2022年5月14日 (土)

会社法339条2項の損害=残任期に得べかりし報酬という通説は破棄されるべき

1 前回記事の司法試験解説を書いていて、派生的にこの問題についてもう少し考えたいと思った。
 要するに、取締役の任期を最大10年とできるようになった会社法の下では、取締役解任の正当理由を従来の厳格な解釈を若干緩和することと、それに関連して会社法339条2項の損害=残任期に得べかりし報酬という通説を破棄して、正当理由の強弱その他の事情を考慮要素として柔軟に判断するという判断枠組みが妥当である、ということである。
 任期10年の取締役を例えば5年で解任する場合、正当理由がなければ、従来の通説を前提とすれば5年分の役員報酬を支払わなければならない。個別事情によるが、これではいかにも多額という印象になるだろう。また従来の通説を前提とすると、正当事由のあるなしで、この多額な損害を支払うべきか否かがオール・オア・ナッシングで決まることになる。これは実務感覚にもいかにもそぐわない。
 結局あるべき規律としては、正当理由の強弱とその他の事情(例えば報酬額とか、任期に関する会社及び取締役の期待)の相関関係によって損害額を柔軟に決定するというところであろう。もともと会社による解任の自由と取締役の任期に対する期待の保護の調和というのが339条2項の趣旨だという(例えば、江頭7版400頁)。基本的にこの趣旨にも沿う考え方であろう。
 なお、定款変更による任期短縮に伴う339条2項類推の場面の裁判例だが、東地平27年6月29日は残任期5年5ヶ月に対して2年分を損害とし、名地令1年10月31日は請求棄却だが控訴審で一定額を支払う旨の和解となっている。オール・オア・ナッシングよりは割合的解決をというのは実務感覚にあうのである。

2 前回記事の司法試験解説を書く際に、というか平成28年の司法試験解説(http://erlang.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-f9a7.html)を書く際にも、「多分、会社法改正で最大10年に取締役の任期を延長する際に、残任期報酬という従来通説を前提とすると損害額が過大になるという問題が十分検討されていなかったのだろう」と思っていた。それで少し調べてみた。
 どうも平成17年の会社法改正の際は、そういう過大になるよという問題を十分に考慮して会社は取締役の任期を選択することが想定されていたということである(江頭「会社法制の現代化に関する要綱案の解説[Ⅱ]」商事法務1722号11頁。ただし、加藤貴仁「判批」リマークス2017上84頁からの孫引き)。理想論的にはそうかもしれないが、実際は公証役場のモデル(例えばhttps://www.koshonin.gr.jp/pdf/kaisya-teikan01_s_2021ex.pdf)で10年となっていたりするのを、果たしてどれほど中小企業がリスクを踏まえて選択しているかは疑問である。かくして339条2項の損害の範囲は、残任期全額ではなく相応に限定するという解釈が待たれると主張される(得津晶「判批」ジュリ1477号102)。上記東地が2年間という判断をしたのも、このあたりが参考にされたのだろう。
 余談だが、平成28年の司法試験解説を書いた際には平成27年東地の存在は知らなかったが、当時「閉鎖会社で、単独で過半数を有しているわけでもない取締役Aが任期8年間地位を守れる可能性は必ずしも高くない、支配権の変動に伴い解任される場合は予想されるなどと言って「半分」とか言い切ってしまう手はあるかもしれません。裁判所ならこういうドンブリな判断をしそうではあります。」とした通りの判断を東地が実際にしていることにニヤリとした。

3 正当理由は基本的に厳格に解する、例えば経営判断の失敗などは正当理由にあたらないというのが従来の通説的考えと思われる(例えば、江頭7版400頁)。ただ、任期の上限が10年と長くなったことを考えると、従来より正当理由を緩和する解釈が必要であることは否定できない。上記名地はあきらかに従来より正当理由を緩和している(片岡憲明「判批」CHUKYO LAWYER34号66頁)。こういう緩和は、正当理由の有無=損害賠償の要否=損害は残任期分の報酬、という図式の下、オール・オア・ナッシングの判断を余儀なくされ「どちらかというと支払わなくてもいい」というように利益衡量の針が傾いた結果だと推測される。正しくは高裁で和解したように、「正当理由が乏しい分、全額とはいわずとも部分的には支払ったらどうか」というような、割合的な解決が判決でも実現できなければならないと思う。
  東地が5年5ヶ月の残任期に対して2年としたのは「同様の月額報酬を得る蓋然性がある期間」というのが直接の判断根拠である。今年の司法試験問題のように、特定会社の出身取締役の任期は事実上4年という慣行があったとか、株主間契約等で任期に縛りがあったというような事案ではこの根拠は使いやすい。ただ、より直接には正当理由の強弱との相関関係で決まるとしないと、正当理由の問題と残任期の期待可能性の問題が分断されてしまうだろう。
 結局正当理由の強弱、任期に関する期待、報酬金額、就任経過(司法試験問題のように生活保障的なものだったか等々。但し任期に関する期待の考慮要素という位置づけかもしれない)を総合考慮して決めるとするのが一番妥当だろう。基準として不明確という批判はあるだろうが、立退料の算定のようにこういうドンブリな認定というのは現にいろんな場面であるし、避けられないものである。正当理由の強弱という問題と損害額の問題を相関的に論じないと、東地がそうであったように、本来考慮すべき要素が表面上は出てこなくなってしまうだろう。
 以上の考えは決して新しいものではなく、上記で引用した得津「判批」で期待されるとされていた新しい見解の一つである。

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2022年5月13日 (金)

令和4年新司法試験会社法(民事系第2問)について

 特殊なルートで問題文を入手したので、例によって速報記事にする。法務省ページには明日明後日くらいには掲載されると思う。
 
 今年の問題は実に単調だった。問題文の量は多いが、ほぼ各設問ごとに単論点に近く、かつ論点自体は単純でどちらかというとあてはめだけやればいいという感じの問題である。ちょっとこれで会社法の力量を的確に測れるのかな、という疑問がないではない。ただ、私の講義を受けている人は、問題文の読み方を中心としたあてはめ活動の充実、知らないが問題意識(聞かれていること)は明白な問題について、どう対応するかという部分でかなりのアドバンテージがあるタイプの問題であろう。

 横着して、設問の紹介は省略する。

1 設問1は、要するに定款では10年、慣行では4年の任期である取締役であったのに、1年に短縮する定款変更の株主総会決議によって2年で事実上解任されざるを得なかった取締役が、取締役解任について会社に対して損害賠償請求できるかという問題である。そもそも解任取締役は就任後2年しか経過していないので、再任の株主総会議案自体が違法議案かという問題は一応ある*が、基本的に定款変更による任期満了による退任の場合に会社法339条の類推できるかという論点である。
 これは身近な先輩弁護士が獲得した最近の判決を題材にしているような気がするので、あとでそれは調べる。それはともかくとして、もちろんそういう細かい裁判例を知っていることを前提にする問題ではないので、以下考え方を述べる。
 危ない論述、現場での思いつきは避けよというのが常々の私の指導である。実質論として、この件では残り2年分の役員報酬相当額の請求を認めるのが収まりがよいが、司法試験の答案であれば多少実質論として不当でもその点に触れつつも「法律上こうなっているからしかたない」とやるほうが安全だと言っている。その路線で行くと、こういうたぐいの実務慣行や株主間契約、会社と取締役の契約などは散見されると言ってよい。ただ、前にも別の問題の機会で書いたが、基本的にこれらが定款という形で会社を縛るルールとして明確でなければ定款違反と言うかたちで会社に対して拘束力を持たないと考えるのがあくまでも基本的なルールである。合弁契約等を扱う弁護士として、このあたりはしっかり注意しておかなければならない。というわけで、「定款に記載されていない以上会社に対して効力を有さない。あとは取締役と会社、あるいは代表取締役個人との債務不履行問題でしかない」とやるのが一つの極である。
 もちろんそうあっさりそうやってしまっては身も蓋もなく、点数も入らない。実際に裁判例がどうやっているのかは知らないが、解任取締役側の事情を考慮して、定款変更による場合も会社法339条を類推していく可能性はあるだろう。本問で考慮すべき事情というのは概ね次のとおりである。
  ・ 解任取締役は取引先会社出身の取締役枠で、長年(おそらく設立時から30年以上)、4年で退任するのが慣行であった(この辺は定款に記載されているのと同視できるほどに定着していると判断するのに特に重要であろう)
  ・ 代取単体で40%、平取の弟と長女で20%ずつの株式保有であり、上記慣行というのは大多数の株主の了解事項であり、仮に定款に記載していたとしても反対を受ける可能性は少ない(少数株主として従業員株主がいるが、その利益を重視する必要性に乏しい)
  ・ 取引先の当社に対する依存度は売上総利益の50%以上という関係性の深さ(資本関係はないが、取引先側、取引先側従業員としては当社の意向に逆らいにくい事情であると、しっかり評価まで答案に記載すべき)
  ・ 解任取締役は取引先で35年勤務した57歳で、60歳定年になるより取締役になって61歳まで取締役をやったほうが安定すると代取に誘われて役員になった。報酬月額40万円で他の収入はなかった
  ・ 解任取締役は代取ら取締役(家族)の経営方針に対立し、それがきっかけになって事実上の解任が起こっていること(任期1年に短縮の定款変更議案における代取の説明は「再任の機会を多くし緊張感を持たせる」というものだが、株主の80%が家族なので詭弁である。こういう評価もきちっと答案に書くとよい)。
 あとはどう料理するかだが、前記一つの極を持ち出して「原則として定款に記載がない場合類推適用を否定すべきである。ただ、慣行としての定着性、株主構成、取締役就任の経緯などを考慮して定款に記載されているのと同等またはそれに近いと評価される場合は例外的に類推を認めるべきである」とでも規範をたてて当てはめてやってもいい。その際に後ろ2つの事情はちょっと使いにくいが強引に書いてしまうか、類推否定方向で書くなら一応触れておいた上で「これらの事情は定款に記載とされているのと同等ということにプラスに働かない」と蹴ってしまうのが論理的にはスッキリする。
 設問では損害論も聞かれていて、常々指摘するように親切な誘導がなくとも損害論についてはしっかり論じるべきであるが、損害は残期間の役員報酬相当額ということで、定款による8年、慣行による2年かというところか。実質論としては慣行による2年が落ち着きがいいので、類推を否定するなら「仮に類推されたとしても定款記載と同視できるのは4年だから、4年まで」とやるのがいいだろう。
  * 2年経過時の定時総会に①選任後1年を任期とし、選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終の総会で任期満了と定款変更をし、②直ちに全取締役の再任議案を出したところ、解任取締役は再任について否決されたというもの。①の効力が決議時点で生じたとすると、たしかに②も適法に思える。ただ、他の取締役はちょうど定款による10年の改選期にあたるという設定にしていて、解任取締役だけ①の効力が問題となる設定としてあるので、あっさり適法と論じてしまうのが出題者の意図にかなうかはよくわからない。が、どのみち類推の議論をしっかりやれば十二分に合格点である。

 ※ ここまで書いてから、さすがに気になったので例の先輩弁護士の裁判例(名古屋地判令和元年10月31日)を参照した。要するに類推の可否については明確な判断を避けながら、「原告は JA の理事を3年で退任することにより,JA 職員の定年より前に収入を失うことになる救済のために,報酬のある被告の取締役及び代表取締役に就任したものであり,その地位は,原告に収入を得させるためのもの,即ち生活保障のために与えられた地位であったといえる…原告は, 7年近く被告の取締役の地位にあり,その在任中,4700万円を超える報酬を得ており,生活保障としては十分な金銭を得ている」などと述べてどのみち解任に正当理由があるとしたのである。これを知っていれば、もともとの60歳の定年まであと1年であることを「十分」とするか、「まだ足りない」とする評価もありうるのだろう。なお、公刊物にも記載されていることであるが、高裁では一部支払いを命じる和解が成立したとのことで、実質論としてはよい収まり具合だと感じる。

2 設問2は要するに低廉価格で事業譲渡を行った取締役の会社に対する責任の有無を問うものであり、ほぼほぼ経営判断原則の当てはめの問題である*。前提に簡単に触れたうえで、経営判断原則の適用を認めるのに積極的な事情と消極的な事情をあまさず指摘し、的確な当てはめを行えば結論はどちらでもいいだろう。
 事案を大雑把に言えば、大分経営が悪化している事業で、事業の貸借対照表でいえば純資産2000万円、仮にDDを行っていれば1000万円と算定されたはずの事業を4000万円で譲渡したことに関する責任の問題である。譲渡元が親会社(60%保有)で、譲渡先役員が「さっさと譲渡しないと取締役に再任しないぞ」と親会社代取に言われたので、DDの必要性を認識しながらも行わなかったという事情がある。
 <積極方向の事情>
 ・ 業績の悪化が急速。10ヶ月で純資産8000万から2000万に減少(主に資産が減少)
 ・ 銀行借り入れ3000万円について、4ヶ月前が履行期限でありながら今も返済できていない
 ・ 銀行出身の取締役が、弁護士の意見を求めた上で、その弁護士の回答内容(本件はDD行うべき)を伝えてDDを求めた
 ・ 取引価格4000万円という、一般的な意味での多額取引であること(100万円のものを買うのとは違う)
 ・ (その他一応DDの有用性、必要性、実務上よく行われていること等)
 <消極方向の事情>
 ・ 譲渡元は譲渡先の株式60%を保有する親会社かつ譲渡先の売上50%は譲渡元に対するもので、依存度が高い
 ・ 譲渡元代取=親会社代取が当該役員に対し、迅速に進めないと再任はないと言われた
 ・ 譲渡事業は譲渡元の主要ブランドで、1ヶ月で交渉まとまらないなら別の譲渡先を探す、法的整理も検討すると同じく親会社代取に急かされていた
 どう考えるのがいいだろうか。おそらく個人的には裁判所は経営判断のワク内というと思うが、参考になるのは例のアパマンショップ最高裁だろうか。1万円のものを5万円で買っても出資払戻しの性格もあるしとして責任を認めなかったというやつである。すこしかっこよく?するなら、積極方向の事情を指摘して「やはり問題は大きい。これだけなら経営判断のワクを外れ、一般的には経営判断のワク外である。ただ、消極側の事情があり、この個別事情を考えると本件ではギリギリ経営判断のワク内と考えるか、仮に任務懈怠が客観的に認められるとしても過失がない」とでもやる感じだろうか。大昔の問題にもあったように、積極方向の事情と消極方向の位置づけはわざと別次元のものにしているのかなとも思う。消極方向の事情は経営判断の問題というより、どちらかというと期待可能性というか、過失に近い問題かなと。例の任務懈怠と過失の一元論か二元論という理論的対立に深入りする必要はないが、一種の期待可能性不存在のような判断で法令違反を認めながら過失がないとした野村損失補填事件の最高裁を意識するといい。私なら誤引用にならない限りでアパマンと野村最判は触れるだろう。
 * なお、譲渡元が譲渡先60%の株式を保有する親会社なので、一応利益供与該当性も問題になるかもしれない。が、おそらくそれをメインで聞きたい問題ではないだろう。株主の権利行使との関係性が薄いとみられる事案設定なので、そのことを指摘して利益供与該当性を否定しておけば足りると思われる。
 で、設問1と同じで、特に責任を否定する場合も損害についてしっかり論じるべきである(露骨に問題文は「損害に関する主張を含む」と指定している)。単純には実際の価値1000万と4000万の差額の3000万となりそうだが、バカ高いDD費用の損益相殺はあっていいと思うし、あるいはダスキン事件であったような損害の割合的因果関係のような議論も可能だろう。えいやで、この問題は代取が悪くて、いわば脅された担当取締役は半分でいい、というような考え方である。

3 設問3は要するに事業譲渡にともなう商号続用者の責任を聞くものである。
 譲渡元は化粧品等製造会社でPBの生産のようなことをやっていたという設定で、例えば譲渡元をかりにカネボウと考えれば「カネボウスタイル」みたいな社名付き商標で日用品の生産をして、特定のドラッグストアに卸していたというような設定と想像するとイメージが付きやすいかもしれない。その「カネボウスタイル」製造事業を譲渡して、「カネボウスタイル」の商標を使用し、譲渡先の経営するスーパーの看板にも複数掲げて、ネットでも「カネボウスタイルが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました」と宣伝していた等々。なお、債権者は銀行である。
 商号そのものでないから、類推の問題になるのはいいとして、ここでは商号続用者の責任の性質論についてはそれなりに論じた方がいいような気がする。一種の外観法理という通説的な性質の説明だと、銀行が運営主体を誤認するわけがあるまいという結論に親和的で、企業財産の担保力も考慮しているという方向だと、誤認の有無にかかわらず責任を認める方向につながるからである。結論はどちらでもいいが、肯定方向の諸事情、特に会社名付きの商標であることについて十分配慮しつつ、かつ企業財産の担保力という説明も相応に合理性があるが登記・通知がある場合に免責されることを説明できないなどしっかり批判も書いておいて、銀行だし誤認はないよね、とやるだけでまあ十分合格点だろう。

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2022年5月 9日 (月)

帰国前PCR検査は即刻廃止すべき

 

 フランスに自転車旅行に行って来ました。コロナ禍が始まってから約2年ぶりの海外で、往復隔離もないのでロスは少なかったのですが、あまりにも日本の水際対策がひどく、特に帰国時に滞在国出国72時間前以降のPCR検査による陰性証明が必要とされていることについては、即刻廃止とすべく、記事にします。

写真は無関係な旅行中のもの(笑)。

 

1 実質論
 (1) 必要性は乏しい―入国時空港での全員検査を前提に
   出国72時間前とする医学的根拠などについては調査が及んでいない。また、この種の陰性証明を取得させることの効果に関する論文なども調査が及んでいない。
   だから、素人考えで裏付けもないという前提だが、入国時に空港で全員PCR検査をするという前提の下でどれほど意味があるのか。空港陽性は隔離なのだから、空港陰性の人が出発前陽性である場合に出発前検査をさせる意味があるが、通常空港陰性かつ出発前陽性というパターンは治癒したということではないか。空港陰性が偽陰性である場合に出発前陽性で入国拒否する意味があるが、それはどれほどの確率であるのだろうか。素人的にはかなり低いと思う。
   強いていうなら、事前に渡航を断念させる予防的効果があるかもしれない。が、その予防的効果がどれほど感染症の水際対策として実効性を持つのか、ちゃんと裏付けが取られた上でのものなのだろうか。
 (2) 弊害が大きい
   基本的に限られた滞在時間の一部をPCR検査に裂かざるを得ないことの弊害は大きい。平日昼間のみ営業している検査場が通常であろうから、帰国者は時間調整や営業している検査場の調査、検査の実施と大きな負担を強いられる。
短期滞在者にとっては致命的である。
 (3) 現状の厚労省書式、方式等の問題点
   仮に現状の厚労省書式や方式を改めても弊害は十分大きいので即刻陰性証明の取得は中止すべきであるが、以下のとおり現状の書式等を前提とすると弊害はなおさらである。
   すなわち、厚労省は「所定のフォーマットを使用」することを求めている。任意の書式でも構わないが、検体・検査方法に細かい決まりがあり、かつ医師の署名と印影を要求している。検体・検査方法の制限根拠はおそらく医学的な調査を背景に信頼性の高いものに限定しているのだろう。が、国内ならともかく各国様々な事情や根拠により各様の検査方向が採用されているはずである。入国のためのものであるから日本における信頼性を根拠とする合理性は否定されるわけではないが、弊害は大きすぎる。
   次に医師のサインと医療機関の印影を要求するナンセンスさである。これは粗雑な民間検査の混入を防ぐ趣旨だろうが、実情にあわない。海外は基本ハンコの文化がない。医師なり、各国が相当と認めている検査主体による検査だと判明するような記載があれば十分とすべきである。
   なお、原則紙の原本持参を要求するが、PDF等改変困難な電子データでもよいとされてはいる。
 (4) 以上の弊害の実際のイメージ
   筆者は5月6日にフランス、パリから帰国した。パリは比較的検査体制が整っていると見られ、宿泊先の近くに複数の検査場が見つかった。あらかじめフランス語併記の厚労省書式を持参して相談するに、「日本への入国用でスタンプも必要なものだね」と、経験ある反応であったので安心した。原本を取得するためには出国の前々日に検査を受けて前日受領する必要があるが、PDFでもよいということで、それなら前日でも大丈夫ということで前日検査とすることとした。当然2度出向く負担は大きいし、おかげで前々日は遠方のマルセイユに滞在できた。
   それで前日午後に受検し、検査結果は深夜にメールで送付された。送付されたのは「EUのデジタルCOVID証明書」らしかった。もちろん厚労省書式は渡しており、この書式でPDFで送付するように依頼し了解を得ていたが、果たして本当に送付されるか深夜中心配となった。すぐにお礼とともに「理解していると思うが、渡した厚労省書式に記入してPDFでメールしてくれ」とメールを出しておいた。それで翌朝厚労省書式がPDFで送られて来たが、よく見ると陰性だということしか書いてなく、スタンプはあったが、サンプル、検査方法、検体採取時間、医師のサインなどは空欄であった。不備な陰性証明では搭乗拒否される事例があるという情報はいくつかあったので、心配になり、直ちに空欄を埋めて再送するようにメールで依頼。その間にチェックインが開始されていたので、チェックインすると、カウンターで「COVIDの検査結果を見せて」と言われたので上記「EUのデジタルCOVID証明書」を見せるとあっさりOKで搭乗券が発券された。なお、この証明書は医師のサインやスタンプがないことはもちろん、サンプルの記載もなかった。
   この間の精神的負担はかなりのものであった。おそらく、搭乗時の調査は国、航空会社、担当者ごとに異なるのであろう。結果的に事なきを得たが、搭乗拒否のリスクは大きいので、事実上厚労省書式での陰性証明の取得は避けられない。
   チェックイン直後のタイミングで空欄が補充された陰性証明が届いた。ただ、検体採取時間など、一部読み取りにくい部分はあったし(「EUのデジタルCOVID証明書」に採取時間は明記はされている)、単なる誤記ではあるのだが、厚労省書式では無効になるとされる鼻腔ぬぐい液+RT-PCR検査法の組み合わせにチェックがなされていた(実際は鼻咽頭ぬぐい液がサンプルでこの場合RT-PCR検査法は有効)。このため、入国時に無効とされるおそれがあると、入国時の空港検査時まで心配せざるをえなかった。搭乗拒否は免れたので帰国できないことはないという点では安心したが、上陸拒否の結果隔離等されるのかという心配は残った。

 

2 形式論―法的根拠のあまりの乏しさと適正手続問題
 (1) あまりに取ってつけたような法的根拠
   帰国時に陰性証明書その他の提出を求めることができるという直接の法規定はない。厚労省の事務連絡(https://www.mhlw.go.jp/content/000611185.pdf)によると、帰国時の検査や待機要請は、ある航空機の乗客がこれに従わないと当該航空機に検疫法18条の仮検疫済証を交付しない扱いとするということだそうである。これは陰性証明の提出についても同じだと、山尾志桜里議員の質問に対する国会答弁で明らかにされている(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b204183.htm。なお、この答弁で「第五条の規定により我が国への上陸ができない」としているのはおかしいと思う。船舶の場合は「上陸」で、航空機の場合は「当該航空機及び検疫飛行場ごとに検疫所長が指定する場所から離れ」とされているから、「指定場所から離れられない」としなければおかしいのではないか。)。それ以上は明らかではないが、航空機全体に仮検疫済証を交付しない扱いであるのに、特定の人だけ上陸させないのは、その人以外の人物や物については検疫法5条1号の検疫所長の許可をしたということになるのだろうか。一見して法律が本来予定しているような運用ではないと考えざるを得ないが、どうか。基本的には、「検疫感染症の病原体に汚染し、又は汚染したおそれのある船舶等」と判断された場合に検疫法14条以下の措置(隔離停留等)を採るか、そうでない場合18条2項の「病原体に感染したおそれのある者で停留されないもの」として質問報告を求めるという流れが予定されているように見える。
   要するに、「陰性証明の提出も求める」という結論が先にありきで、あとづけで法律上の根拠を説明しようとしておかしくなっているものと思われる。本来は検査陽性か、合理的理由なき検査拒否を理由に停留措置に進むべきものであろう。
 (2) 手続的、不服申立方法に関する問題
   次の問題は、陰性証明の不提出または無効と認定された場合にどうやって争うかという問題、あるいは翻ってそもそも陰性証明の有効無効を判断する手続きの適正さがあるかというものである。
   処分性の有無が柱である。そう思って調べていたら、平たくいうと陰性証明を持っていないからといって入国拒否するなよとして、「航空機の着陸禁止」の処分差止を求めた判決があり、処分性なしとして却下されている(東地令和3年9月7日)。曰く「検疫法4条は,上記第2の2のとおり,外国から来航した航空機の長が,検疫済証等の交付を受けた後でなければ,当該航空機を検疫飛行場以外の国内の場所に着陸させてはならない旨を一般的に定めた規定であって,特定の行政庁が個別の行政処分によって国内への航空機の着陸を禁止することができる旨を定めた規定ではない」。まあ、確かにそうだろうとは思うが、だとするとどこで争えるのか。仮検疫済証の不交付という不作為の処分性を肯定できるだろうか。あるいは仮検疫済証の交付という作為を求めることになるのだろうか。上記裁判例では立ち入られなかったが、処分性以外にも航空機(機長)に対するものであるために原告適格の問題も出てくる。処分性が肯定されたとしても、仮検疫済証の交付は裁量処分と思われるので、裁量の逸脱が認められるかは絶望的な気がする。ここでも実際は陰性証明の不提出者という人に着目してなされる行為を、航空機に対する仮検疫済証の交付という問題で見るためにおかしくなっている。
   なお、上記山尾質問に対する政府答弁によると、入国時空港検査陽性の場合の停留についても即時強制行為として不利益処分に該当しないから事前の告知聴聞等は不要としている。即時強制行為かどうかは疑わしいし、仮にそうだとしても憲法上の適正手続の理念が全く及ばないわけではないだろう。陰性証明不提出→「上陸」拒否とするには事前の告知聴聞等は必要だろうし、例えば帰国時検査で陰性になってもなお仮検疫済証の不交付をするというのであれば比例原則にも反するのではないか。
 (3) 以上要するに、法的根拠も後付の不明確なものであり、争う手段も不備、手続的にも不適正であるということである。

3 実際陰性証明を提出しなかったらどうなるのだろうか
 (1) 搭乗時の搭乗拒否は、おそらく国、航空会社、担当者の判断によってぶれるのであろう。が、例えば厚労省モデルの陰性証明を厳格に審査して搭乗拒否することは、運送約款上認められると言わざるを得ない。この場合不幸だが救済方法はまずないであろう。厚労省モデルが不合理だとして国賠請求するくらいしか考えつかないが、まず認められないだろう。厚労省モデルの問題性は実はこの場面で一番顕著ではないか。
 (2) 帰国時は、推測だが、現在では不提出や無効な陰性証明であることから直ちに「上陸」拒否とはしていないのではないか。帰国時に配られたチェックシートには陰性証明の不提出の場合にその理由を特記事項として記載することとされていた。仮に「信念として提出しません」「多忙で取得できなかった」という場合にも、空港でのPCR検査で陰性なら仮検疫済証の交付をするという扱いなのではないか。かつて日本国籍の人間を出発国に送り返した事例があるようで、上記政府答弁では「航空会社により外国へ送還された者」と、要するに航空会社がやったことで行政がやったことではないとしているが、実際は検疫所による強制に近かったのであろう。現在ではさすがにここまでやってはいないと思われる。なお、上記政府答弁によると、送還された人数は「令和三年六月十日現在、七十四名である」が、このうち日本国籍のものが何人いたかという質問に対する回答ははぐらかされている。
   国外退去はいかにも根拠がないが、直ちに「上陸」を認められないとなると、任意での隔離依頼はあるかもしれない。ただ、陰性証明を持参してはいないが、空港でのPCRで陰性になれば、果たして停留の要件である「感染したおそれのある者」の要件を満たすか疑問ではある。陰性証明を持参しない人間にはそもそも空港でのPCRを受けさせないという扱いをしている可能性もないではないが、それこそ「上陸」拒否のための拒否で、合理性がない。

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2021年5月16日 (日)

令和3年司法試験会社法(民事系第2問)について

 雨で趣味の自転車にも乗れないので、恒例の解説をやります。
 今年の問題は良く言えばオーソドックスで過去問をしっかりやっていれば何ら苦労なく点数が稼げるもの、悪く言えば何のひねりもなく面白みにかける問題ということでしょう。まあ、平易な分、時間配分やあてはめと言った現場戦略要素をしっかり踏まえることが重要でしょう。

1 設問1は、甲社代表取締役Aが乙社から個人的な借入するに際して取締役会の承認を得ずに多額の借財について甲社の保証をさせたというもの。長々とした問題文ですが、要素はこれだけです。典型的で、過去問でも何度か見たような問題ですね。
 もちろん、①多額の借財、②利益相反、③代表取締役の権限濫用というのが主な問題です。偉そうに解説を書いていますが、忘れもしない自身2度めの司法試験(平成15年だったか)の問題でほぼ似たような問題が出ています。利益相反を書いて、多額の借財を落とすという大ポカをやってのけて、それが大きな原因となって落ちていますから、ほんとは偉そうなことは全く言えません。このことと同じ年の民法の問題で動物占有者の責任という条文指摘を落として落ちたことで、問題文の読み方ということを真剣に考えて翌年無事克服して合格したわけです。旧試験では新試験より問題文が短いわけですが、借入金額、資本金額などの事情を全く使い切っていなかったわけです。本問では、「資本金は1億円,負債額は2億円,総資産額は10億円,当該事業年度の経常利益は2000万円」と冒頭に書いてあるので、今の自分なら開始30秒で多額の借財を疑ってますね。今年ダメだった人は問題文の読み方というのを丁寧に考えて見てください。
 さて、論点は明確なので、差がつくポイントはア論理的にすっきり整理されているか、イあてはめの精密さの2点です。判例ベースならば、取締役会の決議を欠く利益相反行為は相対無効(軽過失は保護されない)、取締役会の決議を欠く多額の借財・代表取締役の権限濫用は心裡留保類推(軽過失も保護される)というのは基礎知識ですが、意外にしっかり整理されていない学生が多いものです。立証責任の所在を含めてしっかりと整理しなければなりません。その上で、①②は取締役会決議の存否が過失の有無の対象になること、③は権限濫用の意図の有無が過失の有無の対象になることを意識して、しっかりと当てはめをする必要があります。
 本件では、乙社が取締役会議事録を要求したところ、Aが内規で取締役会議事録は出せないということで、取締役会の承認がある旨の確認書が提出されたところ、乙社側も議事録の写しを要求して甲社やそのA個人との取引を切られるようなことがあっては困るとあまり強くは求めなかったという事情があります。典型的なダメなあてはめ―といってもほとんどの受験生がこの程度しか書かないのでそれでも十二分に受かるのですが―は、そういう事情があったので、確認書ですませたことも止むを得ない、過失ありとまではいえない、というものです。多くの受験生がこの程度の当てはめですませてしまうのは、「これで回答の道筋がついた」という安心感からなのですが、「安心感、それが大きなミステイク」ということを常にしてきしています。「答案の道筋ができた」と安心しそうな段階で、一歩踏みとどまってあてはめで逆側から考えてみよ、と常々学生に言っています。
 逆から考えると、代取の借入は個人営業のレストラン開業資金の5000万円と極めて多額であって、かつ形式的な利益相反という問題ではなくいわば甲社には何らメリットもなく(保証料はなしとされている)最大で5000万円という損害を究極には与えかねないものであること、また乙社も事業者として相応の注意水準が要求されること、また上記取引を切られる事情というのはいわば乙社側の個人的都合であって、裏を返せばそういう乙社の事情に乗じてAが甲社を犠牲にする可能性は類型的に高いというべきで、乙社側にもより慎重な対応を要求される等々と指摘することが可能です。
 結論はどちらでも構いませんが、上記のようにしっかり迷ってみる必要があります。その際は、一度法律的な要件をはなれてどっちを勝たせるべきか考えるという作業が必要ですね。その作業から上記のような具体的な当てはめが生まれるわけです。個人的には、それで5000万円という多額の保証債務を背負ってしまう甲社の不利益と比較して、乙社側の帰責性は強いのではないかと思ってしまうわけです。こういう思考を経ない受験生はいわゆる迷いのない答案になってしまうのでしょう。

2 設問2も比較的単純で、Aの父Cが資金も全部用意して甲社に出資し、将来の跡継ぎたるAに株式をもたせた(=株主名簿上はAを株主とした)が、その資金はCが用意し、議決権行使もAは行わず、配当はCが受領していたという状況で、Aが株主かCが株主かどちらかを聞く問題だと思います。なにか隠されているかもしれませんが、配点25なので、明らかなこの問題をしっかり論じれば十分です。
 論点というより、名義株かどうかの事実認定の問題と言ってもいいかもしれません。だから受験生時代の自分の記憶をたどってもいわゆる論点みたいなものは思い出せません。要するに諸事情を考慮して名義貸しなのか実態としてもAが株主なのかを認定することになります。
 で、見たことのない問題でも、聞かれている問題意識がはっきりしているときはチャンスだということはこれも受験生にいつも言っていることです。基本を抑えた上で、肯定否定両方から考えて、設問1のようにしっかり迷いを見せた答案にするだけです。また、妙な思いつきの理論なんかを出すと大怪我しかねないから、実質論として不当な結論になりそうでも「○○からやむを得ない」とフォローしておけばそれで十分としています。
 基本として株主名簿の推定力についてはしっかり触れる必要があります。Cが代取を下りてAが代取となったという事情以外にあんまりAが実質株主だと示すような要素は問題文上みあたらないので、推定があるが、資金の拠出、配当の受領、議決権もAが行使していない(Cの指示で会社総務部が対応していた)等々の事実をしてきして、Aが株主だとやる流れが穏当でしょう。あとは、素人っぽい答案にならないように、当てはめで使う事実から逆算して「名義株主か否かは、出捐者はだれか、配当等株主権の行使・享受者はだれか、出捐の経緯等の事情を総合して決するべきである」みたいな規範を立てて当てはめとやればきれいな答案になるでしょう。
 なお問題文にはありませんが、実際はCが出捐した2000万円あるいは株式についての贈与税関係が重要でしょうね。贈与税の申告をしていないなら(配当についての申告状況からそうだと思いますが)やはりCが株主であることを補強する事情になります。多分そこまで問題文で明らかにするとミエミエだと思ったか、贈与税について知識が乏しい受験生を混乱させないために触れなかったのでしょう。

3 設問3は配点45点ですし、一応本問の山場でしょう。とはいえ、難しいことは全くありません。問題の概要だけ記載すると、甲社の株主がA、C、D、丙社の4者であったところ、Aの取締役任期満了にともないA選任の会社議案に対し、C側がCを候補者とすべきという修正議案を出し、議長だったCが自らの選任決議があったとして閉会したところ、当該総会決議の効力を問うものです。事情として、Dは弁護士G(非株主)を代理人としたがCにより退席させられ議決権を行使できなかった、丙社は内規で専務取締役が議決権行使を決めることになっており、例年どうり同専務の白紙委任状が提出されていた(この場合Aが代理人として指定される)が、総会でCの友人である丙代表取締役副社長が出席してC選任の議決権行使をした、というものです。なお、議長はもともとAですが、Cの動議によりCが議長に変わっており(これはAも同意)、当方は議長提案で決選投票方式とした(出席株主の異議なし)というものでした。
  論点をバラバラと書くと、ⅰ白紙委任状の可否、ⅱ議決権行使代理人を株主に限るとの定款規定の効力とその適用(弁護士は例外か)、ⅲ委任状と当日の議決権行使の矛盾がある場合の考え方、ⅳ丙社内規による議決権行使決定権の制限(内規によれば副社長は無権代理になる)の効力、ⅴ決選投票方式の適否、といったところでしょうか。ⅰとⅴは軽く触れておけばよく、ⅱとⅲⅳで残り各5割くらいのバランスでしょうか。
 議決権行使制限資格の制限という論点については、このブログでも大盛工業事件高裁判決に触れています。同高裁判決の理屈からすると、弁護士代理人だろうと出席を拒んでよいという話になるのでしょう。個人的にはこの高裁判決には反対ですが(法人株主の従業員の出席を認める以上、個別の判断は強いられる)、いずれの結論をとるにせよすべての論点にふれる必要があります。
 実質論としては、まあ丙社としては取り立てて甲社の動向に気を止めていなかった(問題文の事情からすると、甲社におけるACの親子対立などに関係なく、純粋に内規にしたがって議決権行使を決めていたと見えます。Cが丙社の副社長がたまたま同級生であることを奇貨として議決権行使を歪めたことの正当性は乏しいと思われます。まあ、価値判断は分かれるかもしれませんが、丙社代理人の議決権行使には瑕疵があるとしたほうが妥当かなと思います。
 あとは理路整然としていることが重要です。ⅲで当日出席が優先するというのが通常でしょうが、ⅳで丙社副社長の議決権行使は無権代理となるかを内規違反であることという形式論、上記のとおり丙社の潜在的意思にも反するであろうという実質論両面から論じると説得的になるのではないでしょうか。なお、無権代理による議決権行使について代表取締役Aは善意無過失であることは一つの問題ですが、議長Cは善意であっても無過失とは言えないでしょう。ここでも内規に違反して議決権を行使した丙社副社長の権限濫用について瑕疵が治癒される余地がまったくないではないと思います。こんな論点は知りませんし、全く調べていませんが、議長たるCの主観を基準とし、過失があるとして否定する旨一言触れておくとよいと思います。
 実は弁護士代理人を立てたDが20%、A、C、丙社は各10%の株を保有しているのですが、Dは実はCの母、Aの祖母でして、どちらにも肩入れできないと弁護士Gを代理人として出席させたものです。事案の筋としては、当事者であるACは持分でも対等であり、Dが態度を明確にするか、「どちらにも肩入れできない」がなるに任せる、棄権だということなら丙社が内紛などの事情を踏まえて決めた方針に従うべきということになるのが落とし所ではないかと思います。本件では弁護士Gが議決権を行使できないまま退場しているのですが、どちらにも肩入れできないというならどのみち棄権したのかもしれません。まあ、一旦は決議取消しした上で、再度丙社、Dの意向を十分踏まえて決めるのがいいのでしょう。もちろんこんなことまで答案に書く必要はありません。

4 全体として、これまでの会社法の問題でもっとも平易と言っていいほどの問題かと思います。が、平易であっても相対評価なのですから、ならばしっかり差をつけることを意識しなければなりません。私なら、ということですが、設問1については民法93条ただし書類推の判例に対して、「軽過失の場合保護されるのは商取引の特質や利益相反の場合に相対的無効として軽過失は保護されることと整合性を欠く」と批判して自説を述べること、議決権の代理行使についても東京高裁判決の立場に「弁護士代理人が日雇の従業員だと主張するような場合を考えると説得力はない。もともと代理行使は法律上制限なく認められており、定款による制限を認めたのは総会屋の跋扈を背景に総会の混乱防止のために意味がないではないという実質論が背景にあったが、総会屋対策が充実した昨今においてあえて維持する実質的な理由に乏しい」などとして攻めて行くでしょう。これは反対説のほうが正しいというのではなく、こう論じることで深い理解を示すことができるという意味あいです。

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2020年8月14日 (金)

令和2年司法試験会社法(民事系第2問)について

 今年はちょうどお盆休みの実施で、私はお盆休みはありませんが、それでも仕事には多少なりとも余裕もあり、某所より昨日実施されたばかりの問題を入手したので、記事にします。

1 この速報解説の趣旨、位置づけ
 一応なぜ毎年こんなことをやっているのか整理しておく。
 (1) 自分の司法試験感覚の維持
 一応ロースクールで会社法を教えているわけで、理念的にはローの授業の目的は試験合格のためではないとしても、受講者のニーズとしては間違いなくあるわけで、受講者のニーズ=受講者の上るべき山を常に捉えておきたいというところである。また、試験対策としては、①知識理解と②現場戦略の2本立てで、①②のウエイトが同等くらいなのに、一般に①にしか目が向かないから②をしっかり対策すれば楽に合格できるという持論を確認・証明する意味にもなる。
 (2) 本音の司法試験問題解説の欠如に対する疑問や義憤
 この解説は学者でもなく、日頃会社法の勉強をめちゃくちゃにしているわけでもない(どちらかと言えば受験生の方が確実にしているだろう)自分が、しかし上記②の現場戦略には長けているという特徴を踏まえつつ、受験生とほぼ等身大の思考順序や手順を示すということを趣旨にしている。明らかに変なことを書いてはだめなので、手元の基本書や軽くネット上でパッと手に入るような情報程度を参照することはあっても、基本的に他の解説などは一切見ていないし(出てもいない)、それゆえ論点落としも時にあるわけだが、10年来やってきても、この解説の内容を基礎とすれば、多分安定してAの上位に入るくらいの答案は書けるだろうなとの自負はある。
 自分が勉強をしているとき、予備校や学者の先生の解説を見ても「この論点は気づかなくても無理はない」「この問題文でこの解答を受験生レベルに求めるのは酷」ということが明示されているものには滅多に見当たらなかった。そのためその感覚は自分で複数の解答例や解説、再現答案と成績などを見比べたり、経験を積んでいく中で養っていったわけで、それにはそれなりの価値はあった。しかし、別にそんな修練を積まなければいけない理由もないと思う。採点実感の公開などはもちろん良いことだが、試験委員側の出題方法のまずさなどに反省を見せるわけでもなく、また8教科を勉強しなければならない現実とどこかかけ離れて「あれに気づくべき」「あれを書くべき」という内容には疑問を通り越して怒りすら覚える。講義の際には「あれは試験委員が勝手に言っていることであって、無視しとけばいい。求められるのはそんなレベルではない」と説明しているけれども、この速報と採点実感を照らし合わせてもらえれば、だいたい採点実感の読み方、受け止め方が分かるのではないかと考えている。
 簡潔に言えば、教科書的な解説が明らかにしない「この部分は気づかない、かけなくても仕方ない」部分を明らかにすると同時に、「現場戦略だけでここはしっかり出題者の意図をとらえる、あるいは時にはいわゆるハネる」という部分を明らかにすることにこの解説の特徴があると思っている。

2 設問1の概要と解説
 (1) 概要
 <基本となる甲社の概要>
 甲社(非公開、取締役会・監査役・会計監査人設置会社)
 資本金10億
 発行可能株式数20万株
 発行済株式8万株(Aが5.1万、Bが2.9万)
 取締役A(代取会長),C(代取社長),D
 
 甲社が新株発行で資金調達を考え、PQから各1億円の調達する方向となったが、株の時価額(1株4万円)では断られたため、調達のためにやむなく時価額の半額(1株2万円)で調達することとなったというものである。配当優先株での調達であり、総会での議題は①定款変更(本件議案1)、②新株発行(本件議案2)の2点が必要だが、Bが反対をすることが予想されたので、招集通知にはこれを記載せず、総会のその場で話題に出し、渋るAを丸め込んで(ただしこの間の事情が重要)承認決議を取ったが時価額は実は倍額であるという説明はなされていないというのが大筋である。
 設問1は、払込みや新株発行が終了した段階で実は時価額が4万円と知ったBがどのような訴えを提起し、どのような主張ができるかを考えた上で、その当否を論ぜよというものである。

 (2)解説
 新株発行や組織法上の行為の効力発生の前後を通じてどのような手段があるかを論じさせる問題は定番であり、前であれば仮処分を書けというのが採点実感で常々言われていることは常識に属する。本問は効力発生後に絞っているものである。単純に差止めではない事後の手段を聞いているものと理解してよいと思われる。
 どのような訴えかについては、直接的には新株発行無効確認又は不存在確認の訴えの2つだが、無効確認の訴えがメインだろう。また本件議案1,2に関する総会決議取消しの訴え・無効(不存在)確認の訴えの提起も考えられるが、いわゆる吸収説に従って新株発行無効確認の訴えのみが許されるとしておけば足りるだろう。
 実質論としてカギとなるのはBの立場からすれば「差止めの機会すら与えられなかった」という部分をどう捉えるか、すなわち理論的にどの点に位置づけるのかと、結論をどうするのかという点である。とはいえ、論点も多く、論理関係も整理すればそれほど複雑ではないが、誤りがちなところであるので、構成段階でよく整理してから論じる必要があるだろう。
 さて、瑕疵として問題になるのは次の点かと思われる。これらの瑕疵について新株発行の無効事由になるかどうかもあわせて検討することになろう。
 ① 本件議案1,2は招集通知に記載なく、決議取消事由がある
 ② 第三者に対する有利発行にあたるが、有利発行の決議を欠く
 ②’有利発行の必要性に関する説明(199条3項)がない
 ③ 本件議案1,2について一般的な説明義務違反

 まず、①については、当然会社側は全員主席総会が成立したと反論がなされることになり、その反論の当否を、具体的事実関係を踏まえて説得的に論じる必要がある。形式論的に言えば、渋々とはいえ決議することに応じ、賛成までしているのだから、全員出席総会が成立したと見る方に分がいいと思う。ただ実質論としては、もともとBが反対するだろうからいわば不意打ちにすることを意図して招集通知への記載を省いており、いわばまんまとそれに成功したという部分から、全員出席総会の成立を認めない方が筋がいいように見える。おそらく結論はどちらでもよく、実質論部分を全員出席総会の成否部分で論じるのか、あるいは一応決議自体は成立したとした上でクリーンハンズなど信義則や権利濫用などの一般条項として論じるのかもどちらでもよいのではないかと思う。個人的な好みはあまり理論の枠をはみ出すのは試験としてはリスクがあるので、形式的には全員出席総会の成立を認めた上で、この事情の下で会社がBに対して決議の効力を主張することは信義則違反とするのが書きやすいとは思う(実際は決議取消しの対世効などの関係で難しいところもあるが、試験としては十分)。もちろん、全員出席総会の趣旨から説き起こし、いわば真意による準備期間ほ放棄はなかったとして不成立だとしてもいいのだろう。
 次に、②だが、有利発行の総会決議が欠落していることの瑕疵は明らかであろう。論じる位置づけとしてあっているのか若干自信はないが、甲社側の反論は「事実上この額等の内容での新株発行について総会で決議が成立しているのだから、問題ない」という趣旨のものであろうから、②’として上げた199条3項の説明義務の趣旨とその趣旨からの説明が明らかに欠落していること(むしろ虚偽を述べられていること)を論じ、やはり瑕疵は治癒されないとでも論じることになろうか。違反の成立は明らかであろう。なお、ここで受験生に言っておきたいのは、過去問から学べということである。過去問でも平成23年に一般的な説明義務と有利発行の場合の199条3項の説明義務は違うことを前提に問われている。この経験があれば、一般的な説明義務の問題だとするミスは犯さないはずなのである。
 なお、一応③の一般的な説明義務違反を上げた。一応特に第3者割当増資の必要性として2億円の資金調達が急務だとの説明の当否やそれ以外(ここでも有利発行的な要素が説明義務の内容になると考えると不作為の説明義務違反になる)について問題にはなると考えられる。軽くふれておけばいいと思う。
 最後に、①②が新株発行の無効事由になるか否かだが、オーソドックスには①は無効事由とならない、②は平成23年(だったか?)最判に照らして無効とやればいいのだろう。ただ、それだけでは少し面白くなくて、実質論として、上述のとおり本件ではBに差止めの機会すら与えられていないのではないか、という点を意識すれば評価は上がると思う。②は実質論としてこれを補強すればいい。実は①はこの実質論から無効事由にするかどうかは悩ましいところではある。定款変更や第三者割当自体には渋々ながらも賛成したとおもわれ、仮に本問が有利発行をいわば隠匿した事案ではなかった場合に差止めの機会すら与えられなかったとまでは言えないように思うのである。私ならそのように書き分けるかも知れない。

3 設問2の概要と解説
 (1) 概要
 設問1の新株発行は、定款変更により、①1株について1000円の優先配当、②かつ優先配当とは別に普通株式と同等に配当を受けられる、③優先配当について年度を越えて累積する、④議決権の行使可能、⑤優先株の譲渡には甲の承認を要する、⑥種類株主総会の要承認事項(実際問題なのは株式併合のみ)について、種類株主総会の承認は不要、という内容に定められていた。会社は優先配当が重しとなっていたので、PQに発行した優先株のみについて2株を1株に併合する株主総会決議をしたというものである。当然総会ではABが賛成し、反対するPQに関わらず承認決議がなされている。なお、株式買取請求のための事前の反対通知もなされている設定である。
 この状況で、①Pが株式併合によって被る不利益を説明せよ、②Pが株式併合の効力発生前で採れる会社法条の手段を問うものである。
 (2) 解説
 会社法では珍しいが、この設問2の小問(1)(2)形式は、明らかに小問(2)の誘導としての小問(1)である。そのまま小問(2)を出せば論点を落とすだろうということで小問(1)をつけた趣旨である。
 小問(1)は誘導だという目線で、定款変更の①ないし⑤の内容に沿って分析的に簡潔に答えを出せばいい。すると、①の優先配当は従来の1/2(500円)になってしまう、②の通常配当も従来の1/2になってしまう、③についてはこのこと自体で不利益はないはず、④議決権も半分になってしまう、⑤⑥は特になし、ということになろう。多分優先・通常配当以外に議決権も半分になってしまうんだよという点に気づかせて小問(2)につなげる誘導ではないかと思う。
 いよいよ小問②である。手段としてはⅰ株式買取請求、ⅱ差止請求、ⅲ決議取消・無効の訴え(→仮処分)、ⅳそもそも定款自体の定め自体が法令違反として先の決議1の無効確認の訴え、が考えられる。
 まず、ⅰは条文をしっかり上げつつ説明すればいい。
 ⅱは平成27年改正による制度であることを説明しつつ、ⅲとも併存すると断って中身を検討すればいい。中身としては株式併合の法令定款違反と株主が不利益を受けるおそれである。そこで何をもって株式併合の法令違反と理解するかであるが、最右翼は平等原則違反であろう。小問(1)を検討させたのは要するにこの優先株は議決権と引換えに優先権を与えるようなものではなく、完全に普通株式と同じ権利を持ちながら、さらに上乗せで優先配当と累積があるものだと気づかせるためであると理解される。優先配当については当然平等原則の問題にはならないが、議決権の半減については、いわばこの優先株は普通株式部分と上乗せ優先部分の複合と見ることができ、平等義務違反だとの議論が可能ではないかと思われるのである。結論としては肯定してよいと思う。
 ⅲは併合決議それ自体も平等原則違反という議論ができると思う。またABが特別利害関係人であって、著しく不当な決議がなされたという議論も可能であろう。
 ⅳは、実は実質論としてこの設問で私が一番気になった部分である。争う手段を一旦度外視すると、Pとしては「俺らの株の議決権だけ半分にされるのはおかしい。優先配当や通常配当も勝手に半分にされるのはおかしい」という言い分であり、逆に甲側は「そういう内容、つまり種類株主総会で併合等を決めるのではなく、通常の株主総会で併合等が決められる内容の優先株だと分かって取得したはずだ。文句をいうな」と反論するところであろう。だから実は平等原則違反のところでも問題となるはずで、そちらでも論じておいたほうがいいというか、むしろこちらを先に論じておいたほうがいいのかもしれない。ともかく、実質論としてこのような本質的な問題を含むのであって、設問2の大きな山場の一つと考えられる。聞いたことのない論点であろうが、筋道を立てて自分なりの考えを示すことが必要だろう。
 P側の再反論として「理屈はそうかもしれないけど、普通そこまで気づかないでしょ」というものであり、相応に説得力があると思われる。すっかり横着になってしまったので、制度上どうなっているか、条文上どうなっているかも調べる気力が起こらないのだが、本来はいわば種類株主自治が働かないような重大事項は事前に十分に説明し理解を得るよにする仕組みが必要であると思われる。なんというか、消費者被害の一種のような位置づけで、条文上事前に説明する仕組みがないのであれば、十分な説明が事前になかった以上平等原則違反が治癒されることはない、というような事後救済を考えざるを得ないのではないだろうか。が、正直言ってこの問題は受験生に酷すぎると思う。条文を見れば322条1項の例外として2項が通常総会決議によることを定款で定められるとしていることはすぐ分かる。が、正直こういう制度になっていたのかと私もこの条文を見て知るという程度のものであって、では種類株式の発行や定款変更の条文を慌てて探して、322条2項の例外を取る場合に事前の説明などが要求されているのか条文で探すのは事実上不可能である。しっかり考える受験生ほどパニックになる可能性がある。
 私が受験生ならP側の再反論部分には深入りしすぎず、平等原則違反を論じておいて、万一条文があった場合に大怪我にならないように、「そもそもこのような重大事項について322条2項の例外が定められるならば、十分な説明がなければ平等原則違反の瑕疵は治癒されないと考えるべきだ」とさらりと逃げるかと思う。試験としてはそれで十二分すぎる。

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2020年7月 5日 (日)

差押禁止債権-預金債権化した給与-の滞納処分による差押えの可否(大阪高判令和1年9月26日)

 ある研究会での報告テーマであったので、備忘録がわりに。
 (一部)差押禁止債権である年金とか給与が預金口座に振り込まれた後は、差押禁止債権の属性を承継せず、相殺とか差押えが可能である(最判平成10年2月10日)。どこかで線引しなければならないので、こういう線引をせざるを得ないと安直に思っていたが、そう単純でもないかのしれない。

 表題の事案と判旨は要するに給与が振り込まれた直後に国税が差押えを行って回収したところ、給与債権としての差押禁止部分については不当利得になるというものである。
 高裁判決で例によって事実認定は読みにくいので(いつか最高裁で誰かの補足意見があったが、いい加減なんとかならないのか)真面目に検討していないが、要するに1年以上前から給与の振込口座であると把握していて、給料の振込みがあることを想定した上で給与の振込直後に差押えを行ったというものである。なお、直接給料債権を差し押さえることも考えたが、その場合には被差押者の雇用関係に影響が出ることを懸念し、直接給与債権を差し押さえるのではなく、その代わりに給料の振込みがあると想定される本件預金口座に係る預金債権を再度差し押さえることを選択することとしたと判決で認定されているが、インチキ臭い。雇用関係に配慮するなら預金債権であっても差押禁止部分は自主的に除外して差し押さえればいいだろう。
 先行差押えによりほぼ残金ゼロの口座を押さえたということで、まあ給与債権との同一性がかなり明確な事案でもある。結論は妥当だろう。

 問題は①原則は上記最判のとおりとして、例外をどういう要件や考慮要素で認めるか、②税金の滞納処分の場合と民事の差押えの場合で異なった考え方を採用すべきか、異なるとすればどう異なるのかという点であろう。

 まず①について本判決は「具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解する」としているが、考慮要素ははっきりしない。大別して、A客観的要素:預金債権化から差押えまでの期間、出入金の有無等、とB主観的要素:差押禁止の回避の意図の強弱等に分けられる。先に紹介した事実認定部分によれば、本判決は少なくともBの主観的要素を相当程度考慮しているように見える。Bの主観的要素は税金の場合は認定しやすいが(本件でもそうであったと思われるが、いつ当該預金口座のある銀行に照会を行っていたかとか、差押えを行う際の資料などで判明する。もっとも、この件で国税の内部資料をどのようにどの範囲で開示されるに至ったのかは実務的に非常に興味がある。文書提出命令を活用したか、裁判所の強力な指示があったのか、前者が後者のきっかけになっているのか)、民事の差押えの場合は認定はかなり困難であろう。②について税金の滞納処分も民事の差押えも同様に考えるとするなれば、民事の差押えについては例外が認められる場合が少なくなるはずである。個人的には民事の差押えについてもAB両要素を考慮するとしてもらった方がいいと思う。弁護士業務上は基本的に差押側に立つことがほとんどであろうが、差押時にそもそも給与振込口座である保障はないし、ボーナスやら退職金やらが入るタイミングを狙うとしても最終的には当てずっぽうでやらざるを得ない。

 さて、そう思って民事の差押でどう判断されているかを調べてみると、実は結構容易に差押禁止が認められている印象である。上記最高裁を当たり前のように思っていたが、実は誤解だったかもしれない。
 東京高決平成22年6月22日、同6月29日(判タ1340・276頁)の囲み記事によれば、債務者が差押範囲変更の申立て(民事執行法153条)をすれば、差押が取り消されるというのが多数説・実務だそうである。そして、この東京高決(前者)によれば差押禁止債権であることさえ認められれば原則として差押は取り消されるということだそうである。ただ、前者の事件では差押前に100万円の引き出しがあったので、生活に困るような状況はないだろうということで、差押範囲変更の申立てを棄却した原決定が維持されている。後者の決定でも差押前に90万円の引き出しがあったようであるが、こちらは原決定が変更されて差押命令が取り消されている。
 というわけで、どうやら民事の差押についてはBの主観的要素は考慮されず、Aの客観的要素もあまり重要ではなく、生活の困窮があるかどうかという観点が重要な要素のようである。というわけで、上記②について同様には考えていないことがわかった。要するに、民事の差押であれば、たまたま差し押さえたものが給与債権等の差押禁止債権の転化したものであれば、そこは差押範囲変更の申立てで容易に除外されてしまうということだ。まあ、あくどいサラ金の取立てなんかを考えると仕方ないかもしれないが、どっちかというと踏み倒す方が圧倒的に容易な現状に鑑みると若干不満ではある。まあ、改正されて強力になった財産開示を有効活用するしかないだろうか。

 それにしても、税金の滞納処分の場面ではBの要素を考慮するということは、税金は結構優遇されていることになると思うが、問題だろう。

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2020年6月 8日 (月)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相③―録音禁止命令と記者会見の違法性

 今までの2回でだいぶ量を書いたので、最終回は録音禁止命令と記者会見の違法性という2つのテーマについて軽く一言しておきます。

1 録音禁止命令について
 本判決について、録音禁止命令への違反が雇止めの合理性を認めることにつながった事例だという評価の向きがありますが、ミスリーディングだと思います。
 前回紹介したとおり、高裁判決が雇止めの合理性を認めた根拠は、ア録音禁止命令や誓約に違反し、自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した、イ「労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない」、ウ職務専念義務違反(パソコンやメールの私的利用)を根拠に合理的理由があるとした、というものです。前回も触れたとおり、アはイの準備行為で、アの行為単体がそれほど重いのではないと思います。また、「自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した」という認定なのですから、録音命令違反でも本当に備忘のためであれば同列に扱われたかは疑問です。
 さらに、禁止されかつ雇い止めの際に問題とされたのは「執務室での録音」であって、「面談や交渉の場面の録音は個別に許可」されていたことは注意を要します。
 以上、面談や交渉の場面をこっそり録音しておくことは禁じられないと思いますし、これまでの裁判例を見る限り禁じたとしても録音の証拠能力が否定されるハードルは相当高いと思います。結局、「執務室内での録音は一般的に禁止し、個別に違反が発覚したら注意指導すべきだが、常に録音されていることは意識しておかなければならない」となると思います。本件は特殊な事案で、単に録音命令違反にとどまり、その録音をマスコミに提供し、「復帰してすぐに保育園が見つかったのに正社員に戻してくれず嫌がらせを受けた」という虚偽のストーリーを自分の権利実現のためにマスコミに流したという事実がなければ信頼関係の破壊すなわち雇止めの合理性にはつながらなかったと思います。録音命令違反を過大視することはできず、先例としての価値もあまり大きくないと思います。

2 記者会見の違法性について
(1) この違法性を認め、55万円の支払を認めた高裁判決は、流石にこの事案の特殊性を十分理解した今となってもなお驚きです。高裁判決のなかでもY側の不法行為の成否の際に触れられていますが、「被告の立場から事実関係及び認識を説明したものであって、訴訟の反対当事者による対抗言論」という観点が無視できません。結果的に否定されたとしても、判決が確定するまである事実の存否とか主張の当否は確定しないので、訴訟の一方当事者の主張を軽々に不法行為と判断することはできないわけです。
(2) 高裁判決のポイントは、次のとおりかと思います。
 ① 記者会見は民事訴訟上の主張と異なり被告の反論の場がないことを重視したこと
 ② 「報道に接した一般人の普通の注意と読み方を基準」とし、単なる一方当事者の主張ではなく、事実の摘示と判断したこと
 ③ 具体的な発言で、Yの信用低下をきたし、かつ真実相当性も否定されたのは次の3つです
  ⅰ 平成26年9月に育児休業期間終了を迎えたが、保育園が見付からなかったため休職を申し出たものの認められず、Yから週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた
  ⅱ 子を産んで戻ってきたら、人格を否定された
  ⅲ Yが労働組合に加入したところ、Y代表者が「あなたは危険人物です」と発言した
  まずⅰはちょっと厳しすぎやしないかとは思います。判決で自由な意思だったと認められるのはいいのですが、「週3日勤務の契約社員になるか自主退職するかを迫られた」はXの内心の評価の問題でもあるし、まあ退職になるよりはマシだとは言え、Xの本意ではないことは明らかでしょう。そもそも事実の摘示と認めるかどうかについても議論があるところでしょう。
  次にⅱはなるほど、「Xの主張を見ても、YによるXの人格を否定する言動を具体的に指摘するものではない上、証拠を踏まえても、XがYから人格を否定される言動を受けたことにつき、具体的な立証があったとはいえない」としているので、かろうじてOKかもしれません。ただ、この発言自体あんまり破壊力が強いとは思えないのですが。。。
 最後にⅲは、もとの発言は「あなたが組合とかって関係なく、危険であるというところで」です。これを組合に加入したところ「あなたは危険人物です」と言われたというのはさすがにやりすぎでしょう。「文脈からすると、「危険」とは、クラスに穴を開けることが懸念されたなどのYにクラス担当を任せることについてのリスクをもって「危険」という表現を用いたことが認められる」とされているが、正当です。
 (3) 細部を見ると首をかしげたくなる部分がある判断でありますが、こういう判断が出たのは何度も触れた保育園のウソであったり、高裁判決も指摘しているが平成27年6月6日のメールが「記者会見を一審被告に社会的制裁を与えて自己の金銭的要求を達成するための手段と考えている趣旨のメール」と悪印象を与えたことが大きいのでしょう。
(4) なお、この高裁の判断だと、「もうちょっとうまく言ってればセーフだったんじゃない?」という疑問もあります。ざっくりと本件を見た場合に、「俺なら自分で養うつもりで妊娠させる」を文脈から切り取ってマタハラ企業の印象づけに使ったことが一番の問題なのではと感じます(もちろん私の超主観ですが)。上記3つの発言なら、なしかちょっと言い回しを変えるだけでXの望むような効果は得られたのではないか?との疑問もわきます。
 また、マスコミ側も節操がない部分はなかったでしょうか。Yの言い分をちゃんと報道しているようなマスコミは当時どのくらいあったのでしょうか。もちろんXのよろしくない部分もありますが、マスコミの扱いの問題性も大きいような気がします。まあこの問題は少し難しすぎますね。最高裁でこの部分は変わるかもしれません。

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2020年6月 6日 (土)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相②―事実認定の評価と使用者側の対応に学ぶこと

<判決が認定した事実経過>
H25.03.02 Xが出産による育児休業を開始
H26.02.26 育児休業期間延長(1年6ヶ月の最大期間まで)
H26.08.23 面談。Xは育児休業終了後にさらに3か月間の休職を求めたが、Yは応じず、Xは退職する意向を表明
H26.08.26 一転、Xが電話で、週3日勤務の契約社員として復職を希望を伝える。Yは9月21日から毎週日曜日午前10時に開講されるクラス1コマを担当させる予定とした
H26.09.01 Y代表者、上長が顧問社労士同席の上、契約内容を説明、雇用契約書と秘密保持に関する誓約書に署名。顧問社労士はXの質問に答え、正社員としての労働契約に変更するには別途合意が必要と説明
H26.09.07 復職後担当した説明会においてXが受講生からの質問に対し沈黙してしまい、上長の提案により、Xが別のコーチ担当のクラスをオブザーブ。他の従業員らのいる前で、そのコーチの能力に問題があり、「危機感すら感じる」と発言
H26.09.09 Xが保育園が見つかったとして10月から正社員としての復帰を申出(保育園が見つかったというのは実は虚偽であった)。翌日代表者にメールでも伝えるが、代表者は現段階では正社員への変更は考えていないとのメールを直ちに送信
H26.09.19 Y代表者、上長、顧問社労士と面談。正社員復帰やいつ正社員に復帰できるか尋ねるXに対し、復帰には信頼関係が必要で、正社員に戻れる時期を確定はできない等回答。Xは納得せず「労働局に相談に行く」と述べるが、そのような行為は余計に波風を立てることになるのではと回答。面談後、上長はXをクラス担当から外し、TOEFLコースの資料の作成をメールで指示
H26.09.21 X、労働局に労働関係紛争の解決援助の申出。同日、Xは同僚らに「上長から産休コーチが帰ってくると組織のバランスが乱れると言われた」と話した。旨話した。その後、他の同僚に対し「Yににいじめられている、あなたも妊娠を考えているなら気をつけた方がいい」などと発言
H26.09.24 上長と面談。上長が「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言し、録音される
H26.10.06 代表者と顧問社労士が労働局に行き会社の立場の説明。同日XはZ合同労組(女性ユニオン東京)に加入
H26.10.09 Z労組、正社員契約への変更、勤務時間を午前11時から午後4時までを含む1日6時間とすることなどを求めて、団体交渉を申し入れ
H26.10.18 XとY代表者、上長で面談。X「正社員に戻れるのかと時期が不明なまま」との不満を述べる。Y代表者は「信頼関係が構築される必要がある」として時期は明言しなかった。クラス担当を外した理由について「ブランクがあり徐々に慣らしていくことが絶対に必要」と上長話し、Y代表者同調。さらに、Y代表者「あなたが組合とかって関係なく、危険であるというところで。」と発言
H26.10.22 9月7日に他のコーチのクラス運営について,危機感すら感じると他の社員に聞こえるように大きな声で発言したこと、21日に同僚に対し「産休コーチが帰ってくると組織の規律が乱れる」と言われたとの事実と異なる内容を話したこと、勤務時間について希望を過度に主張したことについて、これらの言動を慎み、勤務態度を改善するよう努力する旨の指導書交付。
H26.10.25 16通の業務指導書・警告書などを一括交付。指導に従うときには,上記各文書の「文書の趣旨を理解し、改善向上に努めます」との記載がある欄に署名して提出し、異議があればその記載するよう求めた。指導書のうち1通はYが退職勧奨をしていないのに退職勧奨をしたとXが他言していることにつき禁止するもの、別の1通は執務室における録音を禁止するもの、別の2通は「自分がターゲットにされている。」、「会社にいじめられている。」、「妊娠したいなら気をつけた方がいい」、「『産休明けの社員が戻ってくると社内規律が乱れる』と経営陣が言っている」と発言し,職場の秩序を乱した等として指導をするというもの。
H26.10.26 Yは25日の各指導書等を読み合わせの上提出するよう求めたが、Xは持ち帰って検討するとする。
H26.10.29 X各25日の指導書等には署名しないとし、返却。Y代表者は業務改善指導に従わず、改善の見込みがなしとして改めて厳重指導を行う等の指導書を交付
H26.10.30 X、Y代表者出席の上団交。Xを正社員に戻すように要求したが、Y代表者は直ちに応じられないとする。組合関係者は「保育園の入園が決まっている」としたが、Xは事実と異なるこの発言を訂正せず。
H26.11.01 Y、Xに対し数々の指導に関して改善を行うよう業務改善指示を行う。労働局への相談や組合加入によるものでない旨の記載がある指導書交付
H26.11.19 このころ、9月19日以降のXの言動を挙げ、Xが指示命令に素直に従おうとせず、正社員に戻りたいとの自己の主張のみを押し通そうとして、一審被告との間の信頼関係を構築する努力を全くせず信頼関係が破綻しており、正社員には変更できない旨の回答書送付
H26.12.02 団交するもまとまらず、以後、団交は一旦中断
H26.12.10 X、業務用のパソコンを用いYの他の従業員に対しY告代表者の発言を批判するとともに、「早くあの場から去りたいですが、辞めると交渉権を失ってしまうので、会社の敗北をしかと見届けるまで、戦います。」、「面白いことに、時間が経てば経つほど、会社はボロを出してくれています。…引き続き、報告はさせてくださいまし。ひひ^^」等のメールを送信
H26.12.12 Y、組合に対し職場復帰した当日にYの全従業員に対し「保育園が決まり次第、週5日勤務で働くことになっている」などと誤った内容の挨拶をし、正社員化への既成事実を作ろうとして不誠実な態度を取ったほか、自己中心的な要求を行ってYの労務管理担当を混乱させるとともに、Yの女性従業員に対し「私、会社にいじめられているから、あなたも妊娠を考えているなら気をつけた方がいいよ」などと事実でないことを吹聴し、いたずらに女性従業員の不安心理をあおり、企業秩序を乱す言動を行ったことなどを総合判断して、9月10日の時点でXを信頼してコーチとしてクラスを受け持たせ正社員に契約変更することはできないと決定した旨を記載した回答書送付
H27.05  X、マスコミに接触し、育児休業の終了に際して本件契約社員契約を締結し、その後正社員に戻すことを求めたが、Yが応じなかったことに関する情報を録音データとともに提供。XYは匿名ながら、東京都内の教育関係企業で働く女性が直属の男性上司から「俺なら、俺の稼ぎだけで食わせる覚悟で,嫁を妊娠させる」と言われた、育児休業終了後に子が保育園に入れば正社員に戻すとの条件で週3日勤務の契約社員として復帰し、その後保育園が決まったのに、上司は正社員に戻すことを渋り、押し問答の末に上記発言が出た、女性は社長とも話し合ったが、「産休明けの人を優先はしない」などと言われ、嫌なら退職をと迫られた、まさに社を挙げてのマタハラで、労働局の指導も会社は無視、女性の後に育休を取った複数の社員も嫌がらせを受けて退職した旨が報道された。Xは同僚に自分の関与を明らかにする。
H27.06.04 Y代理人名の内容証明。労働審判を申し立ての通知と、上記報道記事記載のX発言は真実に反するから、マスコミを含む外部の第三者に対して本件に関する不用意な発言を厳に控えるよう強く要請する旨の通知
H27.06.06 X、業務用パソコンで自宅のアドレス向けに「弁護士折衝において」と題して、「今、「マタハラ」が脚光を浴びていること。提訴し、記者会見をすることで、裁判には前向きです。」、「基本的に、私は,裁判に前向きです。その前に、早期解決を図るため金銭的和解に応じるのであれば、800万円。その金額以下で、裁判を避けることは考えておりません。提訴することが決まり、会社名を公表した記者会見をし、その後、和解、という流れで、会社に対して、十分な社会的制裁を与えることができれば、800万円という金額にはこだわりません。会社は、裁判というより「記者会見」を嫌がるでしょう。「記者会見」を避けるために、こちらの言い値を支払うこともありえると思っています。」と記載したメール、上場に夏季休暇の確認をしたところ,Y代表者からメールが送信されたことに関して、「白状すると、私がちょっと嫌味なメールを送り、仕掛けたところがあります。」「弁護士から内容証明が送られる6月5日以降に、反論したいと思っています。重箱の隅をつつくような反論ですが、「矛盾している点について、抗議の姿勢を示しておくこと」に意味があると思っています。」と記載したメールを送信

1 事実経過に対する評価
 使用者をY、労働者をXとしています。これでもだいぶ端折ってまとめていますが、膨大な量です(もう少しまとめようと思いましたが面倒になってしまいました(笑))。9月9日に保育園が見つかったとしたのが虚偽であったことは高裁段階で明確になったのは前回記事のとおり(もっとも高裁判決は新証拠である弁護士照会を待つまでもないとしていますから、原審段階でも同じ認定は可能であった趣旨でしょう)です。
 確かにXは正社員復帰の意欲は一貫してもっていたのでしょう。育休の延長ができないとわかり、8月26日に一旦退職の意向を伝えたのは本意でなかったはずでしょう。まだ未練があったから29日に一転契約社員での復帰を申し入れたのでしょう。9月1日の説明時も正社員にいつ復帰できるか気にして聞いているが、社労士から契約の再締結が必要と言われて容易ではないと悟ったでしょう。9月2日の復帰後、9月9日には例のウソであったところの「保育園が見つかった」との話を出して正社員での復帰を求めているが、これはいわば正攻法ではだめでこうとでも言わないと正社員復帰は難しいと感じはじめていたからでしょう。このあたりでXは手段を選ばず正社員への復帰を求める方向に転じたのではないでしょうか。9月19日には労働局に相談に行くと述べているが、これはやや過激です。なぜこうも焦ったのでしょうか。
 推測に過ぎませんが、育休明けまでのYのXに対する評価としては「ちょっと変わったところはあるかもしれないが、辞めてほしいような人材ではない」というくらいのものであったのではないか(もっとも復帰後出された業務指導書では8月26日の会議までにも暴言を吐いて会議時間が大幅に延期になったとして指導しているのですが)。8月26日の3日後一転して契約社員での復帰を申し入れられ、急ではありながらもなんとかコーチのポストを調整しています。ここまでのYの対応は全く誠実と評価してよいのではないかと思います。「どちらかというと辞めてほしいような人材」であったとすればこの調整までしなかったのではないかと思われます。「退職前提でコーチの担当を組んでしまったから今更無理だ」という対応もY側には考えられました。復職後、説明会で受講生からの質問に対し沈黙してしまい、上長がオブザーブを提案したのも多分純粋に好意であり、同時にこのままコーチに復帰させて大丈夫かと心配下からだと推測されます。はじめの転機は9月7日のオブザーブ時のXの発言でしょう。どうやら他のコーチのクラスをオブザーブしてその内容が至らないと見たのか、「危機感すら感じる」と他の従業員の前で発言したというのです。これはちょっと普通ではありません。Y側もここまではすぐには無理としても後々正社員として復帰させることも考えていたかもしれませんが、この言動は方針転換に影響を及ぼしたのかもしれません。おそらくYは9月19日にXを切る方向を固めたのではないかと思います。面談時「労働局に行く」などとかなり不穏当なことを述べたから、面談後Y代表者、上長、顧問社労士で方針について相談検討したでしょう。危機感すら感じる発言や労働局に行く発言などから、「今後信頼関係を維持するのはムリ」と結論を出した可能性が高いです。そうして、面談後に上長がクラス担当を外すというメールを送付することにつながります。
 以上、復職前後のXYそれぞれの思惑について、全くの推測ですが検討をしてみました。公正な目に立ってみてもやはりあまりXに同情できません。Y側に責められるべき点というか、超誠実であることを求めるのであれば、9月2日に正社員に復帰するには別途契約が必要だと説明するに際し「正社員に戻るといっても、Xの保育園の都合だけではなくて、少ない人数でクラス担当を含め限られた仕事を回しているなどこちらの都合もあるから、1年くらい待ってもらう場合はあるよ。でもあせらずちゃんと仕事してもらえればいつかは正社員契約に変更になるから」とでも説明しておけばよかったのかもしれません。これは理想論としてはあり得ますが、前回記事で紹介した学説がこう説明しておかないと不利益取り扱いだ、真意による同意がないのだ、という議論をするのであればそれは行きすぎでしょう。まあ、Xに少しでも同情する余地があるとすれば、こういう説明を受けていれば9月9日以降保育園が見つかったというウソや労働局に相談に行くという脅しという極端な手段で復帰を求めるという「暴発」を起こすことはなかったのかもしれません。また私の評価では、コーチの任を解いた時点でYはXを切る方向に転じたと考えられるので、Yが「嫌がらせ」と言いたくなる気持ちは理解できます。しかし、9月7日の「危機感を覚える」発言、9月9日には保育園のウソをついても正社員復帰を求め、9月19日には労働局に相談に行くと脅すとエスカレートしたXの行為は申し訳ないが正当化できないと思います。
 以上の解説からおわかりかと思いますが、正社員復帰の道を自ら閉ざしたのはXの行為です。Xがあせらず、即時の正社員復帰にこだわらず、実績を上げる方向で努力すれば本件はこうなっていません。Y側はそうする機会は9月19日にコーチの任を解くまでは十分に提供していたと評価できます。

2 Yの対応に学ぶもの
 一連のYの対応について、評価できる点と課題を指摘します。
 ① 育児休業の再延長を拒否したこと、契約社員として復帰することを選択しなければ退職とならざるを得ないこと、契約社員として復帰する際に提示した条件いずれも合理的です。特に本心ではあまり復帰を歓迎しない労働者の場合ここが雑になりやすいものです。
 ② 9月2日の再契約時から顧問社労士を立ち会わせているのも、あるいは将来的な紛争の萌芽を感じとっていたからかもしれません。そうであったとすれば素早い対策です。
 ③ 説明書面に「正社員復帰が前提です」と記載されていたことは本件地裁高裁判決ともに何らの合意なく当然に復帰するという意味ではないという判断ですが、「正社員復帰が予定されていますが、正社員契約を締結しなおす必要があります」などと記載すればよかったのではないでしょうか。
 ④ 9月9日に保育園が見つかったから正社員復帰したいとの連絡に対し、すぐにY代表者が「現段階では正社員への変更は考えていない」としたこと(なお地裁判決によると「詳細は9月19日の面談で話す」としたらしい)は、良し悪し両方の評価が可能であるように思います。9月19日の面談内容を受けて嫌がらせ的に復帰を阻止しようと考えたという評価を免れられたのが良い点、面談前から復帰させる意図はなかったと評価される恐れがあるのが悪い点です。結果的に前者のメリットが大きかったように思います。
 ⑤ 9月19日の面談については、地裁段階では事実認定はもっと詳細です。おそらくこの日ままだXは面談の録音をしていなかったのではないでしょうか。面談内容の認定は陳述書と尋問によったのではないかと思われます。
   地裁判決の認定などを考え合わせると、9月19日(代表者のメールであれば9月9日)に即時の正社員復帰はできないとしたYの対応はやや厳しいのではという疑問はあります。8月23日にXが復帰を一旦断念するまではYは正社員復帰を前提としていたはずですし、8月26日に一転復帰をいわれた際には短期間で調整してコーチを割り当てるようにしています。が9月9日は何ら検討した形跡なく、すぐに「現時点での復帰は考えていない」というのは若干不自然ではあります。9月7日の「危機感すら感じる」発言、そしてオブザーブの前提となった生徒の質問に対する沈黙、上記では省略したが9月7日にXは「被告代表者又はAから聞いているかもしれないが、保育園に子を入れることができ次第、1週間5日勤務の正社員として働くことになる、まだいつになるか分からないが、その際は今よりもYに貢献できるようになるかと思う」というメールを上長に送り、上長はこのメールをY代表者に転送し「然るべきパフォーマンスを発揮したら復帰という自分の認識とギャップがある」と述べています。復帰当日にもXは「保育園に預けられなかったから契約社員で復帰したが、保育園が決まり次第週5の正社員に復帰したい」というメールを同僚に送っているようで(なお、地裁判決はこのメールに対する返信でY代表者らが復帰に関する認識の違いを述べなかったことを指摘しています。が、仮に「認識が違う」と思っても復帰間もないYを慮ってそう指摘しないことはあるでしょう。現に上長も7日のメールを受けて認識の違いに困惑したのが、直接Yにその旨指摘することはしていません)。要するに復帰直後のXの様子を見て、上長ひいてはYは「正社員に戻すのはブランクや問題発言があり危ない。その割に保育園が見つかれば正社員にすぐ復帰できるかのようにXは言っている」と早期に正社員に復帰させることに危機感を覚えていたのではないかと推測されます。それが復帰前の比較的柔軟な対応と、復帰後の「すぐには正社員に戻さない」という比較的強硬な対応の差になっているのではないでしょうか。9月19日の面談内容は地裁の認定の方が詳細ですが、確かに地裁の認定のとおりだとすると「正社員として戻ったけれども育児休業明けだからといって優遇しては組織のバランスが崩れてしまう」とYは述べています。「クラスには穴を空けないということが大前提」と述べたことは高裁認定でも維持されています。これは確かに育休明けの従業員に対しては柔軟性を欠くといわれても仕方がないでしょう。
   結果Xも労働局に相談に行くと述べるに至り、前述のようにYもここでXを切る方向性を固めたのでしょう、面談後にクラス担当を外す連絡をしています。
   9月19日の面談をどう評価するかは難しいです。Y側のやや強硬な対応が「労働局へ行く」の引き金となっているのだとすれば、Xにやや同情の余地はあります。ただ、9日時点での保育園のウソなどと比較した際にY側の対応がそれほどに悪いとは思えません。やはりX側の、とりわけ復帰後の行動が「すぐには復帰は絶対させない」というY側の態度の硬化を招いてしまったものと思います。
 ⑥ 19日の面談後の対応は評価が分かれると思います。私は道義的な良し悪しではなく、損得の問題としてYの対応はやりすぎだと思います。善悪を措くとして、客観的に9月19日の面談時点でXの正社員復帰の可能性はなくなったと見ざるを得ません(善悪を措き、Xが正社員復帰を望むなら引き下がって契約更新時の切り替えを望むしかなかったはずです)。10月25日の大量の指導書等は指導に従って事態が改善することを目的とするのではなく、裁判へ向けた証拠づくりでしょう。で、Xを切る方向を固めるとして即コーチの任を解く、数日後大量の指導書を出すというのでは印象が悪すぎる。地裁はこの点を重視しており、実際にYにとって大幅に不利に作用しています。私がこの時点で相談を受けたなら、コーチの任を解くことはもう少し状況をみるべきと言うと思うし、業務指導書はもちろん出すべきすが、特に交渉の内容に関わるようなものは控えた方が無難ではないでしょうか。地裁判決では全指導書等の内容が認定されていますが、「労働局から歩み寄ってはどうかと助言されたのに自己の主張を通そうとするのは社内秩序を乱すから指導する」という類のものは私なら出しません。①虚偽の事実の流布(そこに退職勧奨等を列挙する)、②職場の秩序を乱す言動(妊娠したら気をつけろ、危機感すら覚える)、③録音禁止くらいで足りるのではないでしょうか。その後指導に重ねて違反した際にさらに強い警告書、懲戒処分と進むべきものだと思います。
 ⑦ 9月24日の上長との面談の際、上長が「俺は彼女が妊娠したら、俺の稼ぎだけで食わせるくらいのつもりで妊娠させる」と発言しています。本件では復帰直後からXは執務室及び面談時の録音を行っていたが、後日この録音がマスコミに公開され、Yがマタハラ企業であるとの印象づけにも大きく影響を及ぼすこととなりました。本判決では文脈を踏まえて「適切なものとはいえないものの、就業環境を害する違法なものとまではいえない」としていわば救済されましたが、地裁判決では厳しく指弾されていた部分です。
   この点は教訓とすべきであり、Xの録音を予想し、発言は慎重に行うように徹底すべきでした。遅くとも9月19日の段階で顧問弁護士も交え、今後録音もありうることを予想しつつ、面談には慎重に対応するよう代表取締役・顧問社労士・当該上長を含めて確認されていればこのような失敗は回避できたはずです。
 ⑧ その後の対応は概ね良いと思います。団交対応、更新拒否通知の送付のタイミングとその内容等、参考になる部分が多くあります。
 ⑨ ところで、12月10日の「ひひ」メールを含め、会社のアドレスを通して組合やXの代理人弁護士にメールを送付していたことから裁判にはXのメールが証拠として提出されるに至った(と思われます)。「ひひ」メール以外に、800万円以下では裁判外の解決を望まないとか、まあ少なくともXからすればあまり裁判所に知られたくない内容のメールが証拠として提出されることになっています(業務用パソコンのゴミ箱から復元したと高裁判決の指摘があります)。これは形式的に職務に専念していないとか社用物の私的利用と評価される以上の意味が実際はあるでしょう。このメールがなく、保育園のウソだけで高裁の結論が変わったかはわかりません。その意味で、実は会社のメールで送ってくれたことはYにとって幸運だったと思います。

3 雇止めの可否と残された課題
 (1) 本件有期契約が労契法19条2号の更新に合理的な期待があるものにあたるとした結論は当然ですし、特に異論はないでしょう。そこで、雇止めに合理的な理由があるかですが、高裁判決はア録音禁止命令や誓約に違反し、自己に有利な会話を交渉材料とするために録音した、イ「労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、Yの対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対してYが育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない」、ウ職務専念義務違反(パソコンやメールの私的利用)を根拠に合理的理由があるとしました。
   このうちウは実質的には送ったメールの内容が問題で、アイの認定に大きく寄与しているが、ウ単体では大した問題ありません。アは備忘のためだというXの主張を否定して「自己に有利な会話を交渉材料とするため」とまで認定されたことに注目を要します。イは判決文をそのまま引用しましたが、ここまで判決が言い切ってくれるのはまれで保育園のウソからいわゆる心証の雪崩現象が起こったのかと思います。アはイのいわば準備行為だから、イが最重要な理由です。イは実際そのとおりだと思いますし、だから本件では雇止めを可とする結論に賛成です。ただ、逆にここまで認定する材料が揃ってない事案だとどうなるかは気になるところではあります。
 (2) 本件が特殊な事案なためクローズアップされませんでしたが、残された課題は「仮にYが誠実に契約社員としてその職務を果たし、保育園が決まるなどしてフルタイム勤務も可能になり、1年後の更新時に正社員への復帰を求めた場合にこれを拒否したらどうなるか」という問題でしょう。前回記事で学説の批判の意味がよくわからないと書きましたが、この点をいうのかもしれません。つまり、本件の地裁高裁判決を前提とすれば、正社員復帰は再契約を締結することが前提なので、再契約を締結されない場合損害賠償の問題にはなっても地位確認請求はできない、という帰結になるのかと思われます。本件の事案としての処理に影響はないが、確かに本件でXが主張したような停止条件付正社員契約であるというような構成は考えられます。

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2020年6月 4日 (木)

ジャパンビジネスラボ逆転高裁判決の真相①―事案のキーポイントと育休明けに即復帰できない労働者との正社員契約を有期雇用契約に切り替える際の注意点

 ジャパンビジネスラボ事件の逆転高裁判決(東京高判令和元年11月28日・労経速71巻4号3頁。裁判所HP https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/146/089146_hanrei.pdf)のことはニュースで出たときから気になっていました。報道をみるとざっくりとマタハラ企業とマタハラ被害で契約社員にならざるを得なかった哀れな労働者という構図が鮮やかにひっくり返ったようで、理論的な部分よりは事実関係の詳細や事実認定のどの部分がどうひっくり返ったかが気になっていました。一審判決も読んでいなかったのですが、今回検討する機会があり、自分の中ではスッキリしたので、紹介します。

1 キーポイント
 今回地裁高裁の判決文にすべて目を通してみましたが、高裁の事案に対する見立ての方が正しいでしょう。
 労働者側のストーリーは「育休明けに保育園が見つからなかったので、そのままでは復帰できないから契約社員として復帰することに応じたが、復職後すぐに保育園が見つかったので、正社員に戻してくれといったら断られ、様々な嫌がらせを受けた」というものです。ところが、高裁段階で「復職後すぐに保育園が見つかった」というのは嘘だったことが明らかになっています(判決は明確に嘘だとは言っていませんが、実質的にそう言っているのと同じだと思います)。高裁段階に行った弁護士照会でこの事実が明らかになったようですが、高裁はこの弁護士照会を待たずに保育園が見つかったという労働者の供述について信用性に疑いを入れています。とはいえこの新証拠は逆転に際してかなり大きかったと思います。労働者側のストーリーの核心部分が崩れたわけですね。
 高裁の事案に対する見立ては、大雑把に、労働者は真摯に復職のために手を尽くしていたのではなく、法的に正当な手段では目的が達成できないので、(マタハラが問題視される時流に乗って)、衝撃的な録音をマスコミに流したり、紛争中であっても許容できないほどの虚偽(とまで断言しているわけではないですが)の内容の記者会見を行って、自分がマタハラ被害者であることを世間に印象付けようとしたというものでしょう。地裁は正社員契約の継続を認めなかったあたりはそれでも自制的だったとおもいますが、まんまとこの労働者側の作戦にハマってしまった、というのが両判決を読んだ私の印象です。
 ご本人や支援者の方には悪いですが、この事案をマタハラ被害の事例として世間や裁判所に訴えていくのはスジが悪すぎて、かえって自らの首を締めることになりかねいと思います。尊属殺違憲判決事件以前に数度合憲判決が先行していたように、従来の判断の変更とか、先例的な判断とか、政策形成的な判断を得るにはそれに見合った事例が必要です。本件は上告されていますが、この事例でかつ高裁の事実認定を前提に最高裁が破棄をするかは大いに疑問です。もっとも最近の最高裁は読めないところはありますが。

2 育休明けの復職についてどう対応すべきか
 事実認定の詳しい部分は次の記事に譲ることとし、まずは育休明けの復職についていかに対応すべきか、本判決から読み取れることを述べたいと思います。
 本判決のポイントの1つは、育児休業明けにフルタイム勤務できない労働者の正社員契約を有期雇用契約に切り替えて締結することの有効性について比較的緩やかに認めたことにあります。有期契約を切り替えずに正社員契約を維持しつづけたとすれば、子どもの育児がある以上フルタイムで働くのは困難になり、育児休暇はもうとれないのですから、有給や別の休暇で対応するしかありません。しかし限度があり、本来出勤すべきときに出勤できない状態になるでしょう。そうすると、正社員として週5日フルタイムで労務を提供するという労働者の義務を果たせなくなるわけで、いずれは普通解雇・懲戒解雇になるか、それより前に判決が指摘するように任意に退職することにならざるを得ないでしょう。これと比べて有期でも雇用が維持されることは必ずしも不利ではないと考えているのです。この点は地裁判決も本判決もほぼ同じです。
 極論を言えば育休の最長期間を使い果たしてもフルタイムで復帰できるような状態でなければ即解雇(実際もし本当にやるとしたら出勤命令を出して従わないこと多数→懲戒解雇となるので育休明けから少し時間を要することになりますが)とすることも即育介法の明文規定に違反するわけではありません。が、まあ普通はそういうことはしないと思いますので、本件のように「週3の契約社員に切り替えるか、退職にするか」というような話合いを持つことになるでしょう。大企業ならいいですが、中小企業では契約社員に切り替える余地すらない場合もあると思います。実際例えばもし私のような弱小法律事務所でそうなったら本当にこまると思います。一定期間フルタイムで働いてくれる契約社員を確保することを考えなければなりませんが、その場合「週3で勤務されても正直持て余すなあ」ということになりかねません。こういう場合は退職してもらうほかないかと思いますが、こういう事例ですべて「退職の合意は無効」とか「育介法・均等法違反の不利益な取り扱いだ」とされてしまっては多くの中小企業の経営者はたまらないと思います。
 したがって、退職や解雇になるよりはマシとして、この点を重視して有期雇用への切り替えについて真意に基づく同意がありとか育介法・均等法違反や錯誤の否定を行った地裁高裁判決は実質論として妥当だと思います。上記極論のようなことをやれば真意に基づく同意が否定されたり、育介法・均等法違反が認定されることになるでしょう。それで十分バランスがとれています。
 ただし、本判決は「即解雇とせずちゃんと話合いをもって有期に切り替えれば有効」とまで言い切っていると読めるわけではないので、その点はご注意下さい。次の記事で触れると思いますが、下記のとおり育休明けに復帰できないと分かって一旦退職を選択したが、その3日後一転して契約社員での雇用を求めているなどの事情も考慮されています。ただ、私見では仮にこのような事情がなくても有期への切り替えの有効性は認められるべきだと思います。
 本件における使用者側の対応を確認しておきます。本件では休業期間を法律上の最大期間まで延長したところ、さらに労働者から3ヶ月の延長という法律で定められた以上の措置を求められたのですがが、使用者側は拒否し、労働者は一旦は退職の意向を示します。ところが一転して週3日勤務の契約社員として復職を希望する旨を伝えたため、使用者側は約1ヶ月後から一つのクラスを担当させるように調整し、希望どおり契約社員として復職させることとしたのです。そうして現に契約社員として復帰しています。本件の労働者は語学スクールのコーチという講師のような仕事だったのですが、一転復帰を言われた割には正直よく調整したなという印象を持ちます。余談ですが、一旦退職の意向を示した後にすでに補充の正社員の雇用を決めており、他に当該労働者の希望に沿うようなポストを用意できないような事情があれば、契約社員としての復職すら必要でなかったのではないかと思います。

3 学説による批判に対して
 以上に対し、学説からの批判は強いようです。高裁判決の評釈はまだ出てきていないので、地裁判決の評釈をいくつかあたりました。揃って地裁判決が有期契約への切り替えの有効性を認めたことに対し批判的でした。
 実質論としては、要するに将来の正社員復帰を前提に人員配置や一時的な別の非正規雇用で当面労働者がフルタイム勤務できないことを凌ぐことを強いられる会社の負担と正社員という地位の喪失や給与面の待遇低下という不利益を強いられる労働者との利益衡量の問題です。私は2項で書いたように、即解雇というような極端なことをはやらずに、会社側も誠実に調整して当面の雇用形態について妥当な条件を提示すれば足りると考えています。今あらためて各評釈を読み直してみても、批判的な学説が実質論としてそれ以上の何を求めているのかは率直に言ってよくわかりません。例えば「私傷病による休職からの復帰過程において一定の猶予を置くことを求める裁判例の傾向と整合的でない」(石崎由紀子「一審判批」ジュリ1532・107頁)という指摘がありますが、別に一審判決や本判決は「職を失うよりマシだから契約社員として提示する条件は何でもいい」というようなことを言っているわけではないと思います。あるいは「法定の休業期間で復帰できなかった人も、無期正社員であったのだから、無期正社員の地位を失わせるようなことはあってはならない」という趣旨なのでしょうか。そうであればそういう価値判断自体は一応理解できなくはありませんが、そこまでの負担をすくなくとも解釈論で使用者に課すことは反対です。使用者に法律で定められた育児休業期間以上の期間を付与せよというに近いと思います。立法論として育児休業期間のさらなる延長をするなどして対応することは否定はしませんが、保育園の数や質、入園のしやすさなどの知識がまったくないので、その適否を論じるのは私の能力を超えます。
 本件は事案としてかなり特殊です。契約社員として復職し、やがて本当に保育園が見つかり、フルタイム勤務が可能になったところで、少々のタイムラグはあるにしても合意によって正社員に復帰する、本来はこういう経過をたどったはずです。そうならなかったのは本件の労働者の特殊性によるもので、正直学説からの批判はこの事案の特殊性を十分理解していない前提で展開されているように感じてしまいます。

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2020年5月 5日 (火)

ロードバイクは路肩を走ることは予定されていない、第1車線を走れだと?!

 このブログでは基本的に法律の話しか書いてないので、私のしょーもない趣味の話とかは出てこないわけですが、去年の8月にロードバイクを購入して以来すっかりハマっているわけです。昨年末にロードバイクで台湾一周をしようと企てたところ、コケて鎖骨を折って手術するという醜態でしたが、懲りずにまだ通勤から、コロナ自粛下の運動がてらツーリングしています。なお、コケた事故は完全な単独事故-130キロくらい乗って手が痛くなってきたので、平坦かつ通行量少ない自転車レーンも幅広く安全な道という状況下で、「ハンドルに肘ついて運転したら楽じゃないの」と思って実行したらバランスを失ってコケた-です。

 というドジ話と前置きは置いておいて、自粛下の無聊にまかせて判例タイムズを読んでいたところ、ロードバイクと道路の瑕疵に関する裁判例が載っていたので、ロードバイク乗りの端くれかつ弁護士という観点から一言物申したいと思います。

 さて、問題の裁判例とは、広島高裁岡山支部平成31年4月21日・判タ1468ー56)です。事案の概略は、夜間(夜8時半ころ)、片側2車線の幹線市道をロードバークで走行していた50代の男性が、路肩の排水溝のスリット(幅約2センチ)にタイヤを取られて転倒し、受傷したので、岡山市の道路の設置管理に瑕疵があるとして国家賠償を求めたというものです。

123  現場付近(下記ローソン前。現在は対策が施されているように見える)


 一審は瑕疵を認め、3割の過失相殺をして約38万円の賠償責任を市に認めました。その控訴審判決が上記のものですが、市の控訴を全面的に入れ、原審破棄・請求棄却という判決です。
 なお、ネット上でも判決は公開されています。
http://www.hido.or.jp/14gyousei_backnumber/2019data/1906/1906soshoujirei.pdf
↑高裁判決

 かなり微妙な事案だとは思います。判決が瑕疵を否定した判断のポイントのみ列挙すると、次のとおりですか。
 ・ 原告の自転車は規格23c(幅23mm)のロードバイクとしては標準的なタイヤを装着していたが、事故当時は19mmから20mmだった
 ・ 事故当時の照度(原告目線の高さでの照度が25ルクス程度)、排水溝の色(薄い灰色)などから→スリットを「黒い直線状のもの」と容易に認識できた
 ・ 過去に同種事故は発生していない(なお、ある一日の通勤時間帯4時間における自転車の通行量は1100台、うちロードバイクは31台で、これは南北方向両方の通行量である)
 ・ 路肩は通行が予定されていないという路肩に関する評価

 文句をつけたいのは、「路肩」に関する評価です。
 判決は「本件道路は、片側2車線の歩車道の区別のある道路であり、車両通行帯が設けられているから、自転車は道路の左側端から数えて1番目の車両通行帯を通行しなければならず(道路交通法20条1項)、この規制に従えば、本件路肩部分の外側線に掛かっていない部分を自転車が継続的に走行することはなく、道路外の施設に出入りしたり、自転車の走行が許されている歩道に進入したりするために横断することが想定されるにとどまる。」と道交法からの形式論を述べます。こんな形式論が言えるのはまず担当裁判官も裁判長もロードバイクや、クロスバイクで車道を走ったことがないからでしょう。ママチャリでも幹線道路の車道を走った経験があればまあ言えないのではと思います。

 前提として、「道路左の白線の左側」について歩道がある場合とそうでない場合で法的には区別があることに触れて置かねばなりません。本件もそうですが、歩道がある場合はこの部分は「路肩」で、法的には軽車両含め車両は原則走行禁止です。歩道がない場合は「路側帯」で、軽車両は通行可ですがクルマは走行禁止です。が、これは壮大なフィクションであって、正直歩道があるか否かで区別しているロードバイクはいないのではないかと思います。このあたりが判決の形式論ガチガチのところです。

 さて、ロードバイク等で車道を走行する際の後続車両の追い抜きによる恐怖というのは図りしれません。仮に転倒すれば轢過されることになり、命に関わります。確かにクルマからすればロードバイクの存在は邪魔で危なっかしいことは間違いないでしょう。そう思っているのでしょうが、それでも9割以上のクルマは自動車との距離を十分に取って追い抜いたり、あるいは対向車との関係で安全に追い抜けるところまで待って追い抜いてくれることがほとんどです。が、1割(あるいは実感的に考えると数%くらいかもしれません)、自転車のスレスレを通過して追い抜いていくクルマは確実にいます。大型トラックやトレーラーだと、不可避的にそうなってしまう場合もあります。

 「道路左の白線の左側」を通行するか否かは、主にAこの追越車両による危険性の回避の必要性(通行量や特に大型車両の通過の多寡がメイン、あとは時間・場所や運転者の個性により危険な追抜きを実行される可能性を考える)、B追越車両に対する与える妨害の程度又は迷惑感(ロードバイク側の負い目)・あるいは追越車両によるプレッシャー(クラクションなど)、C「道路左の白線の左側」の通行による安全上・通行上の不利益の多寡とその認識の有無や可能性の程度(「道路左の白線の左側」の広さ、法的な意味でないいわゆるアスファルト舗装のない「路肩」の広さや側溝の上部を含めた凹凸・傾斜等)の3つの要素の比較考量を直感的にやって決めているように思います。
 上記のように抽象化するとわかりにくいので、具体例で述べると、アスファルトでキレイに舗装された「道路左の白線の左側」が十分に広ければ特段迷うことなくそこを通ります。Cの通行上の不利益がなく、Aの安全感があり、Bの後続車両に対する妨害の程度も皆無に近いからです。逆に、いわゆる生活道路などを抜け道として使っていることが明らかな車両であれば、私はB追越車両が主観的にどれほど迷惑感を感じていても、それは当然に甘受すべきと思っているので、クラクションを鳴らされようと「道路左の白線の左側」に退避して譲る気はありません。相応にスピードを上げて(川沿いの見通しのよい道なら30キロくらい)で走行する場合はありますが、それ以上に文句をいわれる筋合いはないと思っているからです。
 本日の帰宅時に、「道路左の白線の左側」を通ったのは、片側二車線ながら信号待ち直後で2列に直進車が追い抜いてくるであろう部分で、金属製の側溝フタの上をゆっくりと走りながら追い越す車両をやり過ごしたのと、アスファルトでキレイに舗装された「道路左の白線の左側」が十分に広い場所でした。後者は説明不要ですが、前者は接近して追抜く車両が現れて危険性が高い(A)のと、幹線道路の発進直後で追越車両は追越車線側に回避することも容易でないことから追越車両に与える妨害の程度も迷惑感も大きい(B)から、ゆっくり注意して進行すれば安全(C)な側溝部分を走行するのも仕方ないと思ったからです。

 さて、本件も基本的にはAないしCの要素を比較衡量して検討すべきであったと思います。ただ、具体的な状況に応じたものではない、瑕疵の有無という問題であるため、一般的合理的に予想されるAとBに置き換えて考える必要はあると思いますが。
 ところが本判決は法律上「道路左の白線の左側」の通行が予定されていないことを前提にほぼCだけの検討で決めてしまったことに問題があります。本判決のような判示の仕方では「路肩は自転車が通ることは想定されていないから、2cmのスリット幅はセーフ」という誤解を招きかねず、問題です。

 本件事故現場は簡単には特定できないので、この種の判決は現場を明示するのと、このスリットの寸法や写真などを判決に掲げることが検証のために必須だと思います。それはともかく、一審判決では青江津島線の北行車線と東西道路に信号がある交差点の手前ということなので、グーグルマップでの写真と照合する限り、スシロー岡山大供店前、天下一品岡山大供店前、ローソン岡山大供本町店前の信号付近かのいずれかと考えられます。
https://goo.gl/maps/axoJuEGvYWDV6jpH8 (リンクは天下一品岡山大供店前)

 現場が上記のどこであったとしても大差はありませんので、いいかと思います。
 上記AないしCに沿って検討すると、Aの安全感として信号手前であえて「道路左の白線の左側」に回避しなければならない必要性は通常乏しいでしょう。幹線道路ですから、Bの妨害の程度は一般的に高く、同時に追越車両からのプレッシャーも高いと予想されます。Cの危険性の程度と運転者の認識・認識可能性についてですが、判決はここの検証が(少なくとも判決上の明示が)十分でないと思います。タイヤの消耗により20cmの幅を割りかかっていたような認定ですが、新品のタイヤならタイヤを取られることはなかったと検証をしっかりしたのでしょうか。被告側ではその検証をやって叱るべきと思うのですが、証拠は提出されていないように判決文からは見えます。つまり、幅2cmの溝がタイヤのかなりすり減った原告のロードバイクにとってのみ危険であり、通常のロードバイクにとって危険でなかったかの検討は不十分です。また、「道路左の白線の左側」の部分はアスファルト舗装されていない部分でかなり狭く、通常ならよほどのことがない限りロードバイクが侵入しようとは思えない部分です。
 以上、Cの検証については留保が必要ですが、私は総合的には、少なくとも信号前のこの場所でこの狭い「道路左の白線の左側」に敢えて進入する必要性は乏しいのかな、つまり原告の信号前というこの場所での事故はかなり例外的なものだと思います。客観的な瑕疵の問題の審理なのである程度は仕方ないのですが、事故態様に関する主張立証も判決上明確にすべきであったと思います。私は、例えば「信号前の部分では瑕疵がないが、信号後の数メートル部分でも特段の対策を施さずにスリットが2cmの幅であったことは瑕疵に該当する」という判断はあり得ると思います。本日帰宅時の私の事例のように、信号通過直後は多少狭くて危険でも「道路左の白線の左側」に入るインセンティブは高いものなのです。もともと単独事故なので審理が不十分なのはある程度仕方がありませんので、ここからは想像を働かせるしかないのですが、信号直前で狭い「道路左の白線の左側」に寄ったのは赤信号ないし青信号直前であれば車道に停車中の車両の横をすり抜けようとした可能性が高いと思います。青信号であればそうする理由は考えにくいのですが、あるとすればこのスペースを利用して渋滞気味の車両をすり抜けようとしたかでしょう。いずれの場合も率直にはあまりロードバイクの行動はあまり褒められたものではありません。青信号で狭い「道路左の白線の左側」からクルマを抜こうとするのは問題でしょう。赤信号又は青信号直前ですり抜けようとするのは、少なくとも相応に広い歩道がある本件のような場所では不適切だと思います。私ならクルマの真後ろに原付のようにつけるか、歩道に上がってからクルマを抜くと思います。
 ただ、他方でロードバイクが転倒すれば命に関わるため、この甚大な被害を防止するために道路の設置管理について細心の注意を払うべきと思います。本件では2cmのスリットがある側溝を選定するに際しての具体的な検討状況についての資料を市が提出しなかったと高裁判決が指摘しています。こうまで指摘しておきながら「路上の塵やゴミ等による目詰まりを防止し、一定の排水性能を確保する必要があることを考慮すると、約2㎝という隙間の幅が過大であるとまでは認め難い」とあっさり認定してしまったのは不十分にすぎると思います。実際はロードバイクの安全という問題についてさしたる考えなく2cmのスリットを採用したのだと思いますが、これはロードバイク運転者の命に関わることを考慮すると問題であろうと思います。今グーグルマップで見ると幅を狭くする対策がほど子されているように見えますが、やはり検討は足りていなかったのではないでしょうか。

 以上長々と述べてきましたが、判決文やグーグルマップから得られる程度の周辺情報では判決の結論の是非については十分検討ができないと言わざるを得ません。ただ、冒頭で文句をつけたように、結論がどちらになるとしても、歩道がある道路ではロードバイクは「道路左の白線の左側」を走るな、という判示は実態に即しておらず誤りですし、本件の結論を導くのに重要性が高い判示とは言えません。

 我々ロードバイクに乗るものにとって、時に「道路左の白線の左側」を走ることは避けられません。視認も容易な若干の凹凸とか、本判決も指摘するような滑りやすい金属の側溝フタくらいならかまいません。気をつけて走れば安全上大きな問題はないからです。が、タイヤを取られてしまうようなスリットが、しかも整備不良のないデフォルトの状態で存在したのだとすればこれは多くのロード乗りの安全に関わる大問題です。国や各自治体は本判決を免罪符にすることなく、「結論責任は否定されたが危険であることは間違いない。まして本判決は広く報道されたから本判決後に同様のスリットを放置しておくのは極めて問題だ」という態度で望んでほしいなと思います。

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