ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相①―事案のキーポイントと育休明けに即復帰できない労働者との正社員契約を有期雇用契約に切り替える際の注意点
ジャパンビジネスラボ事件の逆転高裁判決(東京高判令和元年11月28日・労経速71巻4号3頁。裁判所HP https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/146/089146_hanrei.pdf)のことはニュースで出たときから気になっていました。報道をみるとざっくりとマタハラ企業とマタハラ被害で契約社員にならざるを得なかった哀れな労働者という構図が鮮やかにひっくり返ったようで、理論的な部分よりは事実関係の詳細や事実認定のどの部分がどうひっくり返ったかが気になっていました。一審判決も読んでいなかったのですが、今回検討する機会があり、自分の中ではスッキリしたので、紹介します。
1 キーポイント
今回地裁高裁の判決文にすべて目を通してみましたが、高裁の事案に対する見立ての方が正しいでしょう。
労働者側のストーリーは「育休明けに保育園が見つからなかったので、そのままでは復帰できないから契約社員として復帰することに応じたが、復職後すぐに保育園が見つかったので、正社員に戻してくれといったら断られ、様々な嫌がらせを受けた」というものです。ところが、高裁段階で「復職後すぐに保育園が見つかった」というのは嘘だったことが明らかになっています(判決は明確に嘘だとは言っていませんが、実質的にそう言っているのと同じだと思います)。高裁段階に行った弁護士照会でこの事実が明らかになったようですが、高裁はこの弁護士照会を待たずに保育園が見つかったという労働者の供述について信用性に疑いを入れています。とはいえこの新証拠は逆転に際してかなり大きかったと思います。労働者側のストーリーの核心部分が崩れたわけですね。
高裁の事案に対する見立ては、大雑把に、労働者は真摯に復職のために手を尽くしていたのではなく、法的に正当な手段では目的が達成できないので、(マタハラが問題視される時流に乗って)、衝撃的な録音をマスコミに流したり、紛争中であっても許容できないほどの虚偽(とまで断言しているわけではないですが)の内容の記者会見を行って、自分がマタハラ被害者であることを世間に印象付けようとしたというものでしょう。地裁は正社員契約の継続を認めなかったあたりはそれでも自制的だったとおもいますが、まんまとこの労働者側の作戦にハマってしまった、というのが両判決を読んだ私の印象です。
ご本人や支援者の方には悪いですが、この事案をマタハラ被害の事例として世間や裁判所に訴えていくのはスジが悪すぎて、かえって自らの首を締めることになりかねいと思います。尊属殺違憲判決事件以前に数度合憲判決が先行していたように、従来の判断の変更とか、先例的な判断とか、政策形成的な判断を得るにはそれに見合った事例が必要です。本件は上告されていますが、この事例でかつ高裁の事実認定を前提に最高裁が破棄をするかは大いに疑問です。もっとも最近の最高裁は読めないところはありますが。
2 育休明けの復職についてどう対応すべきか
事実認定の詳しい部分は次の記事に譲ることとし、まずは育休明けの復職についていかに対応すべきか、本判決から読み取れることを述べたいと思います。
本判決のポイントの1つは、育児休業明けにフルタイム勤務できない労働者の正社員契約を有期雇用契約に切り替えて締結することの有効性について比較的緩やかに認めたことにあります。有期契約を切り替えずに正社員契約を維持しつづけたとすれば、子どもの育児がある以上フルタイムで働くのは困難になり、育児休暇はもうとれないのですから、有給や別の休暇で対応するしかありません。しかし限度があり、本来出勤すべきときに出勤できない状態になるでしょう。そうすると、正社員として週5日フルタイムで労務を提供するという労働者の義務を果たせなくなるわけで、いずれは普通解雇・懲戒解雇になるか、それより前に判決が指摘するように任意に退職することにならざるを得ないでしょう。これと比べて有期でも雇用が維持されることは必ずしも不利ではないと考えているのです。この点は地裁判決も本判決もほぼ同じです。
極論を言えば育休の最長期間を使い果たしてもフルタイムで復帰できるような状態でなければ即解雇(実際もし本当にやるとしたら出勤命令を出して従わないこと多数→懲戒解雇となるので育休明けから少し時間を要することになりますが)とすることも即育介法の明文規定に違反するわけではありません。が、まあ普通はそういうことはしないと思いますので、本件のように「週3の契約社員に切り替えるか、退職にするか」というような話合いを持つことになるでしょう。大企業ならいいですが、中小企業では契約社員に切り替える余地すらない場合もあると思います。実際例えばもし私のような弱小法律事務所でそうなったら本当にこまると思います。一定期間フルタイムで働いてくれる契約社員を確保することを考えなければなりませんが、その場合「週3で勤務されても正直持て余すなあ」ということになりかねません。こういう場合は退職してもらうほかないかと思いますが、こういう事例ですべて「退職の合意は無効」とか「育介法・均等法違反の不利益な取り扱いだ」とされてしまっては多くの中小企業の経営者はたまらないと思います。
したがって、退職や解雇になるよりはマシとして、この点を重視して有期雇用への切り替えについて真意に基づく同意がありとか育介法・均等法違反や錯誤の否定を行った地裁高裁判決は実質論として妥当だと思います。上記極論のようなことをやれば真意に基づく同意が否定されたり、育介法・均等法違反が認定されることになるでしょう。それで十分バランスがとれています。
ただし、本判決は「即解雇とせずちゃんと話合いをもって有期に切り替えれば有効」とまで言い切っていると読めるわけではないので、その点はご注意下さい。次の記事で触れると思いますが、下記のとおり育休明けに復帰できないと分かって一旦退職を選択したが、その3日後一転して契約社員での雇用を求めているなどの事情も考慮されています。ただ、私見では仮にこのような事情がなくても有期への切り替えの有効性は認められるべきだと思います。
本件における使用者側の対応を確認しておきます。本件では休業期間を法律上の最大期間まで延長したところ、さらに労働者から3ヶ月の延長という法律で定められた以上の措置を求められたのですがが、使用者側は拒否し、労働者は一旦は退職の意向を示します。ところが一転して週3日勤務の契約社員として復職を希望する旨を伝えたため、使用者側は約1ヶ月後から一つのクラスを担当させるように調整し、希望どおり契約社員として復職させることとしたのです。そうして現に契約社員として復帰しています。本件の労働者は語学スクールのコーチという講師のような仕事だったのですが、一転復帰を言われた割には正直よく調整したなという印象を持ちます。余談ですが、一旦退職の意向を示した後にすでに補充の正社員の雇用を決めており、他に当該労働者の希望に沿うようなポストを用意できないような事情があれば、契約社員としての復職すら必要でなかったのではないかと思います。
3 学説による批判に対して
以上に対し、学説からの批判は強いようです。高裁判決の評釈はまだ出てきていないので、地裁判決の評釈をいくつかあたりました。揃って地裁判決が有期契約への切り替えの有効性を認めたことに対し批判的でした。
実質論としては、要するに将来の正社員復帰を前提に人員配置や一時的な別の非正規雇用で当面労働者がフルタイム勤務できないことを凌ぐことを強いられる会社の負担と正社員という地位の喪失や給与面の待遇低下という不利益を強いられる労働者との利益衡量の問題です。私は2項で書いたように、即解雇というような極端なことをはやらずに、会社側も誠実に調整して当面の雇用形態について妥当な条件を提示すれば足りると考えています。今あらためて各評釈を読み直してみても、批判的な学説が実質論としてそれ以上の何を求めているのかは率直に言ってよくわかりません。例えば「私傷病による休職からの復帰過程において一定の猶予を置くことを求める裁判例の傾向と整合的でない」(石崎由紀子「一審判批」ジュリ1532・107頁)という指摘がありますが、別に一審判決や本判決は「職を失うよりマシだから契約社員として提示する条件は何でもいい」というようなことを言っているわけではないと思います。あるいは「法定の休業期間で復帰できなかった人も、無期正社員であったのだから、無期正社員の地位を失わせるようなことはあってはならない」という趣旨なのでしょうか。そうであればそういう価値判断自体は一応理解できなくはありませんが、そこまでの負担をすくなくとも解釈論で使用者に課すことは反対です。使用者に法律で定められた育児休業期間以上の期間を付与せよというに近いと思います。立法論として育児休業期間のさらなる延長をするなどして対応することは否定はしませんが、保育園の数や質、入園のしやすさなどの知識がまったくないので、その適否を論じるのは私の能力を超えます。
本件は事案としてかなり特殊です。契約社員として復職し、やがて本当に保育園が見つかり、フルタイム勤務が可能になったところで、少々のタイムラグはあるにしても合意によって正社員に復帰する、本来はこういう経過をたどったはずです。そうならなかったのは本件の労働者の特殊性によるもので、正直学説からの批判はこの事案の特殊性を十分理解していない前提で展開されているように感じてしまいます。
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