« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »

2020年7月

2020年7月 5日 (日)

差押禁止債権-預金債権化した給与-の滞納処分による差押えの可否(大阪高判令和1年9月26日)

 ある研究会での報告テーマであったので、備忘録がわりに。
 (一部)差押禁止債権である年金とか給与が預金口座に振り込まれた後は、差押禁止債権の属性を承継せず、相殺とか差押えが可能である(最判平成10年2月10日)。どこかで線引しなければならないので、こういう線引をせざるを得ないと安直に思っていたが、そう単純でもないかのしれない。

 表題の事案と判旨は要するに給与が振り込まれた直後に国税が差押えを行って回収したところ、給与債権としての差押禁止部分については不当利得になるというものである。
 高裁判決で例によって事実認定は読みにくいので(いつか最高裁で誰かの補足意見があったが、いい加減なんとかならないのか)真面目に検討していないが、要するに1年以上前から給与の振込口座であると把握していて、給料の振込みがあることを想定した上で給与の振込直後に差押えを行ったというものである。なお、直接給料債権を差し押さえることも考えたが、その場合には被差押者の雇用関係に影響が出ることを懸念し、直接給与債権を差し押さえるのではなく、その代わりに給料の振込みがあると想定される本件預金口座に係る預金債権を再度差し押さえることを選択することとしたと判決で認定されているが、インチキ臭い。雇用関係に配慮するなら預金債権であっても差押禁止部分は自主的に除外して差し押さえればいいだろう。
 先行差押えによりほぼ残金ゼロの口座を押さえたということで、まあ給与債権との同一性がかなり明確な事案でもある。結論は妥当だろう。

 問題は①原則は上記最判のとおりとして、例外をどういう要件や考慮要素で認めるか、②税金の滞納処分の場合と民事の差押えの場合で異なった考え方を採用すべきか、異なるとすればどう異なるのかという点であろう。

 まず①について本判決は「具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解する」としているが、考慮要素ははっきりしない。大別して、A客観的要素:預金債権化から差押えまでの期間、出入金の有無等、とB主観的要素:差押禁止の回避の意図の強弱等に分けられる。先に紹介した事実認定部分によれば、本判決は少なくともBの主観的要素を相当程度考慮しているように見える。Bの主観的要素は税金の場合は認定しやすいが(本件でもそうであったと思われるが、いつ当該預金口座のある銀行に照会を行っていたかとか、差押えを行う際の資料などで判明する。もっとも、この件で国税の内部資料をどのようにどの範囲で開示されるに至ったのかは実務的に非常に興味がある。文書提出命令を活用したか、裁判所の強力な指示があったのか、前者が後者のきっかけになっているのか)、民事の差押えの場合は認定はかなり困難であろう。②について税金の滞納処分も民事の差押えも同様に考えるとするなれば、民事の差押えについては例外が認められる場合が少なくなるはずである。個人的には民事の差押えについてもAB両要素を考慮するとしてもらった方がいいと思う。弁護士業務上は基本的に差押側に立つことがほとんどであろうが、差押時にそもそも給与振込口座である保障はないし、ボーナスやら退職金やらが入るタイミングを狙うとしても最終的には当てずっぽうでやらざるを得ない。

 さて、そう思って民事の差押でどう判断されているかを調べてみると、実は結構容易に差押禁止が認められている印象である。上記最高裁を当たり前のように思っていたが、実は誤解だったかもしれない。
 東京高決平成22年6月22日、同6月29日(判タ1340・276頁)の囲み記事によれば、債務者が差押範囲変更の申立て(民事執行法153条)をすれば、差押が取り消されるというのが多数説・実務だそうである。そして、この東京高決(前者)によれば差押禁止債権であることさえ認められれば原則として差押は取り消されるということだそうである。ただ、前者の事件では差押前に100万円の引き出しがあったので、生活に困るような状況はないだろうということで、差押範囲変更の申立てを棄却した原決定が維持されている。後者の決定でも差押前に90万円の引き出しがあったようであるが、こちらは原決定が変更されて差押命令が取り消されている。
 というわけで、どうやら民事の差押についてはBの主観的要素は考慮されず、Aの客観的要素もあまり重要ではなく、生活の困窮があるかどうかという観点が重要な要素のようである。というわけで、上記②について同様には考えていないことがわかった。要するに、民事の差押であれば、たまたま差し押さえたものが給与債権等の差押禁止債権の転化したものであれば、そこは差押範囲変更の申立てで容易に除外されてしまうということだ。まあ、あくどいサラ金の取立てなんかを考えると仕方ないかもしれないが、どっちかというと踏み倒す方が圧倒的に容易な現状に鑑みると若干不満ではある。まあ、改正されて強力になった財産開示を有効活用するしかないだろうか。

 それにしても、税金の滞納処分の場面ではBの要素を考慮するということは、税金は結構優遇されていることになると思うが、問題だろう。

| | コメント (0)

« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »