1%の持株要件を乗り越えて代表訴訟を提起した画期的事例と評価することは難しいのかもしれない。やはり中国でも民間の監視によるコーポレート・ガバナンスは依然困難だと評価すべきなのだろう。
5 その他
 中国には二重起訴を禁じる直接の規定はないが、法的効力が生じた判決については再審事由などが限定的に定められている(中国民訴法200条)のであるから、当然同一の請求を内容とする訴えは許容されないということになろう。つまり本件訴えは少なくとも一部は却下されるべきだったことになる。
 なお、最高人民法院「会社法適用に関する弱化問題について(四)(意見募集稿)」50条2項は、「会社が代表訴訟と同じ事実と理由をもって起訴した場合は、人民法院は受理しない」と規定している。この司法解釈が、代表訴訟の予備的性格にもかかわらず会社側の後訴を受理しないとして代表訴訟を生き残らせるのは、代表訴訟の存在にもかかわらず会社が同一内容の訴えを提起した場合、会社が慣れ合い的な訴訟追行を行う可能性が高いことを考慮したものであろう。そうであれば、本件のように会社が訴訟提起した後に株主が代表訴訟を提起した場合は、原則にもどって代表訴訟を却下すべきということになろう。
 別に代表訴訟の被告の範囲にもと主要株主は含まれるかという問題がある。
 中国における代表訴訟の被告の範囲については、会社の合法権益を侵害し、会社に損害を与えた「他人」も被告となるとされている(152条3項)。この「他人」の範囲については、支配株主[控股股東](総株式の50%以上を保有する株主、またはそれ未満でも議決権が株主会等の決議に重大な影響を与える株主をいう(217条2号)。)又は実質的な支配者[実際控制人](脚注会社の株主ではないが、投資関係、合意またはその他の手段によって会社の行為を実際に支配できる者をいう(217条3号)。)に限る(以下「限定説」という)と、広く会社の利益を侵害したものを含む(以下「非限定説」という)の争いが存在する。しかし、本件の集団のように「もと」支配株主については限定説と非限定説によってまさに結論が別れるべきところである。本判決はこの問題になんら触れることはなく、おそらく無意識的に被告適格を認めているのであるが、問題を意識したうえでどちらの立場に立つのか明らかにするべきであっただろう。ただし、実際の裁判例上はやや無限定に被告の範囲を拡張しており、非限定説に近い。例えば代表者の妻まで被告の範囲とした裁判例もある(北京市第二中級人民法院(2011)二中民終字第16710号 2011年9月19日判決)。
 私見によれば立案難、訴え提起手数料の負担といった代表訴訟提起のためのハードルが高い中国の現状に鑑みれば被告の範囲を広げる解釈は妥当であると考えている。それゆえ、結論的には「もと主要株主」も被告の範囲としても構わないと考えている。

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2013年6月24日 (月)

中国契約と時効に関する注意点―曖昧な中国法上の時効制度

 かなり基本的な話だが、中国法上の時効(訴訟時効)の話をしようとおもう。日系企業にとっては「本来認められるべき訴訟時効の主張が認められなかった」というリスクもあるが、「本来認められないべき訴訟時効の主張が認められてしまった」というリスクの方がどちらかというと問題であると思う。前者は、形式的に時効期間が経過しても証拠の管理を怠らないことである程度対応できるだろうし、そうでない場合はいわば棚ボタ的な時効であるから、リスクとして計算すべきものではなかろう。

 そして、たとえ手続について仲裁合意がしてあっても、準拠法が中国法である場合は中国法の訴訟時効が適用されることに注意すべきである。特にいわゆる仲裁に関しクロス条項(被告地主義)を採用していても、合弁契約や、中国現地法人の取引契約など渉外要素のない契約は中国法準拠が強制されるから、管轄と準拠法の問題を混同しないように注意することが必要である。

 まずは時効に関する基本である。
1 実体法上の時効でなく、訴訟時効とされている
2 訴訟時効は原則2年である(民法通則135条)
3 余談に近いが、売買契約の場合に品質不合格が告げられていなかった場合は1年の短期消滅時効である(民法通則136条2号)。ただし、商事売買契約や製作物供給契約などの「経済契約」は含まれないと考えられており、消費者相手の販売だけの問題であろう。概ねそのような趣旨の最高人民法院の通達(下級審からの問い合わせに対する回答であって、司法解釈ではない)がある。
4 賃料の支払は1年の短期消滅時効である(民法通則136条3号)
5 起算時は「当事者が権利侵害を知るべき日」(民法通則137条)である
6 除斥期間の規定もあり、20年である。法文上は訴訟時効の起算点に続いて規定されている。念のため民法通則の137条の全文をあげると「訴訟時効は当事者が権利侵害を知るべき日より起算する。しかし、権利侵害の日より20年を超えた場合、人民法院は保護しない」(民法通則137条)とされており、但書は除斥期間を定めたものと解されている。
6 ここは重要だが、国際貨物売買契約、技術輸出入契約の訴訟時効は例外的に4年である(契約法129条)。
7 労働紛争の訴訟時効(というか、労働仲裁前置主義なので仲裁時効)は1年(労働紛争調停仲裁法27条1項)。

 さて、中国の時効制度の特徴は訴訟時効であることと、なにより短期(2年)であることだ。そして起算点は「当事者が権利侵害を知るべき日」と、なにやら日本法の不法行為に関する消滅時効のような規定となっており、期限の定めのない債務などはどうなるかはっきりしない。
 そこで最高人民法院は司法解釈(民事案件の審理における訴訟時効制度の適用に関する若干問題についての規定6条)で「履行期の定めのない契約につき、契約法61条、62条の規定に従って履行期を確定できる場合はその履行期満了の日から訴訟時効を起算し、履行期を確定できない場合は、債権者が債務者に対して要求した債務履行の猶予期限満了日から訴訟時効期間を起算する。但し、債務者が債権者がはじめて履行請求をした際に明確に義務を履行しないことを表明した場合は、その表明した日から起算する」としている。
 契約法61条、62条は契約の解釈に関する重要条文であるが、履行期が明確に約されていない場合の確定に関しては「契約の関連条項、取引の慣行によって決する」(61条)、61条でも確定できない場合“必要な準備期間を与え随時履行請求できる”(62条4号)となっている。
 そうすると、契約に関する時効の起算日は、履行期について明確な定めがない場合、まずは「契約の関連条項、取引の慣行」という契約法61条の曖昧な規定によって決まってしまうのである。時効はもともと一定の不合理さを内包する制度であるから、日本法上も権利行使可能な時点を柔軟に解したり、場合によっては時効主張が権利濫用にあたるなどとして対応している。日本の裁判所は実質的妥当性を考慮して柔軟な判断をするだろうからよいのだが、中国法上このように曖昧だと心配ではある。日系企業が代金請求などをする場合は「契約の関連条項、取引の慣行」上、履行期=時効の起算点を早く認定し、中国企業が日系企業に請求する場合は逆をやられるのではないか、という不安があるのである。
 
 さらに、「契約法61条、62条では履行期を確定できない」と認定されてしまうと、「債権者が債務者に対して要求した債務履行の猶予期限満了の日」が時効の起算日になるところ、但書とあわせてよむと、債権者の催告がない限りいつまでも時効の起算日が訪れないのではないかという疑問が生じる。「猶予期限満了の日」とは、日本法でいえば催告で定めた履行期限であろう。要するに債権者の定めた履行期限よりも時効の起算点を早めるためには、最初の催告時に明確に履行拒絶する必要があるというのが但書である。結局20年の除斥期間内であれば、債権者の催告がない限り時効は完成しないということになりかねない。せめて、潜在的に紛争がありうる場合に催告を待たずして履行拒絶を明確にした場合にも但書同様に時効の起算が開始されると解さないと、(潜在的)債務者の側から時効期間を開始させる方法がないことにはならないか。

 以上、履行期は契約上明確にしておくことと、その明確にした履行期から時効にならぬよう、日本法との違いに留意して債権管理を行うべきことに注意したほうがいい。ただ、契約に基づく損害賠償請求(瑕疵担保等)について「契約法61条、62条では履行期を確定できない」として延々と時効起算日がやってこない可能性があるように思われる。但書の拡張解釈を信じて、相手方の催告もないのに「一切損害賠償する気はない」と通知し、20年間は念入りに証拠を保存しておくしかないのだろうか。

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2013年4月 8日 (月)

サンテックパワー「破産」とそれにまつわるつれづれ

 先日、江蘇省無錫市に本社をおく、無錫尚徳太陽能電力有限公司(サンテックパワー=無錫尚徳)について中国破産法の適用を認める決定がなされた。このことは日本でも報道されているが、破産法や中国法の理解がないと、報道内容を見ただけでは何が起こっているか分からないであろうとおもうので、参考までに、つれづれなるままに記事にしてみたい。
1 サンテックホールディング(無錫尚徳の親会社、NY市場上場)は、2013年3月15日が支払期限の転換社債につき、デフォルトに陥った。これにつき63%の社債権者とのあいだでは転換社債の5月15日まで償還期限を延期する合意が成立したが、残りの債権者は応じず、訴訟提起を示唆するなどしたようである。
2 3月18日、無錫尚徳の債権者委員会を構成する銀行団(8行)が、無錫市中級人民法院に破産手続きの開始と会社更生の適用を申請した。
   この部分が日本法の概念と違うので分かりにくいが、原語では【申請破産重整】であり、文字通り訳すと「破産重整を申請した」となる。一応【重整】には「会社更生」の訳語を充てたが、日本法の会社更生とは異なる。
   ごくごく簡単に【重整】の特徴を列挙すると次のとおりである。
(1) 手続開始用件
・ 支払不能の場合で、かつ資産全部をもっても全債務を精算できないとき、または明らかに全債務の精算をする能力が欠乏しているとき(破産の要件でもある。中国破産法7条1項)
・ 明らかに全債務の精算をする能力が欠乏する可能性があるとき(同2項)。
・ 債権者申立の場合は支払い不能で足りる(7条2項、70条1項、2項)
 これは、非常に大雑把だが、7条2項で破産手続開始の要件よりも広げているところからすると、日本法の民事再生や会社更生の手続開始要件に似ている。要するに、更生が手遅れにならないようにという趣旨だろう。債権者申立の要件が緩和されているのは、全債務を精算できない等の支払能力の立証責任を緩和したものであろう。
(2) 管財人・監督人等
・ 重整期間中、債務者は申請し裁判所の許可を得たうえで、管理人の監督の下自ら財産管理と経営事務を行うことができる(73条1項)
 ここで、大雑把には「管理人」というのは債務者が自ら経営を行う場合は監督委員のような、債務者が行わない場合は管財人のような存在であると理解してよい。この部分はどちらかというと日本の民事再生法に近いイメージである。
(3) その他
・ 担保権の実行は停止される(75条1項本文)。回復請求の制度もある(同但書)。
 この部分は日本の会社更生法に近いイメージである。
 あとは勉強不足だが、別除権のような扱いをしないようで、担保権を有する債権者や租税債権者等の優先債権者をグループ分けして、それぞれで更生計画案の決議をするらしい。可決要件は出席債権者の頭数の過半数かつ債権総額の2/3であり、日本法よりすこし厳しい。
3 以上要するに、日本の報道を見る限りでは「破産した」とか、「破産法の適用を申請した」としか書いてなく、債権者申立であることや、「重整」による一種の民事再生に類する手続であることの説明がないので、よく分かりにくいとおもう。アメリカで破産法のいわゆるチャプターイレブンの適用申請をした場合、報道では、「日本の民事再生法(または会社更生法)に相当」とただし書きがつくのが通常である。今回の報道でそういうただし書きがつかなかったのは、安易に「重整」を会社更生や民事再生に相当するとできなかったからかもしれないが、せめて再建型の手続きであり、営業は継続していることはもう少しはっきり書いてくれてもよかったのではないかと思う。
4 なお、日本の旧和議法に似たような(といっても、私は民事再生法時代に破産法を勉強しているから和議法の手続きはよく知らないが)「和議」という手続きもある。よく中国の契約書を見る際に、解除事由として平気で「会社更生」や「民事再生」と書いてあるのを見る(もちろん中国語版もそのまま記載されている)。せめてそのくらいはしっかりしてよ、といいたくはなるところである。まあ、今でも日本の契約書で「和議」が出てきたり、「破産宣告」なんて書いているのもたまに見かけるから、なんとも言えないところだが。
5 ところで、私の常識不足なのかもしれないが、1と2の関係がよくわからない。親会社がデフォルトを起こすくらい財務状況が悪いというのは、主力である無錫尚徳の資金繰りが悪いこととイコールなのだろうか。転換社債の債権者としては、サンテックホールディングに破産を申し立てることで間接的に無錫尚徳の破産手続きに参加できるのだろうか。いずれにせよ、勉強不足な点が多い。
 この件、気が向いたらもう少し書いてみようと思う。

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2013年4月 3日 (水)

ベトナムにおける訴訟仲裁を始めとする法制度と、中国法との共通点

 愛知県弁護士会のメンバーでベトナムの司法機関を訪問してきた。不勉強であったベトナム法を勉強する良いきっかけになったし、実務的な話も伺うことができた。そうして思ったのは、ベトナム法と中国法の奇妙なまでの相似形である。本腰入れて勉強をすすめ、いつベトナム法の相談が来ても構わないように準備をしておきたい。
 なお、筆者はベトナム法の専門家とはとても言えないので、参考とされる際はご注意いただきたい。
1 仲裁と執行に関して
   中国では渉外仲裁に関してCIETACを用いるのが基本であるが、ベトナムにおけるCIETACにあたるのが、VIAC(Vietnam International Arbitration Center)、ベトナム国際仲裁センターである。渉外要素のある事件であればVIACで仲裁を行うことができ、これも中国同様に裁判よりは信頼性が高く、国際的な紛争ではVIACで仲裁が行われることが多いということだ。
   判決の承認執行については、基本的に認められない、つまり日本の裁判所の判決をベトナムで執行しようとしても執行の承認がおりないであろうということだ。中国に関しては司法解釈で明文化されているが、ベトナムについては私の知る限りでこの点の明文規定はないようである。いずれにしても、この点についても中国法とかなり似ているということができそうである。
   では、外国の仲裁判断の承認執行はどうか。中国に関してはニューヨーク条約により理論的に外国の仲裁判断の承認執行が認められる。例えば東京の商事仲裁協会の判断であっても、中国の裁判所の承認を得た上で執行が可能である。が、実際には地方保護主義のような弊害により、裁判所の承認が出にくいという実情がある。ベトナムの状況も結構似ていて、やはりニューヨーク条約に加盟していることから外国の仲裁判断の執行は理論上可能だが、執行の承認が降りないということがあるようである。さらには、仲裁判断が「ベトナム法の基本原則」に反する場合、裁判所が仲裁判断を取り消すことが可能であるということで、実際に瑣末な手続違反を取り上げて裁判所が取消してしまう例も結構あるということである。
   VIACのようなベトナムの仲裁機構の仲裁判断であれば直接執行が可能であるので、執行の観点からすればVIACを仲裁機関と合意することは合理性があるといえる。これは中国におけるCIETACとまったく同様である。仲裁判断への信頼性も向上しつつあるということであった。国外に執行対象財産がある場合ならともかく、中国にしてもベトナムにしても、仲裁の信頼性を気にしすぎることなく、執行の容易性から現地の仲裁機関で合意することは十分ありえる選択肢になってきていると思う。ただし、仲裁判断が出た場合に執行まで行くのは全体の1割程度ではないかという話(中国)を聞いたこともあり、結局執行の容易さと仲裁の信頼性をここの事例ごとに天秤にかけるということになろう。
2 裁判手続、裁判所の信頼性について
   三権分立性をとらないため、司法権や裁判所の独立が保証されていないことはベトナムも中国も同様である(念のため断っておくが、憲法や法律上は「裁判官の独立」の規定が存在するのがソ連系の社会主義立法の傾向である。例えばベトナム憲法130条)。
   中国法には検察院が判決等に誤りを発見した際に抗訴(控訴でなく、原文でこのように書く)を提起できるという裁判監督システムがある。ベトナムの裁判監督制度にも似たようなものがある(ベトナム民訴法250条)。詳細までは比較していないが制度設計としてはかなり共通する部分があるだろう。不勉強でよくしらないが、このような監督システムは社会主義立法の特徴なのであろうか。フランス法でも実はこのような制度があるとちらりと聞いたがしっかり調べていない。
   裁判官の質の問題でも似たような傾向がある。すなわち、中国でも1995年の裁判官法制定までは、試験制度はなく、裁判官は軍人0Bなどの名誉職的な色彩が強かった。ベトナムでも1993年まで選挙で裁判官が選出されていたそうで、やはり高齢裁判官の質の問題があったようである。また、諸文献によれば、中国同様、賄賂であるとか、裁判官の汚職も決して少なくないようであり、徐々に信頼は向上しているものの、全体としてはまだまだ裁判制度への信頼は発展途上のようである。
3 相違点
   一応相違点についてもいくつか触れておきたい。まず、中国法もベトナム法の社会主義立法をベースに市場経済を取り入れたことは共通するが、中国法は80年代の改革開放時代において比較的広範に各国の法制度を取り入れている。これに対し、ベトナムももちろん各国の法整備支援を受けて積極的に法制度を取り入れているのであるが、日本の法整備支援の影響がそれなりに強いということである。たとえば、民事訴訟法、破産法、執行法、知的財産法などは日本法の考え方が多く取り入れられており、中国民訴法ではない当事者主義・処分権主義的な考え方も導入されている。そのため、民訴法などは比較的とっつきやすいと感じた。
   次に、中国では最高人民法院の司法解釈が法規範としてかなりの重要性をもっている。手続き的な細かいことのみならず、実体法的な解釈から、立証責任の分配など手続法上の重要性まで、非常に重要なことについて規定されている。これは特定の法律に関する最終解釈権を授権されていることが法的な根拠である。しかし、おそらく、ベトナム法ではこれに相応する授権はなされていないのであろう。
   いずれにせよ、中国法を学んだ身にとっては、ベトナム法は、体系的にはもちろん、裁判・仲裁・執行における実務的な面まで相似点がおおい。今回の訪問をとっかかりにできればベトナム法案件についてももっと取り扱っていきたい。

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代表訴訟裁判例から見る合弁契約トラブル例

 代表訴訟をめぐる裁判例を総ざらいしていたなかで、中外合弁企業のトラブルが原因となっている裁判例にいくつか接した。独資企業に置き換えてみても、現地中国人担当者による横領、例えば親族知人との利益相反取引と言い換えることができる。合弁契約、雇用契約(秘密保持等含む)という契約書の作成に関する法的問題から、相手方の信用調査、現地担当者の選任方法といった現実的な手法・対策まで、こういうリスクがあると知ってしっかり管理しなければならないのである。
<事例1>
●上海市第二中級人民法院(2006)瀘二中民五(商)初字第2号 2008年8月22日判決
 Z社はX社(アメリカ系)とY1社が各50%出資して設立した中外合弁企業であり、Y1社が派遣したY2が法定代表者である。X社は、工商行政管理局に備置されている年度会計報告を閲覧したところ、Y2がほしいままに約738万元をY1社に横領させたことが判明したとして、Yらに対して同額及び利息をZ社に返還することを求めた。
<事例2>
●北京市第二中級人民法院(2006)二中民初字第03768号 2006年12月18日判決
 X社(台湾系企業)は、Z社(台中合弁企業)が、Z社の別の株主であるA社(同様に台湾系企業のようである)から購入すればより安い価格で購入できる製品を、中国側のYらが支配するB社(イギリス領バ-ジン諸島が本店所在地)から購入し(以下「本件売買契約」という)、これによりZ社に20.8万元の損失を与えたとして、Yらに連帯してZ社に対して同額を賠償するように求めた。
<事例3>
●広西自治区高級人民法院(2007)桂民四終字第49号 2007年12月20日判決
 X社(香港の会社)はZ社の約60%の株式を、Y1社(中国側)は約40%の株式を、それぞれ保有する株主であり、Y2社はY1社の100%子会社である。Z社、X社、Y1社の三者間で「財産保存協議書」を締結した。その内容は、要約すれば、Yらはある事業の賃借料としてZ社に約1100万元の債権を有するところ、その債権の代物弁済のためにZ社の土地建物等の資産を譲渡するというものである(Z社の董事会の同意は得ていない)。
 Xは「財産保存協議書」は偽造によるものだとして、その無効の確認と、YらがZ社に連帯して約1100万元を返還すること、Z社の会社印とAの印鑑等をZ社に返還すること等を求めて提訴した。
<事例4>
●江蘇省無錫市中級人民法院 事件番号不明 2010年4月12日判決
 X社とY1社は共同でZ社を設立し、X社はZ社の発行済株式の30%を保有している(注:Y1社は70%を保有していることになろう)。X社は、Z社の法定代表者Y2がY1社と通じて利益相反取引等を行い、300万元の損害を与えたとして、Yらに対し、Z社に同額を賠償することを求めた。
<コメント>
 中国側のトップが横領(事例1)、利益相反取引(事例2、3、4)を行なってしまうという、典型的なトラブル例である。紛争予防のためには、合弁契約書中に会計報告の手続きを詳細に定め、監事や一方当事者の会計調査権などを規定しておくべきである。なお、 事例1では証明不十分として
 事例2では提訴要求手続を経ていないという形式的な理由で
 事例3では1100万元の債権の存在が認められて
 事例4ではX社は既に株主ではないとして
 いずれもX社(外資側)が敗訴している。仲裁でなく訴訟であるところをみると、仲裁条項も整備されてなかったと考えられ、その他合弁契約書上の条項も当然不備が多かったと推測される。合弁契約書上の諸条項の不備はもちろん、同一線上にあるが、法的なリスクに対する鈍感さが招いたトラブルと悲惨な結果ということができよう。

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2013年2月10日 (日)

中国初の対上場企業代表訴訟に関する判決とその背景

1 2006年の会社法改正により、中国でも株主代表訴訟が導入されたが、主に1%という持株要件、訴額=請求額となり訴え提起手数料(案件受理費)が高額なことが理由で、なかなか活用されていないことは以前にのべた。
2 そんな中、2012年10月27日、山東省高級法院が対上場企業としては初となる代表訴訟の判決を出した。判決全文にはあたっていないが、事案自体に色々興味深い点があるので、以下紹介する。
3 いくつか予備知識が必要である。
 (1) 中国の代表訴訟では、被告は董事(≒取締役)や監事(≒監査役)に限られず「他人」も含まれ、一般に支配株主は「他人」にあたると解されている。
 (2) 会社法にも、司法解釈にも明文の規定はないが、実例上は当然に損害賠償責任以外の責任も代表訴訟の対象になると考えられている。対上場企業以外では、既に50以上の裁判例が公表されているが、名義の移転はもとより、物の引渡し、販売差し止め、はては契約取消・無効確認請求まで認容例がある。
4 事案は次のとおりである。
 被告となった三聯商社(以下商社)の支配株主はもともと三聯集団(以下集団)であったが、商社の中小株主78名が、2009年12月11日、集団に対し①「三聯」の商標の独占使用権が三聯商社に帰属することの確認、②集団及び第三者に対する「三聯」の商標使用と競業行為の差止め請求、③フランチャイズ契約[特許連鎖経営合同]を商社に移転し、5000万元(暫定計算)を商社に支払うことを求めて代表訴訟を提起した、というものである。2012年10月27日、山東省高級法院は原告の請求を棄却した。
 ただし、興味深いことに、代表訴訟に先立つ2009年5月11日に、商社自ら上記①と②について集団に対して請求する訴訟を提起している。これは、2008年ころから関連会社を通じて商社の株式を買い集め、この時期に支配株主となった国美電器(以下国美)の主導によるものである。
 また、商社の中小株主と独立董事らは2009年6月3日記者会見を行い、集団及びその関係者が商社に対して売買代金等合計1419万円が支払わず、この件について代表訴訟を提起すべく準備しているとした。当時は4人の株主から代表訴訟提起の授権を受けているのみで、総株式(2.5億元)の1%(250万株)には遙か遠い状況であると報道されていた。
5 判決内容について
   請求棄却になった(あるいは一部は却下なのかもしれない。ちょっと手許に十分な資料がなく、中国民訴法上、訴え却下と請求棄却の区別があるのだったか記憶があいまいである。原文は「駁回」であり、少なくとも棄却の場合に用いられることは知っている)ことについては、判決原文にあたっていないのでなんとも評価しがたい。
   ただ、あくまで一般論としては、支配株主がその地位を利用して利益相反的な取引を行うことは大いに有りそうな話で、わざわざ87名の株主が、多額の案件受理費や弁護士費用の負担を押して訴訟提起までしたのだから、原告の請求にはそれなりに根拠があったのではないかと推測され、判決原文の中身が気になるところではある。
6 諸疑問、諸問題
 (1) 素朴な疑問として、中小株主はなぜ会社自身が(国美の支配力が背景にあるわけだが)訴訟提起することに乗じなかったのか。国美と中小株主に協力関係はなかったのか、という点である。
    十分に調べ尽くしていないが、国美が、直接訴訟の保険として裏で糸をひいて別途代表訴訟を提起させたという可能性はないではない。が、やはりしっくりこない点は残る。
 (2) 関連するのだが、会社法の司法解釈(四)(意見募集稿)50条2項は、「会社が代表訴訟と同じ事実と理由をもって起訴した場合は、人民法院は受理しない」と規定している。会社が訴訟提起した後に株主が代表訴訟を提起した場合(そもそもあまりこのような事態は考えにくいが)も同様に考えてよいであろう。そうすると、山東省高等法院はなぜ代表訴訟を受理したのだろうか。少なくとも①、②については日本法でいう二重起訴に該当し、受理しなくてもよかった、受理後に判明したのであれば、改めて受理を取り消すとか、然るべき手続きを取ればよかったのではないか。
7 意義
 本判決の意義というか、本事例の意義は、上場企業であってもなんとか1%の株主を糾合して、代表訴訟を実現することも不可能でないということを実例を持って示したことであろう。冒頭に指摘したように、1%の持株要件は特に上場企業にとっては厳しすぎる要件であるが、乗り越えられないことはない、ということである。
 ちょっと話はそれるが、中国のネット用語として「人肉捜索」というものがある。なにやら物々しい印象をうけるかもしれないが、要するに、ネット上の人海戦術(=人肉)により、例えばハンドルネームや写真などのネット上の情報、実際に発生した事件などの情報を通じて、ある個人の氏名、本籍、職業、電話番号、メールアドレスなどの個人情報を特定することである。人肉捜索の長所・短所は別に機会があれば触れるが、中国でのネットの力などを考えると、今後は、もしかすると人肉捜索的にネット上の募集により1%の持株要件を満たすことができる事例も出てくるかもしれない。

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2012年11月12日 (月)

CIETAC本会の上海・華南分会の対立と、仲裁合意への影響

 平成24年8月1日に、CIETAC北京本部がその「派出機構」である上海、華南分会が仲裁申請を受理し、管理することについての授権を中止する旨、そして、上海分会・華南分会を仲裁機構として約定している場合、CIETAC北京本部が上海・華南にそれぞれ置いている「秘書局」に申立てをすれば、それぞれの地においてCIETAC本部が仲裁手続を進行する旨などを公告した。
http://cn.cietac.org/notes/notes094.shtml
 これに対し、CIETAC上海・華南分会は同年8月28日、法政日報上で公告を行い、“上海分会・華南分会はそれぞれ独立した仲裁権能を有するのだ、意思自治の原則により、当事者が上海または華南支部で仲裁を行う旨の約定をした場合、他のどのような機関も仲裁を受理する権限はない”としている。
http://www.sccietac.org/main/zxfw/xwtt/notice/T115235.shtml
 この争いの背景には、北京本部が作成した新たな仲裁規則に対し上海・華南支部が従えないと反発したこと、沿革的にはCIETAC北京本部よりも華南、上海分会の方が先に設立されていることなどがある。

 さて、中国法を扱う実務家にとって最大の関心事は、「では平成24年8月以降の契約では、CIETAC北京本部を仲裁機関として合意するのか、上海分会・華南分会を仲裁機関として合意するのか、どちらがよいのか」という点である。
 個人的には大変残念ながら、やはり北京本部を仲裁機関と合意するのが無難であるとの結論を述べざるを得ない。

 なぜなら、ある契約において上海・華南分会を仲裁機関と合意した場合、中国側(厳密には中国側に限られず、契約の相手方ということになるが)が“北京本部の公告に従い、上海・華南分会は仲裁権限がないから、仲裁合意は無効だ”との前提のもとに、裁判所に提訴し、その主張が認められる危険性が存在することは否定できないからだ。ここでの詳細な説明は省くが、特に地方の裁判所では地元企業を優遇する「地方保護主義」の弊害が指摘されており、中国側の地元企業が提訴した場合にその主張が通ってしまう危険性は高い。
なお、逆に日本側が仲裁合意の有効性を前提に上海・華南分会に仲裁申請をした場合において、相手方である中国企業(厳密にはそう限られないことは前述のとおり)が仲裁合意の有効性を争う可能性はゼロに等しいと言っていいだろう。なぜなら、上記公告のとおり、上海・華南分会は必ずや仲裁合意が有効であることを前提に手続きを勧め、終局判断を下すはずであり、相手方は執行段階において裁判所で仲裁合意の有効性を争うことになるが、いかに地方保護主義があるとはいえ、執行段階でしか争えないことについてはリスクが大きすぎるからである。

 9月に上海に行った際など、出会った中国人弁護士には必ずこの問題に関する見解を聞いた。結果は、「本会を仲裁機関とし、仲裁地だけ上海にする」派と、「いや、上海分会でOKだ」とする派とほぼ真っ二つであった(ただし、聞くことができた人数はそれほど多くない)。なお、実は9月に上海分会を訪問した際に、思い切ってこの問題について直接分会の仲裁員に尋ねてみたところ、結果は案の定というか「子どもがどうして父親の授権を中止できようか」ということで、上海・華南分会の公告を紹介しつつ「当然に有効だ」というものだった。
 「個人的には残念ながら」というのは、上海分会の方々に親切にしていただいたこと、私自身CIETACでの仲裁は未経験ながら上海分会の仲裁委員は能力優れ、十分に信頼できる方が多いことなどによる。しかし、上述のように危険性は否定できないのである。

 もちろん、紛争になった後、改めて双方が上海・華南分会を仲裁機関とする合意ができれば問題なく受理されるであろう。ただ、現段階において、契約時に上海・華南分会を仲裁機関として合意することはやはりおすすめできないといわざるを得ない。司法解釈などでこの問題についてはっきりさせてくれれば助かるのだが、、、多分期待はできないだろう。

 なお、上海・華南分会に独立?の動きがあるともいうので、今後の同行は引き続き注目したい。

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