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2022年5月

2022年5月14日 (土)

会社法339条2項の損害=残任期に得べかりし報酬という通説は破棄されるべき

1 前回記事の司法試験解説を書いていて、派生的にこの問題についてもう少し考えたいと思った。
 要するに、取締役の任期を最大10年とできるようになった会社法の下では、取締役解任の正当理由を従来の厳格な解釈を若干緩和することと、それに関連して会社法339条2項の損害=残任期に得べかりし報酬という通説を破棄して、正当理由の強弱その他の事情を考慮要素として柔軟に判断するという判断枠組みが妥当である、ということである。
 任期10年の取締役を例えば5年で解任する場合、正当理由がなければ、従来の通説を前提とすれば5年分の役員報酬を支払わなければならない。個別事情によるが、これではいかにも多額という印象になるだろう。また従来の通説を前提とすると、正当事由のあるなしで、この多額な損害を支払うべきか否かがオール・オア・ナッシングで決まることになる。これは実務感覚にもいかにもそぐわない。
 結局あるべき規律としては、正当理由の強弱とその他の事情(例えば報酬額とか、任期に関する会社及び取締役の期待)の相関関係によって損害額を柔軟に決定するというところであろう。もともと会社による解任の自由と取締役の任期に対する期待の保護の調和というのが339条2項の趣旨だという(例えば、江頭7版400頁)。基本的にこの趣旨にも沿う考え方であろう。
 なお、定款変更による任期短縮に伴う339条2項類推の場面の裁判例だが、東地平27年6月29日は残任期5年5ヶ月に対して2年分を損害とし、名地令1年10月31日は請求棄却だが控訴審で一定額を支払う旨の和解となっている。オール・オア・ナッシングよりは割合的解決をというのは実務感覚にあうのである。

2 前回記事の司法試験解説を書く際に、というか平成28年の司法試験解説(http://erlang.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-f9a7.html)を書く際にも、「多分、会社法改正で最大10年に取締役の任期を延長する際に、残任期報酬という従来通説を前提とすると損害額が過大になるという問題が十分検討されていなかったのだろう」と思っていた。それで少し調べてみた。
 どうも平成17年の会社法改正の際は、そういう過大になるよという問題を十分に考慮して会社は取締役の任期を選択することが想定されていたということである(江頭「会社法制の現代化に関する要綱案の解説[Ⅱ]」商事法務1722号11頁。ただし、加藤貴仁「判批」リマークス2017上84頁からの孫引き)。理想論的にはそうかもしれないが、実際は公証役場のモデル(例えばhttps://www.koshonin.gr.jp/pdf/kaisya-teikan01_s_2021ex.pdf)で10年となっていたりするのを、果たしてどれほど中小企業がリスクを踏まえて選択しているかは疑問である。かくして339条2項の損害の範囲は、残任期全額ではなく相応に限定するという解釈が待たれると主張される(得津晶「判批」ジュリ1477号102)。上記東地が2年間という判断をしたのも、このあたりが参考にされたのだろう。
 余談だが、平成28年の司法試験解説を書いた際には平成27年東地の存在は知らなかったが、当時「閉鎖会社で、単独で過半数を有しているわけでもない取締役Aが任期8年間地位を守れる可能性は必ずしも高くない、支配権の変動に伴い解任される場合は予想されるなどと言って「半分」とか言い切ってしまう手はあるかもしれません。裁判所ならこういうドンブリな判断をしそうではあります。」とした通りの判断を東地が実際にしていることにニヤリとした。

3 正当理由は基本的に厳格に解する、例えば経営判断の失敗などは正当理由にあたらないというのが従来の通説的考えと思われる(例えば、江頭7版400頁)。ただ、任期の上限が10年と長くなったことを考えると、従来より正当理由を緩和する解釈が必要であることは否定できない。上記名地はあきらかに従来より正当理由を緩和している(片岡憲明「判批」CHUKYO LAWYER34号66頁)。こういう緩和は、正当理由の有無=損害賠償の要否=損害は残任期分の報酬、という図式の下、オール・オア・ナッシングの判断を余儀なくされ「どちらかというと支払わなくてもいい」というように利益衡量の針が傾いた結果だと推測される。正しくは高裁で和解したように、「正当理由が乏しい分、全額とはいわずとも部分的には支払ったらどうか」というような、割合的な解決が判決でも実現できなければならないと思う。
  東地が5年5ヶ月の残任期に対して2年としたのは「同様の月額報酬を得る蓋然性がある期間」というのが直接の判断根拠である。今年の司法試験問題のように、特定会社の出身取締役の任期は事実上4年という慣行があったとか、株主間契約等で任期に縛りがあったというような事案ではこの根拠は使いやすい。ただ、より直接には正当理由の強弱との相関関係で決まるとしないと、正当理由の問題と残任期の期待可能性の問題が分断されてしまうだろう。
 結局正当理由の強弱、任期に関する期待、報酬金額、就任経過(司法試験問題のように生活保障的なものだったか等々。但し任期に関する期待の考慮要素という位置づけかもしれない)を総合考慮して決めるとするのが一番妥当だろう。基準として不明確という批判はあるだろうが、立退料の算定のようにこういうドンブリな認定というのは現にいろんな場面であるし、避けられないものである。正当理由の強弱という問題と損害額の問題を相関的に論じないと、東地がそうであったように、本来考慮すべき要素が表面上は出てこなくなってしまうだろう。
 以上の考えは決して新しいものではなく、上記で引用した得津「判批」で期待されるとされていた新しい見解の一つである。

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2022年5月13日 (金)

令和4年新司法試験会社法(民事系第2問)について

 特殊なルートで問題文を入手したので、例によって速報記事にする。法務省ページには明日明後日くらいには掲載されると思う。
 
 今年の問題は実に単調だった。問題文の量は多いが、ほぼ各設問ごとに単論点に近く、かつ論点自体は単純でどちらかというとあてはめだけやればいいという感じの問題である。ちょっとこれで会社法の力量を的確に測れるのかな、という疑問がないではない。ただ、私の講義を受けている人は、問題文の読み方を中心としたあてはめ活動の充実、知らないが問題意識(聞かれていること)は明白な問題について、どう対応するかという部分でかなりのアドバンテージがあるタイプの問題であろう。

 横着して、設問の紹介は省略する。

1 設問1は、要するに定款では10年、慣行では4年の任期である取締役であったのに、1年に短縮する定款変更の株主総会決議によって2年で事実上解任されざるを得なかった取締役が、取締役解任について会社に対して損害賠償請求できるかという問題である。そもそも解任取締役は就任後2年しか経過していないので、再任の株主総会議案自体が違法議案かという問題は一応ある*が、基本的に定款変更による任期満了による退任の場合に会社法339条の類推できるかという論点である。
 これは身近な先輩弁護士が獲得した最近の判決を題材にしているような気がするので、あとでそれは調べる。それはともかくとして、もちろんそういう細かい裁判例を知っていることを前提にする問題ではないので、以下考え方を述べる。
 危ない論述、現場での思いつきは避けよというのが常々の私の指導である。実質論として、この件では残り2年分の役員報酬相当額の請求を認めるのが収まりがよいが、司法試験の答案であれば多少実質論として不当でもその点に触れつつも「法律上こうなっているからしかたない」とやるほうが安全だと言っている。その路線で行くと、こういうたぐいの実務慣行や株主間契約、会社と取締役の契約などは散見されると言ってよい。ただ、前にも別の問題の機会で書いたが、基本的にこれらが定款という形で会社を縛るルールとして明確でなければ定款違反と言うかたちで会社に対して拘束力を持たないと考えるのがあくまでも基本的なルールである。合弁契約等を扱う弁護士として、このあたりはしっかり注意しておかなければならない。というわけで、「定款に記載されていない以上会社に対して効力を有さない。あとは取締役と会社、あるいは代表取締役個人との債務不履行問題でしかない」とやるのが一つの極である。
 もちろんそうあっさりそうやってしまっては身も蓋もなく、点数も入らない。実際に裁判例がどうやっているのかは知らないが、解任取締役側の事情を考慮して、定款変更による場合も会社法339条を類推していく可能性はあるだろう。本問で考慮すべき事情というのは概ね次のとおりである。
  ・ 解任取締役は取引先会社出身の取締役枠で、長年(おそらく設立時から30年以上)、4年で退任するのが慣行であった(この辺は定款に記載されているのと同視できるほどに定着していると判断するのに特に重要であろう)
  ・ 代取単体で40%、平取の弟と長女で20%ずつの株式保有であり、上記慣行というのは大多数の株主の了解事項であり、仮に定款に記載していたとしても反対を受ける可能性は少ない(少数株主として従業員株主がいるが、その利益を重視する必要性に乏しい)
  ・ 取引先の当社に対する依存度は売上総利益の50%以上という関係性の深さ(資本関係はないが、取引先側、取引先側従業員としては当社の意向に逆らいにくい事情であると、しっかり評価まで答案に記載すべき)
  ・ 解任取締役は取引先で35年勤務した57歳で、60歳定年になるより取締役になって61歳まで取締役をやったほうが安定すると代取に誘われて役員になった。報酬月額40万円で他の収入はなかった
  ・ 解任取締役は代取ら取締役(家族)の経営方針に対立し、それがきっかけになって事実上の解任が起こっていること(任期1年に短縮の定款変更議案における代取の説明は「再任の機会を多くし緊張感を持たせる」というものだが、株主の80%が家族なので詭弁である。こういう評価もきちっと答案に書くとよい)。
 あとはどう料理するかだが、前記一つの極を持ち出して「原則として定款に記載がない場合類推適用を否定すべきである。ただ、慣行としての定着性、株主構成、取締役就任の経緯などを考慮して定款に記載されているのと同等またはそれに近いと評価される場合は例外的に類推を認めるべきである」とでも規範をたてて当てはめてやってもいい。その際に後ろ2つの事情はちょっと使いにくいが強引に書いてしまうか、類推否定方向で書くなら一応触れておいた上で「これらの事情は定款に記載とされているのと同等ということにプラスに働かない」と蹴ってしまうのが論理的にはスッキリする。
 設問では損害論も聞かれていて、常々指摘するように親切な誘導がなくとも損害論についてはしっかり論じるべきであるが、損害は残期間の役員報酬相当額ということで、定款による8年、慣行による2年かというところか。実質論としては慣行による2年が落ち着きがいいので、類推を否定するなら「仮に類推されたとしても定款記載と同視できるのは4年だから、4年まで」とやるのがいいだろう。
  * 2年経過時の定時総会に①選任後1年を任期とし、選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終の総会で任期満了と定款変更をし、②直ちに全取締役の再任議案を出したところ、解任取締役は再任について否決されたというもの。①の効力が決議時点で生じたとすると、たしかに②も適法に思える。ただ、他の取締役はちょうど定款による10年の改選期にあたるという設定にしていて、解任取締役だけ①の効力が問題となる設定としてあるので、あっさり適法と論じてしまうのが出題者の意図にかなうかはよくわからない。が、どのみち類推の議論をしっかりやれば十二分に合格点である。

 ※ ここまで書いてから、さすがに気になったので例の先輩弁護士の裁判例(名古屋地判令和元年10月31日)を参照した。要するに類推の可否については明確な判断を避けながら、「原告は JA の理事を3年で退任することにより,JA 職員の定年より前に収入を失うことになる救済のために,報酬のある被告の取締役及び代表取締役に就任したものであり,その地位は,原告に収入を得させるためのもの,即ち生活保障のために与えられた地位であったといえる…原告は, 7年近く被告の取締役の地位にあり,その在任中,4700万円を超える報酬を得ており,生活保障としては十分な金銭を得ている」などと述べてどのみち解任に正当理由があるとしたのである。これを知っていれば、もともとの60歳の定年まであと1年であることを「十分」とするか、「まだ足りない」とする評価もありうるのだろう。なお、公刊物にも記載されていることであるが、高裁では一部支払いを命じる和解が成立したとのことで、実質論としてはよい収まり具合だと感じる。

2 設問2は要するに低廉価格で事業譲渡を行った取締役の会社に対する責任の有無を問うものであり、ほぼほぼ経営判断原則の当てはめの問題である*。前提に簡単に触れたうえで、経営判断原則の適用を認めるのに積極的な事情と消極的な事情をあまさず指摘し、的確な当てはめを行えば結論はどちらでもいいだろう。
 事案を大雑把に言えば、大分経営が悪化している事業で、事業の貸借対照表でいえば純資産2000万円、仮にDDを行っていれば1000万円と算定されたはずの事業を4000万円で譲渡したことに関する責任の問題である。譲渡元が親会社(60%保有)で、譲渡先役員が「さっさと譲渡しないと取締役に再任しないぞ」と親会社代取に言われたので、DDの必要性を認識しながらも行わなかったという事情がある。
 <積極方向の事情>
 ・ 業績の悪化が急速。10ヶ月で純資産8000万から2000万に減少(主に資産が減少)
 ・ 銀行借り入れ3000万円について、4ヶ月前が履行期限でありながら今も返済できていない
 ・ 銀行出身の取締役が、弁護士の意見を求めた上で、その弁護士の回答内容(本件はDD行うべき)を伝えてDDを求めた
 ・ 取引価格4000万円という、一般的な意味での多額取引であること(100万円のものを買うのとは違う)
 ・ (その他一応DDの有用性、必要性、実務上よく行われていること等)
 <消極方向の事情>
 ・ 譲渡元は譲渡先の株式60%を保有する親会社かつ譲渡先の売上50%は譲渡元に対するもので、依存度が高い
 ・ 譲渡元代取=親会社代取が当該役員に対し、迅速に進めないと再任はないと言われた
 ・ 譲渡事業は譲渡元の主要ブランドで、1ヶ月で交渉まとまらないなら別の譲渡先を探す、法的整理も検討すると同じく親会社代取に急かされていた
 どう考えるのがいいだろうか。おそらく個人的には裁判所は経営判断のワク内というと思うが、参考になるのは例のアパマンショップ最高裁だろうか。1万円のものを5万円で買っても出資払戻しの性格もあるしとして責任を認めなかったというやつである。すこしかっこよく?するなら、積極方向の事情を指摘して「やはり問題は大きい。これだけなら経営判断のワクを外れ、一般的には経営判断のワク外である。ただ、消極側の事情があり、この個別事情を考えると本件ではギリギリ経営判断のワク内と考えるか、仮に任務懈怠が客観的に認められるとしても過失がない」とでもやる感じだろうか。大昔の問題にもあったように、積極方向の事情と消極方向の位置づけはわざと別次元のものにしているのかなとも思う。消極方向の事情は経営判断の問題というより、どちらかというと期待可能性というか、過失に近い問題かなと。例の任務懈怠と過失の一元論か二元論という理論的対立に深入りする必要はないが、一種の期待可能性不存在のような判断で法令違反を認めながら過失がないとした野村損失補填事件の最高裁を意識するといい。私なら誤引用にならない限りでアパマンと野村最判は触れるだろう。
 * なお、譲渡元が譲渡先60%の株式を保有する親会社なので、一応利益供与該当性も問題になるかもしれない。が、おそらくそれをメインで聞きたい問題ではないだろう。株主の権利行使との関係性が薄いとみられる事案設定なので、そのことを指摘して利益供与該当性を否定しておけば足りると思われる。
 で、設問1と同じで、特に責任を否定する場合も損害についてしっかり論じるべきである(露骨に問題文は「損害に関する主張を含む」と指定している)。単純には実際の価値1000万と4000万の差額の3000万となりそうだが、バカ高いDD費用の損益相殺はあっていいと思うし、あるいはダスキン事件であったような損害の割合的因果関係のような議論も可能だろう。えいやで、この問題は代取が悪くて、いわば脅された担当取締役は半分でいい、というような考え方である。

3 設問3は要するに事業譲渡にともなう商号続用者の責任を聞くものである。
 譲渡元は化粧品等製造会社でPBの生産のようなことをやっていたという設定で、例えば譲渡元をかりにカネボウと考えれば「カネボウスタイル」みたいな社名付き商標で日用品の生産をして、特定のドラッグストアに卸していたというような設定と想像するとイメージが付きやすいかもしれない。その「カネボウスタイル」製造事業を譲渡して、「カネボウスタイル」の商標を使用し、譲渡先の経営するスーパーの看板にも複数掲げて、ネットでも「カネボウスタイルが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました」と宣伝していた等々。なお、債権者は銀行である。
 商号そのものでないから、類推の問題になるのはいいとして、ここでは商号続用者の責任の性質論についてはそれなりに論じた方がいいような気がする。一種の外観法理という通説的な性質の説明だと、銀行が運営主体を誤認するわけがあるまいという結論に親和的で、企業財産の担保力も考慮しているという方向だと、誤認の有無にかかわらず責任を認める方向につながるからである。結論はどちらでもいいが、肯定方向の諸事情、特に会社名付きの商標であることについて十分配慮しつつ、かつ企業財産の担保力という説明も相応に合理性があるが登記・通知がある場合に免責されることを説明できないなどしっかり批判も書いておいて、銀行だし誤認はないよね、とやるだけでまあ十分合格点だろう。

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2022年5月 9日 (月)

帰国前PCR検査は即刻廃止すべき

 

 フランスに自転車旅行に行って来ました。コロナ禍が始まってから約2年ぶりの海外で、往復隔離もないのでロスは少なかったのですが、あまりにも日本の水際対策がひどく、特に帰国時に滞在国出国72時間前以降のPCR検査による陰性証明が必要とされていることについては、即刻廃止とすべく、記事にします。

写真は無関係な旅行中のもの(笑)。

 

1 実質論
 (1) 必要性は乏しい―入国時空港での全員検査を前提に
   出国72時間前とする医学的根拠などについては調査が及んでいない。また、この種の陰性証明を取得させることの効果に関する論文なども調査が及んでいない。
   だから、素人考えで裏付けもないという前提だが、入国時に空港で全員PCR検査をするという前提の下でどれほど意味があるのか。空港陽性は隔離なのだから、空港陰性の人が出発前陽性である場合に出発前検査をさせる意味があるが、通常空港陰性かつ出発前陽性というパターンは治癒したということではないか。空港陰性が偽陰性である場合に出発前陽性で入国拒否する意味があるが、それはどれほどの確率であるのだろうか。素人的にはかなり低いと思う。
   強いていうなら、事前に渡航を断念させる予防的効果があるかもしれない。が、その予防的効果がどれほど感染症の水際対策として実効性を持つのか、ちゃんと裏付けが取られた上でのものなのだろうか。
 (2) 弊害が大きい
   基本的に限られた滞在時間の一部をPCR検査に裂かざるを得ないことの弊害は大きい。平日昼間のみ営業している検査場が通常であろうから、帰国者は時間調整や営業している検査場の調査、検査の実施と大きな負担を強いられる。
短期滞在者にとっては致命的である。
 (3) 現状の厚労省書式、方式等の問題点
   仮に現状の厚労省書式や方式を改めても弊害は十分大きいので即刻陰性証明の取得は中止すべきであるが、以下のとおり現状の書式等を前提とすると弊害はなおさらである。
   すなわち、厚労省は「所定のフォーマットを使用」することを求めている。任意の書式でも構わないが、検体・検査方法に細かい決まりがあり、かつ医師の署名と印影を要求している。検体・検査方法の制限根拠はおそらく医学的な調査を背景に信頼性の高いものに限定しているのだろう。が、国内ならともかく各国様々な事情や根拠により各様の検査方向が採用されているはずである。入国のためのものであるから日本における信頼性を根拠とする合理性は否定されるわけではないが、弊害は大きすぎる。
   次に医師のサインと医療機関の印影を要求するナンセンスさである。これは粗雑な民間検査の混入を防ぐ趣旨だろうが、実情にあわない。海外は基本ハンコの文化がない。医師なり、各国が相当と認めている検査主体による検査だと判明するような記載があれば十分とすべきである。
   なお、原則紙の原本持参を要求するが、PDF等改変困難な電子データでもよいとされてはいる。
 (4) 以上の弊害の実際のイメージ
   筆者は5月6日にフランス、パリから帰国した。パリは比較的検査体制が整っていると見られ、宿泊先の近くに複数の検査場が見つかった。あらかじめフランス語併記の厚労省書式を持参して相談するに、「日本への入国用でスタンプも必要なものだね」と、経験ある反応であったので安心した。原本を取得するためには出国の前々日に検査を受けて前日受領する必要があるが、PDFでもよいということで、それなら前日でも大丈夫ということで前日検査とすることとした。当然2度出向く負担は大きいし、おかげで前々日は遠方のマルセイユに滞在できた。
   それで前日午後に受検し、検査結果は深夜にメールで送付された。送付されたのは「EUのデジタルCOVID証明書」らしかった。もちろん厚労省書式は渡しており、この書式でPDFで送付するように依頼し了解を得ていたが、果たして本当に送付されるか深夜中心配となった。すぐにお礼とともに「理解していると思うが、渡した厚労省書式に記入してPDFでメールしてくれ」とメールを出しておいた。それで翌朝厚労省書式がPDFで送られて来たが、よく見ると陰性だということしか書いてなく、スタンプはあったが、サンプル、検査方法、検体採取時間、医師のサインなどは空欄であった。不備な陰性証明では搭乗拒否される事例があるという情報はいくつかあったので、心配になり、直ちに空欄を埋めて再送するようにメールで依頼。その間にチェックインが開始されていたので、チェックインすると、カウンターで「COVIDの検査結果を見せて」と言われたので上記「EUのデジタルCOVID証明書」を見せるとあっさりOKで搭乗券が発券された。なお、この証明書は医師のサインやスタンプがないことはもちろん、サンプルの記載もなかった。
   この間の精神的負担はかなりのものであった。おそらく、搭乗時の調査は国、航空会社、担当者ごとに異なるのであろう。結果的に事なきを得たが、搭乗拒否のリスクは大きいので、事実上厚労省書式での陰性証明の取得は避けられない。
   チェックイン直後のタイミングで空欄が補充された陰性証明が届いた。ただ、検体採取時間など、一部読み取りにくい部分はあったし(「EUのデジタルCOVID証明書」に採取時間は明記はされている)、単なる誤記ではあるのだが、厚労省書式では無効になるとされる鼻腔ぬぐい液+RT-PCR検査法の組み合わせにチェックがなされていた(実際は鼻咽頭ぬぐい液がサンプルでこの場合RT-PCR検査法は有効)。このため、入国時に無効とされるおそれがあると、入国時の空港検査時まで心配せざるをえなかった。搭乗拒否は免れたので帰国できないことはないという点では安心したが、上陸拒否の結果隔離等されるのかという心配は残った。

 

2 形式論―法的根拠のあまりの乏しさと適正手続問題
 (1) あまりに取ってつけたような法的根拠
   帰国時に陰性証明書その他の提出を求めることができるという直接の法規定はない。厚労省の事務連絡(https://www.mhlw.go.jp/content/000611185.pdf)によると、帰国時の検査や待機要請は、ある航空機の乗客がこれに従わないと当該航空機に検疫法18条の仮検疫済証を交付しない扱いとするということだそうである。これは陰性証明の提出についても同じだと、山尾志桜里議員の質問に対する国会答弁で明らかにされている(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b204183.htm。なお、この答弁で「第五条の規定により我が国への上陸ができない」としているのはおかしいと思う。船舶の場合は「上陸」で、航空機の場合は「当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所から離れ」とされているから、「指定場所から離れられない」としなければおかしいのではないか。)。それ以上は明らかではないが、航空機全体に仮検疫済証を交付しない扱いであるのに、特定の人だけ上陸させないのは、その人以外の人物や物については検疫法5条1号の検疫所長の許可をしたということになるのだろうか。一見して法律が本来予定しているような運用ではないと考えざるを得ないが、どうか。基本的には、「検疫感染症の病原体に汚染し、又は汚染したおそれのある船舶等」と判断された場合に検疫法14条以下の措置(隔離停留等)を採るか、そうでない場合18条2項の「病原体に感染したおそれのある者で停留されないもの」として質問報告を求めるという流れが予定されているように見える。
   要するに、「陰性証明の提出も求める」という結論が先にありきで、あとづけで法律上の根拠を説明しようとしておかしくなっているものと思われる。本来は検査陽性か、合理的理由なき検査拒否を理由に停留措置に進むべきものであろう。
 (2) 手続的、不服申立方法に関する問題
   次の問題は、陰性証明の不提出または無効と認定された場合にどうやって争うかという問題、あるいは翻ってそもそも陰性証明の有効無効を判断する手続きの適正さがあるかというものである。
   処分性の有無が柱である。そう思って調べていたら、平たくいうと陰性証明を持っていないからといって入国拒否するなよとして、「航空機の着陸禁止」の処分差止を求めた判決があり、処分性なしとして却下されている(東地令和3年9月7日)。曰く「検疫法4条は,上記第2の2のとおり,外国から来航した航空機の長が,検疫済証等の交付を受けた後でなければ,当該航空機を検疫飛行場以外の国内の場所に着陸させてはならない旨を一般的に定めた規定であって,特定の行政庁が個別の行政処分によって国内への航空機の着陸を禁止することができる旨を定めた規定ではない」。まあ、確かにそうだろうとは思うが、だとするとどこで争えるのか。仮検疫済証の不交付という不作為の処分性を肯定できるだろうか。あるいは仮検疫済証の交付という作為を求めることになるのだろうか。上記裁判例では立ち入られなかったが、処分性以外にも航空機(機長)に対するものであるために原告適格の問題も出てくる。処分性が肯定されたとしても、仮検疫済証の交付は裁量処分と思われるので、裁量の逸脱が認められるかは絶望的な気がする。ここでも実際は陰性証明の不提出者という人に着目してなされる行為を、航空機に対する仮検疫済証の交付という問題で見るためにおかしくなっている。
   なお、上記山尾質問に対する政府答弁によると、入国時空港検査陽性の場合の停留についても即時強制行為として不利益処分に該当しないから事前の告知聴聞等は不要としている。即時強制行為かどうかは疑わしいし、仮にそうだとしても憲法上の適正手続の理念が全く及ばないわけではないだろう。陰性証明不提出→「上陸」拒否とするには事前の告知聴聞等は必要だろうし、例えば帰国時検査で陰性になってもなお仮検疫済証の不交付をするというのであれば比例原則にも反するのではないか。
 (3) 以上要するに、法的根拠も後付の不明確なものであり、争う手段も不備、手続的にも不適正であるということである。

3 実際陰性証明を提出しなかったらどうなるのだろうか
 (1) 搭乗時の搭乗拒否は、おそらく国、航空会社、担当者の判断によってぶれるのであろう。が、例えば厚労省モデルの陰性証明を厳格に審査して搭乗拒否することは、運送約款上認められると言わざるを得ない。この場合不幸だが救済方法はまずないであろう。厚労省モデルが不合理だとして国賠請求するくらいしか考えつかないが、まず認められないだろう。厚労省モデルの問題性は実はこの場面で一番顕著ではないか。
 (2) 帰国時は、推測だが、現在では不提出や無効な陰性証明であることから直ちに「上陸」拒否とはしていないのではないか。帰国時に配られたチェックシートには陰性証明の不提出の場合にその理由を特記事項として記載することとされていた。仮に「信念として提出しません」「多忙で取得できなかった」という場合にも、空港でのPCR検査で陰性なら仮検疫済証の交付をするという扱いなのではないか。かつて日本国籍の人間を出発国に送り返した事例があるようで、上記政府答弁では「航空会社により外国へ送還された者」と、要するに航空会社がやったことで行政がやったことではないとしているが、実際は検疫所による強制に近かったのであろう。現在ではさすがにここまでやってはいないと思われる。なお、上記政府答弁によると、送還された人数は「令和三年六月十日現在、七十四名である」が、このうち日本国籍のものが何人いたかという質問に対する回答ははぐらかされている。
   国外退去はいかにも根拠がないが、直ちに「上陸」を認められないとなると、任意での隔離依頼はあるかもしれない。ただ、陰性証明を持参してはいないが、空港でのPCRで陰性になれば、果たして停留の要件である「感染したおそれのある者」の要件を満たすか疑問ではある。陰性証明を持参しない人間にはそもそも空港でのPCRを受けさせないという扱いをしている可能性もないではないが、それこそ「上陸」拒否のための拒否で、合理性がない。

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