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2023年3月 1日 (水)

連載「有罪!? 無罪!? サイクル大法廷」の批判的解説-ウーバーイーツと自転車事故

 電子雑誌の購読はかなり安いことを知り、自転車雑誌の購読だけが目的だが定期購読してしまった。最大の関心はルートやコースなのでバックナンバーからそういう記事を読み漁っているのだが、先に記事にした表題のコーナーが気になって見てみるとやっぱりツッコミどころ満載なので、だれも見ないであろうがせめて読者の誤解を解くべく正しい解説をしようとおもう。

 連載予定だが、まずは2023年1月号「ウーバーイーツ死亡事故から学ぶいくつかのこと」と題するもの。例によって判決全文が参照されたか疑わしいが、裁判所HPに掲載されていた。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/221/091221_hanrei.pdf

 事件としては、大雑把にウーバーイーツ業務中のロードバイクが夜間、雨のなか無灯火で時速20-25kmで直進したところ、交差する横断歩道横断中の高齢者(78歳)をはねて死亡させたというものである。判決は禁錮1年6月、執行猶予3年であった。死亡という結果の重大性を悪情状と考慮しつつ「重過失致死事犯の量刑傾向や、自動車運転過失致死事犯との均衡等も踏まえ」執行猶予を付したというものである。

 一般に「自動車」事故であっても人一人の死亡事故で初犯から実刑になるのは極めて稀である。昔統計で調べたことがあるが、おそらくその種の事故で数%程度であったかと思われる(飲酒等ない前提かは忘れた)。実感として、飲酒、ひき逃げ、無免許、信号無視など明らかに重大な交通違反等々がなければ簡単には実刑にはならないものである。どちらかというと民事の交通事故の裁判でよくこの種の事件に出くわすが、略式命令で100万円の罰金というものも結構ある実感だ。

 以上から容易に想像がつくと思うが、自動車より危険性の少ない自転車による人一人の死亡事故で実刑になる確率は極めてゼロに近いだろう。念のため調べてみたが、自転車事故で実刑になった事例は見つからなかった(それに近い特殊な事例があることは後述する)。

 さて、記事によると「人が一人死んでいて、しかも業務上過失致死で、執行猶予がつくなんで甘い、と思われる方もいるかもしれない」、しかし、「心からの反省を示し」「遺族への謝罪もしている」ため執行猶予付きの判決となった、筆者は妥当と思っているということである。
 …まあ、非法曹が素人的実感を述べたに過ぎないのだからといえばそうなのかもしれないが、あまりにずれているだろう。一般人の認識について述べる部分はいいのだが、執行猶予付きになる理由は反省でも謝罪でもなく、判決も的確に指摘しているように「自転車による重過失致死事犯の量刑傾向や、自動車運転過失致死事犯との均衡等」であろう。おそらくしっかり謝罪してなくとも、反省が不十分であろうとも、本件は容易に実刑にはならなかったであろう。それは量刑相場というものである。

 さらにこの判決について『「高性能のロードバイク」が大きな要素になっている』という。教訓として高性能の自転車に乗るにはそれなりの責任が生じるのだ、というそのことはいいとして、多分この判決から簡単にそうは読み取れない。そういう立論をするなら、ママチャリなら略式命令で済んでいたところが、正式起訴されたというような事情を指摘しなければおかしいだろう。
 
 なお、大地平成23年11月28日(これは裁判所HPでは載ってなく、判例検索ソフトでないと調べられない。判例タイムズ1373号250頁。)というのがあって、大阪で国道25号という大幹線道路を自転車で横断したところ、当該自転車を避けようとした車が歩道に突っ込んで2名を死亡させたという事故について、自転車運転者に2年の実刑という例がある。自転車事故というより、不適切な横断による事故であって、その意味では歩行者でも自転車でも変わらない。ちょっと自転車事故のワクを超えているだろう。
 なお、判決文を見る限り、この件でも実刑は厳しすぎるのではとは思いはする。自動車の高速運転や酒酔い・信号無視などの運転はそれ自体死という結果を惹起する危険性が高い。この横断が危険であって重大な過失であることはそうだろうが、それ自体死という結果を惹起する危険性が必ずしも高いとはいえないのではないか。たまたま歩道に人がいたから死という結果を惹起したというところではある。
 と思って、判タの囲み記事解説を見ると、本件は検察官の冒頭陳述によると前刑の懲役刑執行終了から2年以内で、執行猶予の余地がない事案だったそうである。自転車事故の多発に警鐘を鳴らす判決と表する受け止め方はおかしいとされている。判決も「高速度運転などにより直接に人を死傷させた事案と対比すると,過失行為自体が重大な危険性を有するとまではいえない」とか、「本件は高速度運転やブレーキ不備での運転といった,自転車の走行に特有かつ高度の危険性が認められる事案とは異なっている」として、「自転車の走行を原因とする交通事故等が社会の耳目を集めているとして,厳罰による一般予防の必要性」をいう検察官の主張を退け、「当裁判所は,これらの事情を本件量刑上大きく考慮するのは相当でないと解した」ということである。自分の感覚がずれていないことに安心した。
 自分でいうのもなんだが、自転車事故に関して裁判例を記事にするなら、前段落のような指摘こそ価値があると思う。

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