2020年7月 5日 (日)

差押禁止債権-預金債権化した給与-の滞納処分による差押えの可否(大阪高判令和1年9月26日)

 ある研究会での報告テーマであったので、備忘録がわりに。
 (一部)差押禁止債権である年金とか給与が預金口座に振り込まれた後は、差押禁止債権の属性を承継せず、相殺とか差押えが可能である(最判平成10年2月10日)。どこかで線引しなければならないので、こういう線引をせざるを得ないと安直に思っていたが、そう単純でもないかのしれない。

 表題の事案と判旨は要するに給与が振り込まれた直後に国税が差押えを行って回収したところ、給与債権としての差押禁止部分については不当利得になるというものである。
 高裁判決で例によって事実認定は読みにくいので(いつか最高裁で誰かの補足意見があったが、いい加減なんとかならないのか)真面目に検討していないが、要するに1年以上前から給与の振込口座であると把握していて、給料の振込みがあることを想定した上で給与の振込直後に差押えを行ったというものである。なお、直接給料債権を差し押さえることも考えたが、その場合には被差押者の雇用関係に影響が出ることを懸念し、直接給与債権を差し押さえるのではなく、その代わりに給料の振込みがあると想定される本件預金口座に係る預金債権を再度差し押さえることを選択することとしたと判決で認定されているが、インチキ臭い。雇用関係に配慮するなら預金債権であっても差押禁止部分は自主的に除外して差し押さえればいいだろう。
 先行差押えによりほぼ残金ゼロの口座を押さえたということで、まあ給与債権との同一性がかなり明確な事案でもある。結論は妥当だろう。

 問題は①原則は上記最判のとおりとして、例外をどういう要件や考慮要素で認めるか、②税金の滞納処分の場合と民事の差押えの場合で異なった考え方を採用すべきか、異なるとすればどう異なるのかという点であろう。

 まず①について本判決は「具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解する」としているが、考慮要素ははっきりしない。大別して、A客観的要素:預金債権化から差押えまでの期間、出入金の有無等、とB主観的要素:差押禁止の回避の意図の強弱等に分けられる。先に紹介した事実認定部分によれば、本判決は少なくともBの主観的要素を相当程度考慮しているように見える。Bの主観的要素は税金の場合は認定しやすいが(本件でもそうであったと思われるが、いつ当該預金口座のある銀行に照会を行っていたかとか、差押えを行う際の資料などで判明する。もっとも、この件で国税の内部資料をどのようにどの範囲で開示されるに至ったのかは実務的に非常に興味がある。文書提出命令を活用したか、裁判所の強力な指示があったのか、前者が後者のきっかけになっているのか)、民事の差押えの場合は認定はかなり困難であろう。②について税金の滞納処分も民事の差押えも同様に考えるとするなれば、民事の差押えについては例外が認められる場合が少なくなるはずである。個人的には民事の差押えについてもAB両要素を考慮するとしてもらった方がいいと思う。弁護士業務上は基本的に差押側に立つことがほとんどであろうが、差押時にそもそも給与振込口座である保障はないし、ボーナスやら退職金やらが入るタイミングを狙うとしても最終的には当てずっぽうでやらざるを得ない。

 さて、そう思って民事の差押でどう判断されているかを調べてみると、実は結構容易に差押禁止が認められている印象である。上記最高裁を当たり前のように思っていたが、実は誤解だったかもしれない。
 東京高決平成22年6月22日、同6月29日(判タ1340・276頁)の囲み記事によれば、債務者が差押範囲変更の申立て(民事執行法153条)をすれば、差押が取り消されるというのが多数説・実務だそうである。そして、この東京高決(前者)によれば差押禁止債権であることさえ認められれば原則として差押は取り消されるということだそうである。ただ、前者の事件では差押前に100万円の引き出しがあったので、生活に困るような状況はないだろうということで、差押範囲変更の申立てを棄却した原決定が維持されている。後者の決定でも差押前に90万円の引き出しがあったようであるが、こちらは原決定が変更されて差押命令が取り消されている。
 というわけで、どうやら民事の差押についてはBの主観的要素は考慮されず、Aの客観的要素もあまり重要ではなく、生活の困窮があるかどうかという観点が重要な要素のようである。というわけで、上記②について同様には考えていないことがわかった。要するに、民事の差押であれば、たまたま差し押さえたものが給与債権等の差押禁止債権の転化したものであれば、そこは差押範囲変更の申立てで容易に除外されてしまうということだ。まあ、あくどいサラ金の取立てなんかを考えると仕方ないかもしれないが、どっちかというと踏み倒す方が圧倒的に容易な現状に鑑みると若干不満ではある。まあ、改正されて強力になった財産開示を有効活用するしかないだろうか。

 それにしても、税金の滞納処分の場面ではBの要素を考慮するということは、税金は結構優遇されていることになると思うが、問題だろう。

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2020年6月 8日 (月)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相③―録音禁止命令と記者会見の違法性

 今までの2回でだいぶ量を書いたので、最終回は録音禁止命令と記者会見の違法性という2つのテーマについて軽く一言しておきます。

1 録音禁止命令について
 本判決について、録音禁止命令への違反が雇止めの合理性を認めることにつながった事例だという評価の向きがありますが、ミスリーディングだと思います。
 前回紹介したとおり、高裁判決が雇止めの合理性を認めた根拠は、ア録音禁止命令や誓約に違反し、自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した、イ「労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない」、ウ職務専念義務違反(パソコンやメールの私的利用)を根拠に合理的理由があるとした、というものです。前回も触れたとおり、アはイの準備行為で、アの行為単体がそれほど重いのではないと思います。また、「自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した」という認定なのですから、録音命令違反でも本当に備忘のためであれば同列に扱われたかは疑問です。
 さらに、禁止されかつ雇い止めの際に問題とされたのは「執務室での録音」であって、「面談や交渉の場面の録音は個別に許可」されていたことは注意を要します。
 以上、面談や交渉の場面をこっそり録音しておくことは禁じられないと思いますし、これまでの裁判例を見る限り禁じたとしても録音の証拠能力が否定されるハードルは相当高いと思います。結局、「執務室内での録音は一般的に禁止し、個別に違反が発覚したら注意指導すべきだが、常に録音されていることは意識しておかなければならない」となると思います。本件は特殊な事案で、単に録音命令違反にとどまり、その録音をマスコミに提供し、「復帰してすぐに保育園が見つかったのに正社員に戻してくれず嫌がらせを受けた」という虚偽のストーリーを自分の権利実現のためにマスコミに流したという事実がなければ信頼関係の破壊すなわち雇止めの合理性にはつながらなかったと思います。録音命令違反を過大視することはできず、先例としての価値もあまり大きくないと思います。

2 記者会見の違法性について
(1) この違法性を認め、55万円の支払を認めた高裁判決は、流石にこの事案の特殊性を十分理解した今となってもなお驚きです。高裁判決のなかでもY側の不法行為の成否の際に触れられていますが、「被告の立場から事実関係及び認識を説明したものであって、訴訟の反対当事者による対抗言論」という観点が無視できません。結果的に否定されたとしても、判決が確定するまである事実の存否とか主張の当否は確定しないので、訴訟の一方当事者の主張を軽々に不法行為と判断することはできないわけです。
(2) 高裁判決のポイントは、次のとおりかと思います。
 ① 記者会見は民事訴訟上の主張と異なり被告の反論の場がないことを重視したこと
 ② 「報道に接した一般人の普通の注意と読み方を基準」とし、単なる一方当事者の主張ではなく、事実の摘示と判断したこと
 ③ 具体的な発言で、Yの信用低下をきたし、かつ真実相当性も否定されたのは次の3つです
  ⅰ 平成26年9月に育児休業期間終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため休職を申し出たものの認められず、Yから週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた
  ⅱ 子を産んで戻ってきたら、人格を否定された
  ⅲ Yが労働組合に加入したところ、Y代表者が「あなたは危険人物です」と発言した
  まずⅰはちょっと厳しすぎやしないかとは思います。判決で自由な意思だったと認められるのはいいのですが、「週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた」はXの内心の評価の問題でもあるし、まあ退職になるよりはマシだとは言え、Xの本意ではないことは明らかでしょう。そもそも事実の摘示と認めるかどうかについても議論があるところでしょう。
  次にⅱはなるほど、「Xの主張を見ても、YによるXの人格を否定する言動を具体的に指摘するものではない上、証拠を踏まえても、XがYから人格を否定される言動を受けたことにつき、具体的な立証があったとはいえない」としているので、かろうじてOKかもしれません。ただ、この発言自体あんまり破壊力が強いとは思えないのですが。。。
 最後にⅲは、もとの発言は「あなたが組合とかって関係なく、危険であるというところで」です。これを組合に加入したところ「あなたは危険人物です」と言われたというのはさすがにやりすぎでしょう。「文脈からすると、「危険」とは、クラスに穴を開けることが懸念されたなどのYにクラス担当を任せることについてのリスクをもって「危険」という表現を用いたことが認められる」とされているが、正当です。
 (3) 細部を見ると首をかしげたくなる部分がある判断でありますが、こういう判断が出たのは何度も触れた保育園のウソであったり、高裁判決も指摘しているが平成27年6月6日のメールが「記者会見を一審被告に社会的制裁を与えて自己の金銭的要求を達成するための手段と考えている趣旨のメール」と悪印象を与えたことが大きいのでしょう。
(4) なお、この高裁の判断だと、「もうちょっとうまく言ってればセーフだったんじゃない?」という疑問もあります。ざっくりと本件を見た場合に、「俺なら自分で養うつもりで妊娠させる」を文脈から切り取ってマタハラ企業の印象づけに使ったことが一番の問題なのではと感じます(もちろん私の超主観ですが)。上記3つの発言なら、なしかちょっと言い回しを変えるだけでXの望むような効果は得られたのではないか?との疑問もわきます。
 また、マスコミ側も節操がない部分はなかったでしょうか。Yの言い分をちゃんと報道しているようなマスコミは当時どのくらいあったのでしょうか。もちろんXのよろしくない部分もありますが、マスコミの扱いの問題性も大きいような気がします。まあこの問題は少し難しすぎますね。最高裁でこの部分は変わるかもしれません。

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2020年6月 6日 (土)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相②―事実認定の評価と使用者側の対応に学ぶこと

<判決が認定した事実経過>
H25.03.02 Xが出産による育児休業を開始
H26.02.26 育児休業期間延長(1年6ヶ月の最大期間まで)
H26.08.23 面談。Xは育児休業終了後にさらに3か月間の休職を求めたが、Yは応じず、Xは退職する意向を表明
H26.08.26 一転、Xが電話で、週3日勤務の契約社員として復職を希望を伝える。Yは9月21日から毎週日曜日午前10時に開講されるクラス1コマを担当させる予定とした
H26.09.01 Y代表者、上長が顧問社労士同席の上、契約内容を説明、雇用契約書と秘密保持に関する誓約書に署名。顧問社労士はXの質問に答え、正社員としての労働契約に変更するには別途合意が必要と説明
H26.09.07 復職後担当した説明会においてXが受講生からの質問に対し沈黙してしまい、上長の提案により、Xが別のコーチ担当のクラスをオブザーブ。他の従業員らのいる前で、そのコーチの能力に問題があり、「危機感すら感じる」と発言
H26.09.09 Xが保育園が見つかったとして10月から正社員としての復帰を申出(保育園が見つかったというのは実は虚偽であった)。翌日代表者にメールでも伝えるが、代表者は現段階では正社員への変更は考えていないとのメールを直ちに送信
H26.09.19 Y代表者、上長、顧問社労士と面談。正社員復帰やいつ正社員に復帰できるか尋ねるXに対し、復帰には信頼関係が必要で、正社員に戻れる時期を確定はできない等回答。Xは納得せず「労働局に相談に行く」と述べるが、そのような行為は余計に波風を立てることになるのではと回答。面談後、上長はXをクラス担当から外し、TOEFLコースの資料の作成をメールで指示
H26.09.21 X、労働局に労働関係紛争の解決援助の申出。同日、Xは同僚らに「上長から産休コーチが帰ってくると組織のバランスが乱れると言われた」と話した。旨話した。その後、他の同僚に対し「Yににいじめられている、あなたも妊娠を考えているなら気をつけた方がいい」などと発言
H26.09.24 上長と面談。上長が「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言し、録音される
H26.10.06 代表者と顧問社労士が労働局に行き会社の立場の説明。同日XはZ合同労組(女性ユニオン東京)に加入
H26.10.09 Z労組、正社員契約への変更、勤務時間を午前11時から午後4時までを含む1日6時間とすることなどを求めて、団体交渉を申し入れ
H26.10.18 XとY代表者、上長で面談。X「正社員に戻れるのかと時期が不明なまま」との不満を述べる。Y代表者は「信頼関係が構築される必要がある」として時期は明言しなかった。クラス担当を外した理由について「ブランクがあり徐々に慣らしていくことが絶対に必要」と上長話し、Y代表者同調。さらに、Y代表者「あなたが組合とかって関係なく、危険であるというところで。」と発言
H26.10.22 9月7日に他のコーチのクラス運営について,危機感すら感じると他の社員に聞こえるように大きな声で発言したこと、21日に同僚に対し「産休コーチが帰ってくると組織の規律が乱れる」と言われたとの事実と異なる内容を話したこと、勤務時間について希望を過度に主張したことについて、これらの言動を慎み、勤務態度を改善するよう努力する旨の指導書交付。
H26.10.25 16通の業務指導書・警告書などを一括交付。指導に従うときには,上記各文書の「文書の趣旨を理解し、改善向上に努めます」との記載がある欄に署名して提出し、異議があればその記載するよう求めた。指導書のうち1通はYが退職勧奨をしていないのに退職勧奨をしたとXが他言していることにつき禁止するもの、別の1通は執務室における録音を禁止するもの、別の2通は「自分がターゲットにされている。」、「会社にいじめられている。」、「妊娠したいなら気をつけた方がいい」、「『産休明けの社員が戻ってくると社内規律が乱れる』と経営陣が言っている」と発言し,職場の秩序を乱した等として指導をするというもの。
H26.10.26 Yは25日の各指導書等を読み合わせの上提出するよう求めたが、Xは持ち帰って検討するとする。
H26.10.29 X各25日の指導書等には署名しないとし、返却。Y代表者は業務改善指導に従わず、改善の見込みがなしとして改めて厳重指導を行う等の指導書を交付
H26.10.30 X、Y代表者出席の上団交。Xを正社員に戻すように要求したが、Y代表者は直ちに応じられないとする。組合関係者は「保育園の入園が決まっている」としたが、Xは事実と異なるこの発言を訂正せず。
H26.11.01 Y、Xに対し数々の指導に関して改善を行うよう業務改善指示を行う。労働局への相談や組合加入によるものでない旨の記載がある指導書交付
H26.11.19 このころ、9月19日以降のXの言動を挙げ、Xが指示命令に素直に従おうとせず、正社員に戻りたいとの自己の主張のみを押し通そうとして、一審被告との間の信頼関係を構築する努力を全くせず信頼関係が破綻しており、正社員には変更できない旨の回答書送付
H26.12.02 団交するもまとまらず、以後、団交は一旦中断
H26.12.10 X、業務用のパソコンを用いYの他の従業員に対しY告代表者の発言を批判するとともに、「早くあの場から去りたいですが、辞めると交渉権を失ってしまうので、会社の敗北をしかと見届けるまで、戦います。」、「面白いことに、時間が経てば経つほど、会社はボロを出してくれています。…引き続き、報告はさせてくださいまし。ひひ^^」等のメールを送信
H26.12.12 Y、組合に対し職場復帰した当日にYの全従業員に対し「保育園が決まり次第、週5日勤務で働くことになっている」などと誤った内容の挨拶をし、正社員化への既成事実を作ろうとして不誠実な態度を取ったほか、自己中心的な要求を行ってYの労務管理担当を混乱させるとともに、Yの女性従業員に対し「私、会社にいじめられているから、あなたも妊娠を考えているなら気をつけた方がいいよ」などと事実でないことを吹聴し、いたずらに女性従業員の不安心理をあおり、企業秩序を乱す言動を行ったことなどを総合判断して、9月10日の時点でXを信頼してコーチとしてクラスを受け持たせ正社員に契約変更することはできないと決定した旨を記載した回答書送付
H27.05  X、マスコミに接触し、育児休業の終了に際して本件契約社員契約を締結し、その後正社員に戻すことを求めたが、Yが応じなかったことに関する情報を録音データとともに提供。XYは匿名ながら、東京都内の教育関係企業で働く女性が直属の男性上司から「俺なら、俺の稼ぎだけで食わせる覚悟で,嫁を妊娠させる」と言われた、育児休業終了後に子が保育園に入れば正社員に戻すとの条件で週3日勤務の契約社員として復帰し、その後保育園が決まったのに、上司は正社員に戻すことを渋り、押し問答の末に上記発言が出た、女性は社長とも話し合ったが、「産休明けの人を優先はしない」などと言われ、嫌なら退職をと迫られた、まさに社を挙げてのマタハラで、労働局の指導も会社は無視、女性の後に育休を取った複数の社員も嫌がらせを受けて退職した旨が報道された。Xは同僚に自分の関与を明らかにする。
H27.06.04 Y代理人名の内容証明。労働審判を申し立ての通知と、上記報道記事記載のX発言は真実に反するから、マスコミを含む外部の第三者に対して本件に関する不用意な発言を厳に控えるよう強く要請する旨の通知
H27.06.06 X、業務用パソコンで自宅のアドレス向けに「弁護士折衝において」と題して、「今、「マタハラ」が脚光を浴びていること。提訴し、記者会見をすることで、裁判には前向きです。」、「基本的に、私は,裁判に前向きです。その前に、早期解決を図るため金銭的和解に応じるのであれば、800万円。その金額以下で、裁判を避けることは考えておりません。提訴することが決まり、会社名を公表した記者会見をし、その後、和解、という流れで、会社に対して、十分な社会的制裁を与えることができれば、800万円という金額にはこだわりません。会社は、裁判というより「記者会見」を嫌がるでしょう。「記者会見」を避けるために、こちらの言い値を支払うこともありえると思っています。」と記載したメール、上場に夏季休暇の確認をしたところ,Y代表者からメールが送信されたことに関して、「白状すると、私がちょっと嫌味なメールを送り、仕掛けたところがあります。」「弁護士から内容証明が送られる6月5日以降に、反論したいと思っています。重箱の隅をつつくような反論ですが、「矛盾している点について、抗議の姿勢を示しておくこと」に意味があると思っています。」と記載したメールを送信

1 事実経過に対する評価
 使用者をY、労働者をXとしています。これでもだいぶ端折ってまとめていますが、膨大な量です(もう少しまとめようと思いましたが面倒になってしまいました(笑))。9月9日に保育園が見つかったとしたのが虚偽であったことは高裁段階で明確になったのは前回記事のとおり(もっとも高裁判決は新証拠である弁護士照会を待つまでもないとしていますから、原審段階でも同じ認定は可能であった趣旨でしょう)です。
 確かにXは正社員復帰の意欲は一貫してもっていたのでしょう。育休の延長ができないとわかり、8月26日に一旦退職の意向を伝えたのは本意でなかったはずでしょう。まだ未練があったから29日に一転契約社員での復帰を申し入れたのでしょう。9月1日の説明時も正社員にいつ復帰できるか気にして聞いているが、社労士から契約の再締結が必要と言われて容易ではないと悟ったでしょう。9月2日の復帰後、9月9日には例のウソであったところの「保育園が見つかった」との話を出して正社員での復帰を求めているが、これはいわば正攻法ではだめでこうとでも言わないと正社員復帰は難しいと感じはじめていたからでしょう。このあたりでXは手段を選ばず正社員への復帰を求める方向に転じたのではないでしょうか。9月19日には労働局に相談に行くと述べているが、これはやや過激です。なぜこうも焦ったのでしょうか。
 推測に過ぎませんが、育休明けまでのYのXに対する評価としては「ちょっと変わったところはあるかもしれないが、辞めてほしいような人材ではない」というくらいのものであったのではないか(もっとも復帰後出された業務指導書では8月26日の会議までにも暴言を吐いて会議時間が大幅に延期になったとして指導しているのですが)。8月26日の3日後一転して契約社員での復帰を申し入れられ、急ではありながらもなんとかコーチのポストを調整しています。ここまでのYの対応は全く誠実と評価してよいのではないかと思います。「どちらかというと辞めてほしいような人材」であったとすればこの調整までしなかったのではないかと思われます。「退職前提でコーチの担当を組んでしまったから今更無理だ」という対応もY側には考えられました。復職後、説明会で受講生からの質問に対し沈黙してしまい、上長がオブザーブを提案したのも多分純粋に好意であり、同時にこのままコーチに復帰させて大丈夫かと心配下からだと推測されます。はじめの転機は9月7日のオブザーブ時のXの発言でしょう。どうやら他のコーチのクラスをオブザーブしてその内容が至らないと見たのか、「危機感すら感じる」と他の従業員の前で発言したというのです。これはちょっと普通ではありません。Y側もここまではすぐには無理としても後々正社員として復帰させることも考えていたかもしれませんが、この言動は方針転換に影響を及ぼしたのかもしれません。おそらくYは9月19日にXを切る方向を固めたのではないかと思います。面談時「労働局に行く」などとかなり不穏当なことを述べたから、面談後Y代表者、上長、顧問社労士で方針について相談検討したでしょう。危機感すら感じる発言や労働局に行く発言などから、「今後信頼関係を維持するのはムリ」と結論を出した可能性が高いです。そうして、面談後に上長がクラス担当を外すというメールを送付することにつながります。
 以上、復職前後のXYそれぞれの思惑について、全くの推測ですが検討をしてみました。公正な目に立ってみてもやはりあまりXに同情できません。Y側に責められるべき点というか、超誠実であることを求めるのであれば、9月2日に正社員に復帰するには別途契約が必要だと説明するに際し「正社員に戻るといっても、Xの保育園の都合だけではなくて、少ない人数でクラス担当を含め限られた仕事を回しているなどこちらの都合もあるから、1年くらい待ってもらう場合はあるよ。でもあせらずちゃんと仕事してもらえればいつかは正社員契約に変更になるから」とでも説明しておけばよかったのかもしれません。これは理想論としてはあり得ますが、前回記事で紹介した学説がこう説明しておかないと不利益取り扱いだ、真意による同意がないのだ、という議論をするのであればそれは行きすぎでしょう。まあ、Xに少しでも同情する余地があるとすれば、こういう説明を受けていれば9月9日以降保育園が見つかったというウソや労働局に相談に行くという脅しという極端な手段で復帰を求めるという「暴発」を起こすことはなかったのかもしれません。また私の評価では、コーチの任を解いた時点でYはXを切る方向に転じたと考えられるので、Yが「嫌がらせ」と言いたくなる気持ちは理解できます。しかし、9月7日の「危機感を覚える」発言、9月9日には保育園のウソをついても正社員復帰を求め、9月19日には労働局に相談に行くと脅すとエスカレートしたXの行為は申し訳ないが正当化できないと思います。
 以上の解説からおわかりかと思いますが、正社員復帰の道を自ら閉ざしたのはXの行為です。Xがあせらず、即時の正社員復帰にこだわらず、実績を上げる方向で努力すれば本件はこうなっていません。Y側はそうする機会は9月19日にコーチの任を解くまでは十分に提供していたと評価できます。

2 Yの対応に学ぶもの
 一連のYの対応について、評価できる点と課題を指摘します。
 ① 育児休業の再延長を拒否したこと、契約社員として復帰することを選択しなければ退職とならざるを得ないこと、契約社員として復帰する際に提示した条件いずれも合理的です。特に本心ではあまり復帰を歓迎しない労働者の場合ここが雑になりやすいものです。
 ② 9月2日の再契約時から顧問社労士を立ち会わせているのも、あるいは将来的な紛争の萌芽を感じとっていたからかもしれません。そうであったとすれば素早い対策です。
 ③ 説明書面に「正社員復帰が前提です」と記載されていたことは本件地裁高裁判決ともに何らの合意なく当然に復帰するという意味ではないという判断ですが、「正社員復帰が予定されていますが、正社員契約を締結しなおす必要があります」などと記載すればよかったのではないでしょうか。
 ④ 9月9日に保育園が見つかったから正社員復帰したいとの連絡に対し、すぐにY代表者が「現段階では正社員への変更は考えていない」としたこと(なお地裁判決によると「詳細は9月19日の面談で話す」としたらしい)は、良し悪し両方の評価が可能であるように思います。9月19日の面談内容を受けて嫌がらせ的に復帰を阻止しようと考えたという評価を免れられたのが良い点、面談前から復帰させる意図はなかったと評価される恐れがあるのが悪い点です。結果的に前者のメリットが大きかったように思います。
 ⑤ 9月19日の面談については、地裁段階では事実認定はもっと詳細です。おそらくこの日ままだXは面談の録音をしていなかったのではないでしょうか。面談内容の認定は陳述書と尋問によったのではないかと思われます。
   地裁判決の認定などを考え合わせると、9月19日(代表者のメールであれば9月9日)に即時の正社員復帰はできないとしたYの対応はやや厳しいのではという疑問はあります。8月23日にXが復帰を一旦断念するまではYは正社員復帰を前提としていたはずですし、8月26日に一転復帰をいわれた際には短期間で調整してコーチを割り当てるようにしています。が9月9日は何ら検討した形跡なく、すぐに「現時点での復帰は考えていない」というのは若干不自然ではあります。9月7日の「危機感すら感じる」発言、そしてオブザーブの前提となった生徒の質問に対する沈黙、上記では省略したが9月7日にXは「被告代表者又はAから聞いているかもしれないが、保育園に子を入れることができ次第、1週間5日勤務の正社員として働くことになる、まだいつになるか分からないが、その際は今よりもYに貢献できるようになるかと思う」というメールを上長に送り、上長はこのメールをY代表者に転送し「然るべきパフォーマンスを発揮したら復帰という自分の認識とギャップがある」と述べています。復帰当日にもXは「保育園に預けられなかったから契約社員で復帰したが、保育園が決まり次第週5の正社員に復帰したい」というメールを同僚に送っているようで(なお、地裁判決はこのメールに対する返信でY代表者らが復帰に関する認識の違いを述べなかったことを指摘しています。が、仮に「認識が違う」と思っても復帰間もないYを慮ってそう指摘しないことはあるでしょう。現に上長も7日のメールを受けて認識の違いに困惑したのが、直接Yにその旨指摘することはしていません)。要するに復帰直後のXの様子を見て、上長ひいてはYは「正社員に戻すのはブランクや問題発言があり危ない。その割に保育園が見つかれば正社員にすぐ復帰できるかのようにXは言っている」と早期に正社員に復帰させることに危機感を覚えていたのではないかと推測されます。それが復帰前の比較的柔軟な対応と、復帰後の「すぐには正社員に戻さない」という比較的強硬な対応の差になっているのではないでしょうか。9月19日の面談内容は地裁の認定の方が詳細ですが、確かに地裁の認定のとおりだとすると「正社員として戻ったけれども育児休業明けだからといって優遇しては組織のバランスが崩れてしまう」とYは述べています。「クラスには穴を空けないということが大前提」と述べたことは高裁認定でも維持されています。これは確かに育休明けの従業員に対しては柔軟性を欠くといわれても仕方がないでしょう。
   結果Xも労働局に相談に行くと述べるに至り、前述のようにYもここでXを切る方向性を固めたのでしょう、面談後にクラス担当を外す連絡をしています。
   9月19日の面談をどう評価するかは難しいです。Y側のやや強硬な対応が「労働局へ行く」の引き金となっているのだとすれば、Xにやや同情の余地はあります。ただ、9日時点での保育園のウソなどと比較した際にY側の対応がそれほどに悪いとは思えません。やはりX側の、とりわけ復帰後の行動が「すぐには復帰は絶対させない」というY側の態度の硬化を招いてしまったものと思います。
 ⑥ 19日の面談後の対応は評価が分かれると思います。私は道義的な良し悪しではなく、損得の問題としてYの対応はやりすぎだと思います。善悪を措くとして、客観的に9月19日の面談時点でXの正社員復帰の可能性はなくなったと見ざるを得ません(善悪を措き、Xが正社員復帰を望むなら引き下がって契約更新時の切り替えを望むしかなかったはずです)。10月25日の大量の指導書等は指導に従って事態が改善することを目的とするのではなく、裁判へ向けた証拠づくりでしょう。で、Xを切る方向を固めるとして即コーチの任を解く、数日後大量の指導書を出すというのでは印象が悪すぎる。地裁はこの点を重視しており、実際にYにとって大幅に不利に作用しています。私がこの時点で相談を受けたなら、コーチの任を解くことはもう少し状況をみるべきと言うと思うし、業務指導書はもちろん出すべきすが、特に交渉の内容に関わるようなものは控えた方が無難ではないでしょうか。地裁判決では全指導書等の内容が認定されていますが、「労働局から歩み寄ってはどうかと助言されたのに自己の主張を通そうとするのは社内秩序を乱すから指導する」という類のものは私なら出しません。①虚偽の事実の流布(そこに退職勧奨等を列挙する)、②職場の秩序を乱す言動(妊娠したら気をつけろ、危機感すら覚える)、③録音禁止くらいで足りるのではないでしょうか。その後指導に重ねて違反した際にさらに強い警告書、懲戒処分と進むべきものだと思います。
 ⑦ 9月24日の上長との面談の際、上長が「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言しています。本件では復帰直後からXは執務室及び面談時の録音を行っていたが、後日この録音がマスコミに公開され、Yがマタハラ企業であるとの印象づけにも大きく影響を及ぼすこととなりました。本判決では文脈を踏まえて「適切なものとはいえないものの、就業環境を害する違法なものとまではいえない」としていわば救済されましたが、地裁判決では厳しく指弾されていた部分です。
   この点は教訓とすべきであり、Xの録音を予想し、発言は慎重に行うように徹底すべきでした。遅くとも9月19日の段階で顧問弁護士も交え、今後録音もありうることを予想しつつ、面談には慎重に対応するよう代表取締役・顧問社労士・当該上長を含めて確認されていればこのような失敗は回避できたはずです。
 ⑧ その後の対応は概ね良いと思います。団交対応、更新拒否通知の送付のタイミングとその内容等、参考になる部分が多くあります。
 ⑨ ところで、12月10日の「ひひ」メールを含め、会社のアドレスを通して組合やXの代理人弁護士にメールを送付していたことから裁判にはXのメールが証拠として提出されるに至った(と思われます)。「ひひ」メール以外に、800万円以下では裁判外の解決を望まないとか、まあ少なくともXからすればあまり裁判所に知られたくない内容のメールが証拠として提出されることになっています(業務用パソコンのゴミ箱から復元したと高裁判決の指摘があります)。これは形式的に職務に専念していないとか社用物の私的利用と評価される以上の意味が実際はあるでしょう。このメールがなく、保育園のウソだけで高裁の結論が変わったかはわかりません。その意味で、実は会社のメールで送ってくれたことはYにとって幸運だったと思います。

3 雇止めの可否と残された課題
 (1) 本件有期契約が労契法19条2号の更新に合理的な期待があるものにあたるとした結論は当然ですし、特に異論はないでしょう。そこで、雇止めに合理的な理由があるかですが、高裁判決はア録音禁止命令や誓約に違反し、自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した、イ「労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない」、ウ職務専念義務違反(パソコンやメールの私的利用)を根拠に合理的理由があるとしました。
   このうちウは実質的には送ったメールの内容が問題で、アイの認定に大きく寄与しているが、ウ単体では大した問題ありません。アは備忘のためだというXの主張を否定して「自己に有利な会話を交渉材料とするため」とまで認定されたことに注目を要します。イは判決文をそのまま引用しましたが、ここまで判決が言い切ってくれるのはまれで保育園のウソからいわゆる心証の雪崩現象が起こったのかと思います。アはイのいわば準備行為だから、イが最重要な理由です。イは実際そのとおりだと思いますし、だから本件では雇止めを可とする結論に賛成です。ただ、逆にここまで認定する材料が揃ってない事案だとどうなるかは気になるところではあります。
 (2) 本件が特殊な事案なためクローズアップされませんでしたが、残された課題は「仮にYが誠実に契約社員としてその職務を果たし、保育園が決まるなどしてフルタイム勤務も可能になり、1年後の更新時に正社員への復帰を求めた場合にこれを拒否したらどうなるか」という問題でしょう。前回記事で学説の批判の意味がよくわからないと書きましたが、この点をいうのかもしれません。つまり、本件の地裁高裁判決を前提とすれば、正社員復帰は再契約を締結することが前提なので、再契約を締結されない場合損害賠償の問題にはなっても地位確認請求はできない、という帰結になるのかと思われます。本件の事案としての処理に影響はないが、確かに本件でXが主張したような停止条件付正社員契約であるというような構成は考えられます。

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2020年6月 4日 (木)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相①―事案のキーポイントと育休明けに即復帰できない労働者との正社員契約を有期雇用契約に切り替える際の注意点

 ジャパンビジネスラボ事件の逆転高裁判決(東京高判令和元年11月28日・労経速71巻4号3頁。裁判所HP https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/146/089146_hanrei.pdf)のことはニュースで出たときから気になっていました。報道をみるとざっくりとマタハラ企業とマタハラ被害で契約社員にならざるを得なかった哀れな労働者という構図が鮮やかにひっくり返ったようで、理論的な部分よりは事実関係の詳細や事実認定のどの部分がどうひっくり返ったかが気になっていました。一審判決も読んでいなかったのですが、今回検討する機会があり、自分の中ではスッキリしたので、紹介します。

1 キーポイント
 今回地裁高裁の判決文にすべて目を通してみましたが、高裁の事案に対する見立ての方が正しいでしょう。
 労働者側のストーリーは「育休明けに保育園が見つからなかったので、そのままでは復帰できないから契約社員として復帰することに応じたが、復職後すぐに保育園が見つかったので、正社員に戻してくれといったら断られ、様々な嫌がらせを受けた」というものです。ところが、高裁段階で「復職後すぐに保育園が見つかった」というのは嘘だったことが明らかになっています(判決は明確に嘘だとは言っていませんが、実質的にそう言っているのと同じだと思います)。高裁段階に行った弁護士照会でこの事実が明らかになったようですが、高裁はこの弁護士照会を待たずに保育園が見つかったという労働者の供述について信用性に疑いを入れています。とはいえこの新証拠は逆転に際してかなり大きかったと思います。労働者側のストーリーの核心部分が崩れたわけですね。
 高裁の事案に対する見立ては、大雑把に、労働者は真摯に復職のために手を尽くしていたのではなく、法的に正当な手段では目的が達成できないので、(マタハラが問題視される時流に乗って)、衝撃的な録音をマスコミに流したり、紛争中であっても許容できないほどの虚偽(とまで断言しているわけではないですが)の内容の記者会見を行って、自分がマタハラ被害者であることを世間に印象付けようとしたというものでしょう。地裁は正社員契約の継続を認めなかったあたりはそれでも自制的だったとおもいますが、まんまとこの労働者側の作戦にハマってしまった、というのが両判決を読んだ私の印象です。
 ご本人や支援者の方には悪いですが、この事案をマタハラ被害の事例として世間や裁判所に訴えていくのはスジが悪すぎて、かえって自らの首を締めることになりかねいと思います。尊属殺違憲判決事件以前に数度合憲判決が先行していたように、従来の判断の変更とか、先例的な判断とか、政策形成的な判断を得るにはそれに見合った事例が必要です。本件は上告されていますが、この事例でかつ高裁の事実認定を前提に最高裁が破棄をするかは大いに疑問です。もっとも最近の最高裁は読めないところはありますが。

2 育休明けの復職についてどう対応すべきか
 事実認定の詳しい部分は次の記事に譲ることとし、まずは育休明けの復職についていかに対応すべきか、本判決から読み取れることを述べたいと思います。
 本判決のポイントの1つは、育児休業明けにフルタイム勤務できない労働者の正社員契約を有期雇用契約に切り替えて締結することの有効性について比較的緩やかに認めたことにあります。有期契約を切り替えずに正社員契約を維持しつづけたとすれば、子どもの育児がある以上フルタイムで働くのは困難になり、育児休暇はもうとれないのですから、有給や別の休暇で対応するしかありません。しかし限度があり、本来出勤すべきときに出勤できない状態になるでしょう。そうすると、正社員として週5日フルタイムで労務を提供するという労働者の義務を果たせなくなるわけで、いずれは普通解雇・懲戒解雇になるか、それより前に判決が指摘するように任意に退職することにならざるを得ないでしょう。これと比べて有期でも雇用が維持されることは必ずしも不利ではないと考えているのです。この点は地裁判決も本判決もほぼ同じです。
 極論を言えば育休の最長期間を使い果たしてもフルタイムで復帰できるような状態でなければ即解雇(実際もし本当にやるとしたら出勤命令を出して従わないこと多数→懲戒解雇となるので育休明けから少し時間を要することになりますが)とすることも即育介法の明文規定に違反するわけではありません。が、まあ普通はそういうことはしないと思いますので、本件のように「週3の契約社員に切り替えるか、退職にするか」というような話合いを持つことになるでしょう。大企業ならいいですが、中小企業では契約社員に切り替える余地すらない場合もあると思います。実際例えばもし私のような弱小法律事務所でそうなったら本当にこまると思います。一定期間フルタイムで働いてくれる契約社員を確保することを考えなければなりませんが、その場合「週3で勤務されても正直持て余すなあ」ということになりかねません。こういう場合は退職してもらうほかないかと思いますが、こういう事例ですべて「退職の合意は無効」とか「育介法・均等法違反の不利益な取り扱いだ」とされてしまっては多くの中小企業の経営者はたまらないと思います。
 したがって、退職や解雇になるよりはマシとして、この点を重視して有期雇用への切り替えについて真意に基づく同意がありとか育介法・均等法違反や錯誤の否定を行った地裁高裁判決は実質論として妥当だと思います。上記極論のようなことをやれば真意に基づく同意が否定されたり、育介法・均等法違反が認定されることになるでしょう。それで十分バランスがとれています。
 ただし、本判決は「即解雇とせずちゃんと話合いをもって有期に切り替えれば有効」とまで言い切っていると読めるわけではないので、その点はご注意下さい。次の記事で触れると思いますが、下記のとおり育休明けに復帰できないと分かって一旦退職を選択したが、その3日後一転して契約社員での雇用を求めているなどの事情も考慮されています。ただ、私見では仮にこのような事情がなくても有期への切り替えの有効性は認められるべきだと思います。
 本件における使用者側の対応を確認しておきます。本件では休業期間を法律上の最大期間まで延長したところ、さらに労働者から3ヶ月の延長という法律で定められた以上の措置を求められたのですがが、使用者側は拒否し、労働者は一旦は退職の意向を示します。ところが一転して週3日勤務の契約社員として復職を希望する旨を伝えたため、使用者側は約1ヶ月後から一つのクラスを担当させるように調整し、希望どおり契約社員として復職させることとしたのです。そうして現に契約社員として復帰しています。本件の労働者は語学スクールのコーチという講師のような仕事だったのですが、一転復帰を言われた割には正直よく調整したなという印象を持ちます。余談ですが、一旦退職の意向を示した後にすでに補充の正社員の雇用を決めており、他に当該労働者の希望に沿うようなポストを用意できないような事情があれば、契約社員としての復職すら必要でなかったのではないかと思います。

3 学説による批判に対して
 以上に対し、学説からの批判は強いようです。高裁判決の評釈はまだ出てきていないので、地裁判決の評釈をいくつかあたりました。揃って地裁判決が有期契約への切り替えの有効性を認めたことに対し批判的でした。
 実質論としては、要するに将来の正社員復帰を前提に人員配置や一時的な別の非正規雇用で当面労働者がフルタイム勤務できないことを凌ぐことを強いられる会社の負担と正社員という地位の喪失や給与面の待遇低下という不利益を強いられる労働者との利益衡量の問題です。私は2項で書いたように、即解雇というような極端なことをはやらずに、会社側も誠実に調整して当面の雇用形態について妥当な条件を提示すれば足りると考えています。今あらためて各評釈を読み直してみても、批判的な学説が実質論としてそれ以上の何を求めているのかは率直に言ってよくわかりません。例えば「私傷病による休職からの復帰過程において一定の猶予を置くことを求める裁判例の傾向と整合的でない」(石崎由紀子「一審判批」ジュリ1532・107頁)という指摘がありますが、別に一審判決や本判決は「職を失うよりマシだから契約社員として提示する条件は何でもいい」というようなことを言っているわけではないと思います。あるいは「法定の休業期間で復帰できなかった人も、無期正社員であったのだから、無期正社員の地位を失わせるようなことはあってはならない」という趣旨なのでしょうか。そうであればそういう価値判断自体は一応理解できなくはありませんが、そこまでの負担をすくなくとも解釈論で使用者に課すことは反対です。使用者に法律で定められた育児休業期間以上の期間を付与せよというに近いと思います。立法論として育児休業期間のさらなる延長をするなどして対応することは否定はしませんが、保育園の数や質、入園のしやすさなどの知識がまったくないので、その適否を論じるのは私の能力を超えます。
 本件は事案としてかなり特殊です。契約社員として復職し、やがて本当に保育園が見つかり、フルタイム勤務が可能になったところで、少々のタイムラグはあるにしても合意によって正社員に復帰する、本来はこういう経過をたどったはずです。そうならなかったのは本件の労働者の特殊性によるもので、正直学説からの批判はこの事案の特殊性を十分理解していない前提で展開されているように感じてしまいます。

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2020年5月 5日 (火)

ロードバイクは路肩を走ることは予定されていない、第1車線を走れだと?!

 このブログでは基本的に法律の話しか書いてないので、私のしょーもない趣味の話とかは出てこないわけですが、去年の8月にロードバイクを購入して以来すっかりハマっているわけです。昨年末にロードバイクで台湾一周をしようと企てたところ、コケて鎖骨を折って手術するという醜態でしたが、懲りずにまだ通勤から、コロナ自粛下の運動がてらツーリングしています。なお、コケた事故は完全な単独事故-130キロくらい乗って手が痛くなってきたので、平坦かつ通行量少ない自転車レーンも幅広く安全な道という状況下で、「ハンドルに肘ついて運転したら楽じゃないの」と思って実行したらバランスを失ってコケた-です。

 というドジ話と前置きは置いておいて、自粛下の無聊にまかせて判例タイムズを読んでいたところ、ロードバイクと道路の瑕疵に関する裁判例が載っていたので、ロードバイク乗りの端くれかつ弁護士という観点から一言物申したいと思います。

 さて、問題の裁判例とは、広島高裁岡山支部平成31年4月21日・判タ1468ー56)です。事案の概略は、夜間(夜8時半ころ)、片側2車線の幹線市道をロードバークで走行していた50代の男性が、路肩の排水溝のスリット(幅約2センチ)にタイヤを取られて転倒し、受傷したので、岡山市の道路の設置管理に瑕疵があるとして国家賠償を求めたというものです。

123  現場付近(下記ローソン前。現在は対策が施されているように見える)


 一審は瑕疵を認め、3割の過失相殺をして約38万円の賠償責任を市に認めました。その控訴審判決が上記のものですが、市の控訴を全面的に入れ、原審破棄・請求棄却という判決です。
 なお、ネット上でも判決は公開されています。
http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/2019data/1906/1906soshoujirei.pdf
↑高裁判決

 かなり微妙な事案だとは思います。判決が瑕疵を否定した判断のポイントのみ列挙すると、次のとおりですか。
 ・ 原告の自転車は規格23c(幅23mm)のロードバイクとしては標準的なタイヤを装着していたが、事故当時は19mmから20mmだった
 ・ 事故当時の照度(原告目線の高さでの照度が25ルクス程度)、排水溝の色(薄い灰色)などから→スリットを「黒い直線状のもの」と容易に認識できた
 ・ 過去に同種事故は発生していない(なお、ある一日の通勤時間帯4時間における自転車の通行量は1100台、うちロードバイクは31台で、これは南北方向両方の通行量である)
 ・ 路肩は通行が予定されていないという路肩に関する評価

 文句をつけたいのは、「路肩」に関する評価です。
 判決は「本件道路は、片側2車線の歩車道の区別のある道路であり、車両通行帯が設けられているから、自転車は道路の左側端から数えて1番目の車両通行帯を通行しなければならず(道路交通法20条1項)、この規制に従えば、本件路肩部分の外側線に掛かっていない部分を自転車が継続的に走行することはなく、道路外の施設に出入りしたり、自転車の走行が許されている歩道に進入したりするために横断することが想定されるにとどまる。」と道交法からの形式論を述べます。こんな形式論が言えるのはまず担当裁判官も裁判長もロードバイクや、クロスバイクで車道を走ったことがないからでしょう。ママチャリでも幹線道路の車道を走った経験があればまあ言えないのではと思います。

 前提として、「道路左の白線の左側」について歩道がある場合とそうでない場合で法的には区別があることに触れて置かねばなりません。本件もそうですが、歩道がある場合はこの部分は「路肩」で、法的には軽車両含め車両は原則走行禁止です。歩道がない場合は「路側帯」で、軽車両は通行可ですがクルマは走行禁止です。が、これは壮大なフィクションであって、正直歩道があるか否かで区別しているロードバイクはいないのではないかと思います。このあたりが判決の形式論ガチガチのところです。

 さて、ロードバイク等で車道を走行する際の後続車両の追い抜きによる恐怖というのは図りしれません。仮に転倒すれば轢過されることになり、命に関わります。確かにクルマからすればロードバイクの存在は邪魔で危なっかしいことは間違いないでしょう。そう思っているのでしょうが、それでも9割以上のクルマは自動車との距離を十分に取って追い抜いたり、あるいは対向車との関係で安全に追い抜けるところまで待って追い抜いてくれることがほとんどです。が、1割(あるいは実感的に考えると数%くらいかもしれません)、自転車のスレスレを通過して追い抜いていくクルマは確実にいます。大型トラックやトレーラーだと、不可避的にそうなってしまう場合もあります。

 「道路左の白線の左側」を通行するか否かは、主にAこの追越車両による危険性の回避の必要性(通行量や特に大型車両の通過の多寡がメイン、あとは時間・場所や運転者の個性により危険な追抜きを実行される可能性を考える)、B追越車両に対する与える妨害の程度又は迷惑感(ロードバイク側の負い目)・あるいは追越車両によるプレッシャー(クラクションなど)、C「道路左の白線の左側」の通行による安全上・通行上の不利益の多寡とその認識の有無や可能性の程度(「道路左の白線の左側」の広さ、法的な意味でないいわゆるアスファルト舗装のない「路肩」の広さや側溝の上部を含めた凹凸・傾斜等)の3つの要素の比較考量を直感的にやって決めているように思います。
 上記のように抽象化するとわかりにくいので、具体例で述べると、アスファルトでキレイに舗装された「道路左の白線の左側」が十分に広ければ特段迷うことなくそこを通ります。Cの通行上の不利益がなく、Aの安全感があり、Bの後続車両に対する妨害の程度も皆無に近いからです。逆に、いわゆる生活道路などを抜け道として使っていることが明らかな車両であれば、私はB追越車両が主観的にどれほど迷惑感を感じていても、それは当然に甘受すべきと思っているので、クラクションを鳴らされようと「道路左の白線の左側」に退避して譲る気はありません。相応にスピードを上げて(川沿いの見通しのよい道なら30キロくらい)で走行する場合はありますが、それ以上に文句をいわれる筋合いはないと思っているからです。
 本日の帰宅時に、「道路左の白線の左側」を通ったのは、片側二車線ながら信号待ち直後で2列に直進車が追い抜いてくるであろう部分で、金属製の側溝フタの上をゆっくりと走りながら追い越す車両をやり過ごしたのと、アスファルトでキレイに舗装された「道路左の白線の左側」が十分に広い場所でした。後者は説明不要ですが、前者は接近して追抜く車両が現れて危険性が高い(A)のと、幹線道路の発進直後で追越車両は追越車線側に回避することも容易でないことから追越車両に与える妨害の程度も迷惑感も大きい(B)から、ゆっくり注意して進行すれば安全(C)な側溝部分を走行するのも仕方ないと思ったからです。

 さて、本件も基本的にはAないしCの要素を比較衡量して検討すべきであったと思います。ただ、具体的な状況に応じたものではない、瑕疵の有無という問題であるため、一般的合理的に予想されるAとBに置き換えて考える必要はあると思いますが。
 ところが本判決は法律上「道路左の白線の左側」の通行が予定されていないことを前提にほぼCだけの検討で決めてしまったことに問題があります。本判決のような判示の仕方では「路肩は自転車が通ることは想定されていないから、2cmのスリット幅はセーフ」という誤解を招きかねず、問題です。

 本件事故現場は簡単には特定できないので、この種の判決は現場を明示するのと、このスリットの寸法や写真などを判決に掲げることが検証のために必須だと思います。それはともかく、一審判決では青江津島線の北行車線と東西道路に信号がある交差点の手前ということなので、グーグルマップでの写真と照合する限り、スシロー岡山大供店前、天下一品岡山大供店前、ローソン岡山大供本町店前の信号付近かのいずれかと考えられます。
https://goo.gl/maps/axoJuEGvYWDV6jpH8 (リンクは天下一品岡山大供店前)

 現場が上記のどこであったとしても大差はありませんので、いいかと思います。
 上記AないしCに沿って検討すると、Aの安全感として信号手前であえて「道路左の白線の左側」に回避しなければならない必要性は通常乏しいでしょう。幹線道路ですから、Bの妨害の程度は一般的に高く、同時に追越車両からのプレッシャーも高いと予想されます。Cの危険性の程度と運転者の認識・認識可能性についてですが、判決はここの検証が(少なくとも判決上の明示が)十分でないと思います。タイヤの消耗により20cmの幅を割りかかっていたような認定ですが、新品のタイヤならタイヤを取られることはなかったと検証をしっかりしたのでしょうか。被告側ではその検証をやって叱るべきと思うのですが、証拠は提出されていないように判決文からは見えます。つまり、幅2cmの溝がタイヤのかなりすり減った原告のロードバイクにとってのみ危険であり、通常のロードバイクにとって危険でなかったかの検討は不十分です。また、「道路左の白線の左側」の部分はアスファルト舗装されていない部分でかなり狭く、通常ならよほどのことがない限りロードバイクが侵入しようとは思えない部分です。
 以上、Cの検証については留保が必要ですが、私は総合的には、少なくとも信号前のこの場所でこの狭い「道路左の白線の左側」に敢えて進入する必要性は乏しいのかな、つまり原告の信号前というこの場所での事故はかなり例外的なものだと思います。客観的な瑕疵の問題の審理なのである程度は仕方ないのですが、事故態様に関する主張立証も判決上明確にすべきであったと思います。私は、例えば「信号前の部分では瑕疵がないが、信号後の数メートル部分でも特段の対策を施さずにスリットが2cmの幅であったことは瑕疵に該当する」という判断はあり得ると思います。本日帰宅時の私の事例のように、信号通過直後は多少狭くて危険でも「道路左の白線の左側」に入るインセンティブは高いものなのです。もともと単独事故なので審理が不十分なのはある程度仕方がありませんので、ここからは想像を働かせるしかないのですが、信号直前で狭い「道路左の白線の左側」に寄ったのは赤信号ないし青信号直前であれば車道に停車中の車両の横をすり抜けようとした可能性が高いと思います。青信号であればそうする理由は考えにくいのですが、あるとすればこのスペースを利用して渋滞気味の車両をすり抜けようとしたかでしょう。いずれの場合も率直にはあまりロードバイクの行動はあまり褒められたものではありません。青信号で狭い「道路左の白線の左側」からクルマを抜こうとするのは問題でしょう。赤信号又は青信号直前ですり抜けようとするのは、少なくとも相応に広い歩道がある本件のような場所では不適切だと思います。私ならクルマの真後ろに原付のようにつけるか、歩道に上がってからクルマを抜くと思います。
 ただ、他方でロードバイクが転倒すれば命に関わるため、この甚大な被害を防止するために道路の設置管理について細心の注意を払うべきと思います。本件では2cmのスリットがある側溝を選定するに際しての具体的な検討状況についての資料を市が提出しなかったと高裁判決が指摘しています。こうまで指摘しておきながら「路上の塵やゴミ等による目詰まりを防止し、一定の排水性能を確保する必要があることを考慮すると、約2㎝という隙間の幅が過大であるとまでは認め難い」とあっさり認定してしまったのは不十分にすぎると思います。実際はロードバイクの安全という問題についてさしたる考えなく2cmのスリットを採用したのだと思いますが、これはロードバイク運転者の命に関わることを考慮すると問題であろうと思います。今グーグルマップで見ると幅を狭くする対策がほど子されているように見えますが、やはり検討は足りていなかったのではないでしょうか。

 以上長々と述べてきましたが、判決文やグーグルマップから得られる程度の周辺情報では判決の結論の是非については十分検討ができないと言わざるを得ません。ただ、冒頭で文句をつけたように、結論がどちらになるとしても、歩道がある道路ではロードバイクは「道路左の白線の左側」を走るな、という判示は実態に即しておらず誤りですし、本件の結論を導くのに重要性が高い判示とは言えません。

 我々ロードバイクに乗るものにとって、時に「道路左の白線の左側」を走ることは避けられません。視認も容易な若干の凹凸とか、本判決も指摘するような滑りやすい金属の側溝フタくらいならかまいません。気をつけて走れば安全上大きな問題はないからです。が、タイヤを取られてしまうようなスリットが、しかも整備不良のないデフォルトの状態で存在したのだとすればこれは多くのロード乗りの安全に関わる大問題です。国や各自治体は本判決を免罪符にすることなく、「結論責任は否定されたが危険であることは間違いない。まして本判決は広く報道されたから本判決後に同様のスリットを放置しておくのは極めて問題だ」という態度で望んでほしいなと思います。

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2019年5月20日 (月)

令和元年司法試験商法(会社法)について

1 法務省より問題が公開されたので、恒例の解説を行う。ざっと、そう奇を衒うような問題でもなく、日頃から条文をしっかり引いており、重要判例を文字面の暗記だけでなく、背後までしっかり理解していれば何ら苦もなく高得点できる問題であっただろう。その意味でいい問題だと思う。
 ただ、ブルドックソース事件を出題した際の感想として、丸暗記としても中途半端(判例の言い回しを正しく覚えていない)で、かつ判例の判断の背後にある価値判断や事情などを理解していない学生(そもそも判例の結論を覚えればおしまいと考えている)が多いというのは実感している。法律の勉強が楽しいのは後者のところなんだけどね。。。
http://www.moj.go.jp/content/001293668.pdf

2 設問1は、公開会社において少数株主が臨時総会を招集する場合と、定時総会で株主提案権を公使する場合の手続きを比較検討して述べよというものである。基本的な設問であるが、日頃から条文を引くことを怠っている学生はすぐに条文が出てこず、思わぬ時間を要することになろう。概略は下記のとおりである。

 ① 臨時総会を自ら招集する場合(297条1項、4項)
  ・ 3%を6ヶ月前から有する株主であること
  ・ 取締役に対し、株主総会の目的事項および招集の理由示して招集すること
   → 招集があればそれでOK
  ・ 遅滞なく招集が行われない、又は8週間以内を総会日とする招集通知が発されないこと
   → 裁判所の許可を得て招集することができること。
 ② 定時総会での株主提案権の行使
  ・ 総株主の議決権の1%の議決権または300個以上の議決権を、6か月前から有する株主であること(303条1項2項)
  ・ 株主に対して議案の要領を通知することの請求(305条1項)
   ※ 一応泡沫提案の禁止、法令定款違反に引っかからないことも触れておくとよいだろう

 比較としては、こういうことを出題者が要求しているかわからないが、臨時総会を招集する場合、招集請求のみで招集がなされればよいが、裁判所の許可を得る場合、裁判の費用等負担、また許可が下りてもその事務は負担が大きい。対する株主提案権の行使はかような負担がない、ということになろう。調べるのが面倒なので省略するが、招集にかかった費用は会社にあとで返還請求できたかもしれない(もちろんここまで書く必要はない)。株主総会招集許可は申し立てたことも申し立てられたこともあるが、非訟事件とはいえ期日対応などの負担は相当なものである。通常保全係が担当で、保全事件並に急いでくれることが多いように思うが、もちろん事案による。

3 設問2は、ブルドックソース事件を題材にしている。同事件との大きな違いは、①賛成は67%にとどまる(ブルドックソース事件は83.4%)、②代償として金銭が交付されることはなかった、という2点である。
 ここ3年連続で書いているような気がするが、私がロースクールの演習で出した問題と細かい設定含め、瓜二つであって(まあブルドックソース事件がネタだから当たり前だが)、ちゃんとやってくれた人はほぼ満点が取れたであろう。なお、私の設定は、総株主の60%の賛成があった、というものであった。以下、横着して、当時私が学生に見本答案として配布したものを貼り付ける。なんと平成22年に作ったものが今更日の目?をみるとは。。。
 本問では特別決議はあるので、下記オの部分でブルドックソース事件が特別決議さえあればよいと考えているのか否かについて論じることになろう。67%という特別決議ギリギリの設定は際どい。代償としての金銭交付は触れなくても構わないが、企業価値研究会の報告書が却って否定的であることを指摘したら加点になるだろう。また、私の問題では買収者(乙社)が公開買付を撤回して損害を回避できる方法がある(金融商品取引法27条の11第1項参照)と提示しておいたのだが、本問では金商法を出すのは混乱させるので、「本件新株予約権無償割当ての概要」の(10)で、乙社が買い増しを行わないことを確約したら、新株予約権の発行を実質撤回することができる、とされていることで対応したのだろう。議題3には、ご丁寧になおがきで「本件新株予約権無償割当てを行うことにより乙社に生じ得る不利益は,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会が解消することができる仕組みとなっており,乙社の利益を不当に害するものでない。」と記載されている。ただ、「できる」であって、乙社の権利として損害を回避できるとは限らないのが問題だが、この問題がそんなことまでを論じさせるつもりなら無理もいいところである。
 なお、ブルドック高裁判決のようにニッポン放送事件の規範を使って濫用的買収者だと認定して差止め不可とするルートもあるが、論じる必要はないだろう。濫用的買収者とまでは言えないと軽く1行認定する程度であろう。

 「 ア 本問において、乙社は会社法247条によって新株予約権の発行を差し止めることができるか。
 イ まず、新株予約権無償割当の場合には条文の配置上247条の直接適用がないが、類推適用を肯定すべきである。無償割当であっても株主の地位に実質的変動を及ぼす場合には差止めを認めない理由はないからである。
 ウ そうすると、本件新株予約権無償割当(以下「本件割当」という)は、差別的行使条件により乙社だけの新株予約権行使を認めないものであるから、株主平等原則(109条1項)に違反し、法令定款違反による差し止めが認められないか、問題となる(247条1号)。
   まず、新株予約権の無償割当は、株式の内容に直接関係するものではないが、株主としての資格に着目して割当てがなされるものであるから、平等原則の趣旨が及ぶと解すべきである。
   もっとも、株主平等原則は個々の株主の利益を保護するためのものであり、特定株主の経営支配権取得に伴い、会社の企業価値が毀損され、会社の利益ひいては株主共同の利益が害されるような場合には、衡平の理念に照らし相当性を有する限り、当該株主を差別的に取り扱うことも許容されると解する。判例もブルドックソース事件においてこのような差別的取扱いの余地を認めている。
 エ ここで、上記株主の共同利益が害される場合にあたるかどうかは、判断の相当性を失わせる重大な瑕疵のない限り、会社の利益の帰属主体である株主自身の判断を尊重すべきである。
 オ 以上を前提に本件を検討する。本件では議決権総数の60%の賛成で本件割当の議案が株主総会において可決されている。出席株主では30%(乙社を除くと20%)が、いわば乙社による買収は株主共同の利益を害しないと判断したことは決して軽視できないとはいえ、結局は少数派である30%の株主の反対を重視し、総株主の過半数をこえる(本件総会出席率は90%)株主の判断を尊重できないとすることは、会社の判断に対する裁判所の不当な介入にもなりうる。ブルドックソース事件は、出席株主の80%以上の賛成があった事例であるが、同事件の判例はこのような高率の賛成や特別決議を満たす66.6%以上の賛成までも要求する趣旨ではないと解される。
   よって、本件では株主の判断を尊重すべき場合にあたる。
 カ では本件新株予約権割当は相当性を欠くものか。
   本件においては、乙社は公開買付を撤回して、本件割当による持ち株比率の希釈化による不利益を回避することができる。乙社の撤回によって、本件割当も効力を失うからである。そうすると、乙社には損害回避の可能性が確保されているといえるから、本件割当は相当性を欠くとは言えないものと解する。なお、ブルドックソース事件は、買収者に対する相当の金銭補償がなされた事案であったが、株主により株主共同の利益を害すると判断された買収者に対してそのような補償をする必要があるか否かは疑問であり、むしろ多額の補償によって会社財産の流出をまねけばかえって株主共同の利益を害することになる。したがって、金銭補償の有無は相当性の判断に影響しないと解する。
 キ また、著しく不公正な方法による発行(247条2号)に該当するかも問題となるが、上記オ、カで検討したところによれば、これにも該当しない。
 ク 以上、本問では乙社による差止請求は認められない。」

3 設問3は、主に重要な財産の処分についての決議権限を取締役会から株主総会に移譲することの可否、特に移譲が可能であるとしても、株主総会と取締役会に併存するのか否かが問われている。そのうえで軽く経営判断原則にふれる必要がある。
 近時の判例が、非公開会社について、代表取締役の選定権限を定款で株主総会に移譲したことを適法とするもの(最判平成29年2月21日)があるのは、受験生ならだれでも知っているだろう。問題はそこから先で、①公開会社であること、②代取の選任ではないこと、について最判の事例との異同を論じた上で(おそらく、そのような違いがあるが、同様に考えてよい、とするのが穏当であろう)、では定款で株主総会の権限であると定めた場合に、取締役会で決議することは不可となるのか、併存的に決議可能になるのか、という点について厚く論じる必要がある。この辺は、問題文にかなり誘導があるので、最判や併存かどうかという細かい議論を知らなくても書ける。問題文11項の種々の発言が誘導になっているし、議題に「株主総会の決議によっても」と記載されていることが脂っこいことに気づくであろう。
 おそらく併存するというのが有力説であり、取締役会で覆すことができるという前提を取りつつ、後は経営判断原則に照らしてそのワクをはみ出しているかどうかを丁寧に認定することになろう。Q倉庫の倒壊にともない、P倉庫がなければ50億の損害が見込まれた、その損害額は会社の資本金や売上の規模からすれば膨大であること、弁護士に相談したような事情も伺われないことなどを強調すれば経営判断のワクを超えると言えよう。逆に単独の判断ではなく、取締役会で議論していること、株主総会でも決議された事項であるということなどを強調すれば経営判断のワク内ということもできよう。責任の有無はともかく、事情変更を踏まえて乙社との対話を行うことくらいはすべきであろうかと思うし、不動産価格の下落傾向は見られなかったということで、処分する方に急ぐ事情はないことも重要である。

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2019年2月26日 (火)

非正規雇用者に賞与・退職金を支給しないことは違法となるか―同一労働同一賃金ガイドラインと大阪医科大学事件・メトロコマース事件控訴審判決

 最近出た東京・大阪2つの高裁判決による衝撃が走っている。非正規雇用者に賞与と退職金の支給を認めた大阪医科大学事件(大高平成31年2月15日)と、メトロコマース事件(東高平成31年2月21日)の高裁判決である。

 今回の同一労働同一賃金ガイドラインは、究極は非正規という言葉を一掃することを目指すとしている。要するに、究極には正規・非正規という区切りではなく、働いた時間や職務内容の差などによってのみ賃金が異なるという制度を目指すということであろう。この壮大な目標からすれば、確かに賞与や退職金などは正規・非正規という名称を問わず誰にも支給されるべき(あるいはそもそも誰も支給されないべき)ということになるのだろう。
 そうは言ってもこの壮大な目標はまだ遠いものである。ガイドラインはそもそも「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定基準・ルールの相違があるとき」を前提としていないのだが、実際は大半の企業は決定基準等に差異が存在するであろう。ようするに、ガイドラインの基本給の例などは大半はすぐには使えないケースについて示したものなのである。ガイドライン自身もそのことには当然自覚的である。すなわち、「基本給をはじめ、賃金制度の決まり方には様々な要素が組み合わされている場合も多いため、まずは、各事業主において、職務の内容や職務に必要な能力等の内容を明確化するとともに、その職務の内容や職務に必要な能力等の内容と賃金等の待遇との関係を含めた待遇の体系全体を、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者を含む労使の話合いによって確認し、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者を含む労使で共有することが肝要である。」としているのである。まずは賃金制度の決まり方を明確化し、労使で共有するところから始めるとしているわけである。

 また、「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会中間報告」(平成28年12月)でも「手当を優先的に」ということが述べられており、周知のとおり、各種手当について個別に不合理性を判断した長澤運輸事件・ハマキョウレックス事件の影響もあって、「同一労働同一賃金はまずは手当の部分をしっかり対応しよう!」との雰囲気が、逆に言えば、「基本給その他は、まず賃金決定要素をはっきりさせることからはじめて、具体的な制度改革は後回しでいいよね」という暗黙の認識があったような気がする。そもそも退職金については、ガイドラインの個別項目には上げられておらず、「この指針に原則となる考え方が示されていない退職手当 、住宅手当、家族手当等の待遇や、具体例に該当しない場合についても、不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められる」と記載されていた程度であったのである。

 というわけで、個人的には「非正規を一掃っていうなら賞与や退職金は不支給ってわけにはいかないだろうけど、すぐには変わらないだろうなあ。裁判例もそれこそ大阪医科大学・メトロコマースの一審判決のように格差は不合理ではないという判断が当面はつづくだろうな」と思っていた。
 それを見事に裏切ってくれたのが両判決の判断である。
 まだ判決原文を見ていないから、不確かな部分が多い。いくつか気になる点がある。
 ① メトロコマースの高裁判決は賞与について不合理性は認めていないこと(ただし、夏冬各12万、年24万円は支給されていた事案)。その理屈はどうか。
 ② メトロコマースが退職金を正社員の約4分の1、大阪医科大学時間が賞与を正社員の6割を支給すべきとした論理、考慮要素(表面に出てこない部分も含め)
 ③ 両事件の一審判決は、大まかには「採用基準も、配転の範囲も異なり、また正社員に登用されることもある」という要素から退職金・賞与の格差は不合理とまでは言えないとしたが、このあたりがどう判示されているか。

特に、③の点は、上記ガイドライン(注)の解釈に関わると見ている。すなわち、ガイドラインの(注)によると、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の賃金の決定基準・ルールの相違があるとき」は「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明では足り」ないとされている。両事件の地裁判決程度の判示ならば「主観的又は抽象的な説明」には該当しないと考えていたが、仮にこの部分の判断も変わっているとすれば、抽象的な説明か否かのメルクマールを示すことになりそうである。

さて、同一労働同一賃金が導入される背景として、従来非正規雇用者は主婦や学生という家計の担い手ではないパートが多かったのが、最近では家計の担い手が非正規雇用となる例が増えてきており、日本型雇用に守られた「正社員」のメンバーシップの恩恵を受けられる者と、非正規のままで恩恵に与れないものの二分化が進んでいる。「非正規という言葉の一掃」とは特に後者の意味の非正規雇用者の一掃を意図すると考えられる。
今回のガイドラインの大きな問題として、個人的には①大多数の会社が正規と非正規で異なる賃金の決定基準・ルールを採用しているのに、ガイドライン本体は「同じルールを採用している」という非現実的な前提をもとに作成されている、②手当や福利厚生の均等・均衡化というのは、非正規雇用者の一掃という目標からすれば本質から外れる部分なのに、やけにこちらに力点が多い、ということを感じていた。

大阪医科大学・東京メトロコマースの2判例はあるいは②で述べた本質に切り込むことを意図しているのかもしれない。

なお、認容された退職金や賞与は一人あたり東京メトロコマース事件が50万円弱(退職金)、大阪医科大学事件が約110万円(賞与)である。個々の事件としては大した額ではない。しかし、制度変更するとすればとてつもない多額になる。

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2019年2月16日 (土)

継続雇用制度の下ではどれほど賃金水準を下げられるのか―トヨタ自動車事件・九州惣菜事件・京王バス継続雇用事件(2)

 「どれほど賃金水準を下げられるのか」というタイトルをつけておきながら恐縮であるが、本来「どれほど労働条件を変更できるのか」とすべきであったかもしれない。

 さて、この記事を書くきっかけになった京王バス事件についてである。
 事案は、バス会社において65歳の定年後再雇用時に「継匠社員」という正社員バス運転手と「再雇用社員」という車両清掃を業務とするパートタイマーの2つの制度を設けていた。バス運転手として定年まで勤務した原告ら3名は「継匠社員」での勤務を希望したが、「継匠社員」採用の選考基準を満たさなかったため、会社側は「再雇用社員」としての雇用を申し込んだため、原告らがこれを不満として「継匠社員」としての地位確認等を求めたものである。「継匠社員」の基本給は19万5000円、原告の主張によれば賞与は年間40万円~60万円程度である。「再雇用社員」は時給1000円で週3日8時間勤務で、月給実績は概ね10万円弱、賞与は10万円を年3回30万円である。
 なお、原告らいずれもは京王バスの新労組(非主流で会社に対立的)な組合の幹部であった。

 前回の記事で述べたように、賃金と職種と分けて考え、賃金についてはトヨタ自動車事件同様に「無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準」を採用するのであれば、到底容認できないような低額な給与水準とは言えないであろう。年収150万円弱は、トヨタ自動車事件の原告を上回っている。なお、京王バス事件では定年前の給与水準との比較は問題とされていないためは不明であるが、トヨタ自動車事件は970万円という高額であった。蛇足であるが、京王バス事件では労働条件について「度重なる労使協議を経て,被告らの当初提案につき修正を重ね」再雇用社員の賃金について,被告らの当初提案は,時給を900円,賞与を不支給とするものであったが,労使協議の結果,時給が1000円,賞与は年間30万円となった」と認定されている。

 職種については、労働政策審議会の平成16年1月20日「今後の高齢者雇用対策について」との建議で、「65歳までの雇用確保の方法については個々の企業の実情に応じた対応がとれるようにするべき」としていたことと「平成24年改正後の同法9条2項も,継続雇用制度には特殊関係事業主との間における労働契約の締結が含まれる旨を定めており,継続雇用制度において定年前と異なる労働条件を採用することを当然に想定しているものと解されること」を理由に「個々の事業主の実情に応じた多様かつ柔軟な措置が許容」されると判断している(但し、高年法9条1項は私法的効力を持たないという文脈)。前回の記事で、私が再雇用時の職種については労使の協議に委ねるべきとした理由と酷似している。
 京王バス事件の判断はトヨタ自動車事件と九州惣菜事件の判断とは矛盾しているといえるのではないか。トヨタ自動車事件や九州惣菜事件事件が定年前の職務との同質性とか継続性を要求した理屈には無理があり、批判が多い。事案の中身としてもトヨタ自動車事件にかなり似ていると言えるので、結論が異なる本件は新判断と言っていいと思う。
 東京地裁労働部が批判の多かった2つの高裁判決に反してこのような判断をしたことは大いに意味があり、今後は京王バス事件の方が主流になりそうである。
 
 この判決の報道(例えば、http://news.line.me/articles/oa-bengo4com/d933e9101c5d)に接した際は、「いかにも露骨な組合つぶしっぽいけど、どうやって使用者側が勝訴したのか」というのが第一の疑問だった。
 報道に現れていなかった事実としては、「継匠社員」への選考基準は直近5年「わずか10%程度の社員しか取ることのない最低評価を,定年前直近の5年間の評価期間中3年間以上にわたって取らないよう求めるものにすぎない」ものであったこと、そして原告らは5年連続最低評価を取った主な理由は肉声マイク放送や会社の増務に応じていなかったことが上げられる。肉声マイク放送の拒否や増務要請の拒否は原告らの属する新労組の方針であったようだが、新労組組合員の中でもこれに応じて「継匠社員」として再雇用されたものもいるようである。判決では肉声マイク放送や増務要請に応じることの合理性についてもかなりの紙面が割かれているが、一見して不合理なものでない限り労働者は使用者の指揮命令に従うべきであって、会社の方針が変わるまでは服するべきであろう。

 京王バス事件を、労働条件の決定について労使協議が十分になされていたことを重視したとの読み方も可能であるかもしれない。たしかに判決は「再雇用社員制度に係る労使交渉の経緯等も踏まえれば,原告ら主張の諸点をもって再雇用社員制度が継続雇用制度に当たらないとみることはできない」と述べている。原告は「再雇用社員」は,職種変更や賃金の低額化の面から高年法の趣旨に反するので、高年法が予定する継続雇用制度に当たらないという趣旨の主張をしていたのに対応するものである。が、この主張はいかにも無理筋であって、「労使協議が十分になされていた」ことが決定打ではない、まして本件のように賃金について協議の結果上方修正されたことを要件とするような趣旨ではないと思われる。もっとも、労使の協議を十分にすべきはそもそも当然であるし(最終的に妥結を見ないこともあるだろうが、それはやむを得ない)、少なくとも再雇用制度における労働条件の合理性を支える一つの要素になることは間違いない。

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2019年2月15日 (金)

継続雇用制度のではどれほど賃金水準を下げられるのか―トヨタ自動車事件・九州惣菜事件・京王バス継続雇用事件(1)

 高年法9条1項が定年廃止、65歳までの延長、又は65歳までの継続雇用制度の導入を企業に義務付けているのは周知のとおりである。継続雇用制度においても、現在は希望者全員を再雇用することが求められている。
 そうなると企業が気になるのは、再雇用時の条件―特に賃金―をどうしたらよいのか、ということである。企業にとって必要な人材はなるべくフルタイムで働かせたいし、そうでない人材はできればお引取り願いたい―が、高年法違反もできないからできれば従来より低い条件で再雇用したい、というインセンティブが働いてしまうことは自然といっていいだろう(もちろん、その是非についてここで云々するものではない)。
 となると、次に問題なのは、どのくらい低い条件にしていいのか、ということである。例えば週1時間の勤務で、時給1000円という条件で再雇用するという制度は後年法9条の趣旨に反することは明らかであろう。どの条件でラインを引くのか、またライン以下の不合理な「継続雇用制度」に対してはどのような救済があるのか―行政指導等による是正の対象になりうるのみか、民事的な損害賠償やあるいは本来ありうるべき合理的な条件の労働者としての地位確認などより強い救済まで認められるか―という点は継続雇用制度における重要な論点である。
 この重要な論点について、実は法律上はもちろん、通達等でも明確にされていない。厚生労働省の「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」においては、「Q1-4: 継続雇用制度について、定年退職者を継続雇用するにあたり、いわゆる嘱託やパートなど、従来の労働条件を変更する形で雇用することは可能ですか。」「A1-4: 継続雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保するという高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関して、事業主と労働者の間で決めることができます。」とされており、要するに使用者と労働者との合意に委ねられるとされている。

 この論点が問題となった事案の代表例としては長澤運輸事件がある。有名すぎるので詳細は割愛するが、正社員と勤務時間・内容が変わらない前提で再雇用時の賃金が定年前の80%程度になったという事案について、定年後再雇用であることを労契法20条の「その他の事情」にあたるとして、違法でない、としたものである。この事案は定年前と定年後の勤務時間・内容が変わらなかったため、労契法20条の問題とすることができた。しかし、定年前後で勤務時間・内容が変化する場合は労契法20条の問題とすることはできず、後年法9条1項の趣旨を没却するかどうかがストレートに問題となる。

 条件の引下げ(変更)という意味では、賃金水準の引下げと、職務内容の変更に分けられるであろう。私見は双方について基本的に労使の合意に委ね、大幅な裁量が認められるべきでないか、これに反するトヨタ自動車事件・九州惣菜事件の判示は誤っているというものである。

 賃金水準の引下げという問題に関しては、トヨタ自動車事件(名高平成28年9月28日・労判1146号22頁・労経速2300号3頁)は「定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについては一定の裁量があるとしても、提示した労働条件が、無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり、社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては、当該事業者の対応は改正高年法の趣旨に明らかに反するもの」という一般論を述べている。具体的な当てはめにおいても、約970万円という年収が約127万円まで約13%に低下する事例であったが、老齢厚生年金の報酬比例部分(148万7500円)の約85%の収入が得られることを認定し、到底容認できないような賃金水準ではないとしている。
 給与水準については、平成24年改正高年法が、使用者が再雇用の対象者を限定する基準を設けることを段階的に廃止した趣旨が、年金支給開始年齢が段階的に引き上げられることにより無年金・無収入となる者が生じる可能性があり、「雇用と年金の接続」をする必要性にある(厚労省『「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律」の概要』)ことからすれば、トヨタ自動車事件のように「無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準」という点に基準を置くのは妥当である。このことをやや雑にであるが、わかりやすくいうと「もともと年金支給開始年齢を引き上げるかわりに、継続雇用継続という形で企業に年金分の負担を押し付けたものだから、年金が出ていた場合と同程度の収入が維持できていればいいよ」というようなものである。
 このように考えるならば、九州惣菜事件(福岡高判平成29年9月7日・労経速2347号3頁、労働判例1167号49頁)では定年前は月収ベースで33万5500円であったところ、定年後は8万6400円で再雇用時は定年前の約25%相当に、時給換算で定年前1944円あったところ、本件提案によれば900円と半額に満たないというものであったが、トヨタ事件同様に到底容認できない水準とは言えないと思われる。京王バス事件(東地平成30年9月20日・労経速2366号3頁)も継続雇用給付金を入れて月収ベースで約10万円程度は確保されていたようなので、同様であろう。

 次に職種変更の問題である。トヨタ自動車事件は事務職であった従業員を同じ部署の清掃業務等の業務で再雇用すると提案した事案である。京王バス事件もバス運転手であった従業員をバス清掃業務で再雇用すると提案した事案である。九州惣菜事件は職種には大きな変更はなかった。
 トヨタ自動車事件は「(定年前と定年後の職種)が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には、もはや継続雇用の実質を欠いており、むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから、従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである」として職種変更を違法としている。九州惣菜事件も定年後再雇用制度においては「労働条件に継続性・連続性があることが前提」とされていることを根拠に、定年前後の職務内容に「継続性・連続性」が要求されるとしている(結論的には賃金水準の格差から継続性・連続性がないとして損害賠償請求を認めている)。京王バス事件は職種変更の問題について直接判断をしていないが、正社員のバス運転手である「継匠社員」として再雇用される条件とバス清掃を業務とする再雇用社員として再雇用される条件に客観性があること、現に従業員が「継匠社員」として再雇用される条件を満たしていないこと、再雇用制度とその際の賃金制度については度重なる労使協議の上で決められたことなどを重視して、職種変更について違法とは判断していない。
 高年法9条2項が実質的な支配関係のある特殊関係事業主における再雇用の確保を認めていることから、法は労働条件の継続性・連続性が要求されない場合を想定していると言える。また、厚労省による上記Q&Aによれば、海外子会社での再雇用でも法の趣旨を踏まえた裁量の範囲内であれば可能であるとされてもいる(A5-7)。そもそも配転により他の職種に転換することは就業規則等で規定されていれば可能なのであって、労働条件の継続性・連続性が要求されているとは当然には言えない。「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合がない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない」(東亜ペイント事件・最判昭61年7月14日・労判477号6頁)のである。従って、再雇用者をどのような職種で採用するかも、基本的に労使の合意に委ねられていると解するのが相当であろう。
 トヨタ自動車事件や京王バス事件は他にそのような職種転換を前提とする申込みを受けた従業員が(おそらく)いないであろうこと、トヨタ事件においては同一の部署での清掃業務を提示したことなどを重視し、一種の嫌がらせであると踏み込んで認定する余地が仮にあるとすれば裁判例の結論自体を維持することは可能かもしれない。

 もともと本日送付された労経速で京王バス事件(もっとも同誌上は「K社事件」とされているが)の全文が掲載されてきたことからこの記事をまとめようとおもったのだが、その点は後半に委ねたい。

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2018年5月21日 (月)

平成30年司法試験会社法(民事法第2問)について

 平成30年会社法の司法試験問題が公開されたので、恒例の速報解説をやります。

http://www.moj.go.jp/content/001258875.pdf

 事例は甲社という閉鎖会社におけるAとCという兄弟の内紛を題材にしたものです。
 Aが代取、Cが平取、Aの息子Bが平取、ACの叔父Dは役なし(経営にも関与しない)株主で、持株数はAから順に、300、250、250、200。
 大筋としては、Dが株を買い取ってもらうことを目的に会計帳簿の閲覧謄写請求をし(設問1)、その後AとCが互いに解任のために動いたところ、Aが紐付きのGに甲社の連帯保証(保証料なし)という便宜を図って買い取らせて、会社提案であるC解任は可決、C提案であるA提案は否決という決議となったところ、その効力と損害賠償関係を問う(設問2)います。ABCが一旦内紛を終わらせる株主合意をしたところ、A死亡にともなってCがBに対する売渡請求(174条)により生前の株主合意に反して支配権を奪取しようとした当該請求の効力を問う(設問3)ものです。

 設問1は、最近毎年同じことを書いている気がしますが、私が演習の問題で長年来出していた問題とピタリと符号するので、私の授業を受けてくれた人は完璧であったはずです。
 設問を少し敷衍すると、叔父Dの子であるFが、甲社の進出予定のない地域で全く同種のハンバーガーショップを経営していること、またDは「Aが仕入先からリベートを受け取っている」名目で過去3年の仕入れ取引に関わる総勘定元帳等の閲覧謄写請求しているところ、リベートの件はほんとはどうでもよい(株の買い取りだけが目的)と述べてしまっているという事情があります。
 会計帳簿の閲覧謄写の問題は、細かい論点にもきっちり触れて書くというところで、設問の指定である「甲社の立場」から主張を整理すると概ね次のような感じでしょう。
 ① 閲覧の対照となる帳簿の対象が特定されていない
 ② 閲覧理由が証明(疎明)されていない
 ③ 1号の除外事由にあたる(権利行使のための調査目的外)
 ④ 3号の除外事由にあたる
  ④-1 競業者が子でも除外事由にあたるか
  ④-2 競業性が認められるか
  ④-3 不当な目的を要するのか否か

 多分、①②⑤-3を落とす人が多いでしょう。これは現場戦略では思いつきにくい論点なので、事前にしっかり勉強しているかどうかで差がつきます。
 ①は結論として特定を認めるかは非常に悩ましいところですが、試験との関係では比較的緩やかに考え、特定ありとしてしまえばいいでしょう。
 ②は証明不要との結論を示し、濫用的な請求は除外事由の適切な解釈で対応できると簡単に触れておけば十分でしょう。
 ③はあまり議論しすぎなくてもいいのではないでしょうか。調査目的外であることは本人が認めてしまっているので。
 ④が設問1の山場で④-1は楽天事件を参考にしつつ「該当する」と論じてしまい、競業性の有無をしっかり論じるべきでしょう。一見出店計画のない近畿での競合はなさそうですが、仕入先と仕入価格という最も重要な情報に関わること、独自の調味料の内容も判明してしまう可能性があることなどを強調すれば競業性は認められうると思います。競業性ありとした上で、不当目的は要しないという最高裁判例を簡単に指摘すればバッチリでしょう。


設問2は、まあまあ難しいので、深入りすると時間がかかってしまうかもしれません。問題の詳細を補足すると、AはDから株を買い取ってしまえば解任決議が防止できると考えて、友人のGにDから株を買わせてしまおうとするのですが、Gには適正な売買代金2400万円のうち800万円足りなかったため、Gが銀行から800万円借り入れるについて甲社に保証料なしで連帯保証させます。解任決議が審議される総会前に、総会直後に融資実行と代金支払と引き換えに株券引渡が行われるという内容の契約がDG甲の間で締結されるわけです。保証料の相場は60万円です。
 設問2の前半は、可決されたCの解任決議と否決されたAの解任決議を取り消すCの決議取消しの訴えにおけるCの主張とその当否を問うものです。このフレーズも何度目かわからないですが、司法試験は本当にワンパターンです。平成28年に最高裁判決が出たとはいえ、否決決議が決議取消しの訴えの対象になるかはモロに平成24年に問われています。いわゆる泡沫提案の再提案に対する期間制限を逃れられるという実益を論じた上で最高裁に従って議論を展開すればいいでしょう。
 否決決議の取消し理由として、Cの株主提案について、提案理由をしようとしたCを遮って採決したことが問題となります。これはよく調べていませんが、適法な招集手続きであったという前提が与えられているので、招集通知には株主提案理由の記載がされていたという前提によめます。そこを強調すれば提案理由の説明をさせないことは問題ないと言うことができそうです。逆に、解任理由というのは解任議案に賛同を得るために核心的な部分ですし、リベートを取っているという疑惑は出席した株主が賛否を判断するのに重要な事項であることを強調すると、取消事由になるということができそうです。
 可決されたCの解任決議については、Dの株を買ってあげるということをいわばエサにしてDに甲社提案に従った議決権行使をさせているので、利益供与の問題なのでしょう。もちろん蛇の目の事件が想起され、蛇の目の事案は大雑把に言えば「会社にとって好ましくないものに株を売っちゃうぞ」と脅して融資を引き出したものですが、「会社にとって心配な=好ましくなってしまうかもしれないDの議決権行使を有利にさせる目的」で利益を与えることも、利益供与に該当するということはできそうですが、結論はどちらでもいいと思います。唐突ですが、田中亘教授は試験委員をされてたのでしょうか?結構前にグランド東京とかいうホテルか何かの相続に絡む内紛事件で利益供与性が否定されたことに商事法務で大分噛み付いておられた(この件で利益供与に該当するというような意見書を出されていたのではなかったか?)のをうっすらと記憶しています。もう事案も忘れてしまいましたが、「難しい理屈はともかく、これは事案の筋としては利益供与を主張する側が悪いよね」という記憶しか残ってませんが、次のGの利益供与性も含め、この問題意識が反映したかもしれませんね。
 その他、売買日の設定が総会直前になっている設定や、Aを代理人にしている設定は利益供与該当性の当てはめに使えると思いますが、他に論点が隠れているのかちょっと解りません。どのみち時間がないので、かかわり合いにならないで流して置いたほうが得策でしょうね。

 設問2の後半はCが甲の株主としてAとGに対する会社法に基づく責任追及の訴えをする場合のCの立場による主張とその当否を問うものです。
 ん、Gって取締役じゃないから代表訴訟の対象にはなりようがないし、どうするんだ…と改めて代表訴訟の条文(847条)を眺めると、「第120条第3項の利益の返還を求める訴え」があるじゃないですか。そうか利益供与について供与した利益の返還を求める訴えは代表訴訟の対象になるんですね。。。すっかり忘れていました。ということで、Gは利益供与が論点となると確定ですね。ここまでこればそんなに難しくないと思います。
 ① Aの責任:(取締役会決議は適法)善管注意義務違反
   自己保身目的疑い、保証料取らない、担保取らない→50+800万円。後述の利益供与に関与した(120条4項)として過失の立証責任が転換されることもしっかり触れる必要がありますね。

 ② Gの責任:利益供与
    利益供与該当性は、やはり蛇の目との比較で論じられるのでしょう。会社にとって好ましくないものに譲渡されるのを防ぐために融資するのも利益供与なら、会社にとって好ましい議決権行使をしてくれる人が譲渡を受けるために融資をするのも利益供与だと言える、この程度の流れでいいのでしょう。実際は億単位の蛇の目と違って800万円の融資であるので、融資それ自体が利益かというには迷いがあるのですが。。。。なお、50万円の保証料は問題なく利益供与に該当するでしょう。


 設問3は、Aの子BがAとCとの間を取り持って、Aが退任したらCも取締役を退任し、Bが代取になって会社を運営するという合意ができたところ、交通事故でAが死んだ後に、Cが約束を違えて、定款に規定されていた会社の相続人に対する株式の売渡請求権(しかも過半数になるだけを買い取るという)を行使した、というものです。 これ、実務的には結構メジャーなテーマかもしれません。事業承継に絡んで、174条による売渡請求をすると、被請求者が請求に関する総会議案について議決権を行使できない(175条2項、1項2号)ため、多数派が追い落とされクーデターになってしまうという問題意識がよく指摘されているものです。 本件も典型的にクーデターの問題が現れているといえましょう。実際どんな裁判例が出たかと、最近の議論にはまったく疎いし、調べるのも面倒なので、何が現状の議論として正確なのかは読者の方々が調べていただければと思います。 ここで重要なのは、おそらく、「174条クーデター」という論点を知っている受験生はいないであろう(いるかもしれませんが、そういう抜群な人か、たまたま知っている人は無視しておけばいい)ということです。 これも例年書いていることですが、「知らない問題だが何を聞いているかどうかは明らか」という問題はチャンスです。どちらを勝たせるべきか、バランスよく両方の視点から比較してみる、そうしてなるべく条文に従い、突飛な見解・思いつきの見解は絶対にやめ、たとえ形式論で結論を出すと結論が不都合であっても「…だから已むを得ない」とだけフォローをするのが安全であるというルールを守れば大幅得点のチャンスです。本件は実質論としてはCが卑怯だ、約束に反したのだと感じられますが、条文操作的には、Cのやったことになかなか問題は見いだせません。なやみつつも、「一見不当かもしれないが、ABCで合意したときに定款9条を削除しなかったのだから已むを得ない。場当たり的な解釈は慎まなければならない」とでもフォローしておけば受験生としては十分でしょう。
 ただ、本問の事情下で行けば、権利濫用等として売渡請求の効力を否定することは可能かもしれません。というのは、株主ABC全員(問題文からは形式的にはACの合意ですが、Bの提案に従ったもので、実質的には)の合意で「Aが退任したらBが後継者」と決めているわけです。会社法の世界の常識として、株主間合意は直ちに会社を拘束しません。われわれプロの弁護士はここを間違えてはなりません。私もよく扱いますが、株主間契約である合弁契約を対会社に対しても効力を及ぼすためには定款にも同等の規定をしなければならないのです。ただ、株主全員が同意しているわけですから、いまさらCが会社を代表してその合意に反する行為をすることは禁反言にあたると言えるかもしれません。あるいは、実質的にABC合意の趣旨は定款9条を変更する趣旨を含むのだとして、定款変更の決議があったと考えることも不可能ではないかもしれません。
 なお、買い取る株式の数ですが、確かに175条1項1号では買い取る数を会社が自由に設定できそうによめます。しかし、実質的には支配権のプレミアムにしか株式の価値はほとんど存在しないわけで、合理的な理由なく174条が一部のみの株式を買取ることを許容しているとは考えられません。そうすると、一部買い取りは違法ということで、請求全体の効力を否定する余地もあるかもしれません。

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