« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月

2020年6月 8日 (月)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相③―録音禁止命令と記者会見の違法性

 今までの2回でだいぶ量を書いたので、最終回は録音禁止命令と記者会見の違法性という2つのテーマについて軽く一言しておきます。

1 録音禁止命令について
 本判決について、録音禁止命令への違反が雇止めの合理性を認めることにつながった事例だという評価の向きがありますが、ミスリーディングだと思います。
 前回紹介したとおり、高裁判決が雇止めの合理性を認めた根拠は、ア録音禁止命令や誓約に違反し、自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した、イ「労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない」、ウ職務専念義務違反(パソコンやメールの私的利用)を根拠に合理的理由があるとした、というものです。前回も触れたとおり、アはイの準備行為で、アの行為単体がそれほど重いのではないと思います。また、「自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した」という認定なのですから、録音命令違反でも本当に備忘のためであれば同列に扱われたかは疑問です。
 さらに、禁止されかつ雇い止めの際に問題とされたのは「執務室での録音」であって、「面談や交渉の場面の録音は個別に許可」されていたことは注意を要します。
 以上、面談や交渉の場面をこっそり録音しておくことは禁じられないと思いますし、これまでの裁判例を見る限り禁じたとしても録音の証拠能力が否定されるハードルは相当高いと思います。結局、「執務室内での録音は一般的に禁止し、個別に違反が発覚したら注意指導すべきだが、常に録音されていることは意識しておかなければならない」となると思います。本件は特殊な事案で、単に録音命令違反にとどまり、その録音をマスコミに提供し、「復帰してすぐに保育園が見つかったのに正社員に戻してくれず嫌がらせを受けた」という虚偽のストーリーを自分の権利実現のためにマスコミに流したという事実がなければ信頼関係の破壊すなわち雇止めの合理性にはつながらなかったと思います。録音命令違反を過大視することはできず、先例としての価値もあまり大きくないと思います。

2 記者会見の違法性について
(1) この違法性を認め、55万円の支払を認めた高裁判決は、流石にこの事案の特殊性を十分理解した今となってもなお驚きです。高裁判決のなかでもY側の不法行為の成否の際に触れられていますが、「被告の立場から事実関係及び認識を説明したものであって、訴訟の反対当事者による対抗言論」という観点が無視できません。結果的に否定されたとしても、判決が確定するまである事実の存否とか主張の当否は確定しないので、訴訟の一方当事者の主張を軽々に不法行為と判断することはできないわけです。
(2) 高裁判決のポイントは、次のとおりかと思います。
 ① 記者会見は民事訴訟上の主張と異なり被告の反論の場がないことを重視したこと
 ② 「報道に接した一般人の普通の注意と読み方を基準」とし、単なる一方当事者の主張ではなく、事実の摘示と判断したこと
 ③ 具体的な発言で、Yの信用低下をきたし、かつ真実相当性も否定されたのは次の3つです
  ⅰ 平成26年9月に育児休業期間終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため休職を申し出たものの認められず、Yから週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた
  ⅱ 子を産んで戻ってきたら、人格を否定された
  ⅲ Yが労働組合に加入したところ、Y代表者が「あなたは危険人物です」と発言した
  まずⅰはちょっと厳しすぎやしないかとは思います。判決で自由な意思だったと認められるのはいいのですが、「週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた」はXの内心の評価の問題でもあるし、まあ退職になるよりはマシだとは言え、Xの本意ではないことは明らかでしょう。そもそも事実の摘示と認めるかどうかについても議論があるところでしょう。
  次にⅱはなるほど、「Xの主張を見ても、YによるXの人格を否定する言動を具体的に指摘するものではない上、証拠を踏まえても、XがYから人格を否定される言動を受けたことにつき、具体的な立証があったとはいえない」としているので、かろうじてOKかもしれません。ただ、この発言自体あんまり破壊力が強いとは思えないのですが。。。
 最後にⅲは、もとの発言は「あなたが組合とかって関係なく、危険であるというところで」です。これを組合に加入したところ「あなたは危険人物です」と言われたというのはさすがにやりすぎでしょう。「文脈からすると、「危険」とは、クラスに穴を開けることが懸念されたなどのYにクラス担当を任せることについてのリスクをもって「危険」という表現を用いたことが認められる」とされているが、正当です。
 (3) 細部を見ると首をかしげたくなる部分がある判断でありますが、こういう判断が出たのは何度も触れた保育園のウソであったり、高裁判決も指摘しているが平成27年6月6日のメールが「記者会見を一審被告に社会的制裁を与えて自己の金銭的要求を達成するための手段と考えている趣旨のメール」と悪印象を与えたことが大きいのでしょう。
(4) なお、この高裁の判断だと、「もうちょっとうまく言ってればセーフだったんじゃない?」という疑問もあります。ざっくりと本件を見た場合に、「俺なら自分で養うつもりで妊娠させる」を文脈から切り取ってマタハラ企業の印象づけに使ったことが一番の問題なのではと感じます(もちろん私の超主観ですが)。上記3つの発言なら、なしかちょっと言い回しを変えるだけでXの望むような効果は得られたのではないか?との疑問もわきます。
 また、マスコミ側も節操がない部分はなかったでしょうか。Yの言い分をちゃんと報道しているようなマスコミは当時どのくらいあったのでしょうか。もちろんXのよろしくない部分もありますが、マスコミの扱いの問題性も大きいような気がします。まあこの問題は少し難しすぎますね。最高裁でこの部分は変わるかもしれません。

| | コメント (0)

2020年6月 6日 (土)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相②―事実認定の評価と使用者側の対応に学ぶこと

<判決が認定した事実経過>
H25.03.02 Xが出産による育児休業を開始
H26.02.26 育児休業期間延長(1年6ヶ月の最大期間まで)
H26.08.23 面談。Xは育児休業終了後にさらに3か月間の休職を求めたが、Yは応じず、Xは退職する意向を表明
H26.08.26 一転、Xが電話で、週3日勤務の契約社員として復職を希望を伝える。Yは9月21日から毎週日曜日午前10時に開講されるクラス1コマを担当させる予定とした
H26.09.01 Y代表者、上長が顧問社労士同席の上、契約内容を説明、雇用契約書と秘密保持に関する誓約書に署名。顧問社労士はXの質問に答え、正社員としての労働契約に変更するには別途合意が必要と説明
H26.09.07 復職後担当した説明会においてXが受講生からの質問に対し沈黙してしまい、上長の提案により、Xが別のコーチ担当のクラスをオブザーブ。他の従業員らのいる前で、そのコーチの能力に問題があり、「危機感すら感じる」と発言
H26.09.09 Xが保育園が見つかったとして10月から正社員としての復帰を申出(保育園が見つかったというのは実は虚偽であった)。翌日代表者にメールでも伝えるが、代表者は現段階では正社員への変更は考えていないとのメールを直ちに送信
H26.09.19 Y代表者、上長、顧問社労士と面談。正社員復帰やいつ正社員に復帰できるか尋ねるXに対し、復帰には信頼関係が必要で、正社員に戻れる時期を確定はできない等回答。Xは納得せず「労働局に相談に行く」と述べるが、そのような行為は余計に波風を立てることになるのではと回答。面談後、上長はXをクラス担当から外し、TOEFLコースの資料の作成をメールで指示
H26.09.21 X、労働局に労働関係紛争の解決援助の申出。同日、Xは同僚らに「上長から産休コーチが帰ってくると組織のバランスが乱れると言われた」と話した。旨話した。その後、他の同僚に対し「Yににいじめられている、あなたも妊娠を考えているなら気をつけた方がいい」などと発言
H26.09.24 上長と面談。上長が「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言し、録音される
H26.10.06 代表者と顧問社労士が労働局に行き会社の立場の説明。同日XはZ合同労組(女性ユニオン東京)に加入
H26.10.09 Z労組、正社員契約への変更、勤務時間を午前11時から午後4時までを含む1日6時間とすることなどを求めて、団体交渉を申し入れ
H26.10.18 XとY代表者、上長で面談。X「正社員に戻れるのかと時期が不明なまま」との不満を述べる。Y代表者は「信頼関係が構築される必要がある」として時期は明言しなかった。クラス担当を外した理由について「ブランクがあり徐々に慣らしていくことが絶対に必要」と上長話し、Y代表者同調。さらに、Y代表者「あなたが組合とかって関係なく、危険であるというところで。」と発言
H26.10.22 9月7日に他のコーチのクラス運営について,危機感すら感じると他の社員に聞こえるように大きな声で発言したこと、21日に同僚に対し「産休コーチが帰ってくると組織の規律が乱れる」と言われたとの事実と異なる内容を話したこと、勤務時間について希望を過度に主張したことについて、これらの言動を慎み、勤務態度を改善するよう努力する旨の指導書交付。
H26.10.25 16通の業務指導書・警告書などを一括交付。指導に従うときには,上記各文書の「文書の趣旨を理解し、改善向上に努めます」との記載がある欄に署名して提出し、異議があればその記載するよう求めた。指導書のうち1通はYが退職勧奨をしていないのに退職勧奨をしたとXが他言していることにつき禁止するもの、別の1通は執務室における録音を禁止するもの、別の2通は「自分がターゲットにされている。」、「会社にいじめられている。」、「妊娠したいなら気をつけた方がいい」、「『産休明けの社員が戻ってくると社内規律が乱れる』と経営陣が言っている」と発言し,職場の秩序を乱した等として指導をするというもの。
H26.10.26 Yは25日の各指導書等を読み合わせの上提出するよう求めたが、Xは持ち帰って検討するとする。
H26.10.29 X各25日の指導書等には署名しないとし、返却。Y代表者は業務改善指導に従わず、改善の見込みがなしとして改めて厳重指導を行う等の指導書を交付
H26.10.30 X、Y代表者出席の上団交。Xを正社員に戻すように要求したが、Y代表者は直ちに応じられないとする。組合関係者は「保育園の入園が決まっている」としたが、Xは事実と異なるこの発言を訂正せず。
H26.11.01 Y、Xに対し数々の指導に関して改善を行うよう業務改善指示を行う。労働局への相談や組合加入によるものでない旨の記載がある指導書交付
H26.11.19 このころ、9月19日以降のXの言動を挙げ、Xが指示命令に素直に従おうとせず、正社員に戻りたいとの自己の主張のみを押し通そうとして、一審被告との間の信頼関係を構築する努力を全くせず信頼関係が破綻しており、正社員には変更できない旨の回答書送付
H26.12.02 団交するもまとまらず、以後、団交は一旦中断
H26.12.10 X、業務用のパソコンを用いYの他の従業員に対しY告代表者の発言を批判するとともに、「早くあの場から去りたいですが、辞めると交渉権を失ってしまうので、会社の敗北をしかと見届けるまで、戦います。」、「面白いことに、時間が経てば経つほど、会社はボロを出してくれています。…引き続き、報告はさせてくださいまし。ひひ^^」等のメールを送信
H26.12.12 Y、組合に対し職場復帰した当日にYの全従業員に対し「保育園が決まり次第、週5日勤務で働くことになっている」などと誤った内容の挨拶をし、正社員化への既成事実を作ろうとして不誠実な態度を取ったほか、自己中心的な要求を行ってYの労務管理担当を混乱させるとともに、Yの女性従業員に対し「私、会社にいじめられているから、あなたも妊娠を考えているなら気をつけた方がいいよ」などと事実でないことを吹聴し、いたずらに女性従業員の不安心理をあおり、企業秩序を乱す言動を行ったことなどを総合判断して、9月10日の時点でXを信頼してコーチとしてクラスを受け持たせ正社員に契約変更することはできないと決定した旨を記載した回答書送付
H27.05  X、マスコミに接触し、育児休業の終了に際して本件契約社員契約を締結し、その後正社員に戻すことを求めたが、Yが応じなかったことに関する情報を録音データとともに提供。XYは匿名ながら、東京都内の教育関係企業で働く女性が直属の男性上司から「俺なら、俺の稼ぎだけで食わせる覚悟で,嫁を妊娠させる」と言われた、育児休業終了後に子が保育園に入れば正社員に戻すとの条件で週3日勤務の契約社員として復帰し、その後保育園が決まったのに、上司は正社員に戻すことを渋り、押し問答の末に上記発言が出た、女性は社長とも話し合ったが、「産休明けの人を優先はしない」などと言われ、嫌なら退職をと迫られた、まさに社を挙げてのマタハラで、労働局の指導も会社は無視、女性の後に育休を取った複数の社員も嫌がらせを受けて退職した旨が報道された。Xは同僚に自分の関与を明らかにする。
H27.06.04 Y代理人名の内容証明。労働審判を申し立ての通知と、上記報道記事記載のX発言は真実に反するから、マスコミを含む外部の第三者に対して本件に関する不用意な発言を厳に控えるよう強く要請する旨の通知
H27.06.06 X、業務用パソコンで自宅のアドレス向けに「弁護士折衝において」と題して、「今、「マタハラ」が脚光を浴びていること。提訴し、記者会見をすることで、裁判には前向きです。」、「基本的に、私は,裁判に前向きです。その前に、早期解決を図るため金銭的和解に応じるのであれば、800万円。その金額以下で、裁判を避けることは考えておりません。提訴することが決まり、会社名を公表した記者会見をし、その後、和解、という流れで、会社に対して、十分な社会的制裁を与えることができれば、800万円という金額にはこだわりません。会社は、裁判というより「記者会見」を嫌がるでしょう。「記者会見」を避けるために、こちらの言い値を支払うこともありえると思っています。」と記載したメール、上場に夏季休暇の確認をしたところ,Y代表者からメールが送信されたことに関して、「白状すると、私がちょっと嫌味なメールを送り、仕掛けたところがあります。」「弁護士から内容証明が送られる6月5日以降に、反論したいと思っています。重箱の隅をつつくような反論ですが、「矛盾している点について、抗議の姿勢を示しておくこと」に意味があると思っています。」と記載したメールを送信

1 事実経過に対する評価
 使用者をY、労働者をXとしています。これでもだいぶ端折ってまとめていますが、膨大な量です(もう少しまとめようと思いましたが面倒になってしまいました(笑))。9月9日に保育園が見つかったとしたのが虚偽であったことは高裁段階で明確になったのは前回記事のとおり(もっとも高裁判決は新証拠である弁護士照会を待つまでもないとしていますから、原審段階でも同じ認定は可能であった趣旨でしょう)です。
 確かにXは正社員復帰の意欲は一貫してもっていたのでしょう。育休の延長ができないとわかり、8月26日に一旦退職の意向を伝えたのは本意でなかったはずでしょう。まだ未練があったから29日に一転契約社員での復帰を申し入れたのでしょう。9月1日の説明時も正社員にいつ復帰できるか気にして聞いているが、社労士から契約の再締結が必要と言われて容易ではないと悟ったでしょう。9月2日の復帰後、9月9日には例のウソであったところの「保育園が見つかった」との話を出して正社員での復帰を求めているが、これはいわば正攻法ではだめでこうとでも言わないと正社員復帰は難しいと感じはじめていたからでしょう。このあたりでXは手段を選ばず正社員への復帰を求める方向に転じたのではないでしょうか。9月19日には労働局に相談に行くと述べているが、これはやや過激です。なぜこうも焦ったのでしょうか。
 推測に過ぎませんが、育休明けまでのYのXに対する評価としては「ちょっと変わったところはあるかもしれないが、辞めてほしいような人材ではない」というくらいのものであったのではないか(もっとも復帰後出された業務指導書では8月26日の会議までにも暴言を吐いて会議時間が大幅に延期になったとして指導しているのですが)。8月26日の3日後一転して契約社員での復帰を申し入れられ、急ではありながらもなんとかコーチのポストを調整しています。ここまでのYの対応は全く誠実と評価してよいのではないかと思います。「どちらかというと辞めてほしいような人材」であったとすればこの調整までしなかったのではないかと思われます。「退職前提でコーチの担当を組んでしまったから今更無理だ」という対応もY側には考えられました。復職後、説明会で受講生からの質問に対し沈黙してしまい、上長がオブザーブを提案したのも多分純粋に好意であり、同時にこのままコーチに復帰させて大丈夫かと心配下からだと推測されます。はじめの転機は9月7日のオブザーブ時のXの発言でしょう。どうやら他のコーチのクラスをオブザーブしてその内容が至らないと見たのか、「危機感すら感じる」と他の従業員の前で発言したというのです。これはちょっと普通ではありません。Y側もここまではすぐには無理としても後々正社員として復帰させることも考えていたかもしれませんが、この言動は方針転換に影響を及ぼしたのかもしれません。おそらくYは9月19日にXを切る方向を固めたのではないかと思います。面談時「労働局に行く」などとかなり不穏当なことを述べたから、面談後Y代表者、上長、顧問社労士で方針について相談検討したでしょう。危機感すら感じる発言や労働局に行く発言などから、「今後信頼関係を維持するのはムリ」と結論を出した可能性が高いです。そうして、面談後に上長がクラス担当を外すというメールを送付することにつながります。
 以上、復職前後のXYそれぞれの思惑について、全くの推測ですが検討をしてみました。公正な目に立ってみてもやはりあまりXに同情できません。Y側に責められるべき点というか、超誠実であることを求めるのであれば、9月2日に正社員に復帰するには別途契約が必要だと説明するに際し「正社員に戻るといっても、Xの保育園の都合だけではなくて、少ない人数でクラス担当を含め限られた仕事を回しているなどこちらの都合もあるから、1年くらい待ってもらう場合はあるよ。でもあせらずちゃんと仕事してもらえればいつかは正社員契約に変更になるから」とでも説明しておけばよかったのかもしれません。これは理想論としてはあり得ますが、前回記事で紹介した学説がこう説明しておかないと不利益取り扱いだ、真意による同意がないのだ、という議論をするのであればそれは行きすぎでしょう。まあ、Xに少しでも同情する余地があるとすれば、こういう説明を受けていれば9月9日以降保育園が見つかったというウソや労働局に相談に行くという脅しという極端な手段で復帰を求めるという「暴発」を起こすことはなかったのかもしれません。また私の評価では、コーチの任を解いた時点でYはXを切る方向に転じたと考えられるので、Yが「嫌がらせ」と言いたくなる気持ちは理解できます。しかし、9月7日の「危機感を覚える」発言、9月9日には保育園のウソをついても正社員復帰を求め、9月19日には労働局に相談に行くと脅すとエスカレートしたXの行為は申し訳ないが正当化できないと思います。
 以上の解説からおわかりかと思いますが、正社員復帰の道を自ら閉ざしたのはXの行為です。Xがあせらず、即時の正社員復帰にこだわらず、実績を上げる方向で努力すれば本件はこうなっていません。Y側はそうする機会は9月19日にコーチの任を解くまでは十分に提供していたと評価できます。

2 Yの対応に学ぶもの
 一連のYの対応について、評価できる点と課題を指摘します。
 ① 育児休業の再延長を拒否したこと、契約社員として復帰することを選択しなければ退職とならざるを得ないこと、契約社員として復帰する際に提示した条件いずれも合理的です。特に本心ではあまり復帰を歓迎しない労働者の場合ここが雑になりやすいものです。
 ② 9月2日の再契約時から顧問社労士を立ち会わせているのも、あるいは将来的な紛争の萌芽を感じとっていたからかもしれません。そうであったとすれば素早い対策です。
 ③ 説明書面に「正社員復帰が前提です」と記載されていたことは本件地裁高裁判決ともに何らの合意なく当然に復帰するという意味ではないという判断ですが、「正社員復帰が予定されていますが、正社員契約を締結しなおす必要があります」などと記載すればよかったのではないでしょうか。
 ④ 9月9日に保育園が見つかったから正社員復帰したいとの連絡に対し、すぐにY代表者が「現段階では正社員への変更は考えていない」としたこと(なお地裁判決によると「詳細は9月19日の面談で話す」としたらしい)は、良し悪し両方の評価が可能であるように思います。9月19日の面談内容を受けて嫌がらせ的に復帰を阻止しようと考えたという評価を免れられたのが良い点、面談前から復帰させる意図はなかったと評価される恐れがあるのが悪い点です。結果的に前者のメリットが大きかったように思います。
 ⑤ 9月19日の面談については、地裁段階では事実認定はもっと詳細です。おそらくこの日ままだXは面談の録音をしていなかったのではないでしょうか。面談内容の認定は陳述書と尋問によったのではないかと思われます。
   地裁判決の認定などを考え合わせると、9月19日(代表者のメールであれば9月9日)に即時の正社員復帰はできないとしたYの対応はやや厳しいのではという疑問はあります。8月23日にXが復帰を一旦断念するまではYは正社員復帰を前提としていたはずですし、8月26日に一転復帰をいわれた際には短期間で調整してコーチを割り当てるようにしています。が9月9日は何ら検討した形跡なく、すぐに「現時点での復帰は考えていない」というのは若干不自然ではあります。9月7日の「危機感すら感じる」発言、そしてオブザーブの前提となった生徒の質問に対する沈黙、上記では省略したが9月7日にXは「被告代表者又はAから聞いているかもしれないが、保育園に子を入れることができ次第、1週間5日勤務の正社員として働くことになる、まだいつになるか分からないが、その際は今よりもYに貢献できるようになるかと思う」というメールを上長に送り、上長はこのメールをY代表者に転送し「然るべきパフォーマンスを発揮したら復帰という自分の認識とギャップがある」と述べています。復帰当日にもXは「保育園に預けられなかったから契約社員で復帰したが、保育園が決まり次第週5の正社員に復帰したい」というメールを同僚に送っているようで(なお、地裁判決はこのメールに対する返信でY代表者らが復帰に関する認識の違いを述べなかったことを指摘しています。が、仮に「認識が違う」と思っても復帰間もないYを慮ってそう指摘しないことはあるでしょう。現に上長も7日のメールを受けて認識の違いに困惑したのが、直接Yにその旨指摘することはしていません)。要するに復帰直後のXの様子を見て、上長ひいてはYは「正社員に戻すのはブランクや問題発言があり危ない。その割に保育園が見つかれば正社員にすぐ復帰できるかのようにXは言っている」と早期に正社員に復帰させることに危機感を覚えていたのではないかと推測されます。それが復帰前の比較的柔軟な対応と、復帰後の「すぐには正社員に戻さない」という比較的強硬な対応の差になっているのではないでしょうか。9月19日の面談内容は地裁の認定の方が詳細ですが、確かに地裁の認定のとおりだとすると「正社員として戻ったけれども育児休業明けだからといって優遇しては組織のバランスが崩れてしまう」とYは述べています。「クラスには穴を空けないということが大前提」と述べたことは高裁認定でも維持されています。これは確かに育休明けの従業員に対しては柔軟性を欠くといわれても仕方がないでしょう。
   結果Xも労働局に相談に行くと述べるに至り、前述のようにYもここでXを切る方向性を固めたのでしょう、面談後にクラス担当を外す連絡をしています。
   9月19日の面談をどう評価するかは難しいです。Y側のやや強硬な対応が「労働局へ行く」の引き金となっているのだとすれば、Xにやや同情の余地はあります。ただ、9日時点での保育園のウソなどと比較した際にY側の対応がそれほどに悪いとは思えません。やはりX側の、とりわけ復帰後の行動が「すぐには復帰は絶対させない」というY側の態度の硬化を招いてしまったものと思います。
 ⑥ 19日の面談後の対応は評価が分かれると思います。私は道義的な良し悪しではなく、損得の問題としてYの対応はやりすぎだと思います。善悪を措くとして、客観的に9月19日の面談時点でXの正社員復帰の可能性はなくなったと見ざるを得ません(善悪を措き、Xが正社員復帰を望むなら引き下がって契約更新時の切り替えを望むしかなかったはずです)。10月25日の大量の指導書等は指導に従って事態が改善することを目的とするのではなく、裁判へ向けた証拠づくりでしょう。で、Xを切る方向を固めるとして即コーチの任を解く、数日後大量の指導書を出すというのでは印象が悪すぎる。地裁はこの点を重視しており、実際にYにとって大幅に不利に作用しています。私がこの時点で相談を受けたなら、コーチの任を解くことはもう少し状況をみるべきと言うと思うし、業務指導書はもちろん出すべきすが、特に交渉の内容に関わるようなものは控えた方が無難ではないでしょうか。地裁判決では全指導書等の内容が認定されていますが、「労働局から歩み寄ってはどうかと助言されたのに自己の主張を通そうとするのは社内秩序を乱すから指導する」という類のものは私なら出しません。①虚偽の事実の流布(そこに退職勧奨等を列挙する)、②職場の秩序を乱す言動(妊娠したら気をつけろ、危機感すら覚える)、③録音禁止くらいで足りるのではないでしょうか。その後指導に重ねて違反した際にさらに強い警告書、懲戒処分と進むべきものだと思います。
 ⑦ 9月24日の上長との面談の際、上長が「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言しています。本件では復帰直後からXは執務室及び面談時の録音を行っていたが、後日この録音がマスコミに公開され、Yがマタハラ企業であるとの印象づけにも大きく影響を及ぼすこととなりました。本判決では文脈を踏まえて「適切なものとはいえないものの、就業環境を害する違法なものとまではいえない」としていわば救済されましたが、地裁判決では厳しく指弾されていた部分です。
   この点は教訓とすべきであり、Xの録音を予想し、発言は慎重に行うように徹底すべきでした。遅くとも9月19日の段階で顧問弁護士も交え、今後録音もありうることを予想しつつ、面談には慎重に対応するよう代表取締役・顧問社労士・当該上長を含めて確認されていればこのような失敗は回避できたはずです。
 ⑧ その後の対応は概ね良いと思います。団交対応、更新拒否通知の送付のタイミングとその内容等、参考になる部分が多くあります。
 ⑨ ところで、12月10日の「ひひ」メールを含め、会社のアドレスを通して組合やXの代理人弁護士にメールを送付していたことから裁判にはXのメールが証拠として提出されるに至った(と思われます)。「ひひ」メール以外に、800万円以下では裁判外の解決を望まないとか、まあ少なくともXからすればあまり裁判所に知られたくない内容のメールが証拠として提出されることになっています(業務用パソコンのゴミ箱から復元したと高裁判決の指摘があります)。これは形式的に職務に専念していないとか社用物の私的利用と評価される以上の意味が実際はあるでしょう。このメールがなく、保育園のウソだけで高裁の結論が変わったかはわかりません。その意味で、実は会社のメールで送ってくれたことはYにとって幸運だったと思います。

3 雇止めの可否と残された課題
 (1) 本件有期契約が労契法19条2号の更新に合理的な期待があるものにあたるとした結論は当然ですし、特に異論はないでしょう。そこで、雇止めに合理的な理由があるかですが、高裁判決はア録音禁止命令や誓約に違反し、自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した、イ「労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない」、ウ職務専念義務違反(パソコンやメールの私的利用)を根拠に合理的理由があるとしました。
   このうちウは実質的には送ったメールの内容が問題で、アイの認定に大きく寄与しているが、ウ単体では大した問題ありません。アは備忘のためだというXの主張を否定して「自己に有利な会話を交渉材料とするため」とまで認定されたことに注目を要します。イは判決文をそのまま引用しましたが、ここまで判決が言い切ってくれるのはまれで保育園のウソからいわゆる心証の雪崩現象が起こったのかと思います。アはイのいわば準備行為だから、イが最重要な理由です。イは実際そのとおりだと思いますし、だから本件では雇止めを可とする結論に賛成です。ただ、逆にここまで認定する材料が揃ってない事案だとどうなるかは気になるところではあります。
 (2) 本件が特殊な事案なためクローズアップされませんでしたが、残された課題は「仮にYが誠実に契約社員としてその職務を果たし、保育園が決まるなどしてフルタイム勤務も可能になり、1年後の更新時に正社員への復帰を求めた場合にこれを拒否したらどうなるか」という問題でしょう。前回記事で学説の批判の意味がよくわからないと書きましたが、この点をいうのかもしれません。つまり、本件の地裁高裁判決を前提とすれば、正社員復帰は再契約を締結することが前提なので、再契約を締結されない場合損害賠償の問題にはなっても地位確認請求はできない、という帰結になるのかと思われます。本件の事案としての処理に影響はないが、確かに本件でXが主張したような停止条件付正社員契約であるというような構成は考えられます。

| | コメント (0)

2020年6月 4日 (木)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相①―事案のキーポイントと育休明けに即復帰できない労働者との正社員契約を有期雇用契約に切り替える際の注意点

 ジャパンビジネスラボ事件の逆転高裁判決(東京高判令和元年11月28日・労経速71巻4号3頁。裁判所HP https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/146/089146_hanrei.pdf)のことはニュースで出たときから気になっていました。報道をみるとざっくりとマタハラ企業とマタハラ被害で契約社員にならざるを得なかった哀れな労働者という構図が鮮やかにひっくり返ったようで、理論的な部分よりは事実関係の詳細や事実認定のどの部分がどうひっくり返ったかが気になっていました。一審判決も読んでいなかったのですが、今回検討する機会があり、自分の中ではスッキリしたので、紹介します。

1 キーポイント
 今回地裁高裁の判決文にすべて目を通してみましたが、高裁の事案に対する見立ての方が正しいでしょう。
 労働者側のストーリーは「育休明けに保育園が見つからなかったので、そのままでは復帰できないから契約社員として復帰することに応じたが、復職後すぐに保育園が見つかったので、正社員に戻してくれといったら断られ、様々な嫌がらせを受けた」というものです。ところが、高裁段階で「復職後すぐに保育園が見つかった」というのは嘘だったことが明らかになっています(判決は明確に嘘だとは言っていませんが、実質的にそう言っているのと同じだと思います)。高裁段階に行った弁護士照会でこの事実が明らかになったようですが、高裁はこの弁護士照会を待たずに保育園が見つかったという労働者の供述について信用性に疑いを入れています。とはいえこの新証拠は逆転に際してかなり大きかったと思います。労働者側のストーリーの核心部分が崩れたわけですね。
 高裁の事案に対する見立ては、大雑把に、労働者は真摯に復職のために手を尽くしていたのではなく、法的に正当な手段では目的が達成できないので、(マタハラが問題視される時流に乗って)、衝撃的な録音をマスコミに流したり、紛争中であっても許容できないほどの虚偽(とまで断言しているわけではないですが)の内容の記者会見を行って、自分がマタハラ被害者であることを世間に印象付けようとしたというものでしょう。地裁は正社員契約の継続を認めなかったあたりはそれでも自制的だったとおもいますが、まんまとこの労働者側の作戦にハマってしまった、というのが両判決を読んだ私の印象です。
 ご本人や支援者の方には悪いですが、この事案をマタハラ被害の事例として世間や裁判所に訴えていくのはスジが悪すぎて、かえって自らの首を締めることになりかねいと思います。尊属殺違憲判決事件以前に数度合憲判決が先行していたように、従来の判断の変更とか、先例的な判断とか、政策形成的な判断を得るにはそれに見合った事例が必要です。本件は上告されていますが、この事例でかつ高裁の事実認定を前提に最高裁が破棄をするかは大いに疑問です。もっとも最近の最高裁は読めないところはありますが。

2 育休明けの復職についてどう対応すべきか
 事実認定の詳しい部分は次の記事に譲ることとし、まずは育休明けの復職についていかに対応すべきか、本判決から読み取れることを述べたいと思います。
 本判決のポイントの1つは、育児休業明けにフルタイム勤務できない労働者の正社員契約を有期雇用契約に切り替えて締結することの有効性について比較的緩やかに認めたことにあります。有期契約を切り替えずに正社員契約を維持しつづけたとすれば、子どもの育児がある以上フルタイムで働くのは困難になり、育児休暇はもうとれないのですから、有給や別の休暇で対応するしかありません。しかし限度があり、本来出勤すべきときに出勤できない状態になるでしょう。そうすると、正社員として週5日フルタイムで労務を提供するという労働者の義務を果たせなくなるわけで、いずれは普通解雇・懲戒解雇になるか、それより前に判決が指摘するように任意に退職することにならざるを得ないでしょう。これと比べて有期でも雇用が維持されることは必ずしも不利ではないと考えているのです。この点は地裁判決も本判決もほぼ同じです。
 極論を言えば育休の最長期間を使い果たしてもフルタイムで復帰できるような状態でなければ即解雇(実際もし本当にやるとしたら出勤命令を出して従わないこと多数→懲戒解雇となるので育休明けから少し時間を要することになりますが)とすることも即育介法の明文規定に違反するわけではありません。が、まあ普通はそういうことはしないと思いますので、本件のように「週3の契約社員に切り替えるか、退職にするか」というような話合いを持つことになるでしょう。大企業ならいいですが、中小企業では契約社員に切り替える余地すらない場合もあると思います。実際例えばもし私のような弱小法律事務所でそうなったら本当にこまると思います。一定期間フルタイムで働いてくれる契約社員を確保することを考えなければなりませんが、その場合「週3で勤務されても正直持て余すなあ」ということになりかねません。こういう場合は退職してもらうほかないかと思いますが、こういう事例ですべて「退職の合意は無効」とか「育介法・均等法違反の不利益な取り扱いだ」とされてしまっては多くの中小企業の経営者はたまらないと思います。
 したがって、退職や解雇になるよりはマシとして、この点を重視して有期雇用への切り替えについて真意に基づく同意がありとか育介法・均等法違反や錯誤の否定を行った地裁高裁判決は実質論として妥当だと思います。上記極論のようなことをやれば真意に基づく同意が否定されたり、育介法・均等法違反が認定されることになるでしょう。それで十分バランスがとれています。
 ただし、本判決は「即解雇とせずちゃんと話合いをもって有期に切り替えれば有効」とまで言い切っていると読めるわけではないので、その点はご注意下さい。次の記事で触れると思いますが、下記のとおり育休明けに復帰できないと分かって一旦退職を選択したが、その3日後一転して契約社員での雇用を求めているなどの事情も考慮されています。ただ、私見では仮にこのような事情がなくても有期への切り替えの有効性は認められるべきだと思います。
 本件における使用者側の対応を確認しておきます。本件では休業期間を法律上の最大期間まで延長したところ、さらに労働者から3ヶ月の延長という法律で定められた以上の措置を求められたのですがが、使用者側は拒否し、労働者は一旦は退職の意向を示します。ところが一転して週3日勤務の契約社員として復職を希望する旨を伝えたため、使用者側は約1ヶ月後から一つのクラスを担当させるように調整し、希望どおり契約社員として復職させることとしたのです。そうして現に契約社員として復帰しています。本件の労働者は語学スクールのコーチという講師のような仕事だったのですが、一転復帰を言われた割には正直よく調整したなという印象を持ちます。余談ですが、一旦退職の意向を示した後にすでに補充の正社員の雇用を決めており、他に当該労働者の希望に沿うようなポストを用意できないような事情があれば、契約社員としての復職すら必要でなかったのではないかと思います。

3 学説による批判に対して
 以上に対し、学説からの批判は強いようです。高裁判決の評釈はまだ出てきていないので、地裁判決の評釈をいくつかあたりました。揃って地裁判決が有期契約への切り替えの有効性を認めたことに対し批判的でした。
 実質論としては、要するに将来の正社員復帰を前提に人員配置や一時的な別の非正規雇用で当面労働者がフルタイム勤務できないことを凌ぐことを強いられる会社の負担と正社員という地位の喪失や給与面の待遇低下という不利益を強いられる労働者との利益衡量の問題です。私は2項で書いたように、即解雇というような極端なことをはやらずに、会社側も誠実に調整して当面の雇用形態について妥当な条件を提示すれば足りると考えています。今あらためて各評釈を読み直してみても、批判的な学説が実質論としてそれ以上の何を求めているのかは率直に言ってよくわかりません。例えば「私傷病による休職からの復帰過程において一定の猶予を置くことを求める裁判例の傾向と整合的でない」(石崎由紀子「一審判批」ジュリ1532・107頁)という指摘がありますが、別に一審判決や本判決は「職を失うよりマシだから契約社員として提示する条件は何でもいい」というようなことを言っているわけではないと思います。あるいは「法定の休業期間で復帰できなかった人も、無期正社員であったのだから、無期正社員の地位を失わせるようなことはあってはならない」という趣旨なのでしょうか。そうであればそういう価値判断自体は一応理解できなくはありませんが、そこまでの負担をすくなくとも解釈論で使用者に課すことは反対です。使用者に法律で定められた育児休業期間以上の期間を付与せよというに近いと思います。立法論として育児休業期間のさらなる延長をするなどして対応することは否定はしませんが、保育園の数や質、入園のしやすさなどの知識がまったくないので、その適否を論じるのは私の能力を超えます。
 本件は事案としてかなり特殊です。契約社員として復職し、やがて本当に保育園が見つかり、フルタイム勤務が可能になったところで、少々のタイムラグはあるにしても合意によって正社員に復帰する、本来はこういう経過をたどったはずです。そうならなかったのは本件の労働者の特殊性によるもので、正直学説からの批判はこの事案の特殊性を十分理解していない前提で展開されているように感じてしまいます。

| | コメント (0)

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »