2023年7月15日 (土)

令和5年司法試験会社法について

 民法に続いて会社法を見てみたましたが、改正に関する断り書きとか、小問ごとの独立性の高さなどは教科をまたいだ一つの傾向なのでしょうか。設問1でつまずいたらどうしようもなくなる受験生を救済しようということなのかもしれません。従来型でも設問ごとの独立性はあり、あまり問題はないと思うのですが。

 それで会社法の問題ですが、設問1は私の把握不足かもしれないですが、ちょっととらえどころがなく、任務懈怠やら因果関係への当てはめだけの問題に見えます。逆に設問2は知識がなくてもなんとかすることは不可能ではないかもしれませんが、近時の最高裁判決に対する基本的な知識がないとちょっと難しい問題だったかもしれません。

1 設問1
 民法と似ていて、小問1と2に分かれています。
(1) 小問1は、創業者兼一人株主である代取が個人的な隣人とのトラブルを解消するために、会社の資金で本来1000万円の土地を5000万円を購入した場合の、当該代取の対会社責任の成否を問うもの。代表訴訟前提で、当該株主は代取の娘婿で、問題の土地購入後に株式を取得したという前提になっているのと、上記土地購入時には会社の財務状態(厳密には資金繰り)に問題がなかったことを前提とせよ、とされています。
 任務懈怠(過失)、損害、因果関係と言った問題なのでしょうが、ちょっと出題の意図がよくわかりません。実質論的に、代取側であれば、「俺の会社だし、俺が自由に金をつかっても構わない。資金繰りに問題なく、会社債権者に損害を与えるような状況もない。別に当時役員報酬として会社から資金提供してしまえば全く問題にならないはずだ」という感じになるでしょう。娘婿側からすると、「役員報酬ならやむをえないかもしれないが、自分のような株主に影響を及ぼす危険性はあるわけだし、当時一人会社だからといって許されるわけではないだろう」という感じでしょうか。以上の生の主張を任務懈怠、損害、因果関係という問題に正しく整理して論じることになるのではないでしょうか。結論は例によってどっちでもいいと思います。ここが省かれているので、出題の意図からは外れるかもしれませんが、本当は代取が娘婿にどういう趣旨で、いくらで株を譲渡したかが問題だと思います。要するに土地の価値が1000万円しかない、4000万円の損失があることを前提に株を取得していたかどうかが実質論としてはカギと思われるのです。無償で株を譲渡されたり、5000万円の預金が減り1000万円の土地しかないバランスシートを前提に算定した株価で譲渡を受けていたのであれば、娘婿にとやかくいう資格はありません。もっとも、設問がこのあたりをぼかしているのは、代表訴訟は自己の利害とは理論的に無関係なので、将来の株主や将来の債権者(あるいは既存の債権者でも財務状態の悪化を受けう債権者)等全ての利害関係人のために代表訴訟を提起するものなだと論じて欲しいのかもしれません。結局上記実質論の対立もこの点に集約されると思われるからです。そういう出題趣旨ならもう少しわかりやすくしてくれてもいいのにとは思います。いずれにしても、配点は設問1の40のさらに半分の20と思われるので、あまり凝りすぎないで設問2に時間を書ける方が戦略としては正しいでしょう。
(2) 小問2は、本来1000万円の土地を5000万円を購入したところまでは一緒で、もともと財務状態が悪化した場合の債権者に対する返済原資として当てにしていた定期預金5000万円を解約して土地を購入していた、小問1と違って購入当時営業利益が減少していたが直ちに運転資金が枯渇する状況ではなかった、この購入がきっかけで債務超過になって事業継続不可能になった、という設定です。
  これも小問1と似たような感じがあるのですが、代取からしたら役員報酬で出しても一緒じゃないかとか、回収不能との因果関係は遠いだろう、そして何より「それじゃあ間接有限責任の意味がないよね」というところでしょう。債権者側からすれば「その購入されしなければ十分回収ができただろう」というところでしょうか。
 結論もどちらでもいいと思いますが、受験生的にはあっさり代取の責任を認める結論に走りそうで、その場合面白みのない答案になると思います。実際は裁判所が早々簡単に代取個人の責任を認めてくれるか、疑問なところではあります。もっとも、本件では代取が実質的に会社を犠牲に個人に4000万円の利益を移した結果回収不能となったわけで、比較的代取の責任を認めやすい事案ではあると思いますが。

2 設問2
 相続による準共有株と取締役選任決議が重ねてなされた場合の訴えの利益をふくめた処理を聞く問題です。例によって小問1と2に分かれています。
 (1) 小問1は、4万/6万の大株主たる創業者に相続が起こり、相続人2人間で権利行使者の指定も出来ていないという事例をベースにしています。前にいわゆる相続人の乱の問題が出たこともありますが、司法試験は株式の準共有問題が本当に好きですね。そもそも「割り切れないで困るだろ」という程度の理由で準共有にして、そのうえ権利行使者の指定を管理行為とやってしまった形式的処理から派生していろんな問題が起こる部分です。形式論からの演繹的結論と実質的妥当性に差異が生じやすいところで、そういう意味で試験の題材にしやすいのかもしれません。
   準共有株絡みの判例知識が整理されている事が必要でしょうね。
  ・ 上位のとおり、権利行使者の指定は管理行為として相続分に応じた持分の過半数で決定できる(最判平成9・1・28)
  ・ 権利行使者の指定・通知がない場合でも、単独株主権などは行使し得る場合がある(最判平成2・12・4)
  ・ 権利行使者指定未了の株式も定足数に含む
  ・ 会社が権利行使者以外の共有者の権利行使に同意したとしても、権利行使が民法の共有に関する規定に従ったものでない場合は、その権利行使は適法とはならない(以上2点について最判平成27・2・19)
   あとは、任期2年と取締役について、同一メンバーで既に2年後に再任の決議がされているので、原則として訴えの利益がなくなる(最判昭和45・4・2)
   以上を抑えておればそう難しい問題ではありません。
   どれかを知らなくても、4万/6万の大株主という大株主の共有株である前提になっていて、設問がわざわざ「原告適格及び訴えの利益の有無並びに本件訴えに係る請求が認められるか否か」を論ぜよとされているので、権利行使者指定未了の準共有株主が「株主等」にあたるかとか、2年経って訴えの利益がなくなってしまているのではないか、設問のBの同意はいかにも恣意的で認められるべきでないのでは、というような点から気づくことができる論点だとは思います。まあ、知っているに越したことはないでしょうけどね。
 (2) 小問2は、ちょっと事例を変えて、1回目の決議で選任されたBが2回目の株主総会を招集していて、2回目の決議では、共有株主が共に出席して議長の同意のもと議決権を行使して、一回目の決議で取締役に選任されてあB,C(従業員株主)が再任されず、共有株主一派が再任されたというものです。
   元ネタは、最判令和2年9月3日です。「事業協同組合の理事を選出する選挙(先行の選挙)の取消しを求める訴えの係属中に、後行の選挙が行われ、新たに理事又は監事が選出された場合であっても、理事を選出する先行の選挙を取り消す旨の判決が確定したときは、先行の選挙は初めから無効であったものとみなされるから、その選挙(先行の選挙)で選出された理事によって構成される理事会がした召集決定に基づき、同理事会で選出された代表理事が召集した総会において行われた新たに理事又は監事を選出する後行の選挙は、いわゆる全員出席総会においてされたなどの特段の事情がない限り、瑕疵があるものとなる。そして、上記の取消しを求める訴えと併合された訴えにおいて、後行の選挙について上記の瑕疵が主張されている場合には、理事を選出する先行の選挙が取り消されるべきものであるか否かが後行の選挙の効力の先決問題となり、その判断をすることが不可欠であって、先行の選挙の取消しを求める実益がある。」こう言っています。本件では全員出席総会というような特段の事情もないので、判例に従えば訴えの利益ありということになるでしょう。
   これもちょっと知らないときついのですが、設問は「訴えの利益」だけを聞いているので、そういう意味では迷わないように誘導をつけているのでしょう。小問1との比較で、全く同じ構成メンバーではなくて、そもそも2度目の会議を招集した代取がJという別人になっている設定なので、問題文の読み方が優れている人は、設問1との設定の違いに着目して「訴えの利益がある」と持っていくことは不可能ではないように思います。

| | コメント (0)

令和5年司法試験民法について

 何の因果か、今年からロースクールで民法まで教えることになったので、民法の解説もやってみようと思います。総則物権と事務管理・不当利得・不法行為が担当で、かつ交互なので、今回勉強し直した範囲はまあ不十分なのですが、いつも学生にいつもいう「現場戦略」でどこまでやれるかというのと、結局民法は利益衡量ですから、知識不足による法的立論は不十分ながら、どこまで戦えるか試してみようとことでやってみます。

 過去問にふれるのは久しぶりですが、やってみるとあんまりひねりがないというのと、明確に3つの小問に分かれているパターンの問題で、出題傾向にマイナーチェンジがあるのかと思いました。受験生のレベルを正しく掴めてないですが、そう細かい知識がなくても対応可能なのではと思います。

1 設問1
 設問1は更に小問(1)(2)に分かれています。夫名義の建物に同居していた妻Dが、夫の相続を機に前妻との子BCがいて、Bから明渡し及び持分に従った賃料の請求を求められたというものです。設問では「妻で無償の居住権がある」「建物を共同請求したから応じなくてよい」という妻の反論まで設定されており、まあ、基礎的な知識を聞きましょうということなのでしょう。
 配偶者居住権が立法化されたことはさすがに知ってますし、問題文にもわざわざ「文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい」と書いてあるので改正絡みは明白でしょう。で、多分受験生も同程度の知識しかないと思うのですが、条文を見ていくと短期の居住権が成立する(1037条1項1号)ことがわかります。なお、長期の配偶者居住権は家裁の審判により発生する(1029条)ので、問題とならないことに一言触れておけばいいと思います。
 あとは、問題文で相続時は全て居住に使用していたが「夫の死後1階を惣菜店に改装して経営した」という事情が与えられているので、1階までそのような使用借権があるかは問題でしょう。
 これはおそらく全受験生にとって「知らないが、何が聞かれているか明確」な問題だと思うので、いつも学生に言っているように、両説考えて迷ってみせた上でもっともらしい結論を取ればいいと思います。感覚的には2階の居住部分の明渡しを認めなければDの保護として十分ですし、和解による解決としては1階には賃借権が成立しDはBCに賃料を支払うというのが穏当だと思いますが、相続発生の事実があり、BCという他の相続人があるのを知りながら改装して経営した部分まで法的に保護する必要はないと思われます。そうすると、1階には配偶者居住権が認められないとするのが妥当でしょう。
 解釈論としては、1037条は「相続開始の時に無償で居住していた場合」に成立するが、「居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利」だとしているので、文理上は相続時に使用していた全部分に居住権が生じ、その後の改装は影響しないと考えることが素直です。ただ、配偶者居住権の趣旨と相続時に居住していた範囲に成立が限定されていることとの比較から、1037条の括弧書きが類推されるというような議論が可能でしょうか。もちろん、そういう悩みを見せながらも、法的安定性を強調し、相続時で確定され、あとは損害賠償の問題だとやってしまってもいいでしょう。大事なのは、結論に飛びつかずに反対説に配慮することなのです。
 議論は全く知りませんし、調べていませんが、短期長期の配偶者居住権の創設により従来の判例法理による保護が残るかどうかは問題でしょう。問題文でBCが県外に住んでいるという設定になっているので、これを活かす趣旨なのですが、「短期長期の配偶者居住権は創設されたことで、従来の判例法理による保護は必要なくなった、しかしBCが独立して県外に在住してることもあり、他の事情次第では夫の死亡を条件にBCとの間で黙示の使用貸借契約が成立していると構成する余地もある」とでもしておけば加点はともかく原点されることはないでしょう。
 (2)は共有絡みの問題で、これは、遺産共有にも民法上の共有の規定が適用されることを前提に、共有持分権者は他の共有者に明渡しまで求めることはできないが、持分に応じた使用収益する権利はあるから、持分に応じた賃料相当額を請求できるという基礎的な判例知識を書けば足りると思います。配点との関係でもそんなものでしょう。

2 設問2
 設問2は債権総論の範囲で、それこそ今回勉強し直した範囲ではないので、知識不足で苦労します。が、多分聞かれている事自体は基礎的なはずです。
 事例は要するに、池で飼育しているコイをEがFに売ったが、Fの受領遅滞で受領されない間にコイの値段が下がった。Eは売買契約を解除できるか、かつ損害としてどこまで請求できるかという問題です。
 解除できるかどうかというのは、受領遅滞による解除が認められるかという典型論点なはずですが、いかんせん勉強し直した範囲でなく、20年近く前の受験生時代の知識が蘇りません。条文を改めて読み直す限り明確に解除可能とは書いていないようなので、あとは自力で考えるしかありません。受領遅滞に直ちに解除までの効果を認めていいかは疑問でしょうし、多分本件のコイのように引渡しの準備や保管に格別な手間や費用がかかる場合は売買契約の内容として買主側が約定の引渡し時において受領する義務があると構成することが可能のように思われ(なにより、諸事情からこういう義務があると認定するといかにも点数がもらえそうな気がするので)、一般論として受領遅滞による解除は否定して、本件では受領義務があり債務不履行解除ができるとやるのが穏当と考えました。さすがに後で受領遅滞による解除の可否を調べましたが、大体感覚はあってたので、安心しました。
 損害の問題も「中間最高価格とか、なんとか丸事件とかあったよな(内容は忘れた)」という程度の知識しかありません。なので、自分で考えて結論を出すしかないのですが、問題文から、債務不履行時、解除時、現在時の時価と売買契約時との差額によるという説がありうることは容易に想像がつきます。微かに「投機的な行動を許してはだめなのでは」という問題意識が内田民法に書いてあったような記憶があり、問題文でも買主E側がコイが値下がったから引き取る気をなくしたというようなことが書いてあります。そのあたりから考えを進めますが、契約後で値段が下がった場合に買主が受領拒否した場合に時価によるでは問題だと思いますし、逆に解除時とか現在時とかの考え方をとると、売主側の投機的行動を許すことになりかねないでしょう。それで、例えば客観的な債務不履行時で損害は固定してしまうのでどうかと思ったわけです。あるいはこの問題の事例だけみると、解除時を採用して、売り主が投機的行動で解除時点を意図的に遅らせたような場合は、損害軽減義務のような議論によって妥当な調整が可能であるとすればいいかなと考えました。後者の方が問題の設定に即しているいて、より点がつくように書きやすいかもしれません。予想は多分どの説をとっても理由が説得的なら同等に評価した、だと思いますが、その説得的理由に繋がりやすいわけですね。

3 設問3
 これは、ようやく最近の講義で扱った物上代位の問題です。見落としかもしれませんが、何のひねりもない転貸借賃料に対する物上代位の可否という論点です。但し、事案の設定は例外的に物上代位を認めた方がいいものになっています。
 これは最近の講義の準備で思い出しましたが、転借料に関する物上代位は原則として否定するのが判例で、ただ、例外的に転貸借が形骸化して賃料に対する物上代位を詐害する場合は可能というものです。講義の準備中に思い出しましたが、さすがに受験生時代は最新判例であったこともあって、この程度は十分理解していました。基本的にその流れで書けば足りると思います。
 あるいは受験生としては「転賃料には物上代位不可」という結論だけ覚えているという人もいるでしょう。そういう勉強の仕方は問題ですが、仮にその程度の知識しかなかったとしても、事例の設定が詐害的(もとの賃借人を転借人に切り替えて、劣後債権者である新賃借人が事実上無償で賃貸し、もとの賃借人に転貸したというものです。実質元の賃料=新転賃料相当額について物上代位を詐害して回収するスキームで許される余地はありません。議論を知らずとも、この事例で物上代位を否定する結論は取りにくいと思います。この場合は例外と論じることもできるでしょうし、知らない場合は無茶をするなというのが私の教えなので、個別の事情により物上代位を認めると法律関係が不安定になる。このような妨害事例はむしろ劣後債権者やそれに協力した賃借人への損害賠償請求で考えるべきとやっても大きな減点にはならないと思います。トータル的にはそのように無茶ヲしないほうが失敗が少ないように思えます。

 

| | コメント (0)

2023年3月 1日 (水)

連載「有罪!? 無罪!? サイクル大法廷」の批判的解説-ウーバーイーツと自転車事故

 電子雑誌の購読はかなり安いことを知り、自転車雑誌の購読だけが目的だが定期購読してしまった。最大の関心はルートやコースなのでバックナンバーからそういう記事を読み漁っているのだが、先に記事にした表題のコーナーが気になって見てみるとやっぱりツッコミどころ満載なので、だれも見ないであろうがせめて読者の誤解を解くべく正しい解説をしようとおもう。

 連載予定だが、まずは2023年1月号「ウーバーイーツ死亡事故から学ぶいくつかのこと」と題するもの。例によって判決全文が参照されたか疑わしいが、裁判所HPに掲載されていた。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/221/091221_hanrei.pdf

 事件としては、大雑把にウーバーイーツ業務中のロードバイクが夜間、雨のなか無灯火で時速20-25kmで直進したところ、交差する横断歩道横断中の高齢者(78歳)をはねて死亡させたというものである。判決は禁錮1年6月、執行猶予3年であった。死亡という結果の重大性を悪情状と考慮しつつ「重過失致死事犯の量刑傾向や、自動車運転過失致死事犯との均衡等も踏まえ」執行猶予を付したというものである。

 一般に「自動車」事故であっても人一人の死亡事故で初犯から実刑になるのは極めて稀である。昔統計で調べたことがあるが、おそらくその種の事故で数%程度であったかと思われる(飲酒等ない前提かは忘れた)。実感として、飲酒、ひき逃げ、無免許、信号無視など明らかに重大な交通違反等々がなければ簡単には実刑にはならないものである。どちらかというと民事の交通事故の裁判でよくこの種の事件に出くわすが、略式命令で100万円の罰金というものも結構ある実感だ。

 以上から容易に想像がつくと思うが、自動車より危険性の少ない自転車による人一人の死亡事故で実刑になる確率は極めてゼロに近いだろう。念のため調べてみたが、自転車事故で実刑になった事例は見つからなかった(それに近い特殊な事例があることは後述する)。

 さて、記事によると「人が一人死んでいて、しかも業務上過失致死で、執行猶予がつくなんで甘い、と思われる方もいるかもしれない」、しかし、「心からの反省を示し」「遺族への謝罪もしている」ため執行猶予付きの判決となった、筆者は妥当と思っているということである。
 …まあ、非法曹が素人的実感を述べたに過ぎないのだからといえばそうなのかもしれないが、あまりにずれているだろう。一般人の認識について述べる部分はいいのだが、執行猶予付きになる理由は反省でも謝罪でもなく、判決も的確に指摘しているように「自転車による重過失致死事犯の量刑傾向や、自動車運転過失致死事犯との均衡等」であろう。おそらくしっかり謝罪してなくとも、反省が不十分であろうとも、本件は容易に実刑にはならなかったであろう。それは量刑相場というものである。

 さらにこの判決について『「高性能のロードバイク」が大きな要素になっている』という。教訓として高性能の自転車に乗るにはそれなりの責任が生じるのだ、というそのことはいいとして、多分この判決から簡単にそうは読み取れない。そういう立論をするなら、ママチャリなら略式命令で済んでいたところが、正式起訴されたというような事情を指摘しなければおかしいだろう。
 
 なお、大地平成23年11月28日(これは裁判所HPでは載ってなく、判例検索ソフトでないと調べられない。判例タイムズ1373号250頁。)というのがあって、大阪で国道25号という大幹線道路を自転車で横断したところ、当該自転車を避けようとした車が歩道に突っ込んで2名を死亡させたという事故について、自転車運転者に2年の実刑という例がある。自転車事故というより、不適切な横断による事故であって、その意味では歩行者でも自転車でも変わらない。ちょっと自転車事故のワクを超えているだろう。
 なお、判決文を見る限り、この件でも実刑は厳しすぎるのではとは思いはする。自動車の高速運転や酒酔い・信号無視などの運転はそれ自体死という結果を惹起する危険性が高い。この横断が危険であって重大な過失であることはそうだろうが、それ自体死という結果を惹起する危険性が必ずしも高いとはいえないのではないか。たまたま歩道に人がいたから死という結果を惹起したというところではある。
 と思って、判タの囲み記事解説を見ると、本件は検察官の冒頭陳述によると前刑の懲役刑執行終了から2年以内で、執行猶予の余地がない事案だったそうである。自転車事故の多発に警鐘を鳴らす判決と表する受け止め方はおかしいとされている。判決も「高速度運転などにより直接に人を死傷させた事案と対比すると,過失行為自体が重大な危険性を有するとまではいえない」とか、「本件は高速度運転やブレーキ不備での運転といった,自転車の走行に特有かつ高度の危険性が認められる事案とは異なっている」として、「自転車の走行を原因とする交通事故等が社会の耳目を集めているとして,厳罰による一般予防の必要性」をいう検察官の主張を退け、「当裁判所は,これらの事情を本件量刑上大きく考慮するのは相当でないと解した」ということである。自分の感覚がずれていないことに安心した。
 自分でいうのもなんだが、自転車事故に関して裁判例を記事にするなら、前段落のような指摘こそ価値があると思う。

| | コメント (0)

2023年1月15日 (日)

台北地方裁判所訪問

 台湾の司法事情を学ぶべく、この年始に台北地方裁判所を訪問してきた。その感想を記事にする。

1 入り口その他
 外観は3階建て程度で、首都の地方裁判所としてはやや小さめに見える。これはおそらく台北市を取り囲むように新北市があり、そちらの人口のほうが台北市本体よりも多く、台北市それ自体の人口は少ないからではないかと想像された。名古屋地裁よりも規模が小さいように見えた。
 入り口では荷物検査がある。これは東京地裁や名古屋地裁のイメージと大差がない。ただ、入ってすぐ左手にどうやら刑事事件の受付のような窓口があり、一部匿名化されて事件名と当事者名が表示されていた。ちょっと日本では考えられないので、意外だった。台湾でも検察官が起訴権限を独占しているものと思うのだが、起訴状が受理されたかどうかについて審査の上表示するものなのだろうか。

 

2 受付その他
 訴状の受付場所それ自体はあまり日本の裁判所と変わらないように見えた。ただよりシステム化というか、銀行のような番号札方式だったし、おそらく訴訟費用の予納専用の窓口、番号札というものもあった。
 地下にレストランと売店等があるというので、足を運んでみた。レストランは地裁の食堂みたいなイメージ、売店もハイライフという台湾で有名なコンビニチェーンが入っていて、日本と変わらない。
 面白かったのは、卓球場があることで、職員と思しき数人が汗を流していた。
 弁護士休憩室みたいなものがあるのは日本と一緒だ。






 

3 法廷傍聴
 日本同様、おそらく民事事件の傍聴はわかりにくいであろうという予断?のもと、刑事事件の傍聴に向かった。どんな事件を傍聴しようかとうろうろしていると、事務官らしい男性が声をかけてくれた。曰く「我が国の法廷は公開だ。遠慮せずに見ていってくれ」。大陸人と間違えられたのであろうか。「私は日本人弁護士で台湾の法廷を見学するために来た」というのも野暮な気がしてそうは言わず、またもうちょっと事件を確かめたい気持ちはあったが、せっかくなので、その事務官が導いた法廷に入った。
 基本的に法廷内部は日本の法廷と同じイメージでいいが、重要なのはIT化が進んでいることである。なお、中国大陸の法廷と同じだが、裁判官名・書記官名はちゃんと名札がある。また服装についても弁護士や検察官も法服らしきものを着ている。かつらはしていない。かつらはおそらくバリシター(法廷弁護士)とソリシター(非法廷弁護士)の区別のあるイギリス法以来のもので、イギリス法由来の香港などではいまでもかつらを着用していたはずである。
 一番の特徴はIT化であろう。書記官がその場で調書的なものを作成していて、傍聴席に見える画面にも表示される。このおかげで傍聴人としてはだいぶ理解がしやすかった。ちょうど被告人質問の途中で入室したようで、事案としては詐欺の共犯事件の一方被告人の審理のようであり、否認事件ではないと思われたのだが、おそらく共謀を含めた関わりの深さについて尋問をしていたように思われる。ようするに、否認事件ではないが、従属的な立場であるということであろう。利益の分配を受けていないことを問うていたあたりは、日本の刑事裁判と重複する部分も感じられた。
 その日では結審とならずにもう一度期日を決めて審理続行のようであった。
 民事裁判の方にも入ってみたが、案に相違せず、日本の民事裁判同様に内容はすぐには理解しにくい。ただ、傍聴席にむかってディスプレイが用意されているのは刑事裁判と同様であって、一応争点に関連すると思われるキーワードが表示されていたりはした。イメージは日本の民事裁判と概ね一緒だが、10分間隔で弁論が入っているためか、比較的弁論準備手続に近い運用がなされているように見えた(ただ、日本でも弁論で積極的に議論する裁判官もいるので、裁判官ごとの差かもしれない)。

 以上をとおして一番思ったのは、IT化のことであって、日本の裁判も台湾程度のIT化をしてもいいのではと思った。刑事裁判の録音を巡ることや和解手続きの隠し録音を巡って日本でニュースとなっていた事件がある。例えば弁論準備手続の非公開や録音禁止などは一定程度理解できる面がないとは言わない。録音問題はともかくも、台湾の法廷でそうであるようにその場で法廷の内容を記録化して傍聴人を含めて示すというような姿勢はあっていいと思うのである。

 いずれにしても、法廷の設備から内容まで、大いに参考になる傍聴だった。

Img_20230107_124843

| | コメント (0)

2023年1月12日 (木)

あるロードバイク死亡事故に対する無罪判決について

 散髪に行った際に、電子書籍で「サイクルスポーツ」が読めたものだから、眺めていたのだが、そこで「有罪!? 無罪!? サイクル大法廷」という記事があり、地元国道302号上でのトラック対ロードバイク事故での無罪判決が批判されていた。判決文を参照せず、新聞報道をベースとして記載しているし、ライターは法曹関係者ではないから、いかにも根拠はとぼしそうと思った。ただ、確かにロードバイクびいきの自分としては「いかに302号であろうとトラックが自転車を引いて、死亡までさせておいて無罪とは」と気にはなったので、我慢しきれず判決文を探してみた。裁判所HPに掲載されていた。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/737/088737_hanrei.pdf

 これを見て概ね疑問は氷解した。
 
 トラックのサイズは「長さ約11.96m,幅約2.49m」である。そして「被害者自転車は,時速約36kmで走行中の被告人車両を上回る速度で,同車の左後方から,その左側面と縁石との間の通行余地を進行」した。
 ここで「第1車両通行帯は幅約3.8m,被告人車両は幅約2.49mであるから,被告人車両が第1車両通行帯の中央を走行した場合,被告人車両の左側面と外側線との幅は約0.6m,これに外側線と縁石までの幅約0.7mを併せても約1.3mである」。
 そして、「被害者のけがの部位,被告人車両及び被害者自転車の各損傷状況及び痕跡等からすると,被告人車両の第1・2軸付近が被害者自転車と衝突した」と認定されている。

 以上要するに、ロードバイクはトラックと縁石まで約1.3mしかない細い幅に36kmで走行していたトラックを上回る速度で入り込み、全長約12mのトラックの「第1・2軸付近」≒前輪付近に衝突したというわけである。以上は裁判所の事実認定を前提とするものであるが、この事実認定どおりだとすれば無罪は至極正当であろう。ちょっと同じロード乗りとしては信じられず、故人には大変申し訳ないが、文字通り自殺行為と言わざるを得ないであろう。

 判決に対して批判すべき点があるとすれば、「本件道路は,交通頻繁な国道で,西側に防音壁が設置され,その西方に歩道が整備されていることからすると,歩行者や自転車の通行が想定されていないものと認められる」と言い切ってしまった点であろう。この点をとらえてネット上ではいくつか批判している記事があったし、上記サイクルスポーツの記事も批判していた。この点だけを捉えればまあ批判はおかしくない。
 歩行者は予想されないであろうが、車道を通行すべき自転車が通行することは当然に予定される。このあたりは例によって裁判所の自転車走行に対する実感の欠如を思わされる。歩行者やママチャリが走行することは予想されないが、原付が走行することが予想されること同様にロードの走行は当然に予定される。私は302号は数度しかロードで走ったことはないし、危険だから積極的に通りたくないが、走行自体は何ら問題がない。とはいえ、判決文を全体として読めば、警察が302を実際に走行しているロードを抽出し、上記のような隙間に進入するかと聞いたら全員否定したことが指摘されているから、裁判所も抽象的・一般的にロードの進行が予想されないという趣旨ではなかろう。

 ただ、以上の検討を踏まえて思ったのは当該「有罪!? 無罪!? サイクル大法廷」の著者には申し訳ないが、ちょっと判決の当否を論じるような資質を欠いているのではないかという点である。記事の中では、ロードは善意で道路の端っこを走っているのだとか、トラックが幅寄せしたというなことを前提に主張が展開されているが、判決本文をちゃんと読めばそういう前提がないことはすぐわかりそうなものである。
 弁護士ロード乗りの端くれとして判決を題材に検討を加えることには意義があると思うが、判決本文にあたろうともしないような著者に連載記事で書かせることはかえっていたずらに裁判所に対する不信などを煽ることになりかねない。

 亡くなった24歳の青年には謹んで哀悼の意を表したい。彼の死を無駄にしないためにも、正当な検討が必要だろうと思う。

| | コメント (0)

2022年5月14日 (土)

会社法339条2項の損害=残任期に得べかりし報酬という通説は破棄されるべき

1 前回記事の司法試験解説を書いていて、派生的にこの問題についてもう少し考えたいと思った。
 要するに、取締役の任期を最大10年とできるようになった会社法の下では、取締役解任の正当理由を従来の厳格な解釈を若干緩和することと、それに関連して会社法339条2項の損害=残任期に得べかりし報酬という通説を破棄して、正当理由の強弱その他の事情を考慮要素として柔軟に判断するという判断枠組みが妥当である、ということである。
 任期10年の取締役を例えば5年で解任する場合、正当理由がなければ、従来の通説を前提とすれば5年分の役員報酬を支払わなければならない。個別事情によるが、これではいかにも多額という印象になるだろう。また従来の通説を前提とすると、正当事由のあるなしで、この多額な損害を支払うべきか否かがオール・オア・ナッシングで決まることになる。これは実務感覚にもいかにもそぐわない。
 結局あるべき規律としては、正当理由の強弱とその他の事情(例えば報酬額とか、任期に関する会社及び取締役の期待)の相関関係によって損害額を柔軟に決定するというところであろう。もともと会社による解任の自由と取締役の任期に対する期待の保護の調和というのが339条2項の趣旨だという(例えば、江頭7版400頁)。基本的にこの趣旨にも沿う考え方であろう。
 なお、定款変更による任期短縮に伴う339条2項類推の場面の裁判例だが、東地平27年6月29日は残任期5年5ヶ月に対して2年分を損害とし、名地令1年10月31日は請求棄却だが控訴審で一定額を支払う旨の和解となっている。オール・オア・ナッシングよりは割合的解決をというのは実務感覚にあうのである。

2 前回記事の司法試験解説を書く際に、というか平成28年の司法試験解説(http://erlang.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-f9a7.html)を書く際にも、「多分、会社法改正で最大10年に取締役の任期を延長する際に、残任期報酬という従来通説を前提とすると損害額が過大になるという問題が十分検討されていなかったのだろう」と思っていた。それで少し調べてみた。
 どうも平成17年の会社法改正の際は、そういう過大になるよという問題を十分に考慮して会社は取締役の任期を選択することが想定されていたということである(江頭「会社法制の現代化に関する要綱案の解説[Ⅱ]」商事法務1722号11頁。ただし、加藤貴仁「判批」リマークス2017上84頁からの孫引き)。理想論的にはそうかもしれないが、実際は公証役場のモデル(例えばhttps://www.koshonin.gr.jp/pdf/kaisya-teikan01_s_2021ex.pdf)で10年となっていたりするのを、果たしてどれほど中小企業がリスクを踏まえて選択しているかは疑問である。かくして339条2項の損害の範囲は、残任期全額ではなく相応に限定するという解釈が待たれると主張される(得津晶「判批」ジュリ1477号102)。上記東地が2年間という判断をしたのも、このあたりが参考にされたのだろう。
 余談だが、平成28年の司法試験解説を書いた際には平成27年東地の存在は知らなかったが、当時「閉鎖会社で、単独で過半数を有しているわけでもない取締役Aが任期8年間地位を守れる可能性は必ずしも高くない、支配権の変動に伴い解任される場合は予想されるなどと言って「半分」とか言い切ってしまう手はあるかもしれません。裁判所ならこういうドンブリな判断をしそうではあります。」とした通りの判断を東地が実際にしていることにニヤリとした。

3 正当理由は基本的に厳格に解する、例えば経営判断の失敗などは正当理由にあたらないというのが従来の通説的考えと思われる(例えば、江頭7版400頁)。ただ、任期の上限が10年と長くなったことを考えると、従来より正当理由を緩和する解釈が必要であることは否定できない。上記名地はあきらかに従来より正当理由を緩和している(片岡憲明「判批」CHUKYO LAWYER34号66頁)。こういう緩和は、正当理由の有無=損害賠償の要否=損害は残任期分の報酬、という図式の下、オール・オア・ナッシングの判断を余儀なくされ「どちらかというと支払わなくてもいい」というように利益衡量の針が傾いた結果だと推測される。正しくは高裁で和解したように、「正当理由が乏しい分、全額とはいわずとも部分的には支払ったらどうか」というような、割合的な解決が判決でも実現できなければならないと思う。
  東地が5年5ヶ月の残任期に対して2年としたのは「同様の月額報酬を得る蓋然性がある期間」というのが直接の判断根拠である。今年の司法試験問題のように、特定会社の出身取締役の任期は事実上4年という慣行があったとか、株主間契約等で任期に縛りがあったというような事案ではこの根拠は使いやすい。ただ、より直接には正当理由の強弱との相関関係で決まるとしないと、正当理由の問題と残任期の期待可能性の問題が分断されてしまうだろう。
 結局正当理由の強弱、任期に関する期待、報酬金額、就任経過(司法試験問題のように生活保障的なものだったか等々。但し任期に関する期待の考慮要素という位置づけかもしれない)を総合考慮して決めるとするのが一番妥当だろう。基準として不明確という批判はあるだろうが、立退料の算定のようにこういうドンブリな認定というのは現にいろんな場面であるし、避けられないものである。正当理由の強弱という問題と損害額の問題を相関的に論じないと、東地がそうであったように、本来考慮すべき要素が表面上は出てこなくなってしまうだろう。
 以上の考えは決して新しいものではなく、上記で引用した得津「判批」で期待されるとされていた新しい見解の一つである。

| | コメント (0)

2022年5月13日 (金)

令和4年新司法試験会社法(民事系第2問)について

 特殊なルートで問題文を入手したので、例によって速報記事にする。法務省ページには明日明後日くらいには掲載されると思う。
 
 今年の問題は実に単調だった。問題文の量は多いが、ほぼ各設問ごとに単論点に近く、かつ論点自体は単純でどちらかというとあてはめだけやればいいという感じの問題である。ちょっとこれで会社法の力量を的確に測れるのかな、という疑問がないではない。ただ、私の講義を受けている人は、問題文の読み方を中心としたあてはめ活動の充実、知らないが問題意識(聞かれていること)は明白な問題について、どう対応するかという部分でかなりのアドバンテージがあるタイプの問題であろう。

 横着して、設問の紹介は省略する。

1 設問1は、要するに定款では10年、慣行では4年の任期である取締役であったのに、1年に短縮する定款変更の株主総会決議によって2年で事実上解任されざるを得なかった取締役が、取締役解任について会社に対して損害賠償請求できるかという問題である。そもそも解任取締役は就任後2年しか経過していないので、再任の株主総会議案自体が違法議案かという問題は一応ある*が、基本的に定款変更による任期満了による退任の場合に会社法339条の類推できるかという論点である。
 これは身近な先輩弁護士が獲得した最近の判決を題材にしているような気がするので、あとでそれは調べる。それはともかくとして、もちろんそういう細かい裁判例を知っていることを前提にする問題ではないので、以下考え方を述べる。
 危ない論述、現場での思いつきは避けよというのが常々の私の指導である。実質論として、この件では残り2年分の役員報酬相当額の請求を認めるのが収まりがよいが、司法試験の答案であれば多少実質論として不当でもその点に触れつつも「法律上こうなっているからしかたない」とやるほうが安全だと言っている。その路線で行くと、こういうたぐいの実務慣行や株主間契約、会社と取締役の契約などは散見されると言ってよい。ただ、前にも別の問題の機会で書いたが、基本的にこれらが定款という形で会社を縛るルールとして明確でなければ定款違反と言うかたちで会社に対して拘束力を持たないと考えるのがあくまでも基本的なルールである。合弁契約等を扱う弁護士として、このあたりはしっかり注意しておかなければならない。というわけで、「定款に記載されていない以上会社に対して効力を有さない。あとは取締役と会社、あるいは代表取締役個人との債務不履行問題でしかない」とやるのが一つの極である。
 もちろんそうあっさりそうやってしまっては身も蓋もなく、点数も入らない。実際に裁判例がどうやっているのかは知らないが、解任取締役側の事情を考慮して、定款変更による場合も会社法339条を類推していく可能性はあるだろう。本問で考慮すべき事情というのは概ね次のとおりである。
  ・ 解任取締役は取引先会社出身の取締役枠で、長年(おそらく設立時から30年以上)、4年で退任するのが慣行であった(この辺は定款に記載されているのと同視できるほどに定着していると判断するのに特に重要であろう)
  ・ 代取単体で40%、平取の弟と長女で20%ずつの株式保有であり、上記慣行というのは大多数の株主の了解事項であり、仮に定款に記載していたとしても反対を受ける可能性は少ない(少数株主として従業員株主がいるが、その利益を重視する必要性に乏しい)
  ・ 取引先の当社に対する依存度は売上総利益の50%以上という関係性の深さ(資本関係はないが、取引先側、取引先側従業員としては当社の意向に逆らいにくい事情であると、しっかり評価まで答案に記載すべき)
  ・ 解任取締役は取引先で35年勤務した57歳で、60歳定年になるより取締役になって61歳まで取締役をやったほうが安定すると代取に誘われて役員になった。報酬月額40万円で他の収入はなかった
  ・ 解任取締役は代取ら取締役(家族)の経営方針に対立し、それがきっかけになって事実上の解任が起こっていること(任期1年に短縮の定款変更議案における代取の説明は「再任の機会を多くし緊張感を持たせる」というものだが、株主の80%が家族なので詭弁である。こういう評価もきちっと答案に書くとよい)。
 あとはどう料理するかだが、前記一つの極を持ち出して「原則として定款に記載がない場合類推適用を否定すべきである。ただ、慣行としての定着性、株主構成、取締役就任の経緯などを考慮して定款に記載されているのと同等またはそれに近いと評価される場合は例外的に類推を認めるべきである」とでも規範をたてて当てはめてやってもいい。その際に後ろ2つの事情はちょっと使いにくいが強引に書いてしまうか、類推否定方向で書くなら一応触れておいた上で「これらの事情は定款に記載とされているのと同等ということにプラスに働かない」と蹴ってしまうのが論理的にはスッキリする。
 設問では損害論も聞かれていて、常々指摘するように親切な誘導がなくとも損害論についてはしっかり論じるべきであるが、損害は残期間の役員報酬相当額ということで、定款による8年、慣行による2年かというところか。実質論としては慣行による2年が落ち着きがいいので、類推を否定するなら「仮に類推されたとしても定款記載と同視できるのは4年だから、4年まで」とやるのがいいだろう。
  * 2年経過時の定時総会に①選任後1年を任期とし、選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終の総会で任期満了と定款変更をし、②直ちに全取締役の再任議案を出したところ、解任取締役は再任について否決されたというもの。①の効力が決議時点で生じたとすると、たしかに②も適法に思える。ただ、他の取締役はちょうど定款による10年の改選期にあたるという設定にしていて、解任取締役だけ①の効力が問題となる設定としてあるので、あっさり適法と論じてしまうのが出題者の意図にかなうかはよくわからない。が、どのみち類推の議論をしっかりやれば十二分に合格点である。

 ※ ここまで書いてから、さすがに気になったので例の先輩弁護士の裁判例(名古屋地判令和元年10月31日)を参照した。要するに類推の可否については明確な判断を避けながら、「原告は JA の理事を3年で退任することにより,JA 職員の定年より前に収入を失うことになる救済のために,報酬のある被告の取締役及び代表取締役に就任したものであり,その地位は,原告に収入を得させるためのもの,即ち生活保障のために与えられた地位であったといえる…原告は, 7年近く被告の取締役の地位にあり,その在任中,4700万円を超える報酬を得ており,生活保障としては十分な金銭を得ている」などと述べてどのみち解任に正当理由があるとしたのである。これを知っていれば、もともとの60歳の定年まであと1年であることを「十分」とするか、「まだ足りない」とする評価もありうるのだろう。なお、公刊物にも記載されていることであるが、高裁では一部支払いを命じる和解が成立したとのことで、実質論としてはよい収まり具合だと感じる。

2 設問2は要するに低廉価格で事業譲渡を行った取締役の会社に対する責任の有無を問うものであり、ほぼほぼ経営判断原則の当てはめの問題である*。前提に簡単に触れたうえで、経営判断原則の適用を認めるのに積極的な事情と消極的な事情をあまさず指摘し、的確な当てはめを行えば結論はどちらでもいいだろう。
 事案を大雑把に言えば、大分経営が悪化している事業で、事業の貸借対照表でいえば純資産2000万円、仮にDDを行っていれば1000万円と算定されたはずの事業を4000万円で譲渡したことに関する責任の問題である。譲渡元が親会社(60%保有)で、譲渡先役員が「さっさと譲渡しないと取締役に再任しないぞ」と親会社代取に言われたので、DDの必要性を認識しながらも行わなかったという事情がある。
 <積極方向の事情>
 ・ 業績の悪化が急速。10ヶ月で純資産8000万から2000万に減少(主に資産が減少)
 ・ 銀行借り入れ3000万円について、4ヶ月前が履行期限でありながら今も返済できていない
 ・ 銀行出身の取締役が、弁護士の意見を求めた上で、その弁護士の回答内容(本件はDD行うべき)を伝えてDDを求めた
 ・ 取引価格4000万円という、一般的な意味での多額取引であること(100万円のものを買うのとは違う)
 ・ (その他一応DDの有用性、必要性、実務上よく行われていること等)
 <消極方向の事情>
 ・ 譲渡元は譲渡先の株式60%を保有する親会社かつ譲渡先の売上50%は譲渡元に対するもので、依存度が高い
 ・ 譲渡元代取=親会社代取が当該役員に対し、迅速に進めないと再任はないと言われた
 ・ 譲渡事業は譲渡元の主要ブランドで、1ヶ月で交渉まとまらないなら別の譲渡先を探す、法的整理も検討すると同じく親会社代取に急かされていた
 どう考えるのがいいだろうか。おそらく個人的には裁判所は経営判断のワク内というと思うが、参考になるのは例のアパマンショップ最高裁だろうか。1万円のものを5万円で買っても出資払戻しの性格もあるしとして責任を認めなかったというやつである。すこしかっこよく?するなら、積極方向の事情を指摘して「やはり問題は大きい。これだけなら経営判断のワクを外れ、一般的には経営判断のワク外である。ただ、消極側の事情があり、この個別事情を考えると本件ではギリギリ経営判断のワク内と考えるか、仮に任務懈怠が客観的に認められるとしても過失がない」とでもやる感じだろうか。大昔の問題にもあったように、積極方向の事情と消極方向の位置づけはわざと別次元のものにしているのかなとも思う。消極方向の事情は経営判断の問題というより、どちらかというと期待可能性というか、過失に近い問題かなと。例の任務懈怠と過失の一元論か二元論という理論的対立に深入りする必要はないが、一種の期待可能性不存在のような判断で法令違反を認めながら過失がないとした野村損失補填事件の最高裁を意識するといい。私なら誤引用にならない限りでアパマンと野村最判は触れるだろう。
 * なお、譲渡元が譲渡先60%の株式を保有する親会社なので、一応利益供与該当性も問題になるかもしれない。が、おそらくそれをメインで聞きたい問題ではないだろう。株主の権利行使との関係性が薄いとみられる事案設定なので、そのことを指摘して利益供与該当性を否定しておけば足りると思われる。
 で、設問1と同じで、特に責任を否定する場合も損害についてしっかり論じるべきである(露骨に問題文は「損害に関する主張を含む」と指定している)。単純には実際の価値1000万と4000万の差額の3000万となりそうだが、バカ高いDD費用の損益相殺はあっていいと思うし、あるいはダスキン事件であったような損害の割合的因果関係のような議論も可能だろう。えいやで、この問題は代取が悪くて、いわば脅された担当取締役は半分でいい、というような考え方である。

3 設問3は要するに事業譲渡にともなう商号続用者の責任を聞くものである。
 譲渡元は化粧品等製造会社でPBの生産のようなことをやっていたという設定で、例えば譲渡元をかりにカネボウと考えれば「カネボウスタイル」みたいな社名付き商標で日用品の生産をして、特定のドラッグストアに卸していたというような設定と想像するとイメージが付きやすいかもしれない。その「カネボウスタイル」製造事業を譲渡して、「カネボウスタイル」の商標を使用し、譲渡先の経営するスーパーの看板にも複数掲げて、ネットでも「カネボウスタイルが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました」と宣伝していた等々。なお、債権者は銀行である。
 商号そのものでないから、類推の問題になるのはいいとして、ここでは商号続用者の責任の性質論についてはそれなりに論じた方がいいような気がする。一種の外観法理という通説的な性質の説明だと、銀行が運営主体を誤認するわけがあるまいという結論に親和的で、企業財産の担保力も考慮しているという方向だと、誤認の有無にかかわらず責任を認める方向につながるからである。結論はどちらでもいいが、肯定方向の諸事情、特に会社名付きの商標であることについて十分配慮しつつ、かつ企業財産の担保力という説明も相応に合理性があるが登記・通知がある場合に免責されることを説明できないなどしっかり批判も書いておいて、銀行だし誤認はないよね、とやるだけでまあ十分合格点だろう。

| | コメント (0)

2022年5月 9日 (月)

帰国前PCR検査は即刻廃止すべき

 

 フランスに自転車旅行に行って来ました。コロナ禍が始まってから約2年ぶりの海外で、往復隔離もないのでロスは少なかったのですが、あまりにも日本の水際対策がひどく、特に帰国時に滞在国出国72時間前以降のPCR検査による陰性証明が必要とされていることについては、即刻廃止とすべく、記事にします。

写真は無関係な旅行中のもの(笑)。

 

1 実質論
 (1) 必要性は乏しい―入国時空港での全員検査を前提に
   出国72時間前とする医学的根拠などについては調査が及んでいない。また、この種の陰性証明を取得させることの効果に関する論文なども調査が及んでいない。
   だから、素人考えで裏付けもないという前提だが、入国時に空港で全員PCR検査をするという前提の下でどれほど意味があるのか。空港陽性は隔離なのだから、空港陰性の人が出発前陽性である場合に出発前検査をさせる意味があるが、通常空港陰性かつ出発前陽性というパターンは治癒したということではないか。空港陰性が偽陰性である場合に出発前陽性で入国拒否する意味があるが、それはどれほどの確率であるのだろうか。素人的にはかなり低いと思う。
   強いていうなら、事前に渡航を断念させる予防的効果があるかもしれない。が、その予防的効果がどれほど感染症の水際対策として実効性を持つのか、ちゃんと裏付けが取られた上でのものなのだろうか。
 (2) 弊害が大きい
   基本的に限られた滞在時間の一部をPCR検査に裂かざるを得ないことの弊害は大きい。平日昼間のみ営業している検査場が通常であろうから、帰国者は時間調整や営業している検査場の調査、検査の実施と大きな負担を強いられる。
短期滞在者にとっては致命的である。
 (3) 現状の厚労省書式、方式等の問題点
   仮に現状の厚労省書式や方式を改めても弊害は十分大きいので即刻陰性証明の取得は中止すべきであるが、以下のとおり現状の書式等を前提とすると弊害はなおさらである。
   すなわち、厚労省は「所定のフォーマットを使用」することを求めている。任意の書式でも構わないが、検体・検査方法に細かい決まりがあり、かつ医師の署名と印影を要求している。検体・検査方法の制限根拠はおそらく医学的な調査を背景に信頼性の高いものに限定しているのだろう。が、国内ならともかく各国様々な事情や根拠により各様の検査方向が採用されているはずである。入国のためのものであるから日本における信頼性を根拠とする合理性は否定されるわけではないが、弊害は大きすぎる。
   次に医師のサインと医療機関の印影を要求するナンセンスさである。これは粗雑な民間検査の混入を防ぐ趣旨だろうが、実情にあわない。海外は基本ハンコの文化がない。医師なり、各国が相当と認めている検査主体による検査だと判明するような記載があれば十分とすべきである。
   なお、原則紙の原本持参を要求するが、PDF等改変困難な電子データでもよいとされてはいる。
 (4) 以上の弊害の実際のイメージ
   筆者は5月6日にフランス、パリから帰国した。パリは比較的検査体制が整っていると見られ、宿泊先の近くに複数の検査場が見つかった。あらかじめフランス語併記の厚労省書式を持参して相談するに、「日本への入国用でスタンプも必要なものだね」と、経験ある反応であったので安心した。原本を取得するためには出国の前々日に検査を受けて前日受領する必要があるが、PDFでもよいということで、それなら前日でも大丈夫ということで前日検査とすることとした。当然2度出向く負担は大きいし、おかげで前々日は遠方のマルセイユに滞在できた。
   それで前日午後に受検し、検査結果は深夜にメールで送付された。送付されたのは「EUのデジタルCOVID証明書」らしかった。もちろん厚労省書式は渡しており、この書式でPDFで送付するように依頼し了解を得ていたが、果たして本当に送付されるか深夜中心配となった。すぐにお礼とともに「理解していると思うが、渡した厚労省書式に記入してPDFでメールしてくれ」とメールを出しておいた。それで翌朝厚労省書式がPDFで送られて来たが、よく見ると陰性だということしか書いてなく、スタンプはあったが、サンプル、検査方法、検体採取時間、医師のサインなどは空欄であった。不備な陰性証明では搭乗拒否される事例があるという情報はいくつかあったので、心配になり、直ちに空欄を埋めて再送するようにメールで依頼。その間にチェックインが開始されていたので、チェックインすると、カウンターで「COVIDの検査結果を見せて」と言われたので上記「EUのデジタルCOVID証明書」を見せるとあっさりOKで搭乗券が発券された。なお、この証明書は医師のサインやスタンプがないことはもちろん、サンプルの記載もなかった。
   この間の精神的負担はかなりのものであった。おそらく、搭乗時の調査は国、航空会社、担当者ごとに異なるのであろう。結果的に事なきを得たが、搭乗拒否のリスクは大きいので、事実上厚労省書式での陰性証明の取得は避けられない。
   チェックイン直後のタイミングで空欄が補充された陰性証明が届いた。ただ、検体採取時間など、一部読み取りにくい部分はあったし(「EUのデジタルCOVID証明書」に採取時間は明記はされている)、単なる誤記ではあるのだが、厚労省書式では無効になるとされる鼻腔ぬぐい液+RT-PCR検査法の組み合わせにチェックがなされていた(実際は鼻咽頭ぬぐい液がサンプルでこの場合RT-PCR検査法は有効)。このため、入国時に無効とされるおそれがあると、入国時の空港検査時まで心配せざるをえなかった。搭乗拒否は免れたので帰国できないことはないという点では安心したが、上陸拒否の結果隔離等されるのかという心配は残った。

 

2 形式論―法的根拠のあまりの乏しさと適正手続問題
 (1) あまりに取ってつけたような法的根拠
   帰国時に陰性証明書その他の提出を求めることができるという直接の法規定はない。厚労省の事務連絡(https://www.mhlw.go.jp/content/000611185.pdf)によると、帰国時の検査や待機要請は、ある航空機の乗客がこれに従わないと当該航空機に検疫法18条の仮検疫済証を交付しない扱いとするということだそうである。これは陰性証明の提出についても同じだと、山尾志桜里議員の質問に対する国会答弁で明らかにされている(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b204183.htm。なお、この答弁で「第五条の規定により我が国への上陸ができない」としているのはおかしいと思う。船舶の場合は「上陸」で、航空機の場合は「当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所から離れ」とされているから、「指定場所から離れられない」としなければおかしいのではないか。)。それ以上は明らかではないが、航空機全体に仮検疫済証を交付しない扱いであるのに、特定の人だけ上陸させないのは、その人以外の人物や物については検疫法5条1号の検疫所長の許可をしたということになるのだろうか。一見して法律が本来予定しているような運用ではないと考えざるを得ないが、どうか。基本的には、「検疫感染症の病原体に汚染し、又は汚染したおそれのある船舶等」と判断された場合に検疫法14条以下の措置(隔離停留等)を採るか、そうでない場合18条2項の「病原体に感染したおそれのある者で停留されないもの」として質問報告を求めるという流れが予定されているように見える。
   要するに、「陰性証明の提出も求める」という結論が先にありきで、あとづけで法律上の根拠を説明しようとしておかしくなっているものと思われる。本来は検査陽性か、合理的理由なき検査拒否を理由に停留措置に進むべきものであろう。
 (2) 手続的、不服申立方法に関する問題
   次の問題は、陰性証明の不提出または無効と認定された場合にどうやって争うかという問題、あるいは翻ってそもそも陰性証明の有効無効を判断する手続きの適正さがあるかというものである。
   処分性の有無が柱である。そう思って調べていたら、平たくいうと陰性証明を持っていないからといって入国拒否するなよとして、「航空機の着陸禁止」の処分差止を求めた判決があり、処分性なしとして却下されている(東地令和3年9月7日)。曰く「検疫法4条は,上記第2の2のとおり,外国から来航した航空機の長が,検疫済証等の交付を受けた後でなければ,当該航空機を検疫飛行場以外の国内の場所に着陸させてはならない旨を一般的に定めた規定であって,特定の行政庁が個別の行政処分によって国内への航空機の着陸を禁止することができる旨を定めた規定ではない」。まあ、確かにそうだろうとは思うが、だとするとどこで争えるのか。仮検疫済証の不交付という不作為の処分性を肯定できるだろうか。あるいは仮検疫済証の交付という作為を求めることになるのだろうか。上記裁判例では立ち入られなかったが、処分性以外にも航空機(機長)に対するものであるために原告適格の問題も出てくる。処分性が肯定されたとしても、仮検疫済証の交付は裁量処分と思われるので、裁量の逸脱が認められるかは絶望的な気がする。ここでも実際は陰性証明の不提出者という人に着目してなされる行為を、航空機に対する仮検疫済証の交付という問題で見るためにおかしくなっている。
   なお、上記山尾質問に対する政府答弁によると、入国時空港検査陽性の場合の停留についても即時強制行為として不利益処分に該当しないから事前の告知聴聞等は不要としている。即時強制行為かどうかは疑わしいし、仮にそうだとしても憲法上の適正手続の理念が全く及ばないわけではないだろう。陰性証明不提出→「上陸」拒否とするには事前の告知聴聞等は必要だろうし、例えば帰国時検査で陰性になってもなお仮検疫済証の不交付をするというのであれば比例原則にも反するのではないか。
 (3) 以上要するに、法的根拠も後付の不明確なものであり、争う手段も不備、手続的にも不適正であるということである。

3 実際陰性証明を提出しなかったらどうなるのだろうか
 (1) 搭乗時の搭乗拒否は、おそらく国、航空会社、担当者の判断によってぶれるのであろう。が、例えば厚労省モデルの陰性証明を厳格に審査して搭乗拒否することは、運送約款上認められると言わざるを得ない。この場合不幸だが救済方法はまずないであろう。厚労省モデルが不合理だとして国賠請求するくらいしか考えつかないが、まず認められないだろう。厚労省モデルの問題性は実はこの場面で一番顕著ではないか。
 (2) 帰国時は、推測だが、現在では不提出や無効な陰性証明であることから直ちに「上陸」拒否とはしていないのではないか。帰国時に配られたチェックシートには陰性証明の不提出の場合にその理由を特記事項として記載することとされていた。仮に「信念として提出しません」「多忙で取得できなかった」という場合にも、空港でのPCR検査で陰性なら仮検疫済証の交付をするという扱いなのではないか。かつて日本国籍の人間を出発国に送り返した事例があるようで、上記政府答弁では「航空会社により外国へ送還された者」と、要するに航空会社がやったことで行政がやったことではないとしているが、実際は検疫所による強制に近かったのであろう。現在ではさすがにここまでやってはいないと思われる。なお、上記政府答弁によると、送還された人数は「令和三年六月十日現在、七十四名である」が、このうち日本国籍のものが何人いたかという質問に対する回答ははぐらかされている。
   国外退去はいかにも根拠がないが、直ちに「上陸」を認められないとなると、任意での隔離依頼はあるかもしれない。ただ、陰性証明を持参してはいないが、空港でのPCRで陰性になれば、果たして停留の要件である「感染したおそれのある者」の要件を満たすか疑問ではある。陰性証明を持参しない人間にはそもそも空港でのPCRを受けさせないという扱いをしている可能性もないではないが、それこそ「上陸」拒否のための拒否で、合理性がない。

| | コメント (0)

2021年5月16日 (日)

令和3年司法試験会社法(民事系第2問)について

 雨で趣味の自転車にも乗れないので、恒例の解説をやります。
 今年の問題は良く言えばオーソドックスで過去問をしっかりやっていれば何ら苦労なく点数が稼げるもの、悪く言えば何のひねりもなく面白みにかける問題ということでしょう。まあ、平易な分、時間配分やあてはめと言った現場戦略要素をしっかり踏まえることが重要でしょう。

1 設問1は、甲社代表取締役Aが乙社から個人的な借入するに際して取締役会の承認を得ずに多額の借財について甲社の保証をさせたというもの。長々とした問題文ですが、要素はこれだけです。典型的で、過去問でも何度か見たような問題ですね。
 もちろん、①多額の借財、②利益相反、③代表取締役の権限濫用というのが主な問題です。偉そうに解説を書いていますが、忘れもしない自身2度めの司法試験(平成15年だったか)の問題でほぼ似たような問題が出ています。利益相反を書いて、多額の借財を落とすという大ポカをやってのけて、それが大きな原因となって落ちていますから、ほんとは偉そうなことは全く言えません。このことと同じ年の民法の問題で動物占有者の責任という条文指摘を落として落ちたことで、問題文の読み方ということを真剣に考えて翌年無事克服して合格したわけです。旧試験では新試験より問題文が短いわけですが、借入金額、資本金額などの事情を全く使い切っていなかったわけです。本問では、「資本金は1億円,負債額は2億円,総資産額は10億円,当該事業年度の経常利益は2000万円」と冒頭に書いてあるので、今の自分なら開始30秒で多額の借財を疑ってますね。今年ダメだった人は問題文の読み方というのを丁寧に考えて見てください。
 さて、論点は明確なので、差がつくポイントはア論理的にすっきり整理されているか、イあてはめの精密さの2点です。判例ベースならば、取締役会の決議を欠く利益相反行為は相対無効(軽過失は保護されない)、取締役会の決議を欠く多額の借財・代表取締役の権限濫用は心裡留保類推(軽過失も保護される)というのは基礎知識ですが、意外にしっかり整理されていない学生が多いものです。立証責任の所在を含めてしっかりと整理しなければなりません。その上で、①②は取締役会決議の存否が過失の有無の対象になること、③は権限濫用の意図の有無が過失の有無の対象になることを意識して、しっかりと当てはめをする必要があります。
 本件では、乙社が取締役会議事録を要求したところ、Aが内規で取締役会議事録は出せないということで、取締役会の承認がある旨の確認書が提出されたところ、乙社側も議事録の写しを要求して甲社やそのA個人との取引を切られるようなことがあっては困るとあまり強くは求めなかったという事情があります。典型的なダメなあてはめ―といってもほとんどの受験生がこの程度しか書かないのでそれでも十二分に受かるのですが―は、そういう事情があったので、確認書ですませたことも止むを得ない、過失ありとまではいえない、というものです。多くの受験生がこの程度の当てはめですませてしまうのは、「これで回答の道筋がついた」という安心感からなのですが、「安心感、それが大きなミステイク」ということを常にしてきしています。「答案の道筋ができた」と安心しそうな段階で、一歩踏みとどまってあてはめで逆側から考えてみよ、と常々学生に言っています。
 逆から考えると、代取の借入は個人営業のレストラン開業資金の5000万円と極めて多額であって、かつ形式的な利益相反という問題ではなくいわば甲社には何らメリットもなく(保証料はなしとされている)最大で5000万円という損害を究極には与えかねないものであること、また乙社も事業者として相応の注意水準が要求されること、また上記取引を切られる事情というのはいわば乙社側の個人的都合であって、裏を返せばそういう乙社の事情に乗じてAが甲社を犠牲にする可能性は類型的に高いというべきで、乙社側にもより慎重な対応を要求される等々と指摘することが可能です。
 結論はどちらでも構いませんが、上記のようにしっかり迷ってみる必要があります。その際は、一度法律的な要件をはなれてどっちを勝たせるべきか考えるという作業が必要ですね。その作業から上記のような具体的な当てはめが生まれるわけです。個人的には、それで5000万円という多額の保証債務を背負ってしまう甲社の不利益と比較して、乙社側の帰責性は強いのではないかと思ってしまうわけです。こういう思考を経ない受験生はいわゆる迷いのない答案になってしまうのでしょう。

2 設問2も比較的単純で、Aの父Cが資金も全部用意して甲社に出資し、将来の跡継ぎたるAに株式をもたせた(=株主名簿上はAを株主とした)が、その資金はCが用意し、議決権行使もAは行わず、配当はCが受領していたという状況で、Aが株主かCが株主かどちらかを聞く問題だと思います。なにか隠されているかもしれませんが、配点25なので、明らかなこの問題をしっかり論じれば十分です。
 論点というより、名義株かどうかの事実認定の問題と言ってもいいかもしれません。だから受験生時代の自分の記憶をたどってもいわゆる論点みたいなものは思い出せません。要するに諸事情を考慮して名義貸しなのか実態としてもAが株主なのかを認定することになります。
 で、見たことのない問題でも、聞かれている問題意識がはっきりしているときはチャンスだということはこれも受験生にいつも言っていることです。基本を抑えた上で、肯定否定両方から考えて、設問1のようにしっかり迷いを見せた答案にするだけです。また、妙な思いつきの理論なんかを出すと大怪我しかねないから、実質論として不当な結論になりそうでも「○○からやむを得ない」とフォローしておけばそれで十分としています。
 基本として株主名簿の推定力についてはしっかり触れる必要があります。Cが代取を下りてAが代取となったという事情以外にあんまりAが実質株主だと示すような要素は問題文上みあたらないので、推定があるが、資金の拠出、配当の受領、議決権もAが行使していない(Cの指示で会社総務部が対応していた)等々の事実をしてきして、Aが株主だとやる流れが穏当でしょう。あとは、素人っぽい答案にならないように、当てはめで使う事実から逆算して「名義株主か否かは、出捐者はだれか、配当等株主権の行使・享受者はだれか、出捐の経緯等の事情を総合して決するべきである」みたいな規範を立てて当てはめとやればきれいな答案になるでしょう。
 なお問題文にはありませんが、実際はCが出捐した2000万円あるいは株式についての贈与税関係が重要でしょうね。贈与税の申告をしていないなら(配当についての申告状況からそうだと思いますが)やはりCが株主であることを補強する事情になります。多分そこまで問題文で明らかにするとミエミエだと思ったか、贈与税について知識が乏しい受験生を混乱させないために触れなかったのでしょう。

3 設問3は配点45点ですし、一応本問の山場でしょう。とはいえ、難しいことは全くありません。問題の概要だけ記載すると、甲社の株主がA、C、D、丙社の4者であったところ、Aの取締役任期満了にともないA選任の会社議案に対し、C側がCを候補者とすべきという修正議案を出し、議長だったCが自らの選任決議があったとして閉会したところ、当該総会決議の効力を問うものです。事情として、Dは弁護士G(非株主)を代理人としたがCにより退席させられ議決権を行使できなかった、丙社は内規で専務取締役が議決権行使を決めることになっており、例年どうり同専務の白紙委任状が提出されていた(この場合Aが代理人として指定される)が、総会でCの友人である丙代表取締役副社長が出席してC選任の議決権行使をした、というものです。なお、議長はもともとAですが、Cの動議によりCが議長に変わっており(これはAも同意)、当方は議長提案で決選投票方式とした(出席株主の異議なし)というものでした。
  論点をバラバラと書くと、ⅰ白紙委任状の可否、ⅱ議決権行使代理人を株主に限るとの定款規定の効力とその適用(弁護士は例外か)、ⅲ委任状と当日の議決権行使の矛盾がある場合の考え方、ⅳ丙社内規による議決権行使決定権の制限(内規によれば副社長は無権代理になる)の効力、ⅴ決選投票方式の適否、といったところでしょうか。ⅰとⅴは軽く触れておけばよく、ⅱとⅲⅳで残り各5割くらいのバランスでしょうか。
 議決権行使制限資格の制限という論点については、このブログでも大盛工業事件高裁判決に触れています。同高裁判決の理屈からすると、弁護士代理人だろうと出席を拒んでよいという話になるのでしょう。個人的にはこの高裁判決には反対ですが(法人株主の従業員の出席を認める以上、個別の判断は強いられる)、いずれの結論をとるにせよすべての論点にふれる必要があります。
 実質論としては、まあ丙社としては取り立てて甲社の動向に気を止めていなかった(問題文の事情からすると、甲社におけるACの親子対立などに関係なく、純粋に内規にしたがって議決権行使を決めていたと見えます。Cが丙社の副社長がたまたま同級生であることを奇貨として議決権行使を歪めたことの正当性は乏しいと思われます。まあ、価値判断は分かれるかもしれませんが、丙社代理人の議決権行使には瑕疵があるとしたほうが妥当かなと思います。
 あとは理路整然としていることが重要です。ⅲで当日出席が優先するというのが通常でしょうが、ⅳで丙社副社長の議決権行使は無権代理となるかを内規違反であることという形式論、上記のとおり丙社の潜在的意思にも反するであろうという実質論両面から論じると説得的になるのではないでしょうか。なお、無権代理による議決権行使について代表取締役Aは善意無過失であることは一つの問題ですが、議長Cは善意であっても無過失とは言えないでしょう。ここでも内規に違反して議決権を行使した丙社副社長の権限濫用について瑕疵が治癒される余地がまったくないではないと思います。こんな論点は知りませんし、全く調べていませんが、議長たるCの主観を基準とし、過失があるとして否定する旨一言触れておくとよいと思います。
 実は弁護士代理人を立てたDが20%、A、C、丙社は各10%の株を保有しているのですが、Dは実はCの母、Aの祖母でして、どちらにも肩入れできないと弁護士Gを代理人として出席させたものです。事案の筋としては、当事者であるACは持分でも対等であり、Dが態度を明確にするか、「どちらにも肩入れできない」がなるに任せる、棄権だということなら丙社が内紛などの事情を踏まえて決めた方針に従うべきということになるのが落とし所ではないかと思います。本件では弁護士Gが議決権を行使できないまま退場しているのですが、どちらにも肩入れできないというならどのみち棄権したのかもしれません。まあ、一旦は決議取消しした上で、再度丙社、Dの意向を十分踏まえて決めるのがいいのでしょう。もちろんこんなことまで答案に書く必要はありません。

4 全体として、これまでの会社法の問題でもっとも平易と言っていいほどの問題かと思います。が、平易であっても相対評価なのですから、ならばしっかり差をつけることを意識しなければなりません。私なら、ということですが、設問1については民法93条ただし書類推の判例に対して、「軽過失の場合保護されるのは商取引の特質や利益相反の場合に相対的無効として軽過失は保護されることと整合性を欠く」と批判して自説を述べること、議決権の代理行使についても東京高裁判決の立場に「弁護士代理人が日雇の従業員だと主張するような場合を考えると説得力はない。もともと代理行使は法律上制限なく認められており、定款による制限を認めたのは総会屋の跋扈を背景に総会の混乱防止のために意味がないではないという実質論が背景にあったが、総会屋対策が充実した昨今においてあえて維持する実質的な理由に乏しい」などとして攻めて行くでしょう。これは反対説のほうが正しいというのではなく、こう論じることで深い理解を示すことができるという意味あいです。

| | コメント (0)

2020年8月14日 (金)

令和2年司法試験会社法(民事系第2問)について

 今年はちょうどお盆休みの実施で、私はお盆休みはありませんが、それでも仕事には多少なりとも余裕もあり、某所より昨日実施されたばかりの問題を入手したので、記事にします。

1 この速報解説の趣旨、位置づけ
 一応なぜ毎年こんなことをやっているのか整理しておく。
 (1) 自分の司法試験感覚の維持
 一応ロースクールで会社法を教えているわけで、理念的にはローの授業の目的は試験合格のためではないとしても、受講者のニーズとしては間違いなくあるわけで、受講者のニーズ=受講者の上るべき山を常に捉えておきたいというところである。また、試験対策としては、①知識理解と②現場戦略の2本立てで、①②のウエイトが同等くらいなのに、一般に①にしか目が向かないから②をしっかり対策すれば楽に合格できるという持論を確認・証明する意味にもなる。
 (2) 本音の司法試験問題解説の欠如に対する疑問や義憤
 この解説は学者でもなく、日頃会社法の勉強をめちゃくちゃにしているわけでもない(どちらかと言えば受験生の方が確実にしているだろう)自分が、しかし上記②の現場戦略には長けているという特徴を踏まえつつ、受験生とほぼ等身大の思考順序や手順を示すということを趣旨にしている。明らかに変なことを書いてはだめなので、手元の基本書や軽くネット上でパッと手に入るような情報程度を参照することはあっても、基本的に他の解説などは一切見ていないし(出てもいない)、それゆえ論点落としも時にあるわけだが、10年来やってきても、この解説の内容を基礎とすれば、多分安定してAの上位に入るくらいの答案は書けるだろうなとの自負はある。
 自分が勉強をしているとき、予備校や学者の先生の解説を見ても「この論点は気づかなくても無理はない」「この問題文でこの解答を受験生レベルに求めるのは酷」ということが明示されているものには滅多に見当たらなかった。そのためその感覚は自分で複数の解答例や解説、再現答案と成績などを見比べたり、経験を積んでいく中で養っていったわけで、それにはそれなりの価値はあった。しかし、別にそんな修練を積まなければいけない理由もないと思う。採点実感の公開などはもちろん良いことだが、試験委員側の出題方法のまずさなどに反省を見せるわけでもなく、また8教科を勉強しなければならない現実とどこかかけ離れて「あれに気づくべき」「あれを書くべき」という内容には疑問を通り越して怒りすら覚える。講義の際には「あれは試験委員が勝手に言っていることであって、無視しとけばいい。求められるのはそんなレベルではない」と説明しているけれども、この速報と採点実感を照らし合わせてもらえれば、だいたい採点実感の読み方、受け止め方が分かるのではないかと考えている。
 簡潔に言えば、教科書的な解説が明らかにしない「この部分は気づかない、かけなくても仕方ない」部分を明らかにすると同時に、「現場戦略だけでここはしっかり出題者の意図をとらえる、あるいは時にはいわゆるハネる」という部分を明らかにすることにこの解説の特徴があると思っている。

2 設問1の概要と解説
 (1) 概要
 <基本となる甲社の概要>
 甲社(非公開、取締役会・監査役・会計監査人設置会社)
 資本金10億
 発行可能株式数20万株
 発行済株式8万株(Aが5.1万、Bが2.9万)
 取締役A(代取会長),C(代取社長),D
 
 甲社が新株発行で資金調達を考え、PQから各1億円の調達する方向となったが、株の時価額(1株4万円)では断られたため、調達のためにやむなく時価額の半額(1株2万円)で調達することとなったというものである。配当優先株での調達であり、総会での議題は①定款変更(本件議案1)、②新株発行(本件議案2)の2点が必要だが、Bが反対をすることが予想されたので、招集通知にはこれを記載せず、総会のその場で話題に出し、渋るAを丸め込んで(ただしこの間の事情が重要)承認決議を取ったが時価額は実は倍額であるという説明はなされていないというのが大筋である。
 設問1は、払込みや新株発行が終了した段階で実は時価額が4万円と知ったBがどのような訴えを提起し、どのような主張ができるかを考えた上で、その当否を論ぜよというものである。

 (2)解説
 新株発行や組織法上の行為の効力発生の前後を通じてどのような手段があるかを論じさせる問題は定番であり、前であれば仮処分を書けというのが採点実感で常々言われていることは常識に属する。本問は効力発生後に絞っているものである。単純に差止めではない事後の手段を聞いているものと理解してよいと思われる。
 どのような訴えかについては、直接的には新株発行無効確認又は不存在確認の訴えの2つだが、無効確認の訴えがメインだろう。また本件議案1,2に関する総会決議取消しの訴え・無効(不存在)確認の訴えの提起も考えられるが、いわゆる吸収説に従って新株発行無効確認の訴えのみが許されるとしておけば足りるだろう。
 実質論としてカギとなるのはBの立場からすれば「差止めの機会すら与えられなかった」という部分をどう捉えるか、すなわち理論的にどの点に位置づけるのかと、結論をどうするのかという点である。とはいえ、論点も多く、論理関係も整理すればそれほど複雑ではないが、誤りがちなところであるので、構成段階でよく整理してから論じる必要があるだろう。
 さて、瑕疵として問題になるのは次の点かと思われる。これらの瑕疵について新株発行の無効事由になるかどうかもあわせて検討することになろう。
 ① 本件議案1,2は招集通知に記載なく、決議取消事由がある
 ② 第三者に対する有利発行にあたるが、有利発行の決議を欠く
 ②’有利発行の必要性に関する説明(199条3項)がない
 ③ 本件議案1,2について一般的な説明義務違反

 まず、①については、当然会社側は全員主席総会が成立したと反論がなされることになり、その反論の当否を、具体的事実関係を踏まえて説得的に論じる必要がある。形式論的に言えば、渋々とはいえ決議することに応じ、賛成までしているのだから、全員出席総会が成立したと見る方に分がいいと思う。ただ実質論としては、もともとBが反対するだろうからいわば不意打ちにすることを意図して招集通知への記載を省いており、いわばまんまとそれに成功したという部分から、全員出席総会の成立を認めない方が筋がいいように見える。おそらく結論はどちらでもよく、実質論部分を全員出席総会の成否部分で論じるのか、あるいは一応決議自体は成立したとした上でクリーンハンズなど信義則や権利濫用などの一般条項として論じるのかもどちらでもよいのではないかと思う。個人的な好みはあまり理論の枠をはみ出すのは試験としてはリスクがあるので、形式的には全員出席総会の成立を認めた上で、この事情の下で会社がBに対して決議の効力を主張することは信義則違反とするのが書きやすいとは思う(実際は決議取消しの対世効などの関係で難しいところもあるが、試験としては十分)。もちろん、全員出席総会の趣旨から説き起こし、いわば真意による準備期間ほ放棄はなかったとして不成立だとしてもいいのだろう。
 次に、②だが、有利発行の総会決議が欠落していることの瑕疵は明らかであろう。論じる位置づけとしてあっているのか若干自信はないが、甲社側の反論は「事実上この額等の内容での新株発行について総会で決議が成立しているのだから、問題ない」という趣旨のものであろうから、②’として上げた199条3項の説明義務の趣旨とその趣旨からの説明が明らかに欠落していること(むしろ虚偽を述べられていること)を論じ、やはり瑕疵は治癒されないとでも論じることになろうか。違反の成立は明らかであろう。なお、ここで受験生に言っておきたいのは、過去問から学べということである。過去問でも平成23年に一般的な説明義務と有利発行の場合の199条3項の説明義務は違うことを前提に問われている。この経験があれば、一般的な説明義務の問題だとするミスは犯さないはずなのである。
 なお、一応③の一般的な説明義務違反を上げた。一応特に第3者割当増資の必要性として2億円の資金調達が急務だとの説明の当否やそれ以外(ここでも有利発行的な要素が説明義務の内容になると考えると不作為の説明義務違反になる)について問題にはなると考えられる。軽くふれておけばいいと思う。
 最後に、①②が新株発行の無効事由になるか否かだが、オーソドックスには①は無効事由とならない、②は平成23年(だったか?)最判に照らして無効とやればいいのだろう。ただ、それだけでは少し面白くなくて、実質論として、上述のとおり本件ではBに差止めの機会すら与えられていないのではないか、という点を意識すれば評価は上がると思う。②は実質論としてこれを補強すればいい。実は①はこの実質論から無効事由にするかどうかは悩ましいところではある。定款変更や第三者割当自体には渋々ながらも賛成したとおもわれ、仮に本問が有利発行をいわば隠匿した事案ではなかった場合に差止めの機会すら与えられなかったとまでは言えないように思うのである。私ならそのように書き分けるかも知れない。

3 設問2の概要と解説
 (1) 概要
 設問1の新株発行は、定款変更により、①1株について1000円の優先配当、②かつ優先配当とは別に普通株式と同等に配当を受けられる、③優先配当について年度を越えて累積する、④議決権の行使可能、⑤優先株の譲渡には甲の承認を要する、⑥種類株主総会の要承認事項(実際問題なのは株式併合のみ)について、種類株主総会の承認は不要、という内容に定められていた。会社は優先配当が重しとなっていたので、PQに発行した優先株のみについて2株を1株に併合する株主総会決議をしたというものである。当然総会ではABが賛成し、反対するPQに関わらず承認決議がなされている。なお、株式買取請求のための事前の反対通知もなされている設定である。
 この状況で、①Pが株式併合によって被る不利益を説明せよ、②Pが株式併合の効力発生前で採れる会社法条の手段を問うものである。
 (2) 解説
 会社法では珍しいが、この設問2の小問(1)(2)形式は、明らかに小問(2)の誘導としての小問(1)である。そのまま小問(2)を出せば論点を落とすだろうということで小問(1)をつけた趣旨である。
 小問(1)は誘導だという目線で、定款変更の①ないし⑤の内容に沿って分析的に簡潔に答えを出せばいい。すると、①の優先配当は従来の1/2(500円)になってしまう、②の通常配当も従来の1/2になってしまう、③についてはこのこと自体で不利益はないはず、④議決権も半分になってしまう、⑤⑥は特になし、ということになろう。多分優先・通常配当以外に議決権も半分になってしまうんだよという点に気づかせて小問(2)につなげる誘導ではないかと思う。
 いよいよ小問②である。手段としてはⅰ株式買取請求、ⅱ差止請求、ⅲ決議取消・無効の訴え(→仮処分)、ⅳそもそも定款自体の定め自体が法令違反として先の決議1の無効確認の訴え、が考えられる。
 まず、ⅰは条文をしっかり上げつつ説明すればいい。
 ⅱは平成27年改正による制度であることを説明しつつ、ⅲとも併存すると断って中身を検討すればいい。中身としては株式併合の法令定款違反と株主が不利益を受けるおそれである。そこで何をもって株式併合の法令違反と理解するかであるが、最右翼は平等原則違反であろう。小問(1)を検討させたのは要するにこの優先株は議決権と引換えに優先権を与えるようなものではなく、完全に普通株式と同じ権利を持ちながら、さらに上乗せで優先配当と累積があるものだと気づかせるためであると理解される。優先配当については当然平等原則の問題にはならないが、議決権の半減については、いわばこの優先株は普通株式部分と上乗せ優先部分の複合と見ることができ、平等義務違反だとの議論が可能ではないかと思われるのである。結論としては肯定してよいと思う。
 ⅲは併合決議それ自体も平等原則違反という議論ができると思う。またABが特別利害関係人であって、著しく不当な決議がなされたという議論も可能であろう。
 ⅳは、実は実質論としてこの設問で私が一番気になった部分である。争う手段を一旦度外視すると、Pとしては「俺らの株の議決権だけ半分にされるのはおかしい。優先配当や通常配当も勝手に半分にされるのはおかしい」という言い分であり、逆に甲側は「そういう内容、つまり種類株主総会で併合等を決めるのではなく、通常の株主総会で併合等が決められる内容の優先株だと分かって取得したはずだ。文句をいうな」と反論するところであろう。だから実は平等原則違反のところでも問題となるはずで、そちらでも論じておいたほうがいいというか、むしろこちらを先に論じておいたほうがいいのかもしれない。ともかく、実質論としてこのような本質的な問題を含むのであって、設問2の大きな山場の一つと考えられる。聞いたことのない論点であろうが、筋道を立てて自分なりの考えを示すことが必要だろう。
 P側の再反論として「理屈はそうかもしれないけど、普通そこまで気づかないでしょ」というものであり、相応に説得力があると思われる。すっかり横着になってしまったので、制度上どうなっているか、条文上どうなっているかも調べる気力が起こらないのだが、本来はいわば種類株主自治が働かないような重大事項は事前に十分に説明し理解を得るよにする仕組みが必要であると思われる。なんというか、消費者被害の一種のような位置づけで、条文上事前に説明する仕組みがないのであれば、十分な説明が事前になかった以上平等原則違反が治癒されることはない、というような事後救済を考えざるを得ないのではないだろうか。が、正直言ってこの問題は受験生に酷すぎると思う。条文を見れば322条1項の例外として2項が通常総会決議によることを定款で定められるとしていることはすぐ分かる。が、正直こういう制度になっていたのかと私もこの条文を見て知るという程度のものであって、では種類株式の発行や定款変更の条文を慌てて探して、322条2項の例外を取る場合に事前の説明などが要求されているのか条文で探すのは事実上不可能である。しっかり考える受験生ほどパニックになる可能性がある。
 私が受験生ならP側の再反論部分には深入りしすぎず、平等原則違反を論じておいて、万一条文があった場合に大怪我にならないように、「そもそもこのような重大事項について322条2項の例外が定められるならば、十分な説明がなければ平等原則違反の瑕疵は治癒されないと考えるべきだ」とさらりと逃げるかと思う。試験としてはそれで十二分すぎる。

| | コメント (0)

«差押禁止債権-預金債権化した給与-の滞納処分による差押えの可否(大阪高判令和1年9月26日)