« 2022年5月 | トップページ | 2023年3月 »

2023年1月

2023年1月15日 (日)

台北地方裁判所訪問

 台湾の司法事情を学ぶべく、この年始に台北地方裁判所を訪問してきた。その感想を記事にする。

1 入り口その他
 外観は3階建て程度で、首都の地方裁判所としてはやや小さめに見える。これはおそらく台北市を取り囲むように新北市があり、そちらの人口のほうが台北市本体よりも多く、台北市それ自体の人口は少ないからではないかと想像された。名古屋地裁よりも規模が小さいように見えた。
 入り口では荷物検査がある。これは東京地裁や名古屋地裁のイメージと大差がない。ただ、入ってすぐ左手にどうやら刑事事件の受付のような窓口があり、一部匿名化されて事件名と当事者名が表示されていた。ちょっと日本では考えられないので、意外だった。台湾でも検察官が起訴権限を独占しているものと思うのだが、起訴状が受理されたかどうかについて審査の上表示するものなのだろうか。

 

2 受付その他
 訴状の受付場所それ自体はあまり日本の裁判所と変わらないように見えた。ただよりシステム化というか、銀行のような番号札方式だったし、おそらく訴訟費用の予納専用の窓口、番号札というものもあった。
 地下にレストランと売店等があるというので、足を運んでみた。レストランは地裁の食堂みたいなイメージ、売店もハイライフという台湾で有名なコンビニチェーンが入っていて、日本と変わらない。
 面白かったのは、卓球場があることで、職員と思しき数人が汗を流していた。
 弁護士休憩室みたいなものがあるのは日本と一緒だ。






 

3 法廷傍聴
 日本同様、おそらく民事事件の傍聴はわかりにくいであろうという予断?のもと、刑事事件の傍聴に向かった。どんな事件を傍聴しようかとうろうろしていると、事務官らしい男性が声をかけてくれた。曰く「我が国の法廷は公開だ。遠慮せずに見ていってくれ」。大陸人と間違えられたのであろうか。「私は日本人弁護士で台湾の法廷を見学するために来た」というのも野暮な気がしてそうは言わず、またもうちょっと事件を確かめたい気持ちはあったが、せっかくなので、その事務官が導いた法廷に入った。
 基本的に法廷内部は日本の法廷と同じイメージでいいが、重要なのはIT化が進んでいることである。なお、中国大陸の法廷と同じだが、裁判官名・書記官名はちゃんと名札がある。また服装についても弁護士や検察官も法服らしきものを着ている。かつらはしていない。かつらはおそらくバリシター(法廷弁護士)とソリシター(非法廷弁護士)の区別のあるイギリス法以来のもので、イギリス法由来の香港などではいまでもかつらを着用していたはずである。
 一番の特徴はIT化であろう。書記官がその場で調書的なものを作成していて、傍聴席に見える画面にも表示される。このおかげで傍聴人としてはだいぶ理解がしやすかった。ちょうど被告人質問の途中で入室したようで、事案としては詐欺の共犯事件の一方被告人の審理のようであり、否認事件ではないと思われたのだが、おそらく共謀を含めた関わりの深さについて尋問をしていたように思われる。ようするに、否認事件ではないが、従属的な立場であるということであろう。利益の分配を受けていないことを問うていたあたりは、日本の刑事裁判と重複する部分も感じられた。
 その日では結審とならずにもう一度期日を決めて審理続行のようであった。
 民事裁判の方にも入ってみたが、案に相違せず、日本の民事裁判同様に内容はすぐには理解しにくい。ただ、傍聴席にむかってディスプレイが用意されているのは刑事裁判と同様であって、一応争点に関連すると思われるキーワードが表示されていたりはした。イメージは日本の民事裁判と概ね一緒だが、10分間隔で弁論が入っているためか、比較的弁論準備手続に近い運用がなされているように見えた(ただ、日本でも弁論で積極的に議論する裁判官もいるので、裁判官ごとの差かもしれない)。

 以上をとおして一番思ったのは、IT化のことであって、日本の裁判も台湾程度のIT化をしてもいいのではと思った。刑事裁判の録音を巡ることや和解手続きの隠し録音を巡って日本でニュースとなっていた事件がある。例えば弁論準備手続の非公開や録音禁止などは一定程度理解できる面がないとは言わない。録音問題はともかくも、台湾の法廷でそうであるようにその場で法廷の内容を記録化して傍聴人を含めて示すというような姿勢はあっていいと思うのである。

 いずれにしても、法廷の設備から内容まで、大いに参考になる傍聴だった。

Img_20230107_124843

| | コメント (0)

2023年1月12日 (木)

あるロードバイク死亡事故に対する無罪判決について

 散髪に行った際に、電子書籍で「サイクルスポーツ」が読めたものだから、眺めていたのだが、そこで「有罪!? 無罪!? サイクル大法廷」という記事があり、地元国道302号上でのトラック対ロードバイク事故での無罪判決が批判されていた。判決文を参照せず、新聞報道をベースとして記載しているし、ライターは法曹関係者ではないから、いかにも根拠はとぼしそうと思った。ただ、確かにロードバイクびいきの自分としては「いかに302号であろうとトラックが自転車を引いて、死亡までさせておいて無罪とは」と気にはなったので、我慢しきれず判決文を探してみた。裁判所HPに掲載されていた。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/737/088737_hanrei.pdf

 これを見て概ね疑問は氷解した。
 
 トラックのサイズは「長さ約11.96m,幅約2.49m」である。そして「被害者自転車は,時速約36kmで走行中の被告人車両を上回る速度で,同車の左後方から,その左側面と縁石との間の通行余地を進行」した。
 ここで「第1車両通行帯は幅約3.8m,被告人車両は幅約2.49mであるから,被告人車両が第1車両通行帯の中央を走行した場合,被告人車両の左側面と外側線との幅は約0.6m,これに外側線と縁石までの幅約0.7mを併せても約1.3mである」。
 そして、「被害者のけがの部位,被告人車両及び被害者自転車の各損傷状況及び痕跡等からすると,被告人車両の第1・2軸付近が被害者自転車と衝突した」と認定されている。

 以上要するに、ロードバイクはトラックと縁石まで約1.3mしかない細い幅に36kmで走行していたトラックを上回る速度で入り込み、全長約12mのトラックの「第1・2軸付近」≒前輪付近に衝突したというわけである。以上は裁判所の事実認定を前提とするものであるが、この事実認定どおりだとすれば無罪は至極正当であろう。ちょっと同じロード乗りとしては信じられず、故人には大変申し訳ないが、文字通り自殺行為と言わざるを得ないであろう。

 判決に対して批判すべき点があるとすれば、「本件道路は,交通頻繁な国道で,西側に防音壁が設置され,その西方に歩道が整備されていることからすると,歩行者や自転車の通行が想定されていないものと認められる」と言い切ってしまった点であろう。この点をとらえてネット上ではいくつか批判している記事があったし、上記サイクルスポーツの記事も批判していた。この点だけを捉えればまあ批判はおかしくない。
 歩行者は予想されないであろうが、車道を通行すべき自転車が通行することは当然に予定される。このあたりは例によって裁判所の自転車走行に対する実感の欠如を思わされる。歩行者やママチャリが走行することは予想されないが、原付が走行することが予想されること同様にロードの走行は当然に予定される。私は302号は数度しかロードで走ったことはないし、危険だから積極的に通りたくないが、走行自体は何ら問題がない。とはいえ、判決文を全体として読めば、警察が302を実際に走行しているロードを抽出し、上記のような隙間に進入するかと聞いたら全員否定したことが指摘されているから、裁判所も抽象的・一般的にロードの進行が予想されないという趣旨ではなかろう。

 ただ、以上の検討を踏まえて思ったのは当該「有罪!? 無罪!? サイクル大法廷」の著者には申し訳ないが、ちょっと判決の当否を論じるような資質を欠いているのではないかという点である。記事の中では、ロードは善意で道路の端っこを走っているのだとか、トラックが幅寄せしたというなことを前提に主張が展開されているが、判決本文をちゃんと読めばそういう前提がないことはすぐわかりそうなものである。
 弁護士ロード乗りの端くれとして判決を題材に検討を加えることには意義があると思うが、判決本文にあたろうともしないような著者に連載記事で書かせることはかえっていたずらに裁判所に対する不信などを煽ることになりかねない。

 亡くなった24歳の青年には謹んで哀悼の意を表したい。彼の死を無駄にしないためにも、正当な検討が必要だろうと思う。

| | コメント (0)

« 2022年5月 | トップページ | 2023年3月 »