令和2年司法試験会社法(民事系第2問)について
今年はちょうどお盆休みの実施で、私はお盆休みはありませんが、それでも仕事には多少なりとも余裕もあり、某所より昨日実施されたばかりの問題を入手したので、記事にします。
1 この速報解説の趣旨、位置づけ
一応なぜ毎年こんなことをやっているのか整理しておく。
(1) 自分の司法試験感覚の維持
一応ロースクールで会社法を教えているわけで、理念的にはローの授業の目的は試験合格のためではないとしても、受講者のニーズとしては間違いなくあるわけで、受講者のニーズ=受講者の上るべき山を常に捉えておきたいというところである。また、試験対策としては、①知識理解と②現場戦略の2本立てで、①②のウエイトが同等くらいなのに、一般に①にしか目が向かないから②をしっかり対策すれば楽に合格できるという持論を確認・証明する意味にもなる。
(2) 本音の司法試験問題解説の欠如に対する疑問や義憤
この解説は学者でもなく、日頃会社法の勉強をめちゃくちゃにしているわけでもない(どちらかと言えば受験生の方が確実にしているだろう)自分が、しかし上記②の現場戦略には長けているという特徴を踏まえつつ、受験生とほぼ等身大の思考順序や手順を示すということを趣旨にしている。明らかに変なことを書いてはだめなので、手元の基本書や軽くネット上でパッと手に入るような情報程度を参照することはあっても、基本的に他の解説などは一切見ていないし(出てもいない)、それゆえ論点落としも時にあるわけだが、10年来やってきても、この解説の内容を基礎とすれば、多分安定してAの上位に入るくらいの答案は書けるだろうなとの自負はある。
自分が勉強をしているとき、予備校や学者の先生の解説を見ても「この論点は気づかなくても無理はない」「この問題文でこの解答を受験生レベルに求めるのは酷」ということが明示されているものには滅多に見当たらなかった。そのためその感覚は自分で複数の解答例や解説、再現答案と成績などを見比べたり、経験を積んでいく中で養っていったわけで、それにはそれなりの価値はあった。しかし、別にそんな修練を積まなければいけない理由もないと思う。採点実感の公開などはもちろん良いことだが、試験委員側の出題方法のまずさなどに反省を見せるわけでもなく、また8教科を勉強しなければならない現実とどこかかけ離れて「あれに気づくべき」「あれを書くべき」という内容には疑問を通り越して怒りすら覚える。講義の際には「あれは試験委員が勝手に言っていることであって、無視しとけばいい。求められるのはそんなレベルではない」と説明しているけれども、この速報と採点実感を照らし合わせてもらえれば、だいたい採点実感の読み方、受け止め方が分かるのではないかと考えている。
簡潔に言えば、教科書的な解説が明らかにしない「この部分は気づかない、かけなくても仕方ない」部分を明らかにすると同時に、「現場戦略だけでここはしっかり出題者の意図をとらえる、あるいは時にはいわゆるハネる」という部分を明らかにすることにこの解説の特徴があると思っている。
2 設問1の概要と解説
(1) 概要
<基本となる甲社の概要>
甲社(非公開、取締役会・監査役・会計監査人設置会社)
資本金10億
発行可能株式数20万株
発行済株式8万株(Aが5.1万、Bが2.9万)
取締役A(代取会長),C(代取社長),D
甲社が新株発行で資金調達を考え、PQから各1億円の調達する方向となったが、株の時価額(1株4万円)では断られたため、調達のためにやむなく時価額の半額(1株2万円)で調達することとなったというものである。配当優先株での調達であり、総会での議題は①定款変更(本件議案1)、②新株発行(本件議案2)の2点が必要だが、Bが反対をすることが予想されたので、招集通知にはこれを記載せず、総会のその場で話題に出し、渋るAを丸め込んで(ただしこの間の事情が重要)承認決議を取ったが時価額は実は倍額であるという説明はなされていないというのが大筋である。
設問1は、払込みや新株発行が終了した段階で実は時価額が4万円と知ったBがどのような訴えを提起し、どのような主張ができるかを考えた上で、その当否を論ぜよというものである。
(2)解説
新株発行や組織法上の行為の効力発生の前後を通じてどのような手段があるかを論じさせる問題は定番であり、前であれば仮処分を書けというのが採点実感で常々言われていることは常識に属する。本問は効力発生後に絞っているものである。単純に差止めではない事後の手段を聞いているものと理解してよいと思われる。
どのような訴えかについては、直接的には新株発行無効確認又は不存在確認の訴えの2つだが、無効確認の訴えがメインだろう。また本件議案1,2に関する総会決議取消しの訴え・無効(不存在)確認の訴えの提起も考えられるが、いわゆる吸収説に従って新株発行無効確認の訴えのみが許されるとしておけば足りるだろう。
実質論としてカギとなるのはBの立場からすれば「差止めの機会すら与えられなかった」という部分をどう捉えるか、すなわち理論的にどの点に位置づけるのかと、結論をどうするのかという点である。とはいえ、論点も多く、論理関係も整理すればそれほど複雑ではないが、誤りがちなところであるので、構成段階でよく整理してから論じる必要があるだろう。
さて、瑕疵として問題になるのは次の点かと思われる。これらの瑕疵について新株発行の無効事由になるかどうかもあわせて検討することになろう。
① 本件議案1,2は招集通知に記載なく、決議取消事由がある
② 第三者に対する有利発行にあたるが、有利発行の決議を欠く
②’有利発行の必要性に関する説明(199条3項)がない
③ 本件議案1,2について一般的な説明義務違反
まず、①については、当然会社側は全員主席総会が成立したと反論がなされることになり、その反論の当否を、具体的事実関係を踏まえて説得的に論じる必要がある。形式論的に言えば、渋々とはいえ決議することに応じ、賛成までしているのだから、全員出席総会が成立したと見る方に分がいいと思う。ただ実質論としては、もともとBが反対するだろうからいわば不意打ちにすることを意図して招集通知への記載を省いており、いわばまんまとそれに成功したという部分から、全員出席総会の成立を認めない方が筋がいいように見える。おそらく結論はどちらでもよく、実質論部分を全員出席総会の成否部分で論じるのか、あるいは一応決議自体は成立したとした上でクリーンハンズなど信義則や権利濫用などの一般条項として論じるのかもどちらでもよいのではないかと思う。個人的な好みはあまり理論の枠をはみ出すのは試験としてはリスクがあるので、形式的には全員出席総会の成立を認めた上で、この事情の下で会社がBに対して決議の効力を主張することは信義則違反とするのが書きやすいとは思う(実際は決議取消しの対世効などの関係で難しいところもあるが、試験としては十分)。もちろん、全員出席総会の趣旨から説き起こし、いわば真意による準備期間ほ放棄はなかったとして不成立だとしてもいいのだろう。
次に、②だが、有利発行の総会決議が欠落していることの瑕疵は明らかであろう。論じる位置づけとしてあっているのか若干自信はないが、甲社側の反論は「事実上この額等の内容での新株発行について総会で決議が成立しているのだから、問題ない」という趣旨のものであろうから、②’として上げた199条3項の説明義務の趣旨とその趣旨からの説明が明らかに欠落していること(むしろ虚偽を述べられていること)を論じ、やはり瑕疵は治癒されないとでも論じることになろうか。違反の成立は明らかであろう。なお、ここで受験生に言っておきたいのは、過去問から学べということである。過去問でも平成23年に一般的な説明義務と有利発行の場合の199条3項の説明義務は違うことを前提に問われている。この経験があれば、一般的な説明義務の問題だとするミスは犯さないはずなのである。
なお、一応③の一般的な説明義務違反を上げた。一応特に第3者割当増資の必要性として2億円の資金調達が急務だとの説明の当否やそれ以外(ここでも有利発行的な要素が説明義務の内容になると考えると不作為の説明義務違反になる)について問題にはなると考えられる。軽くふれておけばいいと思う。
最後に、①②が新株発行の無効事由になるか否かだが、オーソドックスには①は無効事由とならない、②は平成23年(だったか?)最判に照らして無効とやればいいのだろう。ただ、それだけでは少し面白くなくて、実質論として、上述のとおり本件ではBに差止めの機会すら与えられていないのではないか、という点を意識すれば評価は上がると思う。②は実質論としてこれを補強すればいい。実は①はこの実質論から無効事由にするかどうかは悩ましいところではある。定款変更や第三者割当自体には渋々ながらも賛成したとおもわれ、仮に本問が有利発行をいわば隠匿した事案ではなかった場合に差止めの機会すら与えられなかったとまでは言えないように思うのである。私ならそのように書き分けるかも知れない。
3 設問2の概要と解説
(1) 概要
設問1の新株発行は、定款変更により、①1株について1000円の優先配当、②かつ優先配当とは別に普通株式と同等に配当を受けられる、③優先配当について年度を越えて累積する、④議決権の行使可能、⑤優先株の譲渡には甲の承認を要する、⑥種類株主総会の要承認事項(実際問題なのは株式併合のみ)について、種類株主総会の承認は不要、という内容に定められていた。会社は優先配当が重しとなっていたので、PQに発行した優先株のみについて2株を1株に併合する株主総会決議をしたというものである。当然総会ではABが賛成し、反対するPQに関わらず承認決議がなされている。なお、株式買取請求のための事前の反対通知もなされている設定である。
この状況で、①Pが株式併合によって被る不利益を説明せよ、②Pが株式併合の効力発生前で採れる会社法条の手段を問うものである。
(2) 解説
会社法では珍しいが、この設問2の小問(1)(2)形式は、明らかに小問(2)の誘導としての小問(1)である。そのまま小問(2)を出せば論点を落とすだろうということで小問(1)をつけた趣旨である。
小問(1)は誘導だという目線で、定款変更の①ないし⑤の内容に沿って分析的に簡潔に答えを出せばいい。すると、①の優先配当は従来の1/2(500円)になってしまう、②の通常配当も従来の1/2になってしまう、③についてはこのこと自体で不利益はないはず、④議決権も半分になってしまう、⑤⑥は特になし、ということになろう。多分優先・通常配当以外に議決権も半分になってしまうんだよという点に気づかせて小問(2)につなげる誘導ではないかと思う。
いよいよ小問②である。手段としてはⅰ株式買取請求、ⅱ差止請求、ⅲ決議取消・無効の訴え(→仮処分)、ⅳそもそも定款自体の定め自体が法令違反として先の決議1の無効確認の訴え、が考えられる。
まず、ⅰは条文をしっかり上げつつ説明すればいい。
ⅱは平成27年改正による制度であることを説明しつつ、ⅲとも併存すると断って中身を検討すればいい。中身としては株式併合の法令定款違反と株主が不利益を受けるおそれである。そこで何をもって株式併合の法令違反と理解するかであるが、最右翼は平等原則違反であろう。小問(1)を検討させたのは要するにこの優先株は議決権と引換えに優先権を与えるようなものではなく、完全に普通株式と同じ権利を持ちながら、さらに上乗せで優先配当と累積があるものだと気づかせるためであると理解される。優先配当については当然平等原則の問題にはならないが、議決権の半減については、いわばこの優先株は普通株式部分と上乗せ優先部分の複合と見ることができ、平等義務違反だとの議論が可能ではないかと思われるのである。結論としては肯定してよいと思う。
ⅲは併合決議それ自体も平等原則違反という議論ができると思う。またABが特別利害関係人であって、著しく不当な決議がなされたという議論も可能であろう。
ⅳは、実は実質論としてこの設問で私が一番気になった部分である。争う手段を一旦度外視すると、Pとしては「俺らの株の議決権だけ半分にされるのはおかしい。優先配当や通常配当も勝手に半分にされるのはおかしい」という言い分であり、逆に甲側は「そういう内容、つまり種類株主総会で併合等を決めるのではなく、通常の株主総会で併合等が決められる内容の優先株だと分かって取得したはずだ。文句をいうな」と反論するところであろう。だから実は平等原則違反のところでも問題となるはずで、そちらでも論じておいたほうがいいというか、むしろこちらを先に論じておいたほうがいいのかもしれない。ともかく、実質論としてこのような本質的な問題を含むのであって、設問2の大きな山場の一つと考えられる。聞いたことのない論点であろうが、筋道を立てて自分なりの考えを示すことが必要だろう。
P側の再反論として「理屈はそうかもしれないけど、普通そこまで気づかないでしょ」というものであり、相応に説得力があると思われる。すっかり横着になってしまったので、制度上どうなっているか、条文上どうなっているかも調べる気力が起こらないのだが、本来はいわば種類株主自治が働かないような重大事項は事前に十分に説明し理解を得るよにする仕組みが必要であると思われる。なんというか、消費者被害の一種のような位置づけで、条文上事前に説明する仕組みがないのであれば、十分な説明が事前になかった以上平等原則違反が治癒されることはない、というような事後救済を考えざるを得ないのではないだろうか。が、正直言ってこの問題は受験生に酷すぎると思う。条文を見れば322条1項の例外として2項が通常総会決議によることを定款で定められるとしていることはすぐ分かる。が、正直こういう制度になっていたのかと私もこの条文を見て知るという程度のものであって、では種類株式の発行や定款変更の条文を慌てて探して、322条2項の例外を取る場合に事前の説明などが要求されているのか条文で探すのは事実上不可能である。しっかり考える受験生ほどパニックになる可能性がある。
私が受験生ならP側の再反論部分には深入りしすぎず、平等原則違反を論じておいて、万一条文があった場合に大怪我にならないように、「そもそもこのような重大事項について322条2項の例外が定められるならば、十分な説明がなければ平等原則違反の瑕疵は治癒されないと考えるべきだ」とさらりと逃げるかと思う。試験としてはそれで十二分すぎる。
最近のコメント