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2018年5月21日 (月)

平成30年司法試験会社法(民事法第2問)について

 平成30年会社法の司法試験問題が公開されたので、恒例の速報解説をやります。

http://www.moj.go.jp/content/001258875.pdf

 事例は甲社という閉鎖会社におけるAとCという兄弟の内紛を題材にしたものです。
 Aが代取、Cが平取、Aの息子Bが平取、ACの叔父Dは役なし(経営にも関与しない)株主で、持株数はAから順に、300、250、250、200。
 大筋としては、Dが株を買い取ってもらうことを目的に会計帳簿の閲覧謄写請求をし(設問1)、その後AとCが互いに解任のために動いたところ、Aが紐付きのGに甲社の連帯保証(保証料なし)という便宜を図って買い取らせて、会社提案であるC解任は可決、C提案であるA提案は否決という決議となったところ、その効力と損害賠償関係を問う(設問2)います。ABCが一旦内紛を終わらせる株主合意をしたところ、A死亡にともなってCがBに対する売渡請求(174条)により生前の株主合意に反して支配権を奪取しようとした当該請求の効力を問う(設問3)ものです。

 設問1は、最近毎年同じことを書いている気がしますが、私が演習の問題で長年来出していた問題とピタリと符号するので、私の授業を受けてくれた人は完璧であったはずです。
 設問を少し敷衍すると、叔父Dの子であるFが、甲社の進出予定のない地域で全く同種のハンバーガーショップを経営していること、またDは「Aが仕入先からリベートを受け取っている」名目で過去3年の仕入れ取引に関わる総勘定元帳等の閲覧謄写請求しているところ、リベートの件はほんとはどうでもよい(株の買い取りだけが目的)と述べてしまっているという事情があります。
 会計帳簿の閲覧謄写の問題は、細かい論点にもきっちり触れて書くというところで、設問の指定である「甲社の立場」から主張を整理すると概ね次のような感じでしょう。
 ① 閲覧の対照となる帳簿の対象が特定されていない
 ② 閲覧理由が証明(疎明)されていない
 ③ 1号の除外事由にあたる(権利行使のための調査目的外)
 ④ 3号の除外事由にあたる
  ④-1 競業者が子でも除外事由にあたるか
  ④-2 競業性が認められるか
  ④-3 不当な目的を要するのか否か

 多分、①②⑤-3を落とす人が多いでしょう。これは現場戦略では思いつきにくい論点なので、事前にしっかり勉強しているかどうかで差がつきます。
 ①は結論として特定を認めるかは非常に悩ましいところですが、試験との関係では比較的緩やかに考え、特定ありとしてしまえばいいでしょう。
 ②は証明不要との結論を示し、濫用的な請求は除外事由の適切な解釈で対応できると簡単に触れておけば十分でしょう。
 ③はあまり議論しすぎなくてもいいのではないでしょうか。調査目的外であることは本人が認めてしまっているので。
 ④が設問1の山場で④-1は楽天事件を参考にしつつ「該当する」と論じてしまい、競業性の有無をしっかり論じるべきでしょう。一見出店計画のない近畿での競合はなさそうですが、仕入先と仕入価格という最も重要な情報に関わること、独自の調味料の内容も判明してしまう可能性があることなどを強調すれば競業性は認められうると思います。競業性ありとした上で、不当目的は要しないという最高裁判例を簡単に指摘すればバッチリでしょう。


設問2は、まあまあ難しいので、深入りすると時間がかかってしまうかもしれません。問題の詳細を補足すると、AはDから株を買い取ってしまえば解任決議が防止できると考えて、友人のGにDから株を買わせてしまおうとするのですが、Gには適正な売買代金2400万円のうち800万円足りなかったため、Gが銀行から800万円借り入れるについて甲社に保証料なしで連帯保証させます。解任決議が審議される総会前に、総会直後に融資実行と代金支払と引き換えに株券引渡が行われるという内容の契約がDG甲の間で締結されるわけです。保証料の相場は60万円です。
 設問2の前半は、可決されたCの解任決議と否決されたAの解任決議を取り消すCの決議取消しの訴えにおけるCの主張とその当否を問うものです。このフレーズも何度目かわからないですが、司法試験は本当にワンパターンです。平成28年に最高裁判決が出たとはいえ、否決決議が決議取消しの訴えの対象になるかはモロに平成24年に問われています。いわゆる泡沫提案の再提案に対する期間制限を逃れられるという実益を論じた上で最高裁に従って議論を展開すればいいでしょう。
 否決決議の取消し理由として、Cの株主提案について、提案理由をしようとしたCを遮って採決したことが問題となります。これはよく調べていませんが、適法な招集手続きであったという前提が与えられているので、招集通知には株主提案理由の記載がされていたという前提によめます。そこを強調すれば提案理由の説明をさせないことは問題ないと言うことができそうです。逆に、解任理由というのは解任議案に賛同を得るために核心的な部分ですし、リベートを取っているという疑惑は出席した株主が賛否を判断するのに重要な事項であることを強調すると、取消事由になるということができそうです。
 可決されたCの解任決議については、Dの株を買ってあげるということをいわばエサにしてDに甲社提案に従った議決権行使をさせているので、利益供与の問題なのでしょう。もちろん蛇の目の事件が想起され、蛇の目の事案は大雑把に言えば「会社にとって好ましくないものに株を売っちゃうぞ」と脅して融資を引き出したものですが、「会社にとって心配な=好ましくなってしまうかもしれないDの議決権行使を有利にさせる目的」で利益を与えることも、利益供与に該当するということはできそうですが、結論はどちらでもいいと思います。唐突ですが、田中亘教授は試験委員をされてたのでしょうか?結構前にグランド東京とかいうホテルか何かの相続に絡む内紛事件で利益供与性が否定されたことに商事法務で大分噛み付いておられた(この件で利益供与に該当するというような意見書を出されていたのではなかったか?)のをうっすらと記憶しています。もう事案も忘れてしまいましたが、「難しい理屈はともかく、これは事案の筋としては利益供与を主張する側が悪いよね」という記憶しか残ってませんが、次のGの利益供与性も含め、この問題意識が反映したかもしれませんね。
 その他、売買日の設定が総会直前になっている設定や、Aを代理人にしている設定は利益供与該当性の当てはめに使えると思いますが、他に論点が隠れているのかちょっと解りません。どのみち時間がないので、かかわり合いにならないで流して置いたほうが得策でしょうね。

 設問2の後半はCが甲の株主としてAとGに対する会社法に基づく責任追及の訴えをする場合のCの立場による主張とその当否を問うものです。
 ん、Gって取締役じゃないから代表訴訟の対象にはなりようがないし、どうするんだ…と改めて代表訴訟の条文(847条)を眺めると、「第120条第3項の利益の返還を求める訴え」があるじゃないですか。そうか利益供与について供与した利益の返還を求める訴えは代表訴訟の対象になるんですね。。。すっかり忘れていました。ということで、Gは利益供与が論点となると確定ですね。ここまでこればそんなに難しくないと思います。
 ① Aの責任:(取締役会決議は適法)善管注意義務違反
   自己保身目的疑い、保証料取らない、担保取らない→50+800万円。後述の利益供与に関与した(120条4項)として過失の立証責任が転換されることもしっかり触れる必要がありますね。

 ② Gの責任:利益供与
    利益供与該当性は、やはり蛇の目との比較で論じられるのでしょう。会社にとって好ましくないものに譲渡されるのを防ぐために融資するのも利益供与なら、会社にとって好ましい議決権行使をしてくれる人が譲渡を受けるために融資をするのも利益供与だと言える、この程度の流れでいいのでしょう。実際は億単位の蛇の目と違って800万円の融資であるので、融資それ自体が利益かというには迷いがあるのですが。。。。なお、50万円の保証料は問題なく利益供与に該当するでしょう。


 設問3は、Aの子BがAとCとの間を取り持って、Aが退任したらCも取締役を退任し、Bが代取になって会社を運営するという合意ができたところ、交通事故でAが死んだ後に、Cが約束を違えて、定款に規定されていた会社の相続人に対する株式の売渡請求権(しかも過半数になるだけを買い取るという)を行使した、というものです。 これ、実務的には結構メジャーなテーマかもしれません。事業承継に絡んで、174条による売渡請求をすると、被請求者が請求に関する総会議案について議決権を行使できない(175条2項、1項2号)ため、多数派が追い落とされクーデターになってしまうという問題意識がよく指摘されているものです。 本件も典型的にクーデターの問題が現れているといえましょう。実際どんな裁判例が出たかと、最近の議論にはまったく疎いし、調べるのも面倒なので、何が現状の議論として正確なのかは読者の方々が調べていただければと思います。 ここで重要なのは、おそらく、「174条クーデター」という論点を知っている受験生はいないであろう(いるかもしれませんが、そういう抜群な人か、たまたま知っている人は無視しておけばいい)ということです。 これも例年書いていることですが、「知らない問題だが何を聞いているかどうかは明らか」という問題はチャンスです。どちらを勝たせるべきか、バランスよく両方の視点から比較してみる、そうしてなるべく条文に従い、突飛な見解・思いつきの見解は絶対にやめ、たとえ形式論で結論を出すと結論が不都合であっても「…だから已むを得ない」とだけフォローをするのが安全であるというルールを守れば大幅得点のチャンスです。本件は実質論としてはCが卑怯だ、約束に反したのだと感じられますが、条文操作的には、Cのやったことになかなか問題は見いだせません。なやみつつも、「一見不当かもしれないが、ABCで合意したときに定款9条を削除しなかったのだから已むを得ない。場当たり的な解釈は慎まなければならない」とでもフォローしておけば受験生としては十分でしょう。
 ただ、本問の事情下で行けば、権利濫用等として売渡請求の効力を否定することは可能かもしれません。というのは、株主ABC全員(問題文からは形式的にはACの合意ですが、Bの提案に従ったもので、実質的には)の合意で「Aが退任したらBが後継者」と決めているわけです。会社法の世界の常識として、株主間合意は直ちに会社を拘束しません。われわれプロの弁護士はここを間違えてはなりません。私もよく扱いますが、株主間契約である合弁契約を対会社に対しても効力を及ぼすためには定款にも同等の規定をしなければならないのです。ただ、株主全員が同意しているわけですから、いまさらCが会社を代表してその合意に反する行為をすることは禁反言にあたると言えるかもしれません。あるいは、実質的にABC合意の趣旨は定款9条を変更する趣旨を含むのだとして、定款変更の決議があったと考えることも不可能ではないかもしれません。
 なお、買い取る株式の数ですが、確かに175条1項1号では買い取る数を会社が自由に設定できそうによめます。しかし、実質的には支配権のプレミアムにしか株式の価値はほとんど存在しないわけで、合理的な理由なく174条が一部のみの株式を買取ることを許容しているとは考えられません。そうすると、一部買い取りは違法ということで、請求全体の効力を否定する余地もあるかもしれません。

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コメント

利益供与のところを、利益相反取引(間接取引で計算説、実質説を採る)で書くのは全くの的外れになってしまうでしょうか?

投稿: 受験生 | 2018年5月23日 (水) 06時53分

どうでしょうか。
Gの債務を甲社に連帯保証させることが利益相反取引にあたるという構成でしょうか。率直に言ってあまり本筋でないように思います。私の直感的な感覚では、そう持っていくためには、AとGの同一性についてかなり説得的に論じないと(名義説・計算説問わず)厳しいような気がします。正直、友人関係だけでは利益相反性を認めるのは困難であろうような。。。これが利益相反の問題なら、友人の会社と取引するのも全部利益相反になりかねないですかね。無償の債務保証=実質贈与という点はありますが、会社の取締役が友人に多額の贈与をするのは、やはり利益相反というより善管注意義務・忠実義務違反の問題だと思いますが。
書き込みを見る限り、名義説・計算説の対立が基本的には間接取引が明文化されていない次代の鋭い対立の名残で、間接取引が明文化された後の現在では大した議論の対立ではないということをあまり理解されていないように思います。計算説だからといって野放図に利益相反の範囲が広がるわけではないのです。

投稿: 野田 | 2018年5月23日 (水) 13時13分

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